死滅回游泳者:吉良吉影   作:同僚

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2018年11月12日 11:35

 

 

 

「……これで10点になったわけだが、コガネ。先程聞いた質問の答えを聞かせてもらおうか」

 

 蜚蠊の呪霊──黒沐死を始末した私は、まだ煙の残る空間の中で静かに時刻を確認しながら虚空にそう告げた。

 

 その声と同時に、何もなかった空間からひょいとコガネが姿を現れると、小さな身体が宙でくるりと回転する。すると、その丸い輪郭がぐにゃりと歪み、腹部が引き伸ばされるように縦へ広がった。

 数秒もしないうちに、そこに浮かんでいたのはまるで現代の通信端末のような形状。

 その黒い光沢の表面に、淡い光の画面が浮かび上がる。

 

 

「おう!この結界コロニー内における術師の人数だろ?当然ッ!検索済みだッ!」

 

 そこにはまるでスマートフォンの検索結果でも表示するかのように、私の求めていた情報が簡潔にまとめられており、私はその浮かぶ画面を静かに見下ろす。わずかに目を細めながら、淡々とその文字を追った。

 

 

 

「思っていたより少ないな……やはり、この高得点プレイヤー達によってだいぶ狩られたようだ」

 

 表示された数値を頭の中で反芻しながら、私はゆっくりと息を吐く。

 画面に映る情報は、プレイヤー(術師のみ)、得点、総則ルールの変更回数、滞留結界コロニーのみに過ぎないが、その人数は私の想定より少なかった。

 

 

「石流…烏鷺………む、確か、ドルゥヴという術師がこのコロニーにおいて最高得点持ちだったハズだったが…既に始末されているようだな。そして、点数はこの二名より少ないが三番目に乙骨…………」

 

 だが、この三位の乙骨でさえ、35点なので私の所持点の三倍以上。

 より多くの術師から情報を聞き出し、始末して点を得る………情報は、石流などの上位得点持ちから聞き出せばいいが、問題は点を得るということだ。

 

 

 煙の残滓を踏み越え、散った蜚蠊の死骸を避けながら、静かに足を進める。

 

 

 この結界(コロニー)の広さ……目視で測った限りでは恐らく10キロほどだと考えれば、術師の分布は必然的に散らばる。

 運良く遭遇するなどという曖昧な前提に依存していては、必要な点数に到達するまでにどれほどの時間を浪費することになるか分からない。

 

 

 その間にも石流や烏鷺、そしてまだ見ぬヤツらが他の術師狩りを進めれば、このコロニーに残るのはやがて情報を持たぬ一般人ばかりになるだろう。

 そうなれば、情報も得られぬまま、点数1の人間を何十人と始末して何らかのルール追加に辿り着くしかなくなる。

 

 なら、今私のするべきなのは、アテもなくただ歩き回って術師を探すのではなく、如何にして効率的に探知し、必要とならば始末することだ。

 

 

 

「手なら、ある」

 

 歩みを止めず、私は声を落とした。

 キラークイーンには、まだ使っていない〈札〉が残っている。情報を引き出すことには向かないが、〈炙り出す〉ことには十分すぎる。

 

 

 

「まあ、この状況なら何れ───────ッ!?」

 

 

 それはあまりにも自然に上から降ってきた。

 驚きながらも私は足を止めることなく、ほんのわずかに視線だけを上へ向ける。

 

 崩れかけた建造物の上、瓦礫の縁に立つ一人の人影。

 逆光の中にあって輪郭は曖昧だが、先程の黒沐死とは違う皮膚の内側を撫でるような、濃密な〈圧〉が走る。

 

 それは単なる〈威圧〉ではない。まさに存在しているだけで空間の密度を変質させるような呪力ッ!

 まるで、目に見えぬ深海の水圧がそのまま地上に持ち込まれたかのような錯覚に陥っている……ッ!

