闇市が崩れた夜のあとの蒼港は、いつもより少しだけ静かだった。
もちろん、港そのものが眠るわけではない。
夜明け前から船は出入りし、荷運びたちは怒号を飛ばし、魚市場には水揚げされたばかりの魚が並ぶ。潮風は相変わらず強く、帆布を鳴らし、倉庫街の隙間を抜けていく。
だが、そのざわめきの底に、昨日までとは違う緊張があった。
東の船着き場地下で行われていた闇市の摘発。
奴隷商バルドの拘束。
青霊草の一部回収。
そして、子どもたちの保護。
その噂は、夜が明ける前には港中に広がり始めていた。
蒼港の教会支部には、朝から多くの人が出入りしていた。
救い出された子どもたちは、奥の礼拝室と隣接する宿舎へ分けられ、神官たちが食事と寝床を用意している。商人組合の者たちは、押収された帳簿や荷札を持ち込み、教会騎士はバルド一味の残党を追って港湾区へ散っていた。
フィリアは、礼拝室の入口に立っていた。
中では、子どもたちが温かい粥を受け取っている。まだ誰も大きな声では笑わない。けれど、昨夜のように肩を震わせるばかりでもなかった。
ランは、最年少の少年の隣に座っていた。
自分の器にはほとんど手をつけず、少年がちゃんと食べているかを先に見ている。
「……ああいうところ、変わらないんだね」
フィリアが小さく呟く。
セレンはその隣で、同じように礼拝室を見ていた。
「彼女は、ずっとそうしてきたのでしょう」
「自分も子どもなのに?」
「ええ」
その返事は静かだった。
けれど、どこか遠くを見ているような声でもあった。
フィリアは一瞬、セレンを見る。
昨夜、彼が大蛇を前に動けなくなった理由。
子どもたちを見て怒りに呑まれかけた理由。
まだ全部は分からない。
だが、何かがあることだけは分かる。
「聞かないよ」
フィリアは言った。
セレンがこちらを見る。
「何をですか」
「あなたが、今何を思い出してるのか」
フィリアは礼拝室へ視線を戻した。
「聞いてほしくなったら、その時に聞く」
セレンは少しだけ黙った。
それから、静かに頭を下げる。
「ありがとうございます」
「そういう時、すぐお礼言うよね」
「悪いことでしょうか」
「悪くはないけど」
フィリアは少しだけ口元を緩めた。
「たまに、距離を置かれてるみたいに聞こえる」
セレンは返答に迷ったように目を伏せる。
「……気をつけます」
「それも真面目」
フィリアは小さく息を吐き、礼拝室の中へ一歩踏み出した。
ランがそれに気づき、顔を上げる。
まだ警戒はある。けれど、逃げようとはしない。
「おはよう」
フィリアが声をかける。
「……おはよう」
ランは小さく返した。
「ちゃんと食べてる?」
「この子は」
「ランも」
「……食べる」
ランは少しだけ気まずそうに、自分の器へ手を伸ばした。
フィリアはそれを見て、ようやく少し安心したように頷く。
「今日は、もう危ない場所には行かなくていい」
「でも、他の子たちは?」
「全員ここにいる。昨夜逃げられた子も、騎士団が保護したって」
フィリアは少しだけ言葉を選んだ。
「怪我してる子もいるけど、生きてる」
ランの肩が、小さく落ちた。
力が抜けたのだと気づくまで、少し時間がかかった。
「……よかった」
その声は、泣きそうだった。
フィリアは手を伸ばしかけて、途中で止めた。
触れていいのか、まだ分からなかったからだ。
代わりに、少しだけ近くへ座る。
「あとで、話を聞かせてほしい。無理のない範囲でいい」
「バルドのこと?」
「うん。あと、白い封蝋の使者って人のことも」
ランは首を横に振った。
「あの人の顔は、ちゃんと見てない」
「そっか」
「でも、声は覚えてる。大人たちが、あの人が来た日は絶対に静かにしてた」
「怖がってた?」
