かすかに聞こえたそれは、短い銃声だった。
「……?」
飲んでいたジュースのグラスを置き、音のした廊下の扉を警戒する。とっさに身体が動いたが、テロ対策という名目で、荷物と一緒に貨物へ預けられているのを思い出して、伸ばした手を引っ込める。
このキヴォトスでは『銃声は生活音』という慣用句があるくらい、日常にありふれた音だが、この上流階級御用達のジェット機、”ハウンゼン”の機内には流石に似つかわしくない。
ましてや、このハウンゼンはこれからD.U.北部で行われる大きな会議のため、連邦生徒会や各学校の閣僚たちを大勢乗せている。乗務員はもちろん、乗っている客すらそこら辺のヤンキーなんかではないはず……。
音に気づいた数人が怪訝そうな顔で音のした方を見ていると、バガンッと衝撃音とともに扉が蹴破られ、顔を隠した武装集団がドタドタと中へ入り込んでくる。
乗客の悲鳴や驚きの叫びが広がるが、一発の銃声でその全てがしん、と静まり返った。
天井へ向け威嚇を放った一人が、集団から一歩前へ出た。リーダー格らしき少女は銃のトリガーに指をかけたまま口を開く。
「連邦生徒会閣僚各位に申し上げる。わたしは覆面水着団リーダーのファウストだ」
ファウスト。ここ最近話題の”反連邦生徒会のテロリスト”のリーダーだと、そう名乗る少女は、ファウストのトレードマークである紙袋でその素顔を隠していた。
自分ら連邦生徒会を、直接ターゲットにしているテロリストの登場に、機内に一層の緊張がはしる。が、続くファウストの『しかし、今回の作戦は粛清ではない』という言葉で、動揺と一抹の安堵が広がる。
「今回の作戦は、諸君らを人質とした軍資金の調達である。大人しくしていれば危害は加えない」
……反連邦主義者《ファウスト》の名を掲げておいて目的は金か、と思うところはあるが、銃がないんじゃ抵抗のしようもない。どうしたものかと思っていると、誰も声を発していなかった静かな機内に『ふふ』と小さな微笑の声が響いた。
それを聞き逃さないテロリストではない。誰だ、という声とともに機内全員の視線が一人の客へと注がれる。
――――お人形さんみたい。と見る人が見ればそう評すであろう、クールで端正な顔立ち。息を呑むほど整った銀の長い髪。
「かわいいですよ」
謎の少女はテロリストなど意にも介さず、マイペースにタブレットの画面を覗いていた。
「なんだお前?」
凄んでみせるも尚表情を崩さない少女。ファウストと名乗ったテロリストは怪訝に思ったのか、『乗客名簿を見せろ』と仲間に向かって指示を出す。
「安田ギギ……? 聞かない名だな」
仲間のタブレットで確認しながら、テロリストは少女の名前を口に出す。
確かにこのハウンゼンにはほぼ、と言っていいほど、どこかしらの官僚しか乗っていない。乗っていたとしても身内か秘書か……どちらにせよ官僚本人も同席しているはずだ。
しかし彼女は一人。それに天使のような薄く儚いドレスで誰かの秘書だ、ということもないだろう。
「
独り言のような、誰かに話しかけているかのような。彼女は、機内の様子など見えていないかのように自分の世界に入り込んでいた。
「……”友人枠”か」
ぼそり、と乗客の誰かが呟いた。それに続いていくつかの揶揄が聞こえてくる。
金魚のフンだの、能力もないくせにだの、心のない言葉がいくつも飛んできても、なおも彼女は自分の世界の中にいた。
若干緩んだ空気を見計らってか、また別の人物が立ち上がった。
白い整った連邦生徒会の制服。特徴的な細い目とピンク髪。見覚えはある。”不知火カヤ”、連邦生徒会防衛室室長だ。
「あなた達は、どのようにこの機の情報を掴んだのですか?」
……交渉のつもりなのだろうか。防衛室長は余裕を感じるゆったりとした口調でテロリストへ話しかけたが、『質問に答える以外で口を開くな』と言い返される。
防衛室長の態度か言葉遣いに刺激されたのか、テロリストの口調には苛立ちが混じっているのが感じられたが、防衛室長はわかっていない様子で話を続けた。