 

 

 喉の奥が、僅かに軋む。

 まだ呼吸は乱れていない。脈も正常だ。

 視界もクリア──それでもなお、皮膚の表面だけが、正直に危険を訴えている。額を伝う一筋の汗が、頬をなぞって顎先へと落ちた。

 

 

 

「コガネ」

「分かってるぜ!あいつは乙骨憂太ってんだ!」

 

 先ほどから私の周囲を気まぐれに漂っていた小さな球体が、ぴたりと空中で静止し、陽気な声色と共に情報を提示する。

 

 

 

「……乙骨、憂太。件の35点持ちか」

 

 次の瞬間、乙骨は瓦礫の上から静かに飛び降り、そのまま河川敷へと着地した。

 砂埃がわずかに舞うが、ヤツは微動だにせず、こちらを真っ直ぐ見据え、片手は腰に携えた刀を構えている。

 鞘からは抜かれていない。

 だが、柄にかけられた指はいつでも引き抜ける位置にあり、その構えには一切の無駄がなかった。

 

 そして私との距離にして数メートルだが、乙骨はまだ刀を抜かない。ただ柄に手を添えたまま、様子を見ている。

 その静けさを前に、私は一歩も引かず、キラークイーンを出しながら口を開いた。

 

 

 

「どうやら、私を始末しに来たようだが、その前に一つ、聞いておきたいことがある」

「〈ケンジャク〉を知っているか?」

 

 

 先程の蜚蠊よりも恐らくはまだ対話可能なことに賭け、そんな問いを投げかけたのだが、それを聞いた乙骨はすぐには答えない。だがほんの一瞬、こちらを見極めるように目を細める。

 

 

 

「………何故、そんな事を?」

「………………………………」

 

 

 質問を質問で返すな……とでも言っておきたいところではあるが、今は堪えろ吉良吉影………!

 

 喉元まで出かかった苛立ちを、無理やり押し込める。

 

 

 この男、この状況で主導権を握ろうとしているのか、それとも単なる確認かどちらにせよ、回りくどいのだ。

 

 そう、ここで感情を優先する理由はない。目の前の男は情報源になり得るかもしれない───それだけで十分だ。今はな。

 私はわずかに息を整え、そのまま素直に答えた。

 

 

 

「……私はただこのくだらない殺し合いを終わらせ、心の平穏を得たいだけだ。その為に点を得て、やがてこれを企てた存在……〈ケンジャク〉を始末しなくちゃあいけないのだよ」

「それで、私の質問に答えて貰おうか。君は知っているのか?〈ケンジャク〉をッ!」

 

 

 その言葉を最後まで言い切った、まさにその直後。

 空気が、ほんのわずかに〈変わった〉気がした。

 それまで全身にまとわりついていた呪力の圧が、ほんの一段だけ緩む。

 わずかに、向けられている〈矛先〉が鈍ったような感覚だけがあった。

 

 

 乙骨の表情は依然として変わらない。

 

 だが、その目は確かにこちらを〈敵〉として見るかどうかを判断する段階から、次の思考へと移っているのが私から見ても明らかだった。

 

 

 

「貴方は─────」

 

 乙骨の口が開き、何かを言おうとした。

 

 

 

 

 

 

 

グラニテブラスト

 

 

 

 

 

 

 

 視界の端が、唐突に白く〈焼ける〉。

 

 

 予兆は、全くなかった。

 ただ、横合いの空間が不自然に歪み、次の瞬間にはそれが一本の直線となって現れる。

 

 

 

「なっ、なにィ──────────!!!なんだこの〈光線(ビーム)〉はッ!?」

 

 それを光線だと認識し、咄嗟に叫んだ次の瞬間、横合いから伸びる青白い光が視界を貫くよりも早く、乙骨の姿が掻き消えたかのように消失し、間を置かず私の懐へと踏み込んでくる。

 

 

 

「すいません!」

 

 そう言いながらも、迷いのない伸びた手が私の腕を正確に掴み、そのまま体勢ごと引き寄せられると同時に足場が消え、抵抗を挟む余地もなく進行方向を強引に書き換えられる。

 横へ避けるのではない、一直線に川へと投げ出す軌道──そう理解した時には既に遅く、背後を掠めるように光線が通過し、空気ごと削り飛ばす圧が皮膚を撫でた直後、遅れて轟音が爆ぜる。

 

 

 

 抉れた地面と爆風が一帯を呑み込むより先に、水面が目前に迫り、次の瞬間には私たちはまとめて叩き込まれた。

 

 激しい水音と共に視界が歪み、冷たい水が一気に全身を包む中、掴まれていた腕はそこでようやく解放される。

 沈みかけた身体を即座に立て直し、肺に残した空気を保ったまま水を蹴り上げて浮上すると、水面を割って顔を出した瞬間に空気を吸い込みながら上方へと視線を向けた。

 

 

 

 

「はあ……はあ、はあ………………礼は言っておこう」

「いえ、それよりも先にここから─────」

「へえ、今のを避けるのね」

 

 

 またしても突然だった。

 

 

 

 水面に立つ乙骨の背後、その何もない空間が唐突に歪み、まるで最初からそこにいたかのように一人の女が姿を現している。

 

