家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第77話 このタイミングでの新手は敵か味方か……

 目敏い香澄からの追及を何とか逃れることに成功したその日の夜。望と妃菜はいつものように自然発生するシャドウを駆除して回っていた。

 

 もう人通りもほとんどなくなった住宅街。

 まばらに揺らめく不吉な影らを、妃菜が白を基調とする魔法少女装束をひらりと揺らしていきながら払っていく。

 

 望はそんな様子を適当な二階建て住宅の屋根の上から見守りながら、周囲に注意を払って見逃していないシャドウがいないかを確認する。

 

 スタッ……と、妃菜が騒音に配慮してか足音を最大限に抑えて望の傍に着地。たいした疲労の色もなく、柔和な頬笑みを見せる。

 

「パパッと片付けて来たよ」

「お疲れ。もう他のシャドウは……うん、いなそうだ」

 

 最後に周囲を確認してみたがやはり見当たらない。

 

 妃菜もこれといった黒魔力を感知していないようで、望の言葉に安心したように頷いた。

 

「最近は少なくて助かるね」

「前は悪の組織が裏で色々動いてたせいでシャドウが大量発生してたのもあるんだろうから、それと比べたらな……」

 

 出現数が少ないと言っても、今晩この住宅街の中だけでも十体弱は沸いていたわけで。一般人からしたらシャドウは一体だけでも充分脅威となるので、御使いとはいえ他の人と同じように戦う力を持たない望としては、今でも普通に怖い。

 

 そして、そんな恐ろしい存在がすぐ傍に潜んでいる日常で毎日を平穏に過ごすことが出来ているのは、やはり魔法少女達のお陰。

 

 望は御使いになって魔法少女という存在を傍で見るようになってから、以前よりも更に感謝の気持ちが大きくなっていた。

 

「ま、ともかく今日も無事に駆除し終えたということで。早く帰って休もう~」

 

 うーん、と望が伸びをしながら言うと、妃菜が冗談交じりに笑う。

 

「ふふっ、そんなフラグみたいなこと言って……またシャドウが出てきちゃうかもしれないよ?」

「勘弁してくれ……負の感情から生成された黒魔力から生まれるってだけでも面倒なのに、ちょっとフラグ立てたくらいで出てきてもらっちゃ困る……」

 

 望が困った笑みを浮かべたそのとき、

 

 ヴーヴー。ヴーヴー…………

 

「…………」

「…………」

 

 望のズボンのポケットから振動音。

 間違いなくスマホのバイブレーションである。

 

 ピタリと動きを止めた望と妃菜が互いに顔を見合わせ、無言のままに両者の視線がポケットへ向く。

 

 望が右手を突っ込んで取り出すと、画面には『テュカ』の文字。

 

 まさかこんな時間にプライベートなお誘いがあるわけもないし、今までもそんなことはなかったし、経験則的にシャドウ出現の通報を受けた報告と直ちに対処に向かうように指示が出る可能性が大きい。

 

 しかし、万に一つくらいは別の要件かもしれないと思って、望が答え合わせする気持ち半分で呼び出しに応じると――――

 

『望ちゃ~ん、シャドウ出現ですぅ~! 位置情報をお送りしましたので、すぐに妃菜ちゃんと向かっちゃってくださ~い!』

「了解でぇ~す」

 

 ……ポチ。

 通話終了。

 答え合わせ完了。

 結果は案の定。

 

 どこかテュカの間延びした口調につられた返事をしてから、望は無言のままにゆっくりと顔を持ち上げる。スピーカーで一緒に聞いていた妃菜と顔を見合わせた。

 

「…………」

「…………」

「……もぉう、望くんがフラグ立てるからぁ」

「え、これマジで俺のせい!?」

「ふふ、冗談だよ」

 

 望がちょっと申し訳なくなっているところに、妃菜が可愛らしく微笑んで手を差し出した。

 

「ほら、行こう望くん。さっさと片付けて、早く帰ろ?」

「……だな」

 

 力なく笑って肩を竦める望。

 差し出されたその華奢な手を取り、目的地へと向かっていった――――

 

 

◇◆◇

 

 

 距離にしておよそ駅三つ分。

 市街地上空で旋回する巨大な鳥の影――シャドウの姿があった。

 

 夜の街をぶらついていた人々は、魔法少女協会の統制の下、自治組織や警察の協力のお陰で避難完了している。

 

 地上からは彼我の距離がありすぎて攻撃が届かないと判断し、望と妃菜は周辺で一番背の高そうなビルの屋上に立って見上げていた。

 

 夜空にシャドウの黒い靄のような体色が溶けており、大きな鳥が旋回していることは認識出来ても鮮明な輪郭が捉えられない。

 

「こっからでも距離あるなぁ……」

「ちょっと通常の攻撃だと届きそうにないね」

 

 目算で射程を測った妃菜が困ったような笑みを浮かべる。

 

「大技でいくか?」

「だね。あとよく見えなくて正確に撃ち抜くのは難しそうだから、ちょっと弾を散らす感じで仕留めようと思う」

「言ってること猟師なのよ……」

 

