異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード21:動かない古代人形

闇市が崩れた夜のあとの蒼港は、いつもより少しだけ静かだった。

 

もちろん、港そのものが眠るわけではない。

夜明け前から船は出入りし、荷運びたちは怒号を飛ばし、魚市場には水揚げされたばかりの魚が並ぶ。潮風は相変わらず強く、帆布を鳴らし、倉庫街の隙間を抜けていく。

 

だが、そのざわめきの底に、昨日までとは違う緊張があった。

 

東の船着き場地下で行われていた闇市の摘発。

奴隷商バルドの拘束。

青霊草の一部回収。

そして、子どもたちの保護。

 

その噂は、夜が明ける前には港中に広がり始めていた。

 

蒼港の教会支部には、朝から多くの人が出入りしていた。

救い出された子どもたちは、奥の礼拝室と隣接する宿舎へ分けられ、神官たちが食事と寝床を用意している。商人組合の者たちは、押収された帳簿や荷札を持ち込み、教会騎士はバルド一味の残党を追って港湾区へ散っていた。

 

フィリアは、礼拝室の入口に立っていた。

 

中では、子どもたちが温かい粥を受け取っている。まだ誰も大きな声では笑わない。けれど、昨夜のように肩を震わせるばかりでもなかった。

 

ランは、最年少の少年の隣に座っていた。

自分の器にはほとんど手をつけず、少年がちゃんと食べているかを先に見ている。

 

「……ああいうところ、変わらないんだね」

 

フィリアが小さく呟く。

 

セレンはその隣で、同じように礼拝室を見ていた。

 

「彼女は、ずっとそうしてきたのでしょう」

「自分も子どもなのに?」

「ええ」

 

その返事は静かだった。

 

けれど、どこか遠くを見ているような声でもあった。

 

フィリアは一瞬、セレンを見る。

昨夜、彼が大蛇を前に動けなくなった理由。

子どもたちを見て怒りに呑まれかけた理由。

まだ全部は分からない。

 

だが、何かがあることだけは分かる。

 

「聞かないよ」

フィリアは言った。

 

セレンがこちらを見る。

 

「何をですか」

 

「あなたが、今何を思い出してるのか」

フィリアは礼拝室へ視線を戻した。

「聞いてほしくなったら、その時に聞く」

 

セレンは少しだけ黙った。

 

それから、静かに頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

「そういう時、すぐお礼言うよね」

「悪いことでしょうか」

「悪くはないけど」

フィリアは少しだけ口元を緩めた。

「たまに、距離を置かれてるみたいに聞こえる」

 

セレンは返答に迷ったように目を伏せる。

 

「……気をつけます」

 

「それも真面目」

 

フィリアは小さく息を吐き、礼拝室の中へ一歩踏み出した。

 

ランがそれに気づき、顔を上げる。

まだ警戒はある。けれど、逃げようとはしない。

 

「おはよう」

フィリアが声をかける。

 

「……おはよう」

 

ランは小さく返した。

 

「ちゃんと食べてる?」

「この子は」

「ランも」

「……食べる」

 

ランは少しだけ気まずそうに、自分の器へ手を伸ばした。

 

フィリアはそれを見て、ようやく少し安心したように頷く。

 

「今日は、もう危ない場所には行かなくていい」

「でも、他の子たちは?」

「全員ここにいる。昨夜逃げられた子も、騎士団が保護したって」

フィリアは少しだけ言葉を選んだ。

「怪我してる子もいるけど、生きてる」

 

ランの肩が、小さく落ちた。

力が抜けたのだと気づくまで、少し時間がかかった。

 

「……よかった」

 

その声は、泣きそうだった。

 

フィリアは手を伸ばしかけて、途中で止めた。

触れていいのか、まだ分からなかったからだ。

 

代わりに、少しだけ近くへ座る。

 

「あとで、話を聞かせてほしい。無理のない範囲でいい」

「バルドのこと?」

「うん。あと、白い封蝋の使者って人のことも」

 

ランは首を横に振った。

 

「あの人の顔は、ちゃんと見てない」

「そっか」

「でも、声は覚えてる。大人たちが、あの人が来た日は絶対に静かにしてた」

「怖がってた?」

「……怖がってたと思う」

 

