地の底にて   作:イナバの書き置き

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御嶽雪:影色舞Ⅱ/若葉睦:プレイ・バックⅡ

 アー写の事前打ち合わせは恙無く終わった。

 

 まあ、元々俺は撮るだけだ。

 テーマと場所の選定、衣装作りなどはMyGOの皆で相談して決めることで、余程妙な方向に行かない限り口を出すつもりは端からなかった。

 とは言え、こうして俺に伝えるまでは相当すったもんだあったのだとか──主に千早さんとそよの間で。

 慎み深いセンスの持ち主であるそよからすると、千早さんが提案するド派手なタイプの衣装は受け入れ難かったのだろう。

 そうして他の皆が呆れるほどああでもないこうでもないとやり合った末、結局は程々の所……つまりストリートっぽい感じの格好に落ち着いたらしい。

 

 俺としてはちょっと残念だ。

 

 どうせならANON TOKYOプロデュースの下バチバチにキメたそよの姿も見てみたかったのだが。

 そんなことを口にしてみれば、そよは蔑むような目で此方を見てきた。

 

「……私に裸になれって言いたいの?」

「え、いや……まさか、そんなに?」

「そんな訳ないじゃん!?て言うか聞いてよ雪くん!そよりんってばちょっと肌を見せる衣装を提案しただけですぐ裸って言い出してさ~!」

「ちょっとどころじゃないでしょ……愛音ちゃんはあれで一体何に出るつもりなの?」

 

 健全……ではないが男子高校生には刺激的過ぎる話題と、言葉の毒突きを繰り返すそよに内心嘆息する。

 こんなやつだったか、そよって。

 いや、こんなやつだったのだろう。

 単に人は誰しも色んな側面を持っていて、俺が目にする機会がなかったというだけの話──千早さんにそれだけ心を許している証明なのだ。

 にしても遣り取りを聞く限り、かなり口が悪いようだが。

 多分中学の頃の俺が聞いていたら、普段の柔和な様子とのギャップが激し過ぎて卒倒していただろう。

 などと考えつつ。

 

 同時に、感心もした。

 

 どうやら、そよは本当に過去と訣別したらしい。

 別にCRYCHIC時代が悪かったとは言わないが、千早さん相手に遠慮なく毒を吐いている今の姿の方が生き生きとしているように俺には思える。

 きっとそよは過去を過去として受け入れ、惜しみつつも自分の道を歩んでいるのだ。

 それは燈も椎名も同じことで──MyGO!!!!!というバンドが、如何に強い絆で結ばれているか分かる。

 一生一緒にやる、というのは伊達ではない。

 などと、考えつつ。

 

「燈、まだ寝てる?」

「ああ、そろそろ起こそうか?」

「……もう少しそっとしておこう」

 

 立希に返事をしながら、すやすやと寝入る燈に目を向ける。

 千早さんの話を聞く限り、どうやら最近は授業もそっちのけでずっと歌詞を考えているらしい。

 燈らしいと言えば燈らしい。

 とは言え、そよの家での打ち合わせの最中でも寝てしまうのは幾ら何でも熱が入りすぎだ。

 言ってもどうせ聞かないだろうが、起きたら千早さんかそよに注意してもらうべきだろう。

 それにしても、である。

 

「立希ちゃん、最近ちょっと燈ちゃんに甘過ぎじゃない?」

「いやっ、それは燈だって頑張ってるんだし……!」

「言われてやんの」

 

 甘い。

 本当に椎名は燈に甘い。

 最早全肯定としか表現しようのないレベルで燈のやること為すこと容認し続けている。

 そう言うのは、あまり良くない──燈が伸び伸びとやっているのを見るのは俺とて大好きだが、やはり締めるところは締めねばならないのだ。

 そうしてそよに詰められる椎名を眺めていると──鋭い視線が此方にも向いた。

 

「他人事みたいにしてるけど雪くんもだよ」

「えっ」

「最近よく燈ちゃんと電話してるんでしょ?」

「何それ、私初めて聞いたんだけど」

 

 何故か矛先が変わっている。

 いや、確かに燈と電話はしているが。

 別にこれと言って大した話はしていないし、何なら無言の方が長いくらいの……それでいてちょっと居心地の良い通話はしているが。

 しかし、それは果たして本当に責められるべき行為なのだろうか。

 お互いに何らかの理由で眠りたくない時、それを有効活用することに何の問題があるのだろうか。

 特に最近は八幡と背中合わせで寝る日々が続いている訳で、何かこう……落ち着かないのだ。

 そう言う時に燈と話して心を落ち着けるのは実際とても有効で──という弁護は、立希の「有り得ないんだけど」の一言で切って捨てられた。

 

