家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~ 作:水瓶シロン
「――そう、そういうこと。確かに現在完了形のhaveは助動詞なんだけど、動詞のときの『持っている』っていうニュアンスをそのまま持っているものとして考えてみたらわかりやすいかも」
ゴールデンウィーク某日。
望と妃菜は並んでリビングテーブルに向かうようにして床に座り、もう実施まで二週間とない中間テスト対策の勉強をしていた。
現在は教科としては英語。
テキストを解いて妃菜がわからなかったところを、望が説明している最中だ。
「過去分詞そのものでもう『完了している』ことは表せてるから、その『完了している』状態を今『持っている』ってことで、haveに過去分詞をくっつけたら現在完了になるって感じかな」
「な、なるほどぉ……」
望が右手を拳にして過去分詞を、それを左手でギュッと掴んでhaveの持っている状態を表現する。妃菜は隣でそれを聞いて、深く納得したように口許に手を触れさせながら声を漏らしていた。
妃菜の淡紅色の瞳は揺らぎなくジッと望のジェスチャーを見つめており、真剣そのもの。少なくとも傍から見ればそうだし、望もそう感じ取っていた。
しかし…………
「望くんの手って、細いけど大きくて……ちょっと筋が浮き出てて良い、よね……」
「えっと、何の話……?」
どうやら注視していたのは説明のためのジェスチャーではなく、望の手そのものだったらしい。流石の望も困惑して瞬きを繰り返す。
「あっ、えと……あはは、ゴメンね……!? なんか、良いなぁって思っちゃって……!」
半分無意識のうちに口にしてしまっていた感想なのだろう。妃菜はじわりと頬を色付けながら視線を彷徨わせる。
それでもやはり居場所が見付からなくて、結局俯きがちに望へ上目を向けては熱くなる顔を両手で覆った。
「うぅ、集中しなきゃなのに。私、変態みたいだよねぇ……」
「い、いや、そこまでは思わないけど」
望は少し困惑したように後ろ首を撫でてから、自分の手や腕をクルクルと回して見てみる。やはり見慣れや自分の手でしかない。
「自分ではよくわからんな……」
「えぇ……こんなに良いのに……?」
「良い、のか? これが?」
望がよくわからなそうに自身の手を向けると、妃菜はまだ顔の赤みが引かないままに頷いて、拳を握ったときにボコっと出る指の根元の関節部分にそっと指で触れた。
「こ、こことか……」
「えっと、関節?」
「うん」
「ほう……」
わからん、と言わないまでも顔に書く望。
それを見て妃菜は触れた指をつぅと伝わせて、手の甲に浮き出る筋をなぞる。
「ここの良さもわからない?」
「えっと、取り敢えず妃菜のフェチがこの辺にあるのはわかった」
望が小さく笑って指摘すると、妃菜は耳の先まで紅潮させて恥ずかしそうに半目を作った。
「ふぇ、フェチというか……望くんの手は、いつも私を撫でてくれたり、優しくしてくれる手だから……誰の手でもいいワケじゃないんだよ?」
「っ、そ、そっか……」
妃菜に触れられてくすぐったくなった手を引っ込めて擦る望。その顔は妃菜の熱が伝播したかのように少し赤くなっていた。
それを見た妃菜は、クスッと笑みを溢す。
「あ、照れてる……?」
「うるさい」
膝を折って小首を傾げて見つめてくる妃菜。
望はその視線から逃れるように顔を背けて、頬を指で掻いた。
しかし、妃菜は逃がさない。
少し興が乗ったように微笑んで、床に手をついて体重の支えにしながら望の顔を覗き込む。
「ねっ、望くんは?」
「お、俺?」
「うん。だ、だって私だけ恥ずかしいもんっ……! 望くんも教えてよ……その、良いなぁって思ってるところ。私の……」
「い、いやいやいやっ、恥ずいって……!」
「ねぇ~、お願い……?」
「っ、可愛くお願いしたら何でも許されるわけじゃないぞ……!?」
