深い恨みや未練を持ったまま死ぬとその念は強く残り、憎悪の対象へと向かう。

ネフェルピトーへの恐怖は、死を目前にして明確な憎悪へと変わっていた。

ゆえに、最期に放たれた不可視の矢は、ネフェルピトーを追尾し、ついに届いた。

そして気が付くと、オレはネフェルピトーになっていた……!?

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第1話

 世界中を回って未確認生物を見つけ出す。それがオレの夢。

 

 オレは、幻獣ハンターだった。

 

 だった……というのは、色々あって殺されてしまったからなんだが……。

 

 NGLで発生した巨大化キメラアントによる未曾有の大災害。

 

 その最前線にいたオレは、誰を守ることもできず、キメラアントに捕らえられてしまった。

 

「――例えば変化系に属する能力者なのに何かを操作することに強い興味を持っていると最も苦手な操作系の能力が発現したりする」

 

「ふんふんニャるほど。6つの系統の判別方法は?」クチュクチュ

 

「水見式という方法が、あっ、最も簡単で、あっあっ」

 

 ただ殺されただけじゃない。

 

 キメラアントの軍団長から語るのも憚られるような方法で『取り調べ』を受けたオレは、あろうことか念能力のことをキメラアントたちに全部白状してしまった。

 

「これからはネフェルピトーって呼んでね」

 

 薄れゆく意識の中で、軍団長の声が聞こえてきた。どうやらオレではなく別のキメラアントに向けて名乗ったらしい。

 

「あれはもう要らない」

 

 『あれ』と呼ばれたのは人生で最初で最後のことだった。

 

 キメラアントの軍団長・ネフェルピトーにとって、オレはもう利用価値のない餌でしかなかった。

 

 ネフェルピトー。その名前覚えたぞ。オレはもうすぐ死ぬだろう。だが、ただでは死んでやるもんか。

 

「……」痺れ毒を食らった上、脳まで弄られた今のオレは、もはやまともに言葉を話すことすらままならない。

 

 首から下も微動だにしない。

 

 だが、オレは最期に一矢を報いるため、全身を弓に見立て念を練った。

 

 七色弓箭(レインボウ)。オーラで効果の異なる七色の矢を作り出し、身体の一部を弓に見立てて放つ能力だ。

 弓と矢それぞれに七種類の効果があるため、7×7=49通りという幅広い使い方ができる。

 七色のうち一色を不可視の色に設定していることは、まだ誰にも話していない。

 

 ――七色弓箭(レインボウ)! 不可視の矢!

 

 オレが床に向けて矢を放ったのと、オレの脳天に鉈が振り下ろされたのは同時だった。

 

 グチャッ

 

 あぁ、考えうる限り最悪の最期だ。

 

 ネフェルピトー。あんたさえいなければ、オレは回復を待ってキメラアントの巣から脱出できていたはずだ。

 

 ……あんたさえいなければ。

 

 オレの魂は肉体を離れ、不可視の矢に乗って緩やかな速度で床や壁の中を進む。

 

 知らなかった。死後に自分の念がこんなに強まるなんて。

 

 意思のとおりに飛び回る矢となったオレは、自身の念能力の神髄を理解した。

 

 操作系寄りの放出系能力。

 

 それがオレの念能力。だが、死後強まったのは操作系としての性質だった。

 

 今のオレは、この矢で貫いた憎悪の対象を意のままに操ることができるらしい。

 

 憎悪の対象が誰なのかは、言うまでもない。

 

 ネフェルピトーの隙を伺いつつ、オレは静かに『その時』を待った。

 

 ネフェルピトーの周囲に他のキメラアント達が誰もいなくなるタイミングを。

 

 オレの中の憎悪は少しも薄まることなく、遠く離れた場所へ跳躍したネフェルピトーを追って、ゆっくりと飛んでいく。

 

 ――――。

 

「うんっ。僕、ちょっと強いかも♡」

 

 そして、オレは強敵との戦闘を終えて上機嫌になっているネフェルピトーの額を貫いた。

 

 漆黒の闇の中。

 

 気が付くと精神世界でオレとネフェルピトーは二人きりだった。

 

