1944年 10月20日
トラック泊地
かつて連合艦隊の一大拠点として栄えたこの地も今となっては風前の灯火だった。
泊地全体を埋め尽くす程の艦は無く、全艦がこれから起きるであろう決戦に備えての準備に勤しんでいた。
「結局、こうなる運命だったのか。我が国は…」
桟橋から泊地内を見回していたのは次の作戦で『囮役』を担う機動部隊指揮官の小沢治三郎であった。
「長官、こちらにおられましたか」
「あぁ源田君か」
彼に声をかけたのは同艦隊の航空参謀:源田実であった。
「なぁ…源田君、次の作戦で我々は勝てると思うか?君の正直な心境を聞かせてほしい」
「……正直に申し上げて難しいかと、我が方もそれ相応の被害は覚悟しなくてはならんでしょう。先のソロモンや南太平洋での戦闘でも我々は辛勝でした」
2年前の8月、10月に起きた『第二次ソロモン海戦』『南太平洋海戦』で日本海軍は敵空母『エンタープライズ』『ホーネット』を撃沈する戦果を挙げていたが、いずれも米艦隊を一時的に豪州へと後退させる程度にしかならず一気に対局を覆す程には至らなかった。
それでも戦力補充の時間を稼いだ彼らは史実と異なった様相を呈していた。
「あの二隻とかき集めた熟練者達が、どれほど活躍できるかですね」
彼のその一言に合わせて小沢は視線を泊地内に停泊する二隻の空母に向けた。
「大鳳と……信濃か」
この日の決戦に間に合った二隻。
かたやミッドウェーの敗戦を受けて急遽空母への改装が決定した大和型戦艦三番艦『信濃』
そして装甲空母の異名を持つ『大鳳』
「そういえば、新鋭機も幾らか積んでるそうだな」
「はい、両艦には新鋭の烈風と流星を集中的に積んであります。ただその二隻分が精一杯、翔鶴型や隼鷹、飛鷹には乗せられんそうで……」
「だが無いよりマシだ。我々が囮であろうと無かろうと、おそらくこれが帝国海軍機動部隊の最後の戦いになる」
「……はい」
一言一言が重かった。無理もない、開戦から既に三年余りが経過している。艦も人も皆疲弊し切っている。
誰が、何の為に何の目的で始めたのか?それは政治家のやる事だ。
軍人とはそれによって現れた脅威に対抗する為の一種の装置のようなものだ。
四日後、出撃した機動部隊は当初の目的通りハルゼー麾下の米機動部隊を引きつける事に成功する。
「来ますかな…?」
「来る。来てもらわねば本隊の突入に支障が出るからな」
旗艦信濃の艦橋でじっと目の前の海域を見据えていた小沢と源田以下幕僚らだったが突然、艦隊を予報には無い謎のスコールが襲う。
航海長は進路の変更を具申したが、敵に側面を見せるわけにはいかんとして小沢はそのまま嵐の中を進み、そして艦隊は消息を絶った。
2026年10月 太平洋
外洋独特の群青の海原をゆっくりと切り裂きながら、灰色の艦がなお南を目指していた。艦尾にはためくは旭日の自衛隊旗。
彼ら現在リムパックへ向けて中部太平洋を東へと進んでいた。
艦隊陣容は以下の通りである。
むらさめ型護衛艦「ゆうだち」「いなづま」
たかなみ型護衛艦「たかなみ」「すずなみ」
あさひ型護衛艦「あさひ」「しらぬい」
いずも型護衛艦「いずも」
ここまでなら例年より多少多いくらいのものだが、今回は一味違った。
艦隊には海自ではあり得ない巨大な艦。空母が随伴していた。
それは2007年に退役して以降、バージニア州ノーフォークでモスボール保管されていた空母「ジョン・F・ケネディ」を日本政府が2017年に格安で購入し、2021年から近代化改修を受けたのち配備が始まったF-35Cを搭載して生まれ変わった航空機搭載護衛艦「あさま」
そしてハワイでの演習に備えて陸上自衛隊第7偵察隊と西部方面航空隊が乗り込んだおおすみ型輸送艦「くにさき」、そして上記の全てに弾薬・燃料・食糧を供給すべく補給艦「とわだ」「ましゅう」が付いていた。
「これ程の規模での演習とは、上も中々思い切ったこと考えたな」
艦橋から辺りを見回しながら白いシャツに海将補の階級章をつけた五十路の、がっしりとした体格の男。この護衛艦隊を指揮する「三浦大悟」海将補だった。
「数だけを見たら第七艦隊に匹敵する程。これ程の規模の艦隊をお目にかかれるとは…」
「戦後80年……ようやく日本に空母機動部隊が復活したと言っても過言じゃない。おっと失言かな。艦長、目的地まであとどれくらいだ?」
三浦は「あさま」の艦長、日向學一等海佐に声をかけた。
「もう後一、二時間ほどで目的地に付きます」
「そうか、予定通りだ。この天候以外は」
彼は再び窓の外に目を向ける。
つい先程まで晴れていた空はいつの間にか曇天へと変わっており、波も高くなって雨まで降っていた。
「む、思ったより揺れるな。気象レーダー、雲の様子は?」
「とくに変わった様子は……あ、いえ、雲量急増!」
気象長の声が少々うわずった。日向がスクリーンをのぞき込む。
「こりゃ、なんだ?」
スクリーンの上半分が、スプレーで塗りつぶすように、みるみる白くなっていく。雲の塊というには大きすぎて、回避すべき方向も見えはしない。
「台風の進路にでもぶち当たったか? 予報は」
「出ていません」
「通信士、随伴の護衛艦に連絡を」
「……電波状態不良、交信できません」
日向は咄嗟に三浦と目を合わせた。
これはただ事ではないとし、彼は即座に積荷を固定するよう命じた。
「予め機体を格納庫に降ろしておいて正解でしたね」
「全くだ。一機数億する機体を潮まみれにする訳にはいかんからな」
通常なら甲板上に艦載機あるいはヘリを出しておくが、演習前である為全機格納庫に降ろして厳重な整備を行っていたのが功を奏したようだった。
しかし嵐は余計に激しさを増し、排水量6万トンの「あさま」も徐々に揺られるようになった。
「司令、こいつはただの嵐ではなさそうです!」
「そうだな…!総員何かに掴まれ‼︎」
彼もそう言って司令席にしがみつく、次第に揺れが強くなる中で彼らの意識は徐々に遠のいていくのだった……