フィリアはセレンを見る。

 

バルドはただの親玉ではなかった。

その上に、名を出さない買い手がいる。

そして、その相手は奴隷商でさえ恐れる何かを持っている。

 

セレンも同じことを考えているのだろう。

表情は穏やかだが、目は静かに細められていた。

 

礼拝室を出ると、廊下の先で教会騎士の一人が二人を待っていた。

 

「勇者殿、同行者殿。昨夜の件について、支部より一言だけ」

 

フィリアの肩が、ほんの少し強張る。

 

「……怒られる?」

 

騎士はわずかに困った顔をしたが、すぐに姿勢を正した。

 

「成果は大きいと聞いています。子どもたちの保護、青霊草の一部回収、闇市の摘発。どれも、本来なら大きな功績です」

 

そこで、騎士の表情が少し引き締まる。

 

「ですが、事前に教会支部や商人組合へ連絡がなかったことも事実です。今回は結果的に間に合いましたが、救出後の保護や証拠の確保が遅れれば、取り返しのつかないことになっていた可能性もあります」

 

フィリアは言い返しかけて、口を閉じた。

 

昨日の夜。

ランたちを助けるために動いた。

それ自体は間違っていないと、今でも思う。

 

だが、準備が足りなかったのも事実だった。

 

「……分かってる」

フィリアは小さく言った。

「次からは、ちゃんと連携する」

 

「僕からも気をつけます」

セレンも頭を下げた。

「昨夜は、状況に急かされすぎていました」

 

騎士は二人を見て、静かに頷いた。

 

「責めたいわけではありません。ですが、勇者殿が動けば、多くの者が後に続きます。そのことだけは忘れないでください」

 

フィリアは少しだけ俯き、それから頷いた。

 

「うん。忘れない」

 

騎士は一礼し、廊下の奥へ戻っていく。

 

その背を見送りながら、フィリアは小さく息を吐いた。

 

「……ちゃんと怒られた」

 

「釘を刺された、という方が近いかと」

 

「どっちにしても、痛いところだった」

フィリアは少しだけ唇を尖らせる。

「でも、必要なことだよね」

 

「ええ」

セレンは頷いた。

「僕にも」

 

その答えに、フィリアは彼を見た。

 

「怒ってたもんね」

「……はい」

 

セレンは少しだけ黙った。

そして、静かに頭を下げた。

 

「すみませんでした」

 

「え?」

 

「昨夜、僕は感情に任せて動きました」

セレンの声は低く、真面目だった。

「あなたを巻き込み、子どもたちを危険に晒した。以前、僕はあなたに言いました。無謀に突き進めば、救える命も救えなくなると」

 

フィリアは何も言わなかった。

 

「その言葉を、今度は僕自身が守れませんでした」

セレンは頭を下げたまま続ける。

「申し訳ありません」

 

フィリアはしばらく黙っていた。

 

責める言葉は浮かばなかった。

けれど、軽く流していい話でもないと思った。

 

「……うん」

やがて、彼女は小さく頷いた。

「怖かったし、危なかった。それは本当」

 

セレンの肩がわずかに強張る。

 

「でも」

フィリアは続けた。

「あの子を守ったのも本当。だから、全部間違いだったとは思わない」

 

「フィリア」

 

「ただし」

彼女は少しだけ眉を寄せた。

「次は一人で背負わないで。怒るなら、私も一緒に怒る。助けるなら、一緒に助ける。そういう約束でしょ」

 

セレンはゆっくりと顔を上げた。

 

フィリアはまっすぐ彼を見ていた。

 

「だから、次はちゃんと止まって」

「……ええ」

セレンは静かに答えた。

「約束します」

 

フィリアは少しだけ息を吐き、それから不器用に笑った。

 

「よし。じゃあ、この話は終わり」

「よいのですか」

「よくないけど、終わりにしないと進めないでしょ」

 

その言葉に、セレンは少しだけ目を細めた。

 

「あなたは、強いですね」

「今そういうこと言う?」

「思ったので」

「……ほんと、急に素直なんだから」

 

