【11月10日 午前】
「まずは、あなたが追っている元凶……『美甘井燈二(みかいとうじ)』についてです」
牧野は、三級術師とはいえ勤勉な男だった。呪術界の古い記録や呪詛師の歴史についても、かなりの知識を持っている。
「記録上の名は、確かに残っています。戦後の混乱期に暗躍した、最悪の呪詛師の一人です」
「……やっぱり、受肉した過去の術師か」
「ええ。若い女性を好んで狙い、呪印を刻んで生命力を吸い上げる。対象がゆっくりと衰弱し、完全に壊れきる直前の姿を愛でるという……かなり悪趣味で、底なしの悪意を持った男です」
その吐き気を催すような趣味嗜好を聞いて、川崎が顔をしかめた。
「……最悪。虫唾が走るわ」
「それで済むかよ。……ぶっ殺す」
八幡の目から、ドス黒い殺意が漏れ出す。
「ここの避難民を蝕んでいる疫病も、彼が意図的に撒いたか、あるいは彼の術式の残滓が環境に染み出して起きている可能性が高いです」と、牧野は付け加えた。
「次に、その燈二と睨み合っている残り二人の術師についてです。彼らの情報も、あなたが生き残るためには絶対に必要になります」
牧野は地図の東部と西部を指差した。
「東部を縄張りにしているのは、『轟武玄(とどろきぶげん)』。術式で己の肉体を異常強化する、純粋な暴力の塊です。正面衝突なら、このコロニーでも最強クラスでしょう。 そして西部を牛耳っているのが、『紙屋什路(かみやじゅうろ)』。さっきこの拠点に呪霊を誘導してきた張本人です。彼は結界や監視カメラを利用し、あらかじめ罠や細工を配置して戦う、極めて陰湿な構造の術師です」
「……なるほどな」
八幡の頭の中で、バラバラだった情報が一つに繋がり始めた。
「燈二にとって最も相性が悪いのは、おそらく純粋な近接物理に特化した轟です。逆に、轟にとって最も面倒なのは、紙屋のような近づかせない搦め手でしょう。そして紙屋は、燈二の陰湿な術式を嫌悪している」
牧野の分析を聞き、八幡の目の色が変わった。
「……だったら」
「ええ。あなたが一人で真正面から全員を相手にする必要はありません。盤面の崩し方次第では、彼らの相性を利用して、互いをぶつけることができるかもしれないんです」
八幡は地図を見下ろした。 これまでは「突っ込んで殺す」ことしか頭になかった。だが、牧野の『伝習』によって基礎知識を得た今の八幡には、その三すくみという盤面の「歪み」がはっきりと見え始めていた。
「……真正面から全部やるとか、普通に死ぬだけでしょ」
川崎が、八幡の無茶な性格を熟知しているからこそ、釘を刺すように言った。
「うるせえ。分かってるよ」
「でも、川崎さんの言う通りです」と牧野が続く。
「今は、『どう勝つか』ではなく、『どう崩すか』を考えるべきです」
八幡の脳内で、いくつかの粗削りな作戦案が組み上がっていく。
案1:轟の好戦的な性格を利用し、彼を燈二の拠点へ誘導してぶつける。
案2:紙屋の監視網を逆利用し、彼に燈二や轟の動きを誤認させる。
案3:まずは紙屋の『目(監視網)』を潰し、三すくみの均衡を強制的に崩す。
(……俺一人で、全部を斬る必要はない)
八幡は初めて、この狂ったゲームにおいて「知恵を使って攻略する」という視点を手に入れた。