家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第07話 女児向けファンタジー世界と侮ることなかれ

「ふぅ、ごちそうさまでした。凄く美味しかったよ、御守くん」

 

 遅めの昼食を済ませた妃菜が、ダイニングテーブルに置かれた空の皿に向かって手を合わせていた。

 

「お粗末様。そう言ってもらえると助かるよ」

 

 テーブルを挟んで対面に座っていた望も食べ終わる。

 自分の分と妃菜の分の空になった食器を持って立ち上がり、キッチンに向かう。

 

「あっ、洗い物くらいは私でも……」

「まぁまぁ。このくらいたいした手間じゃないし、俺がやるよ」

 

 家事をやる条件でこの家に住まわせてもらっているため、望としては率先して自分の手を使っていきたいところだった。

 

(……いやまぁ、洗い物出来るって言う割には、家事代行のときに悲惨なキッチンを目の当たりにしたんだけどな……)

 

 つい先日の記憶を思い出して、望は微苦笑を浮かべてしまう。

 

 妃菜はキッチンで洗い物を始めた望の姿をカウンター越しに見て、淡く笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、御守くん」

「ん~? それはこっちの台詞だけどな」

「え?」

 

 望は洗剤を泡立てたスポンジで食器の汚れを擦り落としながら言う。

 

「俺が――俺達がこうして毎日平穏に生活出来てるのは、魔法少女が日々バケモノから街を守ってくれてるからだ」

 

 洗い終わった食器を流水ですすいで水切り台に立てた望が、穏やかに笑って妃菜に視線を向けた。

 

「だから、ありがとう」

「……っ!?」

 

 淡紅色の瞳が丸く見開かれる。

 妃菜が呆然としてしまうので、望は首を傾げた。

 

「ん、月ヶ瀬?」

「あ、あはは……! えと、そういう風に言ってもらえたの、初めてだったから……ビックリしちゃって……」

「そう、なのか……?」

 

 街を守ってくれている魔法少女に感謝するのは当然のこと――望としては当たり前にそういう価値観だったし、他の住人もそうだろうと勝手に思っていた。

 

 だが…………

 

「う、うん。戦いの中で被害を抑えられなかったりすると、やっぱり不満に思う人、結構いるんだ……」

 

 妃菜は曖昧な笑顔を作りながら、左腕を右手で擦るようにして自分の身体を抱いた。

 

「だから、今回御守くんの家を壊しちゃったことも、凄く申し訳なく思ってて。私の力不足で、ちゃんと守り切れなかったから……」

 

 望は昨夜の戦いのあとに、妃菜が必要以上の罪悪感に苛まれていた様子を思い出し、眉間に少しシワを寄せた。

 

「いや、守り切っただろ。ちゃんと」

「……へ?」

「今ここにこうして俺が立ってる。それ以上に必要なことなんて、何もないぞ」

 

 硬さを帯びた声色で、キッパリと言い切ってみせる望。

 

 多分、魔法少女に限ったことではないのだろう。

 

 人は得たモノより失ったモノを見がちだ。

 ポジティブより、ネガティブに捉えがち。

 

 治安を守る警察だって、正しく違反者を掴まえたとしても「同じことしてるヤツは他にもいる」「もっと捕まえるべきヤツがいる」と反感を買う。

 

 仕事をしていたって、成果を出しても褒められる機会は少ないのに、失敗をすると必ずと言っていいほど叱られる。

 

 だが、そんな中でも望は妃菜に伝えたかった。

 ネガティブな声が大きく聞こえる陰で、感謝している人は確かにいるのだということを。

 

 妃菜は真っ直ぐ向けられる望の視線を受けて、目元に熱いものを感じ、慌ててそっぽを向いた。

 

 真っ白な髪の合間から覗く耳の先端が、微かに赤らんでいた。

 

「ありがと……」

「いや、だからそれはこっちの――」

「――それでも、ありがと……ね?」

 

 後ろに手を組んで振り返った妃菜が、気恥ずかしそうに上目を向けてきたので、望は不覚にも胸の奥を騒がしくさせてしまう。

 

「……あ、あぁ」

 

 望は人差し指で頬を掻きながら、どこへともなく視線を逸らした。

 

 

◇◆◇

 

 

 それは夕方頃。

 望が妃菜の御使いとして契約したことを魔法少女協会に申請・登録しに行こうという話になったのだが――――

 

「あ、あれぇ……おかしいなぁ。鍵がないよぉ……」

 

 外出準備が整ったあとに、妃菜が家中を探し回っていた。

 

「鍵って、家の鍵か?」

「ううん、協会の鍵ぃ~」

「協会の鍵?」

 