フィリアは照れ隠しのように視線を逸らし、それから保管庫の方へ歩き出した。

 

「行こう。まだ調べること、いっぱいあるんでしょ」

 

「ええ」

 

セレンもその隣へ並んだ。

 

 

 

押収品の確認は、教会支部の裏手にある保管庫で行われていた。

 

保管庫といっても、元は穀物倉だったらしい。分厚い石壁と木製の大扉があり、今は教会騎士が二人、入口を見張っている。中には闇市から運び出された木箱や帳簿、禁制品らしき品々が整然と並べられていた。

 

青霊草の箱は、部屋の中央に積まれている。

 

フィリアはその数を見て、眉を寄せた。

 

「これだけ?」

 

商人組合の事務官が、申し訳なさそうに頷く。

 

「回収できたのは、この分だけです。帳簿上、翠都へ送られるはずだった量には到底足りません」

「残りは?」

「すでに別の船へ流された可能性があります。あるいは、まだ蒼港内のどこかに隠されているか」

 

セレンは木箱の焼き印を見た。

 

翠都の薬舗へ送られるはずだった印が削られ、その上から別の印が雑に押されている。偽装はしているが、急いだ痕跡がある。

 

「バルドが動かしていたのは、流通の一部に過ぎないのですね」

「おそらく」

事務官は重い顔で答えた。

「闇市は潰れましたが、青霊草の流れそのものが戻ったわけではありません」

 

「つまり、まだ足りない」

フィリアが低く言う。

 

「ええ」

事務官は頷く。

「ただ、今回回収できた分は、すぐ翠都へ送ります。ミレナ薬師長の薬舗へ優先的に回す手筈です」

 

フィリアは少しだけ安堵したように息を吐いた。

 

「よかった。少しでも届くなら」

 

「少しでは困ります」

セレンが静かに言う。

「ですが、届かないよりは大きい」

 

「うん」

フィリアは頷く。

「ここから先も、追わないと」

 

その声に、事務官が少しだけ目を伏せた。

 

「追うべきものは、薬草だけではないかもしれません」

 

彼は机の上に置かれた帳簿を開く。

 

バルドが抱えて逃げようとしていた帳簿だ。

そこには、青霊草の取引、子どもの人数、船の名、荷札番号、そしていくつかの記号が並んでいた。

 

「この印です」

 

事務官が指したのは、白い封蝋の跡だった。

 

ただし、印章の中心は削られている。

意図的に潰されたのだろう。どこの家、どこの組織のものか、簡単には分からない。

 

「白い封蝋」

フィリアが呟く。

 

教会を連想させる色だった。

だが、セレンはすぐには口にしなかった。

 

この世界の教会がすべて一枚岩ではないことも、すべてが悪ではないことも、彼は見てきた。

軽々しく疑いを向ければ、真実から遠ざかる。

 

「印章が削られている以上、まだ断定はできません」

セレンが言う。

 

フィリアは彼を見る。

 

「セレンなら、そう言うと思った」

「意外ですか」

「ううん」

彼女は首を横に振った。

「そう言ってくれて、ちょっと助かった」

 

その言葉の意味を、セレンはすぐには測れなかった。

けれど、フィリアの声に少しだけ硬さがあることは分かった。

 

教会。勇者。白い封蝋。

彼女にとって、それは簡単に疑えるものではない。

 

セレンは小さく頷いた。

 

「事実を見ましょう」

「うん」

 

そのやり取りを見ていた事務官は、少しだけ表情を緩めた。

 

「帳簿の解析は進めます。ですが、もう一つ、確認していただきたいものがあります」

 

事務官の視線が、保管庫の奥へ向いた。

 

そこには、布をかけられた細長い影があった。

 

 

 

闇市で見つかった古代人形は、保管庫の奥に安置されていた。

 

昨夜は騒ぎの中で十分に見る余裕がなかったが、明るい場所で改めて見ると、その異様さはさらに際立っていた。

 

人の少女に近い形。

白い石とも金属ともつかない滑らかな肌。

閉じた瞳。

胸元に刻まれた古い紋様。

髪のように見える部分も、よく見れば細い繊維状の素材でできている。

 

眠っているようにも見える。

だが、呼吸はない。

 