「……怖がってたと思う」
フィリアはセレンを見る。
バルドはただの親玉ではなかった。
その上に、名を出さない買い手がいる。
そして、その相手は奴隷商でさえ恐れる何かを持っている。
セレンも同じことを考えているのだろう。
表情は穏やかだが、目は静かに細められていた。
礼拝室を出ると、廊下の先で教会騎士の一人が二人を待っていた。
「勇者殿、同行者殿。昨夜の件について、支部より一言だけ」
フィリアの肩が、ほんの少し強張る。
「……怒られる?」
騎士はわずかに困った顔をしたが、すぐに姿勢を正した。
「成果は大きいと聞いています。子どもたちの保護、青霊草の一部回収、闇市の摘発。どれも、本来なら大きな功績です」
そこで、騎士の表情が少し引き締まる。
「ですが、事前に教会支部や商人組合へ連絡がなかったことも事実です。今回は結果的に間に合いましたが、救出後の保護や証拠の確保が遅れれば、取り返しのつかないことになっていた可能性もあります」
フィリアは言い返しかけて、口を閉じた。
昨日の夜。
ランたちを助けるために動いた。
それ自体は間違っていないと、今でも思う。
だが、準備が足りなかったのも事実だった。
「……分かってる」
フィリアは小さく言った。
「次からは、ちゃんと連携する」
「僕からも気をつけます」
セレンも頭を下げた。
「昨夜は、状況に急かされすぎていました」
騎士は二人を見て、静かに頷いた。
「責めたいわけではありません。ですが、勇者殿が動けば、多くの者が後に続きます。そのことだけは忘れないでください」
フィリアは少しだけ俯き、それから頷いた。
「うん。忘れない」
騎士は一礼し、廊下の奥へ戻っていく。
その背を見送りながら、フィリアは小さく息を吐いた。
「……ちゃんと怒られた」
「釘を刺された、という方が近いかと」
「どっちにしても、痛いところだった」
フィリアは少しだけ唇を尖らせる。
「でも、必要なことだよね」
「ええ」
セレンは頷いた。
「僕にも」
その答えに、フィリアは彼を見た。
「怒ってたもんね」
「……はい」
セレンは少しだけ黙った。
そして、静かに頭を下げた。
「すみませんでした」
「え?」
「昨夜、僕は感情に任せて動きました」
セレンの声は低く、真面目だった。
「あなたを巻き込み、子どもたちを危険に晒した。以前、僕はあなたに言いました。無謀に突き進めば、救える命も救えなくなると」
フィリアは何も言わなかった。
「その言葉を、今度は僕自身が守れませんでした」
セレンは頭を下げたまま続ける。
「申し訳ありません」
フィリアはしばらく黙っていた。
責める言葉は浮かばなかった。
けれど、軽く流していい話でもないと思った。
「……うん」
やがて、彼女は小さく頷いた。
「怖かったし、危なかった。それは本当」
セレンの肩がわずかに強張る。
「でも」
フィリアは続けた。
「あの子を守ったのも本当。だから、全部間違いだったとは思わない」
「フィリア」
「ただし」
彼女は少しだけ眉を寄せた。
「次は一人で背負わないで。怒るなら、私も一緒に怒る。助けるなら、一緒に助ける。そういう約束でしょ」
セレンはゆっくりと顔を上げた。
フィリアはまっすぐ彼を見ていた。
「だから、次はちゃんと止まって」
「……ええ」
セレンは静かに答えた。
「約束します」
フィリアは少しだけ息を吐き、それから不器用に笑った。
「よし。じゃあ、この話は終わり」
「よいのですか」
「よくないけど、終わりにしないと進めないでしょ」
その言葉に、セレンは少しだけ目を細めた。
「あなたは、強いですね」
「今そういうこと言う?」
「思ったので」
「……ほんと、急に素直なんだから」