 正確な状況判断。

 冷静な対応策。

 

 農作物への被害や人的被害を防止するために山に入って害獣を駆除する猟師。望が中学卒業まで過ごした祖父母が住まう田舎にも複数名いたが、改めて考えると行っていることは魔法少女もそう変わらないのかもしれない。

 

 狩るのが害獣か、シャドウか。

 

 と、望がそんなことを考えている間に、妃菜は少し離れたところでスッとどこからともなく取り出した長杖を、それこそライフルを構えるように両手で掴んだ。

 

 悪の組織との戦闘からしばらく経ち、妃菜の魔力もかなり良好な状態だ。妃菜の魔力量をもってすれば、大技の一発や二発、自力でも充分賄えるだろうが…………

 

「妃菜、手伝う」

「え、でも……」

 

 妃菜が答えるより先に、望は離れた場所から手をかざし、目には見えない互いの魔力の繋がりを感覚的に知覚して魔力を送る。

 

 五十メートル辺りまでの距離であれば、もう非接触でも問題なく魔力補助を行えるようになっている。

 

 それもこれも毎日のシャドウとの戦闘で経験を積んだお陰……と言いたいところだが、望としては妃菜のことを深く知って心の距離が近くなればなるほど、魔力補助可能な距離の範囲が拡大しているような気がしていた。

 

 以前、非接触で魔力補助出来るように特訓したときに、妃菜という存在を鮮明に知覚することが大切だということを教わった。

 それは結局、心の距離や親しみ具合といったところに帰着していくのだろう。

 

 望の魔力を受け取った妃菜は、少し驚いたように目を丸していたが、すぐに仕方ないなと言わんばかりに笑ってみせた。

 

「もう、望くんってば……」

「少しは妃菜の負担が軽くなるだろ?」

「それ、望くんの負担が増えるって意味だからね?」

 

 咎めるような半目を作って見つめてきた妃菜。

 望は肩を竦めて笑って返す。

 

「少しは負担させろ。な?」

「っ、もぉう……」

 

 妃菜はじわりと紅潮した頬を夜闇に紛れさせ、改めて長杖を構えた。ライフルを扱うように柄尻は右肩に、先端を上空で旋回する巨大な鳥型のシャドウへと向ける。

 

 望が見守る先で、妃菜が呼吸を整える。

 

「……すぅ……ふぅ…………」

 

 キラキラと。

 妃菜の周囲にガラスの破片のような魔力の弾が次々と生成され、それらがピタリと微動だにせず構えられた長杖の先端付近に集まっていく。

 

 そして――――

 

「……落ちろ」

 

 ビュバッ――!!

 

 それはさも散弾銃から発射された弾丸らが一粒一粒軌跡を描いているようだった。

 

 妃菜の長杖から射出された魔力の破片が、夜闇に無数の煌びやかな線を引いていく。それは地上から夜空へ落ちる流星群。

 

 直線に近い緩やかな弧を黒塗りのキャンバスに描き出した魔力の破片は、旋回して飛ぶ影を捉えんと降り注ぐ。シャドウも巨大な羽をバサッと鳴らして軌道を変えて躱す。

 

 その姿を捉え損ねた魔力の破片は、夜空に四散して儚げで淡い光の花を咲かせる。それに姿が照らし出されたシャドウは、一つ二つの破片を躱したところで更にいくつもの魔力の破片が襲い掛かり、その巨体を撃ち抜かれていく。

 

 バババッ――パラパラパラァ……!!

 

 随分と気の早い打ち上げ花火。

 ドンと胸に響くものはなく、淡い燐光が儚げに散るのみ。

 

 でも、それが――――

 

「……綺麗だな」

「ふふっ、同じこと思ってた」

 

 射撃し終えた妃菜の傍らに立った望の呟きに、妃菜が嬉しそうに笑う。

 

 打ち抜かれたシャドウはその巨大な鳥の輪郭を夜空に散らせ、やがて姿形は溶けるようにして消えた。

 

 並んで夜空へ顔を上げ、淡い輝きの花火の残滓を名残惜しそうに見つめる望と妃菜。

 

 

 そして――――

 

 

「……随分と寂しい花火ね」

 

 そんな光景を別のビルの屋上から悠然と眺めていた少女の姿が一つ。傍らには音もなく浮遊しているぬいぐるみのようなシルエットが一つ。

 

「念のため来てみたのだけれど……はぁ、くだらないものを見せられたわ」

 

 少女は視線を夜空から少し下げて、離れたところに建っているビルの屋上へと向けてジッと目を凝らす。

 

「あの魔法少女の技ね、しょうもない。隣に立っているのは御使いなのかしら。戦闘時に人の姿を取るメリットはないはずなのだけれど……って、いや……あれは……」

 

 詳しく見るように細めていた目を、驚愕で徐々に大きく見開いていく。

 

「……は? え、何で……嘘でしょ……?」

 

 震える唇から、そんなワケないと思いながらも声が漏れ出す――――

 

「の、望……?」

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