セレンは、かつて銀河で見たドロイドたちを思い出した。

戦闘用、作業用、翻訳用。役割ごとに造られた機械の身体を、彼はいくつも見てきた。

 

だが、目の前の人形は、そのどれとも違っていた。

 

機械というには静かすぎる。

像というには、人に近すぎる。

そして、死んでいるというには、どこか奥に小さな気配が残りすぎている。

 

「人形……なんだよね」

 

フィリアが呟く。

 

「少なくとも、人間ではありません」

セレンは静かに答えた。

「ですが、ただの物とも言い切れない」

 

事務官が隣で頷く。

 

「商人組合の鑑定士にも見せました。古代遺跡由来の品である可能性は高いとのことです」

「どこの遺跡ですか」

「蒼海沖の沈んだ遺跡群です。海底から引き上げられた荷の中に混じっていたとか」

「それをバルドが買った?」

「正確には、仲介したようです。買い手は別にいる」

 

白い封蝋の使者。

 

その言葉が、部屋の空気に沈む。

 

フィリアは古代人形を見つめる。

 

「こんなものまで商品にしてたんだ」

 

その声には怒りがあった。

ただし、激しく燃える怒りではない。

静かに、重く沈む怒りだった。

 

「この子が何なのかも分からないのに」

「この子、ですか」

 

セレンが少しだけ意外そうに聞く。

 

フィリアは一瞬だけ気まずそうにする。

 

「だって、人の形してるし」

「ええ」

セレンは古代人形へ視線を戻した。

「僕も、品物とは呼びたくありません」

 

その言葉に、フィリアは少しだけ目を丸くし、それから小さく頷いた。

 

事務官が説明を続ける。

 

「魔力鑑定では、ほとんど反応がありませんでした。術師が調べても、動力らしき魔法核は見つからない。ただ、胸元の紋様だけは、材質が違うようです」

 

「触れても?」

セレンが尋ねる。

 

「ええ。ただし慎重に」

 

セレンは古代人形の前へ歩み寄った。

 

近づくほど、奇妙な感覚が増す。

生き物の気配ではない。

だが完全な無でもない。

 

深い水の底で、小さな灯が消えずに残っているような感覚。

 

セレンは手を伸ばしかけ、途中で止めた。

 

「セレン?」

 

「眠っているように感じます」

「眠ってる?」

「比喩です」

彼は少しだけ考える。

「いえ、比喩とも言い切れません。物ではなく、何かが閉じている」

 

フィリアは眉を寄せた。

 

「それ、フォースで分かるの?」

「はっきりとは。ただ、完全な無機物とは違うように思えます」

 

セレンは手袋越しに、胸元の紋様へそっと触れた。

 

何も起きない。

 

少なくとも、見た目には。

 

だが、フォースの奥で小さな波紋が広がった。

 

遠い。

深い。

届きそうで届かない。

 

まるで、閉ざされた扉の向こうから、誰かが小さく息をしているようだった。

 

セレンは手を離す。

 

「反応しましたか」

事務官が尋ねる。

 

「わずかに」

「魔力では反応しなかったのに?」

フィリアが言う。

 

「僕の力は、この世界の魔力とは少し違います」

セレンは答えた。

「だからかもしれません」

 

フィリアは聖剣へ視線を落とした。

 

「じゃあ、これは?」

 

彼女はゆっくりと聖剣を鞘から抜いた。

眩しい光ではない。

けれど、刃には薄く聖なる魔力が宿っている。

 

その瞬間、古代人形の胸元の紋様が、ほんのわずかに光った。

 

全員が息を呑む。

 

光はすぐに消えた。

 

だが、確かに光った。

 

「今……」

 

フィリアが目を見開く。

 

「見ました」

セレンも頷く。

 

事務官は慌てて帳面へ何かを書き込んだ。

 

「聖剣に反応した……?」

 

「聖剣だけではありません」

セレンは静かに言った。

「おそらく、フォースにも」

 

フィリアは古代人形を見つめる。

 

「この子、何なんだろう」

 

誰も答えられなかった。

 

古代遺跡。

聖剣。

フォース。

白い封蝋の使者。

 

