害獣駆除業者のビザンツ   作:Woudy

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葬送、これからも”人”であり続ける。

――ビザンツと別れたその夜。

 

「……」

「……」

「……」

 

焚き火を囲む一行の間に暫く言葉はなかった。パチパチと爆ぜる火の粉の音だけが、静寂に包まれた夜の空気の中で、やけに響いている。

 

「……とんでもねえ奴だったな」

「……はい」

 

シュタルクの口から漏れた声が、ようやく止まっていた3人の時間を再開させる。

 

「ビザンツ様は本当に”人”……なのでしょうか? 心という存在が全く感じられなくて。私にはまるで、そう――“アレ”は……」

 

フェルンは自分の手が震えている事に気付き、自らをギュッと抱き締めた。シュタルクはそんな彼女を心配そうに見つめ、寄り添うべきか悩みつつも言葉を掛ける。

 

「フェルン、お前大丈夫か?」

「……シュタルク様。もしかしたら私、ビザンツ様に魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を放っていたかもしれません。それほどまでにあの方を……魔族と誤認しかけてしまいました。間違いなく防がれていたでしょうけど」

「魔族、か……そうだね、それもとびっきりヤバい方の魔族って感じだ。無名の大魔族(ソリテール)を思い出したよ」

 

フリーレンの静かな肯定が、夜の闇に溶けていった。

 

彼女の脳裏には、かつて黄金郷で対峙した、あの知的好奇心の塊のような大魔族の姿が浮かんでいた。人類に対して研究熱心で、その為に饒舌に言葉を操り、多くの人間を嬲り殺しにしてきたソリテール。彼女との戦いは文字通りの死闘だった。言葉を交わし、互いの魔法を解析し、一瞬の隙を突いたフェルンの一撃で漸くその命を穿った。

 

 

『魔力探知範囲外からの超長距離射撃……これは予想外だったわ。……素晴らしい』

 

 

あの時ソリテールが死に際に放った称賛を、フリーレンは今でも覚えている。どことなくビザンツは、人でありながら彼女に近い雰囲気を纏っていた。もっとも行動原理は前者が”研究”、後者が”駆除”と完全に別物だが。

 

「……なあ、フリーレン」

 

シュタルクが自信無さげに声を出す。彼は膝を抱え、自分の斧の刃紋を所在なげに見つめている。

 

「俺、アイツの言ってた事……正直一理あるって思っちまったんだ。確かに魔族が喋ってる隙を突いてさっさと首を跳ねちまえば、誰も傷つかなくて済む。だから”痛い子”呼ばわりされたのに、全く言い返せなくてよ。俺達がやってきた事って、ただの危なっかしいお遊びだったのか?」

「……私もです」

 

フェルンが静かに付け加えた。彼女は温かい紅茶を淹れながら、その白い湯気の中にビザンツが残した虚無を見ていた。

 

「ソリテールの時もそうでした。異常に警戒心の強い彼女と直接対峙した時点で、私達が死の淵まで追い詰められる結果は決まってたと思います……それでも、もう少し早く攻撃出来てたかもしれません」

 

流石のビザンツもソリテール相手には正面から挑まないだろう。鳴き声を発する前から不意打ちしたところで、あの防御魔法に阻まれるのは目に見えている。遥か遠くに潜み、感知不能な必中の弾丸で、暢気に歩いている彼女の頭部を貫いた筈だ。

 

「魔族の言葉をただの音として処理できれば、どれほど楽でしょう。恐怖も、迷いも、怒りすら抱かずに済む。ビザンツ様の戦い方は、ある意味で魔族を滅ぼす上では最適解と言わざるを得ません。私達はただ無駄なリスクを冒して、感傷に浸っていただけなのでしょうか……?」

 

フェルンが差し出したカップをフリーレンは無言で受け取る。その指先は冷えた夜気の所為か、あるいはビザンツが放った冷徹な正論の所為なのか、まだ少しだけ震えていた。

 

「……そうだね、ビザンツは正しかったよ。生存戦略という点において、彼の右に出る者は居ないだろうね」

 

