オーディション当日——
ラヴィーネとカンネは、会場の入り口の前に立っていた。
「エントリーされる方の入口はこちらでーす!!」
会場スタッフのよく通る声が、ホール前に響き渡る。
朝だというのに、人の熱気が凄かった。
会場前には、既に長蛇の列ができている。
オーディション参加者。
その付き添いらしき家族。
そして——一般観客。
話題性のためか、今回は一般客も入場できる形式らしい。
オーディションというより、
もはや一種のエンターテイメントだ。
この日のために巨大ホールが貸し切られ、
事前に販売された観覧チケットは、一日も持たずに完売したという。
誰もが——
“伝説の始まり”を、
その目で見たいらしかった。
大型モニターには、
アーク・アルカナ姉妹グループオーディションのロゴが映し出されている。
そこかしこから、
興奮気味の話し声が聞こえてきた。
「とうとうきたね、ラヴィーネ……」
隣から、小さな声。
見ると、カンネが珍しく緊張した顔をしていた。
落ち着きなく視線が揺れている。
いつもみたいな勢いが、少しだけない。
「……ああ、そうだな」
ラヴィーネは、至って冷静だった。
いや——正確には。
冷静にならざるを得なかった。
なぜなら。
ラヴィーネは未だに、
アイドルになる気が一切なかったからだ。
ここまでの一ヶ月。
毎日毎日、カンネに練習へ付き合わされていた。
放課後は、ほぼ強制的にレッスン。
歌。
ダンス。
体力作り。
おまけに、途中からカンネが妙に本気になり始めたせいで、
練習量までどんどん増えていった。
その結果——
魔法使いとしての修行に、
割く時間も体力も壊滅した。
授業中は眠い。
訓練中も集中が切れる。
家に帰れば帰ったで、
母や兄が異様に応援してくる。
「ラヴィーネ、今日も頑張ってきたの!?」
「お兄ちゃんたち、応援してるからな!!」
「こういう衣装がいいと思うんだけど、どうかな!!」
「いや、もっとフリフリの方が……」
……うるさい。
本当に、うるさい。
ラヴィーネは——ほとほと疲れ果てていた。
だから。
(今日で……そんな日々が、やっと終わるんだ)
そう思った瞬間。
自然と、口元が緩んだ。
解放感。
ただ、それだけだった。
だが——
それを見たカンネが、
ぱあっと顔を明るくする。
「お!」
「ラヴィーネめっちゃやる気じゃん!!」
勘違いしたまま、
嬉しそうに肩を叩いてくる。
「……」
ラヴィーネの眉がピクリと動いた。
……こいつが。
そもそもの元凶だ。
こいつが、
あの日「オーディション一緒に受けよう!!」とか言い出さなければ。
私は今頃、
平和に魔法の修行をしていたはずなのに。
そう思うと、
じわじわと怒りが湧いてくる。
だが。
ここまで来た以上、
もう途中で投げるわけにもいかなかった。
だから、せめて——
どうにかして、
こいつには受かってもらわないと困る。
本気で、そう思っていた。
……
オーディションの二日前。
レッスンに疲れ、
公園のベンチで二人並んで休憩している時だった。
……公園は、今日も騒がしい。
ブランコの軋む音。
子供たちの笑い声。
遠くでは、
母親たちが楽しそうに談笑している。
最初の頃は、
公園のど真ん中で歌やダンスの練習を始めた二人に、
周囲の視線が集中していた。
だが——一ヶ月も続けば、
人間慣れるらしい。
今では、
子供たちは全く気にせず走り回っているし、
保護者たちも「ああ、いつもの子たちね」ぐらいの反応しかしない。
それはそれで、
少し複雑だった。
ベンチに座ったまま、
ラヴィーネはぼんやり空を見上げる。
夕方前の空。
オレンジ色に染まり始めた雲が、
ゆっくり流れていた。
身体が重い。
脚もだるいし、
喉も少し痛い。
……毎日こんなことやってるアイドルって、
普通に化け物なんじゃねえか。
本気でそう思う。
そんな時だった。
「ラヴィーネ、私さー」
隣から、
カンネが何気ない調子で口を開いた。
「オーディションに受からなくても、
路上ライブとかやってアイドル目指そうと思うんだよねー」
「……は?」
ラヴィーネがおもむろに目を丸くする。
思考が一瞬止まった。
……今、なんて言った?