偶然とは思えない線が、少しずつ繋がり始めている。

だが、その全体像はまだ見えない。

 

セレンは古代人形の閉じた瞳を見つめた。

 

ただ眠っている。

そんな気がした。

 

そして同時に、誰かがこの眠りを必要としているのだとも思った。

 

 

 

保管庫を出る頃には、陽は高くなっていた。

 

教会支部の中庭では、保護された子どもたちが神官に連れられて水を汲んでいた。まだ怯えは抜けないが、少しずつ身体を動かせるようになっている。

 

ランは中庭の端に立ち、最年少の少年が他の子と一緒に歩く様子を見守っていた。

 

フィリアが彼女へ近づく。

 

「少しは眠れた?」

 

「少し」

「そっか」

フィリアは隣に立つ。

「これからのこと、支部の人たちが相談してくれるって。無理にどこかへ行かせたりはしない」

 

ランはすぐには頷かなかった。

 

「……前にも、そう言われたことがある」

小さな声だった。

「大丈夫だって。ちゃんと面倒を見るって」

 

フィリアは言葉に詰まる。

 

それが誰の言葉だったのか、ランは言わなかった。

親だったのか、保護者だったのか、それとも彼女を売った大人だったのか。

ただ、その言葉を信じた先で裏切られたのだということだけは、表情から伝わった。

 

「……じゃあ、今すぐ信じなくていい」

フィリアは言った。

「でも、見てて。私も、ちゃんと見るから」

 

ランはフィリアを見上げた。

 

「勇者って、忙しいんでしょ」

 

「忙しい」

フィリアは素直に頷いた。

「でも、だからって忘れていい理由にはならない」

 

ランはセレンの方を見た。

 

「そっちの人も?」

 

「セレン?」

「うん」

 

セレンは少しだけ驚いたように瞬きをしたが、すぐに静かに頷いた。

 

「ええ。忘れません」

 

ランは二人を見比べた。

まだ信じ切ってはいない。

けれど、その目にほんの少しだけ温度が戻っている。

 

「……なら、覚えてて」

 

「うん」

フィリアは頷いた。

「覚えてる」

 

その時、教会騎士の一人が中庭へ駆け込んできた。

 

「勇者殿、同行者殿!」

 

フィリアとセレンが同時に振り向く。

 

騎士の顔には焦りがあった。

 

「保管庫の周辺で、不審な者を捕らえました。ですが、相手は毒を含んでいたようで、尋問前に意識を失っています」

「毒?」

フィリアの表情が変わる。

 

「はい。さらに、外壁沿いに別の足跡が複数」

騎士は息を整えながら続けた。

「狙いは、おそらく押収品です」

 

セレンの脳裏に、保管庫の奥で眠る古代人形が浮かぶ。

 

「帳簿か、青霊草か」

フィリアが言う。

 

「あるいは、人形です」

セレンは静かに答えた。

 

フィリアは彼を見る。

 

「やっぱり、あれを狙ってると思う?」

 

「ええ」

セレンは頷いた。

「少なくとも、誰かにとって価値のあるものです」

 

騎士がさらに声を潜める。

 

「捕らえた者の所持品から、これが見つかりました」

 

差し出されたのは、小さな白い封蝋の欠片だった。

 

中央の印章は、やはり削られている。

だが、その縁には、昨夜の帳簿に残っていたものとよく似た模様があった。

 

フィリアの顔が強張る。

 

「同じ……」

 

セレンは封蝋を見つめた。

 

闇市は終わった。

だが、そこで動いていた者たちは、まだ終わらせる気がない。

 

古代人形は、いまだ目を閉じたままだ。

動かない。語らない。何も答えない。

 

けれど、その沈黙こそが、誰かにとっては危険なのかもしれなかった。

 

「保管庫を守りましょう」

セレンが言う。

 

フィリアは聖剣の柄へ手を添え、力強く頷いた。

 

「うん」

その声には、迷いがなかった。

「あの子を、もう一度商品になんてさせない」

 

風が中庭を抜ける。

遠くで、港の鐘が鳴った。

 

蒼港の昼は明るい。

だが、その光の裏で、白い封蝋の影がまた動き出していた。

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