 セキュリティを整えた会社のオフィスのように、出入りするためにICカードのようなものが必要なのだろうか、と想像する望。

 

「俺も探すよ。色とか形とかどんな?」

「えぇっと、クリスタルみたいに透明で、形はこう……絵に描いたような鍵って感じ。なんか、西洋の古いお家に使われてそうな……」

「あぁ、宝箱とか開きそうな?」

「そうっ、宝箱とか開きそうな……!」

 

 望は妃菜と共通認識で擦り合わせして何となく形状を思い浮かべた。

 

 的確な例えに、二人は顔を見合わせてクスッと小さく笑みを溢す。

 

(って、そんな古典的な鍵を使ったセキュリティとかあるか……?)

 

 もしかして、魔法少女協会の施設というのはとてつもなく古い洋館か何かなのだろうか。

 

 そんなことを考えて怪訝に眉を寄せながらも、ピンとそんな鍵に心当たりを覚えた。

 

「あ、もしかして……」

「見付けた……!?」

「んあぁ、多分。昨日、家事代行でリビング片付けてるときに、脱ぎ散らかされたカーディガンのポケットからそんな鍵が出てきたから、玄関の棚の上に置いた気が……」

 

 そう記憶を辿りながら思い至った場所を見てみると――――

 

「あった。これか?」

「うんっ、それそれ。ありがと~」

「……これからは、ちゃんと片付けしような?」

「は、はぁい……」

 

 望から恥ずかしそうに鍵を受け取った妃菜。

 コホン、と一つ咳払いを挟み、靴を履いてからその鍵を持って玄関扉の前に立った。

 

「そういえば、魔法少女協会ってどこにあるんだ? こっから遠い?」

 

 同じく靴を履き替えた望が隣に立って尋ねると、妃菜は「うーん」と少し悩まし気に唸ってから答える。

 

「遠いと言えば遠いかなぁ。でも徒歩三秒」

「え、三分ではなく?」

「うん、三秒……いや、もっと早いかも。取り敢えず、徒歩一歩だよ」

 

 何言ってんだコイツ、と望が頭上に疑問符を沢山浮かべている隣で、妃菜がクリスタルのような素材で出来た古風な鍵を持ち上げる。

 

 それを、何故か家の内側から玄関扉に差し込み――いや、厳密にはその手前の何もない空間に突き立てた。

 

 そして――――

 

 ガチャ。

 

 妃菜が何もないところで鍵を回すと、解錠音が響くと共に七色の光が迸り、瞬く間に眼前に洋風な扉が描き出された。

 

「な、なぁっ……!?」

「魔法少女協会はこことは別の世界――妖精の世界にあってね。普通の人は行けないんだけど、魔法少女と御使いはこの鍵を使って、いつでもどこからでも行けるの」

 

 マジかぁ、と望は目の前の信じがたい光景に顔を覆った。

 

(こういうのを見ると、本当に俺、世界の非日常な面に踏み入ってるんだなって実感するな……)

 

 マジカルでミラクルな世界に、原理原則を考えてはいけない。

 

 望は取り敢えず思考を放棄して、目の前の非日常な現実を受け入れることにした。

 

「どこからでもドアぁ~、ってことか」

 

 気持ち声を潰して、未来から来た某猫型ロボット風に言ってみる。

 

 隣を見れば、妃菜もこちらをポカンと見上げてきており――――

 

「……っふふ」

「な、なんだよ。そういうことだろ?」

「うん、そうだね」

 

 なんだか妃菜が微笑ましいものを見るように目を細めるので、望は顔を熱くしてしまった。

 

「じゃ、行こっか」

「ああ」

「ドア、開けてみたい?」

「け、結構です……」

 

 やっぱり子供扱いしてきている。

 

 望は心の中で「お片付けすらまともに出来ないクセに……」と言い返しながら、妃菜がファンタジーな扉を開けるのを見守った。

 

 そして、妃菜の後に続いて一歩踏み出すと――――

 

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 

「す、すげぇ……!?」

 

 天を仰いでもその梢が見えないほどに果てしない巨樹が眼前に。

 

 樹齢は一体何千、何万年なのだろうか。

 とても一回りしてみようとは思えないほど太く立派な白い幹を持つその巨樹の内部が、そのまま施設として利用されているようだ。

 

 その証拠に、根元には大きな出入り口があり、そこらの空中にはチラホラ可愛らしいぬいぐるみのような妖精が浮遊している。

 

 驚愕して立ち尽くすことしか出来ないでいた望の前に躍り出た妃菜が、そこか楽しそうに笑って言った。

 

「ようこそ、御守くん。妖精の国、そして魔法少女協会へ――」

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