 流石のネフェルピトーも、突然の暗転には少し動揺したようだ。

 

 しかし、目の前にいるのがオレだと知って、露骨に警戒を解いた。

 

「へーえ。死んだ後も念能力って残るの? 面白いね」

 

「あんたはもう終わりだ。オレの最期の矢に撃ちぬかれたんだからな」

 

「うっとうしいニャ~」

 

 ネフェルピトーがそう言った直後、オレの胸の真ん中をネフェルピトーの腕が貫いた。

 

 全く反応できなかった。

 

 支配したはずの精神世界でもこれほどの強さ。

 

 圧倒的ポテンシャル。

 

 死後強まったオレの念だけでは操作しきれない……!?

 

「くそっ!」

 

「餌は餌らしく早く消えて――」

 

 次の瞬間、凄絶な笑みを浮かべるネフェルピトーの首があっさりと落ちた。

 

 ――死神の円舞曲(サイレントワルツ)

 

 二人きりだったはずの精神世界に、第三者の声が響く。

 

「ありえニャい……こんな……」

 

 ネフェルピトーは、激しく瞳を動かし、声の主を探した。

 

 暗闇の向こうに、死神の鎌のようなものを持った髪の長い男性が立っていた。

 

 それは本当に、死神だったのかもしれない。

 

「ゴンとキルアのことを、よろしく頼む」

 

 なぜ死神から、あの二人の名前が出てきたのだろう。

 

 オレと同じ287期ハンターであるゴン=フリークス。そして、あの若さで元殺し屋だというキルアの顔が脳裏をよぎった。

 

「貴方は、一体――」

 

 死神に手を伸ばそうとした時、精神世界が眩い光に包まれ、オレは目を覚ます。

 

「まるで生き返ったみたい」

 

 現実世界に戻ってきて最初の一言は、そんな間抜けた内容だった。

 

 自分の声が猫の鳴き声のように甲高い。耳の位置が頭頂部に変わったせいか、聞こえ方にやや違和感がある。

 

 視線を落としてみれば、猫っぽい四本指の両手が、胡坐の間に髪の長い人の生首を抱えていた。

 

「ニャ!?」

 

 驚きのあまり生首を放り出して跳躍してしまったが、よく見れば生首の顔は先ほど助けてくれた死神にそっくりだった。

 

 着地してすぐ、慌てて身体中を触って確かめてみる。

 

 人間と似ているが、人間よりも遥かに強靭な肉体であることが分かった。

 

 膝などの関節には昆虫のような節があり、耳や両手、そして尾てい骨の付近から伸びる尻尾には猫の特徴。

 

 自分がどうなっているか、すぐに理解できた。

 

(返せよ! この僕の身体をなんで餌ごときが操れる!?)

 

 頭の中でネフェルピトーの声がする。

 

「返せだって? それは無理な相談だ。もうボク自身にも、解除することは不可能だからね」

 

 憎悪の対象がいる限り、死後強まったオレの念能力が消えることはない。

 

 憎悪の対象が『自分』である以上、この身体が死ぬまで、オレの能力は解除されないということだ。

 

 こうして、幻獣ハンターだった『オレ』は、キメラアントの女王直属護衛軍団長の『ボク』になった。

 

「この身体、せいぜい有効活用させてもらうよ。ネフェルピトー。……キミたちに殺された仲間のハンターたちの分まで復讐し尽くしてやる。まずはキミの手で女王を殺して……」

 

(それだけは待ってくれ! 何でもするから!!)

 

「……何もしなくていい。ただ静かに見ててくれ。ボクの中で」

 

 しかし、ここで重大なことが分かった。

 

 今のボクには、ネフェルピトーが元々持っていた能力が全く使えなくなっているらしい。

 

(僕の能力は女王様のためのもの。キミの復讐には使わせない……!)

 

「別に協力してくれとは言わないよ」

 

 ――七色弓箭(レインボウ)! 緑の矢!