「いやー、せっかく頑張ったのに、
これで諦めるのも勿体無い気がしてさー」
カンネは、
空を見上げたまま笑っている。
汗で張り付いた前髪を払いながら、
どこか照れ臭そうに続けた。
「そりゃ受かりたいけど、
道は一つじゃないと思うんだよね」
「……」
ラヴィーネは無言になる。
なんのためのオーディションだよ、
と思う反面。
……まあ、確かに。
それもそうか、とも思った。
ここ最近のカンネは、
本当に真剣だった。
最初みたいな勢い任せじゃない。
毎日、
ボロボロになるまで練習していた。
喉がガサガサになっても歌って。
足をもつれさせながら踊って。
転んで——
それでも、
何度も立ち上がっていた。
そこまでやったなら、
簡単に諦められないのも当然かもしれない。
「ふっ……いいんじゃねえか?」
ラヴィーネが小さく笑う。
「カンネなら、大丈夫だと思うぜ」
そう言って、
親指をグッと立てた。
背中を押すように。
励ますように。
……だから。
(……早く、私を解放してくれ)
本音は、それだった。
言葉と気持ちは、
綺麗なぐらい乖離していた。
少しでも早く、
自分の平穏を取り戻したい。
そのためにも、
とにかくカンネには前へ進んでもらわないと困る。
だが——
「……だ、だからね」
不意に、
カンネの声が妙にしおらしくなる。
「ん?」
「なんだよ、気持ち悪いな……」
ラヴィーネが目を細めながら聞き返す。
すると。
カンネは、
何かを言いかけてはやめる、
を何度も繰り返し始めた。
落ち着きなく指先を弄っている。
視線も泳いでいた。
……なんなんだ、こいつ。
やがて——
カンネは、
ぎゅっと膝の上で拳を握る。
そして、
覚悟を決めたみたいな顔をした。
「ラヴィーネも、おちたら……さ」
そこまで言って、
一度言葉が止まる。
「い、一緒に路上ライブやろう、ね……?」
少しぎこちなく。
だけど、
はっきりと。
とんでもないことを口にした。
「……」
ラヴィーネの思考が止まる。
口が、
自然にぽかんと開いていた。
……いや。
いやいやいや。
何言ってんだ、こいつ。
無言の時間だけが流れる。
遠くでは、
子供たちの笑い声が聞こえていた。
風が吹く。
木々が揺れる。
なのに、
その音だけがやけに遠かった。
どれぐらい経ったのだろうか。
痺れを切らしたように、
カンネが恐る恐る口を開く。
「だ、ダメかな……」
……いや、ふざけんな。
ダメに決まってんだろ。
私は、一級魔法使いになる。
……なるに決まってる。
さすがに、
そこまで付き合う筋合いはねえ。
……。
……そう。
強く、言うつもりだった。
でも——ラヴィーネは、言えなかった。
この一ヶ月。
短い期間とは言え、
カンネの努力をずっと隣で見てきたからだ。
アイドルになりたい。
その気持ちだけは、
嘘じゃないと知っていた。
ラヴィーネが教えて。
カンネが真似して。
失敗して。
また繰り返して。
その度に、
少しずつ上手くなっていった。
最初は酷かったダンスも、
今ではちゃんと形になっている。
それを見ているうちに。
ラヴィーネ自身も、
少しだけ、楽しいと思い始めていた。
……いや。
アイドルが楽しいわけじゃない。
決して、そうじゃない。
カンネが成長していくのを見るのが、
楽しかったのだ。
だから——
余計に、
強く突き放せなかった。
「……一人で、やれよ」
ボソリと呟く。
聞こえるかどうかも怪しいぐらい、
小さな声だった。
自分で言った言葉なのに。
なぜか、
胸が少し痛む。
一ヶ月前なら、
即答で断れたはずなのに。
でも——
今のラヴィーネには、
それが簡単にはできなかった。
罪悪感。
後ろめたさ。
色んな感情が、
胸の奥でぐちゃぐちゃになっている。
公園の騒がしさに呑まれて、
消えてしまいそうな声。
それが——
今のラヴィーネにできる、
最大限の抵抗だった。
すると。
「ラヴィーネが、一緒じゃないと——」
カンネが小さく呟く。
「わたし、ダメなの……」
いつもみたいな勢いがない。
押し付ける感じもない。
ただ、
弱々しい本音だけが零れていた。
カンネは俯いたままだ。
髪の隙間からチラリと覗く耳が、真っ赤だった。
それを見た瞬間。
ラヴィーネの顔も、
吊られるように熱くなる。
「わ、わたしは」
「お前の保護者、じゃねーぞ……」
苦し紛れの言葉。
誤魔化すような声。
途中で何度も言葉が詰まる。
鬱陶しい。
恥ずかしい。
でも——少し嬉しい。
そんな、
どうしようもなく複雑な感情。
「ラヴィーネが一緒じゃないと……嫌だ」
今度は、
先ほどより芯のある声だった。
そして。
カンネが、
まっすぐこちらを見る。
視線がぶつかった瞬間。
ラヴィーネは思わず顔を逸らした。
心臓の音が、
やけにうるさい。
……私は。
私は、一体どうしたいんだろうか。
気づけば。
公園の喧騒は、
もう耳に入っていなかった。
夕方の生暖かい風が、二人の頬を優しく撫でる。
オレンジ色に染まり始めた空の下。
風に煽られた長い髪を、ラヴィーネがそっと手で押さえる。
まるで、誤魔化すみたいに。
……カンネの瞳の潤いに、気づかないふりをして。
何かを言わなきゃいけない気がした。
だけど。
言葉は、喉の奥に引っかかったまま動かない。
沈黙だけが、二人の間に静かに落ちていく。
それから——
とうとう、
ラヴィーネはカンネに何も返すことができなかった。
……
そして——
「当たり前だろ!やる気満々だぜ!」
ラヴィーネが、
あの日と同じようにグッと親指を立てる。
口元には、
少しだけ引きつった笑み。
だが、
カンネはそんな細かい違和感には気づかない。
「おおー!!」
ぱあっと顔を輝かせた。
……単純なやつだ。
(こいつをオーディションに受からせて、
私がおちれば丸く収まる……)
ラヴィーネの中で、
方向性はちゃんと決まっていた。
私はアイドルにはならない。
なるつもりも、ない。
だから、
カンネだけ受かればいい。
それが一番平和だ。
うん。
完璧な作戦だ。
「よーし!!」
「絶対、二人で受かるぞー!!」
カンネが、
勢いよく拳を突き上げる。
周囲の視線なんて、
一切気にしていない。
いつものように全力だった。
ラヴィーネも、
少しぎこちない表情のまま拳を上げる。
「……お、おう」
気合いの温度差が酷い。
だが——
カンネはそれでも嬉しそうだった。
(絶対、ラヴィーネと一緒に受かるんだ……!!)