「あのさあ……寝る前にスマホのブルーライトは良くないって知ってるでしょ。お前のせいで燈が授業中も寝るようになったらどうすんの?」

「……って言うか、まさか海鈴ちゃんと同じベッドで寝てるの?信じられない……」

「いや、うん。我ながら凄いクズだ……」

「開き直らないで」

「……ごめん」

 

 完全に白旗を上げるしかなかった。

 本当に、我がことながらどうかしている。

 二股とも三角関係とも言い難い中途半端な何か。

 俺は二人から好意を寄せられていることを理解し、あまつさえ八幡からは告白までされておきながらそれを保留しているクズ野郎だ。

 その点について全く言い逃れのしようがない。

 

「で、どうするつもりなの」

「燈を悲しませたら許さないから」

 

 大切な友人である燈を誑かされている立希とそよは俺を糾弾する権利があるし、俺もそれを当然のものとして受け入れるべきだ。

 どれだけ酷い言葉で罵られようと……特にそよは無理だろうが暴力を振るわれようと、それらは全て正当な批判だった。

 でも────

 

「アー写を撮るまで待って欲しい」

「……どうして?」

「約束だったんだ、中学の卒業写真撮ってやるって……その代わり、って言うのは虫が良過ぎるけど」

 

 やっぱり、燈と燈が一生一緒にやると言ったバンドの為に最高の一枚を撮ってやりたい。

 これだけは何としてもベストコンディションで──もう右目は潰れているが、やり遂げたい。

 そうして終わるべきものを終わらせて、やっと改めて始めることが出来る。

 

「そよが前に言ってくれた通り、俺は迷子だ。今自分がどこに立っているかかも分かんないよ、正直」

「……」

「でも、もしかしたらスタート地点には立てるかもしれないんだ。その、少なくとも見えるかもしれない所には来ている……と思う、きっと」

「雪、お前……」

 

 そう。

 皆が過去の清算なり消化なりを済ませて進み出している中、俺だけ足踏みをしている場合じゃない。

 多分、今俺は人生の岐路に立っている──MyGO()ムジカ(八幡)か、選ぶことを許されている。

 それをなあなあで済ませたり、悔いが残る形にしてしまうのは、それだけは絶対に嫌だ。

 俺はそよと……その元らしい燈の言葉を信じる。

 迷子でも、進むのだ。

 

 

「だから見逃してくれ、頼む」

 

 

 そのためにするのが懇願というのはちょっとどころじゃなく情けないが、頭を下げるくらいなんだ。

 色んな人に迷惑をかけた上、そよには泣き付いてしまっているのに、今更恥も何もあるものか。

 自分のためにやれることは全部やる。

 燈、海鈴、睦に──今目の前にいるMyGOの皆も含めて、信じてくれた人に見合う俺になる。

 そのためなら、この程度何でもないだろう。

 

「────」

 

 返事は、なかった。

 頭を下げたままだから二人がどんな表情をしているか知る術もない。

 対応を決めあぐねているのか、或いは罵る言葉を探しているのか。

 どちらにせよ、顔を上げることはない。

 足りないと言うなら土下座だってする。

 そうして何秒か、何十秒か──もっとかもしれない。

 何にせよ、俺の主観では果てしなく思えるほどの時間が経って。

 

 

「つまんねー男の子」

 

 

 声が聞こえた。

 見れば、それはこれまで……と言うよりこの部屋に集まってから我関せずを貫き、窓際でコンビニの抹茶パフェに黙々と向き合っていた要さんだった。

 黄と青の、間違いなく俺とは違う世界を見ているであろう瞳が真っ直ぐに此方へと向けられていた。

 同時に、肩から力が抜ける。

 

 ──そうか、つまらないか

 

 苦笑が漏れる。

 そうだろうとも。

 どれだけ真剣そうに物を頼み込んでみたところで、やっているのは独りよがりな我儘に過ぎない。

 もし仮に全てが奇跡みたいに上手く行ったとしても、得られる結果は所詮自己満足。

 そんなもののために周囲に我慢を強いる俺の浅ましさを、要さんは一言で鋭く射抜いたのだ。

 全く、本当に、この期に及んで、俺と言う人間はどこまでもどうしようもない存在────

 

 

 

「でも、ちょっと面白くなりそう」

 

 

 

 ──え

 

 

 思わず、顔を上げてしまった。

 そこにあったのは先程までと変わらず抹茶パフェとの格闘を続ける要さんの姿。

 まるでこの数秒の発言など幻だったかのように、彼女の興味は此方に無かった。

 だが──それが事実だと証明するかのようにそよの溜め息が続く。

 

「……もう好きにしたら?元々人の恋愛なんて私が口出しするようなことじゃないし」

 

