家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~ 作:水瓶シロン
「で、なんだっけ。小学生の頃に?」
同日、夜。
住宅街を経由して、傍を流れる川の河川敷まで足を運んでは、ポツポツと出現しては目に付いたシャドウに長杖を振り下ろして憂さ晴らし――もとい、駆除を続ける魔法少女の姿があった。もちろん、妃菜である。
望はその二、三歩後ろから肩身狭そうにとぼとぼとついて歩いていた。
「人気のない東屋に行って?」
ブンッ!
バシャッ!
シャドウが散る。
「可愛い黒髪の女の子と二人っきりで?」
杖を振る。
人型シャドウの上半身と下半身がサヨウナラ。
「イチャイチャ、ですかー」
「い、いや……」
ズドン。
杖から魔力弾。
何かの四足獣のようなシャドウ――望がその姿形を認識するより前に、妃菜が撃ち抜いた。見た頃には大きな風穴が空いていた。
「違うの?」
ニコッ、と一見可愛らしい笑みを浮かべた顔を振り返らせる妃菜。
「ち、違う……! ただ本当に他愛のない話をしてただけ、だと思う……多分……」
望が曖昧な表情を浮かべて斜め上へ視線をやりながら歯切れ悪く答えるので、妃菜は変わらぬ笑顔のまま首を傾げる。
「だと思う? 多分?」
「っ、悪い。流石に昔のことで、記憶が……」
「覚えてないの?」
「ああ……」
「本当に?」
「それは本当だ」
密かに背筋に冷や汗を伝わせながらも、真っ直ぐ視線を向ける望。妃菜は数秒ジッと見つめ返して、その瞳から嘘偽りがないことを確認してから「ふぅん」と顔を背けた。
「そっか。じゃあ、望くんにとってはそこまで記憶に残るほどでもない、些細なことだったんだね?」
「些細……まぁ、確かにあんまり覚えてないのは事実だけど……」
望は後ろ首を撫でながら、視線の行き場を失くしたように適当な場所へ顔を向けながら言う。
「それでも、いい思い出なのは間違いない」
誰がどう見ても機嫌が良いようには見えない妃菜。かれこれ三ヶ月ほど一つ屋根の下で生活している望が気付けないワケがない。
なので、普通に考えればここは妃菜の機嫌を取るような言葉選びをすべきところ。しかし、それをわかったうえで望はそうしなかった。
心にもない最適なだけの言葉に意味はない。
確かに日常の中の些細な出来事だったのかもしれないが、小さい頃にせせらぎを聞きながら薫と言葉を交わしたあの時間は確かに実在したし、その時間を楽しんでいたのも嘘じゃない。
望は素直にそれを肯定した。
望の言葉が夜闇に溶けて少し。
妃菜の口から小さくため息が零れ出る。
トス、トス……とヒールで河川敷の土を踏みながら望の正面に立つと、人差し指でチョンと鼻頭を突いた。
「はい、不正解」
「む」
「でも、そうやって言い切ってみせるところが……望くんのカッコいいところ。ふふっ」
夜空から淡い光を届ける月の光のような、ふわりと柔らかい妃菜の微笑み。望は少し照れてしまって、かろうじてバレない程度に顔を熱くした。
「はぁ……でも今回のことで、望くんの人たらしが今に始まったことじゃないんだなぁっていうのがハッキリとわかったよ……」
「いやいや、別にたらし込んでないから」
「私を前にして、説得力ないよ」
「えっと、たらし込まれた……?」
「うん。まんまとたらし込まれた」
「込まれたかぁ……」
「込まれたねぇ……」
望は妃菜の顔を、妃菜は望の顔を見る。
「ははっ」
「ふふっ……」
二人して困り顔を作って顔を突き合わせているのが可笑しく思えて、揃って小さく笑いを吹き出した。
「でもどうするの? 望くんは小さい頃のいい思い出くらいに思ってても、向こうは望くんにぞっこんみたいだよー?」
「ど、どうするって言われてもなぁ……」
「もぉう、望くんは私の御使いなんだから、そういうところはハッキリしてもらわないと……私、不安になっちゃうよ……?」
胸の前でキュッと長杖の柄を握る妃菜の表情が少し心細そうに見え、望は安心させるように柔らかく笑うと、自然とその手を妃菜の頭に伸ばしていた。
ポン、と。
「だよな、悪い」
「ホントだよ……」
そんなとき――――
「やはり、月ヶ瀬の魔法少女の御使いだったんですね、望」
前触れなく。
唐突に。
どこからともなくそんな凛とした声が響いてきたかと思えば――――
「っ、望くん下がって……!!」
パッ! と視界に弾ける閃光。
刹那に耳をつんざく金属音が戛然と響く。
望を背に庇った妃菜が長杖を振り払った体勢になっている。
人の背丈ほどもある刃渡りの大太刀が、宙を幾度も回転してから地面に突き刺さったのを見て、望はようやく妃菜が飛んできたそれを弾いたのだと状況を理解する。
「あ、悪の組織の……!?」
「ううん、違うよ……」
襲撃か? と問う前に、妃菜が望の推測に首を横に振った。
「……魔法少女だね」
「は?」
妃菜の言葉を肯定するように。そして、望の疑問をさらに深めるように、地面に突き刺さった大太刀の傍らに、カタンッと小気味よい下駄の音を響かせた少女が降り立った。
「ほら、私の言った通り。またすぐ会えたわね」
切り揃えられた前髪の下から覗く、切れ長の紺碧の瞳で語り掛けるこの状況に、並々ならぬ既視感を覚えながら、望は喉から声を絞り出した。
「な、なんだと……」
深刻そうに望の眉が寄り、目元に力が入る。
「魔法少女装束って、和装もあるのかっ……!?」