きゅるるん、とファンシーな効果音がつきそうなほどにわざとらしい上目遣いでねだってくる妃菜に、望は密かに胸の奥で跳ねるものを感じながら半目を向けた。
「ってか、妃菜が勝手に性癖語り出しただけなのに、それで俺まで言えってのは理不尽なのでは?」
「……ふふ、所詮この世は理不尽に満ち満ちているんだよ」
「貴女一応魔法少女ですよねっ!?」
小さなお友達の夢と希望であるはずの魔法少女が、社会に揉まれて現実を思い知って擦れた大人のようなことを言い始めた。
望も思わずツッコミを入れてしまいながら、すぐに掌を向けて否を突きつける。
「ともかく却下だ」
「むぅ……」
妃菜は拗ねたように唇を尖らせて、視線を斜め下に逃がした。気付けば自嘲的な笑みが口角を歪める。
「……まぁ、そうだよね。あはは、別に私に良いところなんてないよね。ちょっと顔が良いくらいで調子乗ってたよね。私なんて望くんの眼中にないって言うか、何で見てもらってる前提で話してるんだって言うか……ゴメンね、気持ち悪かったよね……」
「ちょ、ちょちょ、入ってる。変なスイッチ入ってるから!」
カチッと押し込まれた自己嫌悪スイッチ。
妃菜の思考がどんどんネガティブに走っていく。
望は慌てて落ち着かせようとしたが、ここで下手に慰めるようなことを言ったとて、今の妃菜は納得しないだろう。
望はぶつかり合う葛藤に決着をつけさせるように後ろ頭をガシガシと書くと、ため息一つと共に身体の力を抜いて口を開いた。
「わ、わかった……言うよ、言います……」
「……え、あるの……?」
「ま、まぁ……そりゃ……」
それがフェチと言えるものなのかどうかはよくわからないというのが正直なところだったが、それでもつい妃菜のここを見てしまうという点では求められている答えにはなるだろう。
ただ、それを本人に直接言うというのはなかなかに恥ずかしいもので、それなりに覚悟が必要となる。
「ただ、その……言っても良いけど、キモいとか思われたら死ぬんだけど……」
望が熱くなった顔を少しでも隠すように片手で口元を覆いながら恐る恐る言うと、妃菜は生気の光を取り戻した淡紅色の瞳を興味津々にまん丸く開く。
「お、思わないよ……!?」
「マジで?」
「大マジだよ」
「……わかった」
妃菜の表情を見てその言葉に嘘偽りがないと判断した望は、最後の覚悟を決めるまでの数秒間視線を彷徨わせたあとに、遠慮がちに妃菜に焦点を合わせた。
相変わらず外行きの姿とはギャップのある緩い部屋着は、オーバーサイズの半袖Tシャツ一枚。今日は黒色。
どちらにせよ心もとなさはあるが、立っていればまだ重力が引っ張って上太腿辺りまでは確実に隠してくれるTシャツの裾。
しかし、こうして床に座った状態だと、何かこう脚を動かすたびに裾がするりと捲れ上がっては、ふとした瞬間に普段では見えないおみ足のかなり上の方まで視界に入ってしまう。
その下に秘匿されているべきものは、魔法少女の加護の一つによってどうにか秘密を保たれていはいるが、見えそうで見えないというのがこれまた焦れったい。
そこへの興味が望に最初からあったのか、それともこうして無防備な妃菜と過ごしていくうちに発現したのかは本人にすらわからないところではある。
ただ、今は嘘偽りなく――――
「妃菜の……脚、は……見てしまう……」
「……っ!?」
言いながら望が半ば無意識に視線を下に向けて、その惜しげもなく瑞々しい白肌が露出された細くてしなやかな双脚を見ると、妃菜は反射的にキュッと身体に力を入れて、少し曲げていた膝を更に折り込んだ。
じわぁ、と互いの顔が季節外れの紅葉を見せる。
しばらくの居たたまれない沈黙が流れたのち、妃菜は恥じらいの色をふんだんに蓄えた瞳をどこか嬉しそうに細めて、緩む口元を動かした。
「望くんの、えっち……」
「何も言い返せねぇっ……!」