 一方的に言い放ってティーカップを傾ける。

 目線を合わせようともせず、自ら口を封じて、そよはこの件についてはこれ以上何も話す気はないと全身で意思表示していた。

 どうやら俺の我が儘を受け入れる……のではなく見過ごしてくれるようだが、何故そよが心変わりしてそのような決断に至ったのか全く分からない。

 少なくとも、咎める視線を一転させられるような劇的な理由はなかった筈なのに。

 訳も分からず椎名の方を見れば、彼女もまた深く溜め息を吐く。

 

「私は、燈に幸せになって欲しい」

「だったら……」

「でも、海鈴が落ち込んでるのを見るのもイヤだ」

「……」

「それだけ」

 

 そう言って、椎名は口周りを汚した要さんの世話を焼き始める。

 残ったのは俺と、寝ている燈と、多分空気を読んで静かにしてくれていた千早さんの三人だけ。

 

 これは──これは一体、どういうことなのか。

 

 訳が分からない。

 要さんは不思議な人だが、果たして彼女の一言にどんな力があれば二人を一度に説き伏せられるのだろうか。

 少なくとも、要さんが俺の正体を端的に言い当てるその瞬間までそよも椎名も目線は厳しいものだった筈なのに。

 途方に暮れて千早さんの方を見れば、彼女はニッと笑って俺の肩を叩く。

 

「信頼されてるってコトじゃない?」

「信頼……俺が?」

「ユッキー自身がどう思ってるかは知らないけど、そよりんとリッキーは『ユッキーならちゃんと決断する』って理解してくれたんだよ……多分ね」

「愛音ちゃん余計なこと言わないで」

 

 ユッキーって、俺のことか。

 そう聞き返そうと思ったが、一瞬早くごめんごめーん、とおどけて見せながら千早さんも椎名と共に要さんの面倒を見に行った。

 改めて残された俺は、ぼんやりと自分の手を見詰める。

 

 ──何がどうなってる

 

 信頼関係とは、こう……致命的な不義理を認識していながら、それでも見過ごしてくれるものだったか。

 中学の頃は今に比べて信頼が何たるかハッキリ理解していたように思えるが、今となってはもう全然思い出せなかった。

 不思議な話だ。

 あの頃と今の俺は連続している筈なのに、全く別の存在になったかのように感じてならない。

 いつからかは分からない。

 多分、事故は関係無い。

 それでも、ふと気付いた時にはCRYCHICという集団から、もっと違う何かに最適化されたと言うか──いや、何だろう。

 あれこれ捏ねくり回してはみるものの、上手く言葉で説明出来る気がしなかった。

 

「抹茶」

「もう無いって。食い意地張り過ぎ」

「食べる」

「いや……楽奈ちゃんリッキー抹茶飴が隠し持ってるのに気付いてるよ!」

「なんっ……どうしてこう言う時だけ鼻が利くんだよ野良猫は!」

「三人とも燈ちゃんが起きるから静かにして」

 

 けれど、こうして今に全力なMyGOを見ていると。

 思わず、声に出してしまった。

 

 

「──いいな、すごく」

 

 

 俺もこうなれたら、どんなに素晴らしいかと。

 そうしてわちゃわちゃやり始めた三人を見ていると、そよが呆れも限界と言いたげな様子でぼそりと呟いた。

 

「そう言うところだよ」

「……?」

「もういい」

 

 だから、どう言うところなんだよ。

 聞き返そうにも、聞き返せない。

 察せない俺と不機嫌なそよとぐっすり寝ている燈──当然会話はこれっぽっちも無いが、妙にしっくりくる感覚が俺の内を満たしていた。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 御 嶽 雪 〕

 

 

影 色 舞

 

プ レ イ ・ バ ッ ク

 

 

〔 「 若 葉 睦 」 〕

▲▼▲▼▲

 

 

 

 ──気分が良かった

 

 

 

 椎名やそよは俺を許したのではなく、ちゃんと決断することを約束させたのは勿論理解している。

 その上で、何故かとても気分が良い。

 事故の前も事故の後も結局色々な出来事に悩んでいたが……支えが取れたと言うべきか。

 熱くて焦れったい何かが胸の内に宿って、今も全身に気力を巡らせていた。

 多分、中学の時に失くしてしまった何らかの気持ちが戻ってきているのだ。

 得体の知れない「それ」の正体は全く思い出せなかったが、そこにあるだけで俺は満足だった。

 

「────」

 

 人気の無い街路を歩く中で、自然と鼻歌が漏れる。

 燈が……MyGO!!!!!が作った歌の中でも、良い意味で他とはちょっと毛色が違うヤツ。

 儘ならなさ、息苦しさと向き合う際に心の内を叫ぶのではなく、何もかも忘れて影に踊る歌。

 不思議なくらいすっと胸の中に落ちて馴染む感覚がある。

 

