家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~ 作:水瓶シロン
望とテュカは中二階へと上がり、壁と天井が植物の蔓で覆われた楕円形のフィールドを見下ろすようにして並んで立った。
転落防止のために設置された格子状の柵は望の胸の下辺りまでの高さがある。望は問題なく柵の上から、テュカは残念ながら目線が柵の高さを越えないので、格子の隙間から覗くようにして見ている。
格子を小さな手でギュッと握って貼りつくようにしているテュカの姿を横目に、望は曖昧な笑みを浮かべた。
(いつもなら『お兄さんが抱き上げてやろうか?』とでも言っていたところだが……)
もちろん冗談半分に、だ。
しかし、残念ながら今に限っては冗談を言えるような状況ではなかった。
眼下ではフィールドの右端に妃菜が、左端に薫が佇んで遠く距離を隔てて睨み合っている。
そして――――
「――で、お前は薫の御使いの妖精ってことで……いいんだよな?」
望が右隣に立つテュカと反対――左手に視線を向けると、五歩分程度間合いを取ったところにスラリと背の高い少女が立っていた。流石に望より頭の位置は低いが、それでも十センチと変わらないだろう。
細身なモデル体型。
ウルフカットで長く伸ばされた癖のない髪は薄水色で、楚々と整っていながらも上手く感情の読み取れない無機質な顔には、どことなく気怠そうな黄色い瞳が二つ瞬く。
先程まで薫の傍らをぬいぐるみのような姿で浮遊していた妖精が、中二階に上がってくるなり人の姿を取ったのだ。
「はい、その認識で間違いありません」
少女は少し事務的にも聞こえる口調で肯定すると、望の方へ身体を向けて自身の顔の横に右手を持ち上げ――ピースをした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。初めまして、望様。ニュイです。いえーい」
望は生まれて初めてこんなに感情の籠っていない「いえーい」を耳にした気がした。気怠げな雰囲気に似つかわしくない畏まった口調かと思ってギャップを感じたところにそれだったので、一層戸惑いが増してしまう。
少女――ニュイはそんな望の肩越しにテュカを覗き込み、流れで挨拶を続ける。
「どもどもー。テュカ先輩もお久し振りです」
「久し振りですぅ、ニュイちゃん」
そして、まさかのテュカの方がニュイより先輩。スラッとモデル体型の美人が、ちょこんと幼女体型のロリっ子に低く出ている構図は奇妙以外の何物でもなかった。
呆気にとられる望の前で、ニュイが二人に向かって静かに頭を下げた。
「この度はウチの薫様が暴走してしまって、申し訳ありません。あんなクールな見た目してますが、一皮剥けば感情的で面倒臭い女なんです。やれやれ」
「んもぉ、ニュイちゃ~ん。他人事みたいに言わないでくださいよぉ~!」
ぷんすか、と効果音が似合う腰に両手を当てた格好で、テュカがニュイに不満げな表情を向ける。
「最近は悪の組織の活動が表立って見えないだけで、いつまた襲撃してくるかわからないんですよぉ? 魔法少女同士で争っている場合じゃないってわかってますよねぇ~?」
「おっしゃる通りです。耳が痛いですね。薫様もそれは重々承知しているとは思うのですが、口を開けば望が望がってうるさ――やかま――さわが――まぁ、うるさいんです」
「いや、言い換えようとして諦めるなよ……!?」
たまらずツッコミを入れてしまう望。
ニュイは「すみません、本心は隠せませんでした」と淡々と告げる。
「まったく、どれだけ望様に脳を焼かれているのやら……」
「確かに望ちゃんが脳焼き職人さんなのは薄々察してはいますけどぉ、それでも担当の魔法少女の手綱を握るのも御使いの務めなんですからねぇ~!?」
反省してくださぁい、とニュイはテュカに叱られた。
「脳焼き職人ってなんだよ……」
半目を作る望の呟きは他の者の耳には届かず、テュカが「あっ」と声を漏らして視線を格子状の柵の隙間から下に向ける。
「始まるようですよぉ!」
望とニュイも、眼下を見据えた――――
◇◆◇
「重傷、致命傷を狙った攻撃の禁止。使用可能魔力量は魔力上限値の半分まで。御使いによる魔力支援なし。他に決めておくことはあるかしら?」
「ううん、それでいいよ」
魔法少女同士による手合わせのオーソドックスなルールを述べた薫に頷く妃菜。同意が得られたことを確認した薫は「そ」と短く反応し、フィールドに一歩踏み出す。
刹那、足元から青い炎が噴き上がっては薫の全身を抱き込んだ。着ていた華乃井女子学園の制服は焼き消えて、纏わりつく炎が申し訳程度に裸体を隠す。
薫が揺れる烏羽色の長髪にサッと手櫛を通せば青いメッシュが入って、後頭部の高い位置で一つに結ばれた。身体を覆い隠す炎はやがて和装の形を成し、一重二重と薫を包んで両腕から垂れ下がる羽のような振袖を作る。
袴がそんな着物を腰の高い位置でキュッと絞り、カランと硬く小気味の良い下駄の音が響く。
スッと手を伸ばせばどこからともなく身の丈ほどもある鞘に収まった大太刀が現れて、薫はそれを後ろ腰に掛けて立った。
「なら、始めましょうか」
魔法少女に変身した薫の言葉に応えるように、妃菜もフィールドに足を踏み入れる。
「そうだね」
どこからともなく降り注いだ月光が妃菜の身体を照らし出す。淡い光の中に制服は溶け消え、代わるようにベールがその身体を包み込む。
風が白髪を撫でるとふわりと長く伸びて、毛先に向かって薄らと赤くグラデーションが掛かる。編み込んでハーフアップにされた髪をまとめるのは大きなリボン。
胸の前に握っていた両手を広げれば、月光を織った生地に星屑を散りばめたような白を基調とするオフショルダーのドレスが纏い、二の腕から先に花を咲かせたようにスリーブが生まれる。フリルのあしらわれたスカートを太腿で揺らし、カツッとヒールで地面を突いて小気味良い音を奏でた。
傍の空間に手をかざし、細身の長杖を右手に持って対峙する。
静寂、静寂、静寂…………。
肌を針で刺すような張り詰めた空気の中、無言のままに微動だにせず睨み合う両者。
そのまま十秒経過し、一、二、三……と四を数える前に――――
「――ッ!!」
「――ッ!!」
妃菜が長杖を掲げた。
瞬く間に無数の魔力の弾が周囲に生成され、妃菜が長杖を振り下ろした瞬間に放たれる。
対して薫は腰を落とし、妃菜の動きを観察。魔力の弾が生成されるのを目視しても動かず、それらが発射されて一秒と待たない間に弾幕のように迫ってくるのを確認してからようやく大太刀の柄に右手を伸ばす。
瞬間、抜刀。
キィィイイイン! と耳をつんざくような高周音が響いたときには、薫は軽々と右手一本で抜き放った長く渡る刀身を、身体の横でピタリと止めて残心していた。
軽く十を超える魔力弾は薫の間合いの入り口でまとめて爆ぜた。一つとして薫の肌を焦がすことはなく、ただ巻き起こった爆風が束ねられた黒髪を揺らすだけ。
一合交え、妃菜と薫の目が細められる。
(魔力量によるアドバンテージをものともしない技量派かぁ……これは、骨が折れそうだね……)
と、妃菜。
(様子見の初撃でこの攻撃規模……とんでもないわね……)
と、薫。
両者共に、今対峙しているのが油断出来ない相手であることを再認識した。