その胸の内では、
そんな決意が燃えている。
一方で。
(絶対、カンネを受からせて、
私は落ちるんだ……!!)
ラヴィーネもまた、
真逆の覚悟を決めていた。
思いは、
綺麗なぐらいすれ違ったまま——
二人は会場へ向かって歩き始める。
周囲には、
同じようにオーディションへ向かう少女たち。
緊張した顔。
興奮した顔。
自信に溢れた子。
親と一緒に歩いている子もいる。
そんな人混みの中を、
二人並んで進んでいく。
——その時だった。
……ん?
ラヴィーネが、
ふと違和感に気づく。
隣を見る。
カンネが歩いている。
そして——
自分と、
ぴったり同じ歩幅だった。
「……」
なんとなく、
気まずくなる。
ラヴィーネは慌てて歩幅をズラそうとした。
少し速く歩いてみる。
すると、
自然とカンネも合わせてくる。
今度は少し遅くしてみる。
やっぱり、
ぴたりと揃う。
……なんなんだよ、これ。
気持ちわりぃな。
そう思うのに。
なぜか、
無理に離れるのも違う気がした。
結局。
ラヴィーネは、
少しずつそれを諦めていく。
隣から、
時々カンネの手が触れる。
ほんの少しだけ。
肩が揺れた拍子に。
指先が掠める程度に。
その手は、
ひどく冷たくて。
少し汗ばんでいた。
……ああ。
それに気づいた瞬間。
無理に距離を取る気が、
少しだけ失せた。
⸻
そんな二人の姿を。
少し離れた場所から、
小柄な魔法使いが目を細めて見ていた。
「おーおーおー」
呆れたような声。
「若い女どもは、
元気が有り余っとるのぅ」
首の関節を、
コキコキと鳴らす。
小さな身体とは裏腹に、
妙に貫禄があった。
「うむ、わしも負けてられんな」
そう言って歩き出しかけた時。
ふと、
二人の顔を見て動きが止まる。
「……じゃが」
「どこかで見た顔じゃの」
記憶を探るように顎へ手を当てる。
そして——
「あ奴ら、
一級魔法使いの試験で見た気が……」
少し考え込む。
だが。
「まあ——気のせいじゃろ」
あっさり結論づけた。
そして、
何事もなかったかのように、
そそくさと会場へ入っていく。
その背後では——
ドーナツを頬張りながら、
ぼーっと突っ立っている少女が一人。
「……むぐ」
小さく咀嚼音を鳴らす。
眠たそうな目。
やる気のない顔。
「さっさと受かって、さっさと帰ろ……っと」
ラヴィーネとカンネを一瞬だけ横目で見る。
だが、
特に興味はなさそうだった。
そのまま、
気怠そうな足取りで会場へ向かっていく。
そして——
無数の思惑を乗せながら。
とうとう。
アーク・アルカナ姉妹グループオーディションが——
始動する!!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ジュウヨンです。
カンネ×ラヴィーネ素晴らしいですね。
もはや本来の『ゼーリエ、アイドルになる。』とは、別ジャンルの二次創作になりつつありますが、細かいことは気にしないでください。
もう少しだけ、お付き合いいただけると幸いです。
ラヴィーネは、どうしたいんでしょうね。
彼女は強いので、悩みを抱え迷ったまま進んできましたが、ここから先は誤魔化しが利かなくなっていきます。
二人がどんな道にたどり着くのか、作者としても楽しみに書いています。
これからも、自分のペースで更新していければと思いますので、見守っていただけると嬉しいです。
最近かなりラヴィーネとカンネの関係性を書くのが楽しくなってきてるんですが、
読んでくださってる方々は
・アーク・アルカナ周り
・カンラヴィの距離感や感情描写
どっちの要素が特に好きですかね……?
今後のバランスの参考にしたいです。
アンケートとってるので、ご協力いただけると嬉しいです。
現状、好きな要素を教えてください。
-
アーク・アルカナ
-
カンラヴィ(姉妹グループ)
-
どっちも