 

 よかった。『オレ』が持っていた念能力は使えるらしい。

 

 七色弓箭。オーラで効果の異なる七色の矢を作り出し、身体の一部を弓に見立てて放つ能力だ。

 赤・橙・黄・緑・青・紫・不可視。

 七色で七種類の効果があるため、幅広い使い方ができる。

 

 七色のうち一色を不可視の色と設定していることは、奥の手として誰にも教えていない。先ほどネフェルピトーを射抜いた不可視の矢はまさにそれであった。

 

(おい、やめろ。その禍々しい矢、まさか……)

 

 ボクは死後強まった緑の矢を力いっぱい自分の腹に差し込んだ。

 

 痛みはない。

 

(やめろ……! 僕の身体だぞ! 好き勝手に、アッ!)

 

 突き刺した緑の矢に力を込めると、ボクの胸が少しずつ膨らみを帯び始める。

 

「他人の脳を弄りまくったキミにだけは言われたくニャいね」

 

(その矢の効果は「毒」か……)

 

 厳密には「毒」ではなく「変質」だ。

 

 この矢で刺したものに予め念じておいた変化をもたらす。

 

 ボクが今回の緑の矢に念じた変化は言うまでもない。

 

(強制的に成長させているのか!? 僕の身体を……!)

 

「あぁ、ボクはこれから新しい女王にニャるんだよ」

 

(ニャ……!?)

 

 一般的に、働きアリは全てメスである。

 

 働きアリは羽を持たない。

 

 キメラアントであるネフェルピトーも羽を持っていない。その外見的特徴から、ネフェルピトーがメスであることは明らかである。

 

 繫殖能力を持つ女王アリと、ほぼ繁殖能力を持たない働きアリの違いを分けるのは、幼虫期の栄養状態のみ。

 

 緑の矢の力で強制的に書き換えられたネフェルピトーの身体は、高栄養状態と錯覚し、凄まじい速度で繁殖に適した形へ生まれ変わっているのだった。

 

 ムチッ! ムチッ!

 

(こんな馬鹿ニャ、アッ、僕の胸、アッ、お尻まで……!?)

 

 ぽよんっ! むわっ

 

(こんニャやり方で、アッ、僕の念能力が使えるように、ニャるわけ……アッ)

 

 そんな声が聞こえてきたが、ボクは気にせず地面に腰を下ろし、身体の形を確かめ続ける。

 

(僕を、アッ、無視するニャ! アッアッ)

 

 よーし、そろそろもう一本追加で紫の矢を入れてみよう。

 

(ニャアアン!)

 

 心の声が次第に色気を帯びていく。

 

 紫は「魅惑」の矢、撃った相手を自分に惚れさせる効果だが、憑依した状態で自分に刺した場合はこんな感じになるのか。

 

 自己肯定感が高まっていき、今なら何でもできる自信が湧いてくる。

 

 もうだいぶ、女王になる準備が出来てきたってことじゃないか?

 

(ダメ! もうこれ以上は、アッ、出ちゃう、羽が出ちゃうニャーーーー!)

 

 ボクの背に小さな羽が伸びていく。これが女王の羽か。これが伸びきった時、ボクは新しい女王になるのだろう。

 

「ハァ……ハァ……。一つの巣に二匹も女王は要らない。これでもうボクが女王を守る必要はニャいよねぇ」

 

 熟した果実のように育った両胸と、二回りも大きくなった尻を確かめながら、ボクは自分に言い聞かせるようにそう言う。

 

(……)

 

 心の中の『僕』の声はもう聞こえなくなっていた。

 

 それと同時に、ネフェルピトーが必死に隠していた記憶や念能力の使い方が、ボクの脳裏に全て流れ込んでくる。

 

「よし。今日はこのくらいにしておくか」

 

 二本の矢を腹から引き抜くと、緑の矢で一時的に変わっていただけのボクの身体が逆成長を始める。羽は消え、肉体も元の戦闘に適した引き締まったものに戻る。

 

 騙したようで悪いが、流石にボクも女王になって繁殖するつもりはない。

 

 試しに“円”を使ってみると、一瞬で約2kmの範囲に広がって、自分のことながら改めて驚く。

 

 ゆっくりおやすみ、ネフェルピトー。

 あとはボクがキミの代わりに全部上手くやっておくから。


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