 ──シンパシーってヤツか

 

 歌詞とかメロディーに共感しているのだ、多分。

 正直、俗な人間である俺は燈のセンスを半分も理解出来ていないだろうが──一心不乱に猛進することへの熱は、間違いなく燈と同じくらい身体の中で渦巻いていた。

 

「────」

 

 だから、だろう。

 俯きがちな視線が普段より上がっていたから。

 思考が普段よりもすっきりしていたから。

 歩道橋の階段を上がりきった時、丁度反対側から歩いてきた彼女に気付く。

 

 

「若葉」

「……雪」

 

 

 若葉睦。

 薄緑の髪を冷たい風に靡かせる彼女の瞳が揺れた。

 

 俺は、若葉が苦手だ。

 

 決して「嫌い」と言いたいのではない。

 寧ろコイツの「基本的な人柄」は好ましいものだ。

 物静かで優しくて、すごく友達想いなヤツ。

 祥子のために大変な苦労を背負い込み、そのために死ぬまで自分を追い詰めてしまったバカなヤツ。

 今の若葉は、一見すると何も変わっていないように見えるほどそのバカなヤツと似た性格をしている。

 若葉が「アイツだった」期間が最も長いから、不在を埋める際にベースにしたのかもしれない。

 その辺りは当人のみぞ知るだが、何にせよ今の若葉は嫌いじゃない。

 そして、故にこそ自分が嫌いになる。

 アイツに何もしてやれなかった自分が。

 

「珍しいな、こんなところにいるなんて」

「……雪の家に行ったけど、誰もいなくて」

「俺の家?」

 

 そんな自分に心の中で舌打ちしつつ話を進めれば、返ってきたのは意外な言葉だった。

 今の若葉は俺の家がどこにあるのか知らない筈。

 睦から大体は引き継いでいるものの、恥として隠したのか宝物として持って行ったのか抜けは多いようですわ、と豊川さんは言っていた。

 若葉の中で起こっている出来事はとても理解が及ばないが、最も付き合いの長い彼女が言うなら間違いないだろう。

 とすると、八幡が教えたのか。

 確かに今はもう誰も避けようとしていないし、アイツは口は硬いが突然ポロっととんでもない情報を落としていったりする。

 教えていたって文句も不自然もない。

 

「……」

「雪?」

 

 だが。

 言葉にし難い違和感がある。

 

「何しに、きたんだ」

 

 爽快な気分は一瞬で消え失せた。

 一瞬言葉が強過ぎると思いもしたが、そこに気を回している余裕はなかった──ほんの少し首を傾げた若葉には、殆ど何の情動も見られなかったのだ。

 確かに若葉は人形に例えられるほど感情表現が薄いが、だからと言って感情が無い訳ではない。

 予想外のことがあれば動揺するし、それは瞬きや瞳の揺れ、言葉の区切り方となって現れる。

 目は口ほどに物を言う、の体現者だと俺は思う……彼女の母である森みなみは、それすら演技とした訳だが。

 

 しかし、それがない。

 

 動揺のサインがない。

 俺が外に出ていたことは──或いは、此処で遭遇することまで完全に予想の範疇に収まっている。

 首を傾げたのはただのリアクションに過ぎない。

 ムジカの全員が秘めている化け物。

 その一体が、冬の冷えた夜に出現していた。

 

 

「──雪」

 

 

 首の角度を戻した若葉が踏み出す。

 思考の隙間に滑り込む足取り。

 歩道橋の反対側に筈の彼女がもう中間を越えている。

 その、普段と変わらないシルエットから滲む異質な気配に思わず踵が浮いて。

 

 

「──ゆき」

 

 

 聞いた声。

 知っている声。

 もう二度と聞けないと覚悟した声。

 返そうとした(きびす)がその場に落ちる。

 

 

「私は、私たちから逃げないで欲しいだけ」

 

 

 気付いた時には、目の前に立っていた。

 若葉じゃない。

 若葉ムツミじゃない。

 そいつは両手を差し出して。

 俺の頬に、手を添えて。

 添え、て?

 

 

Ave Mujica(私たち)を選んで」

 

 

 唇に、何か柔らかいものが触れた。

 それが睦の薄い唇であることに気付くまでに、数秒もかからなかった。




◯御嶽雪
そういう所だぞの化身。

◯高松燈
今回は寝てるだけ。
星を見るとか歌詞考えるとか理由があれば翌日のことも考えずに夜更かしするけど基本的には早寝早起きなイメージがある(偏見)

◯長崎そよ
雪くんはさぁ…

◯椎名立希
雪はさぁ…

◯要楽奈
雪は居場所についてちゃんと考えてるからギリギリつまんねーやつ判定から外れそうになってる。

◯若葉睦
化け物が化け物している。
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