フィリアは照れ隠しのように視線を逸らし、それから保管庫の方へ歩き出した。
「行こう。まだ調べること、いっぱいあるんでしょ」
「ええ」
セレンもその隣へ並んだ。
押収品の確認は、教会支部の裏手にある保管庫で行われていた。
保管庫といっても、元は穀物倉だったらしい。分厚い石壁と木製の大扉があり、今は教会騎士が二人、入口を見張っている。中には闇市から運び出された木箱や帳簿、禁制品らしき品々が整然と並べられていた。
青霊草の箱は、部屋の中央に積まれている。
フィリアはその数を見て、眉を寄せた。
「これだけ?」
商人組合の事務官が、申し訳なさそうに頷く。
「回収できたのは、この分だけです。帳簿上、翠都へ送られるはずだった量には到底足りません」
「残りは?」
「すでに別の船へ流された可能性があります。あるいは、まだ蒼港内のどこかに隠されているか」
セレンは木箱の焼き印を見た。
翠都の薬舗へ送られるはずだった印が削られ、その上から別の印が雑に押されている。偽装はしているが、急いだ痕跡がある。
「バルドが動かしていたのは、流通の一部に過ぎないのですね」
「おそらく」
事務官は重い顔で答えた。
「闇市は潰れましたが、青霊草の流れそのものが戻ったわけではありません」
「つまり、まだ足りない」
フィリアが低く言う。
「ええ」
事務官は頷く。
「ただ、今回回収できた分は、すぐ翠都へ送ります。ミレナ薬師長の薬舗へ優先的に回す手筈です」
フィリアは少しだけ安堵したように息を吐いた。
「よかった。少しでも届くなら」
「少しでは困ります」
セレンが静かに言う。
「ですが、届かないよりは大きい」
「うん」
フィリアは頷く。
「ここから先も、追わないと」
その声に、事務官が少しだけ目を伏せた。
「追うべきものは、薬草だけではないかもしれません」
彼は机の上に置かれた帳簿を開く。
バルドが抱えて逃げようとしていた帳簿だ。
そこには、青霊草の取引、子どもの人数、船の名、荷札番号、そしていくつかの記号が並んでいた。
「この印です」
事務官が指したのは、白い封蝋の跡だった。
ただし、印章の中心は削られている。
意図的に潰されたのだろう。どこの家、どこの組織のものか、簡単には分からない。
「白い封蝋」
フィリアが呟く。
教会を連想させる色だった。
だが、セレンはすぐには口にしなかった。
この世界の教会がすべて一枚岩ではないことも、すべてが悪ではないことも、彼は見てきた。
軽々しく疑いを向ければ、真実から遠ざかる。
「印章が削られている以上、まだ断定はできません」
セレンが言う。
フィリアは彼を見る。
「セレンなら、そう言うと思った」
「意外ですか」
「ううん」
彼女は首を横に振った。
「そう言ってくれて、ちょっと助かった」
その言葉の意味を、セレンはすぐには測れなかった。
けれど、フィリアの声に少しだけ硬さがあることは分かった。
教会。勇者。白い封蝋。
彼女にとって、それは簡単に疑えるものではない。
セレンは小さく頷いた。
「事実を見ましょう」
「うん」
そのやり取りを見ていた事務官は、少しだけ表情を緩めた。
「帳簿の解析は進めます。ですが、もう一つ、確認していただきたいものがあります」
事務官の視線が、保管庫の奥へ向いた。
そこには、布をかけられた細長い影があった。
闇市で見つかった古代人形は、保管庫の奥に安置されていた。
昨夜は騒ぎの中で十分に見る余裕がなかったが、明るい場所で改めて見ると、その異様さはさらに際立っていた。
人の少女に近い形。
白い石とも金属ともつかない滑らかな肌。
閉じた瞳。
胸元に刻まれた古い紋様。
髪のように見える部分も、よく見れば細い繊維状の素材でできている。