「しかしですね……私たちとしては、君たちの秘密を調べる立場にいるのですから……」
「――――よくしゃべるッ!」
困りましたねぇ、なんて表情で余裕綽々だった防衛室長の額に、ガンガンッと続けざまに銃弾が放たれた。
『キャンッ!?』と素っ頓狂な声をあげて防衛室長が床へ倒れる。それと同時に、機内が悲鳴と動揺でざわざわと騒がしくなる。
「……っ! ちょっと……!」
気絶して倒れ伏した彼女に、続けざまに銃撃しようとするテロリストを見て、反射的に身体を乗り出してしまう。
「ッ……! なんだよ……っ!?」
焦ったテロリストがこちらへ銃口を向けてくる。
……ここで正面から争うのは得策じゃない。一旦、気持ちを落ち着けて席に戻ろう――
――――やっちゃいなよ。
戻ろうとしたら、頭の中で声が響いた。
――やっちゃいなよ。やっちゃえば? やっちゃいなよ。やっちゃえ。
――これは幻聴だ。手が早くて、イジメから守るために正実相手に真正面から抵抗するぐらい真っ直ぐな彼女なら、確かに、こういうことは言うだろう。
でも彼女はここにはいない、どこにもいないのだ。
わかったから、静かにして欲しい、と念じるも幻聴は鳴り止まない。
――やっちゃいなよ。そんな偽物なんか。
「やっちゃいなよ! そんな偽物なんか!!!」
それは、幻聴ではなかった。
声を張り上げた彼女に、もう一度機内全員の視線が注がれる。
彼女、ギギはこちらを見つめていた。凛々しく、毅然とした表情で、それはまるで
――ファウストを騙るテロリストが反応する前に、そいつが腰に携帯していたハンドガンを握り、そのまま足先を撃ち抜く。
小指を割られ悶絶する偽ファウストから銃を抜き、そのまま機内後方で待機していた仲間のテロリストの顔面をブチ抜く。
『ぐへぇっ!?』とヒットした衝撃で壁面に後頭部をぶつけ、脳震盪で倒れたのを確認して、前方の最後の一人を……と振り向いたところで、最後の一人が腕ひしぎで拘束されていることに気がついた。
機内客室、コックピットと制圧してしばらく。近くの空港へと降り立ったあと、乗客たちが機内を後にする様子を眺めながら、テロリストたちのことを考えていた。
「……結局、目的は金だったでしょうか」
「そうかもしれませんね」
小さく呟いた独り言に、反応する影がいた。廊下からスーツを着た犬耳の少女が顔を出す。さっきの戦闘の時、テロリストの一人を寝技で抑えていた少女だった。
「彼らからは……なんでしょう、ファウストのような清廉さを感じませんでした」
「それは……ファウストを肯定しているようにも聞こえますけど」
はぁ……と少女は肩を竦めた。
……なんでも、ここから北の方へ行った無人の都市に、ファウストの軍隊を名乗る集団が集まりつつあるらしい。このテロリストはそいつらの一部なんじゃないかと睨んでいる、と少女はそう語っていた。
「先に空港へ戻っていてください。これから調書を取らなければいけませんし、乗り継ぎの手配もあるでしょうから」
集まってきたヴァルキューレを率いながら少女は機内へ歩き出した。
ヴァルキューレの親玉か……そもそもこのハウンゼンに乗っていたのだから、相応の役職にいる人物なのだろうと納得し、機外へ出るスロープに手を掛けたところで『君!』と先程の少女が戻ってきて声をかけてきた。
「名前を聞いていませんでしたね。わたしはヴァルキューレ警察学校、公安局局長”尾刃カンナ”です」
……なるほど、公安局の『狂犬』と言えば聞いたことがある。何しろこれから自分が向き合わないといけない組織そのもので。
「……私は阿慈谷」
「阿慈谷ヒフミです」
「なんとでもなるはずです!」
「ガンダムだとっ――!?」
「逃がすかァッ!!」
「敵を抱え込んでいるんです……色々と!」
「厄介なものですね……生きるというものは」
「ここからが地獄ですよ……!!」
「――身構えている時に、死神は来ないものだよ。ヒフミ」