フリーレンは紅茶を一口啜り、そっと目を閉じた。瞼の裏には、遠方より飛来する無慈悲な一撃で頭部が破砕する魔族と、その魔族を生ゴミのように処理するビザンツの光無き瞳が焼き付いていた。

 

「私達が魔族の言葉に耳を傾けているその瞬間、私達は本能のレベルで、奴等を自分達と同じ“人”だと認識している。それはビザンツの言う通り、生存戦略としては致命的な欠陥そのものだ……1000年以上経っても、私はまだその甘さを捨てきれずにいたようだね」

 

魔族との対話を全て無駄と切り捨て、その首を躊躇なく飛ばす。それがビザンツにとっての正解なのだ。フリーレンは焚き火の揺らめきを見つめ、ふと遠い空を仰いだ。

 

「……でも、私は変えるつもりはないよ? 今までのやり方を」

 

「……え?」

「フリーレン様?」

 

フェルンとシュタルクが顔を上げる。

 

 

 

「だって――――ヒンメルならそうしたから」

 

 

 

蘇る記憶。かつてフリーレンと共に旅をした勇者の、眩しい程の笑顔。

 

「ヒンメルだったら、例え自分を食い殺す為に欺いてると分かってでも、魔族と正面から向き合っただろうね」

 

彼は魔族の村娘の擬態を見抜いた上で、その剣を抜くのを躊躇った男だ。その”甘さ”の所為で死にかけた事もあった。ビザンツから見て効率とは無縁の、あまりにも不器用で危険な歩み寄りである。

 

「ビザンツは魔族(化け物)を殺す為に心を削り、自らも魔族(化け物)のように立ち振る舞っている。それはプロとしては満点かもしれない。……でも私はヒンメル達と旅をして、人を知りたいと願うようになった。魔族をただの害獣として無感動に処理していったら……私は、ヒンメルが見せてくれたこの世界の美しさまで、一緒にゴミ箱に捨てちゃう事になる」

 

ヒンメルが亡くなるほんの少し前。勇者パーティ4人で半世紀(エーラ)流星を眺めたあの日は、フリーレンにとって1000年先でも忘れられない最高の思い出となっている。

 

「だからね、2人とも」

 

フリーレンは顔を上げ、現在の仲間達を真っ直ぐに見つめた。その瞳にはビザンツに打ちのめされた時のしょんぼりとした気配は消え、静かな、しかし確固たる光を宿していた。

 

「私はこれからも、”痛い子”でいようと思う。魔族を”化け物”だと蔑みながら、同時に”言葉を話す人類の敵”として向き合って、悩み、傷付きながら葬っていく。それが私達が”人”であり続ける為の、たった一つの非効率で、愛おしい戦い方なんだよ。……きっと効率厨の彼には一生理解して貰えないだろうけどね」

 

シュタルクが小さく吹き出した。張り詰めていた肩の力が、ふっと抜ける。

 

「……はは、やっぱフリーレンならそう言うよな。俺もアイツの真似をして心を空っぽにして斧を振るのは、どうにも柄じゃないし。不器用なりに、相手の顔を見て戦うのが俺達のスタイルだ」

「そうですね。私もビザンツ様の淹れた寸分の狂いもない管理された紅茶より、今のこの……ちょっと茶葉の出過ぎた不味い紅茶の方がずっと好きです」

「フェルン、君の淹れた紅茶はちゃんと美味しいから大丈夫だって」

 

フリーレンの軽いフォローに、一行の間に小さな笑いが漏れた。ビザンツが彼等の心に打ち付けた虚無が少しずつ消え、人間にしか持てない情緒という名の体温が戻ってくる。

 

これからもビザンツは生存に無駄な要素は全て切り捨て、ひたすら”効率”を目指していくつもりだろう。

 

だが、フリーレン達は敢えてこの”無駄”を後生大事に抱えて生きていく。

 

「よし、休憩終わり。そろそろ出発するとしよう」

「はい。あとちょっとで宿ですね。もうひと踏ん張りです」

「ふぃ~、今日はフカフカのベッドで寝れそうだ」

 

フリーレン達は焚火を消すと、荷物を携えて夜の道をまた一歩踏み出す。

 

 

 

それはビザンツから見ればどこまでも危うく、非効率で――そして何よりも”人間らしい”旅路の再開だった。

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