眠っているようにも見える。
だが、呼吸はない。
セレンは、かつて銀河で見たドロイドたちを思い出した。
戦闘用、作業用、翻訳用。役割ごとに造られた機械の身体を、彼はいくつも見てきた。
だが、目の前の人形は、そのどれとも違っていた。
機械というには静かすぎる。
像というには、人に近すぎる。
そして、死んでいるというには、どこか奥に小さな気配が残りすぎている。
「人形……なんだよね」
フィリアが呟く。
「少なくとも、人間ではありません」
セレンは静かに答えた。
「ですが、ただの物とも言い切れない」
事務官が隣で頷く。
「商人組合の鑑定士にも見せました。古代遺跡由来の品である可能性は高いとのことです」
「どこの遺跡ですか」
「蒼海沖の沈んだ遺跡群です。海底から引き上げられた荷の中に混じっていたとか」
「それをバルドが買った?」
「正確には、仲介したようです。買い手は別にいる」
白い封蝋の使者。
その言葉が、部屋の空気に沈む。
フィリアは古代人形を見つめる。
「こんなものまで商品にしてたんだ」
その声には怒りがあった。
ただし、激しく燃える怒りではない。
静かに、重く沈む怒りだった。
「この子が何なのかも分からないのに」
「この子、ですか」
セレンが少しだけ意外そうに聞く。
フィリアは一瞬だけ気まずそうにする。
「だって、人の形してるし」
「ええ」
セレンは古代人形へ視線を戻した。
「僕も、品物とは呼びたくありません」
その言葉に、フィリアは少しだけ目を丸くし、それから小さく頷いた。
事務官が説明を続ける。
「魔力鑑定では、ほとんど反応がありませんでした。術師が調べても、動力らしき魔法核は見つからない。ただ、胸元の紋様だけは、材質が違うようです」
「触れても?」
セレンが尋ねる。
「ええ。ただし慎重に」
セレンは古代人形の前へ歩み寄った。
近づくほど、奇妙な感覚が増す。
生き物の気配ではない。
だが完全な無でもない。
深い水の底で、小さな灯が消えずに残っているような感覚。
セレンは手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「セレン?」
「眠っているように感じます」
「眠ってる?」
「比喩です」
彼は少しだけ考える。
「いえ、比喩とも言い切れません。物ではなく、何かが閉じている」
フィリアは眉を寄せた。
「それ、フォースで分かるの?」
「はっきりとは。ただ、完全な無機物とは違うように思えます」
セレンは手袋越しに、胸元の紋様へそっと触れた。
何も起きない。
少なくとも、見た目には。
だが、フォースの奥で小さな波紋が広がった。
遠い。
深い。
届きそうで届かない。
まるで、閉ざされた扉の向こうから、誰かが小さく息をしているようだった。
セレンは手を離す。
「反応しましたか」
事務官が尋ねる。
「わずかに」
「魔力では反応しなかったのに?」
フィリアが言う。
「僕の力は、この世界の魔力とは少し違います」
セレンは答えた。
「だからかもしれません」
フィリアは聖剣へ視線を落とした。
「じゃあ、これは?」
彼女はゆっくりと聖剣を鞘から抜いた。
眩しい光ではない。
けれど、刃には薄く聖なる魔力が宿っている。
その瞬間、古代人形の胸元の紋様が、ほんのわずかに光った。
全員が息を呑む。
光はすぐに消えた。
だが、確かに光った。
「今……」
フィリアが目を見開く。
「見ました」
セレンも頷く。
事務官は慌てて帳面へ何かを書き込んだ。
「聖剣に反応した……?」
「聖剣だけではありません」
セレンは静かに言った。
「おそらく、フォースにも」
フィリアは古代人形を見つめる。
「この子、何なんだろう」
誰も答えられなかった。
古代遺跡。
聖剣。
フォース。
白い封蝋の使者。
偶然とは思えない線が、少しずつ繋がり始めている。
だが、その全体像はまだ見えない。
セレンは古代人形の閉じた瞳を見つめた。
ただ眠っている。
そんな気がした。
そして同時に、誰かがこの眠りを必要としているのだとも思った。
保管庫を出る頃には、陽は高くなっていた。
教会支部の中庭では、保護された子どもたちが神官に連れられて水を汲んでいた。まだ怯えは抜けないが、少しずつ身体を動かせるようになっている。
ランは中庭の端に立ち、最年少の少年が他の子と一緒に歩く様子を見守っていた。
フィリアが彼女へ近づく。
「少しは眠れた?」
「少し」
「そっか」
フィリアは隣に立つ。
「これからのこと、支部の人たちが相談してくれるって。無理にどこかへ行かせたりはしない」
ランはすぐには頷かなかった。
「……前にも、そう言われたことがある」
小さな声だった。
「大丈夫だって。ちゃんと面倒を見るって」
フィリアは言葉に詰まる。
それが誰の言葉だったのか、ランは言わなかった。
親だったのか、保護者だったのか、それとも彼女を売った大人だったのか。
ただ、その言葉を信じた先で裏切られたのだということだけは、表情から伝わった。
「……じゃあ、今すぐ信じなくていい」
フィリアは言った。
「でも、見てて。私も、ちゃんと見るから」
ランはフィリアを見上げた。
「勇者って、忙しいんでしょ」
「忙しい」
フィリアは素直に頷いた。
「でも、だからって忘れていい理由にはならない」
ランはセレンの方を見た。
「そっちの人も?」
「セレン?」
「うん」
セレンは少しだけ驚いたように瞬きをしたが、すぐに静かに頷いた。
「ええ。忘れません」
ランは二人を見比べた。
まだ信じ切ってはいない。
けれど、その目にほんの少しだけ温度が戻っている。
「……なら、覚えてて」
「うん」
フィリアは頷いた。
「覚えてる」
その時、教会騎士の一人が中庭へ駆け込んできた。
「勇者殿、同行者殿!」
フィリアとセレンが同時に振り向く。
騎士の顔には焦りがあった。
「保管庫の周辺で、不審な者を捕らえました。ですが、相手は毒を含んでいたようで、尋問前に意識を失っています」
「毒?」
フィリアの表情が変わる。
「はい。さらに、外壁沿いに別の足跡が複数」
騎士は息を整えながら続けた。
「狙いは、おそらく押収品です」
セレンの脳裏に、保管庫の奥で眠る古代人形が浮かぶ。
「帳簿か、青霊草か」
フィリアが言う。
「あるいは、人形です」
セレンは静かに答えた。
フィリアは彼を見る。
「やっぱり、あれを狙ってると思う?」
「ええ」
セレンは頷いた。
「少なくとも、誰かにとって価値のあるものです」
騎士がさらに声を潜める。
「捕らえた者の所持品から、これが見つかりました」
差し出されたのは、小さな白い封蝋の欠片だった。
中央の印章は、やはり削られている。
だが、その縁には、昨夜の帳簿に残っていたものとよく似た模様があった。
フィリアの顔が強張る。
「同じ……」
セレンは封蝋を見つめた。
闇市は終わった。
だが、そこで動いていた者たちは、まだ終わらせる気がない。
古代人形は、いまだ目を閉じたままだ。
動かない。語らない。何も答えない。
けれど、その沈黙こそが、誰かにとっては危険なのかもしれなかった。
「保管庫を守りましょう」
セレンが言う。
フィリアは聖剣の柄へ手を添え、力強く頷いた。
「うん」
その声には、迷いがなかった。
「あの子を、もう一度商品になんてさせない」
風が中庭を抜ける。
遠くで、港の鐘が鳴った。
蒼港の昼は明るい。
だが、その光の裏で、白い封蝋の影がまた動き出していた。