 恐らくは術式によるものだろうが、宙に浮かぶその女は何故か衣服は一切なく、しかし羞恥という概念すら感じさせない自然さでそこに存在しており、白目が黒く、瞳だけが赤く光るその異質な目が真っ直ぐ乙骨を捉えていた。

 

 そして、ヤツは既に拳を振り抜く軌道に入っている。

 

 

 

「キラークイーンッ!」

 

 思考と同時に、身体が動く。

 呼び出しと同時に背後へ回り込ませるように出現した我が式神〈キラークイーン〉が、間を置かず拳を振り抜く。

 

 

 あの女の狙いは完全に乙骨憂太。

 だが、私としては得体の知れないヤツよりも、先程の言いかけていた言葉を予想するに、情報を持っている可能性が大いにあるこのガキはまだ始末させたくないのだ。

 

 

 そのまま、キラークイーンの寸分狂いなく放たれた拳は女の顔面へと容赦なく迫る。

 

 だが、その拳が届く直前、キラークイーンの腕そのものが不自然に歪んだ。

 

 

 

 なっ!キラークイーンの腕が伸びただとッ!?これもヤツの術式か!?

 

 

 叩き込むはずだった一直線の軌道が、外側へと引き伸ばされるように〈変形〉し、まるで見えない何かに誘導されるように角度をズラされる。力を殺されたわけではない。

 ただ進む〈向き〉だけが書き換えられ、結果として女の側面を捉えるはずだった拳は、その輪郭をかすめることすらなく空を切った。

 

 

 しかし、攻撃体制に入っていたということは、完全な回避ではない筈なのだ。

 どういった原理かはまだ理解出来てないが、致命には届かないのならばもう一度畳み掛けるだけだ。

 

 

 と、そう判断した次の瞬間、私のラッシュよりも先に乙骨が動く。

 

 水面を蹴る音すらほとんど立てず、その場で半歩だけ踏み込みながら、今度は迷いなく刀を抜いた。

 

 

 抜刀と同時に振り抜かれる一閃。

 

 狙いは、背後。

 

 

 

「───チッ!」

 

 いかにも余裕綽々な女の表情が、ほんのわずかに変わる。 

 完全にキラークイーンへ意識を向けていたその一瞬の隙を突くように、刃が空間ごと断ち切る勢いで走る。

 

 直撃ではない。

 しかし、膨大な呪力を纏わせた刀を受ければ終わると瞬時に理解したのか、女の身体が即座に後方へと引かれる。

 

 宙を滑るように距離を取り、乙骨の間合いから離脱する。

 

 

 

「確かにここを離れた方がよさそうだな」

「……ですね」

 

 距離を取った女を視界の端に捉えたまま、私はわずかに体勢を整える。

その直後、意識するよりも先に足が動き、気付けば乙骨と背中合わせの位置に収まっていた。

 互いに振り返ることはない。ただそれでも、背越しに伝わる気配だけで相手の位置と動きが分かる程度には、今この瞬間だけの連携が成立している。

 

 張り詰めた一瞬の静寂。

 それを先に破ったのは乙骨だった。

 

 

「……あの光線の術師は、僕がやります」

 

 

 簡潔で、迷いのない声。

 視線は正面から外さないまま、意識は既に次の動きへと向いている。

 

 

 

「そうか……いいだろう」

 

 私は短く応じ、視線を宙に浮かぶ女へと向ける。

 

 

「ならばこちらは私が引き受ける。あの女の方が、まだ〈手応え〉はありそうだ」

 

 

 術式の全容は不明ではあるが、少なくとも術式は接触に対する干渉タイプなのは見えた。

 ならば、幾らか崩しようはある。

 それを聞いた乙骨は静かに「了解です」と背後で、わずかに息を整える気配を見せる。

 

 

 

「……一つ、いいですか」

 

 

 そして乙骨の声が、今度は少しだけ低く落ちる。

 

 

 

「……吉良吉影さん、貴方には……出来れば、生き残ってほしい。そして、あの人を出来れば殺さないでくれませんか?」

 

 意図を測る間もなく、言葉は続く。

 

 

「この戦いが終わったら、知っていることは全部話します。貴方の求めている〈ケンジャク〉のことも」

 

 

 

 取引。

 あるいは、信頼の提示。

 その言葉に私はわずかに口元を歪める。

 

 コイツの思惑など知ったことではないが、これを利用しない〈手〉はない。

 

 

 

「……それは結構」

 

 短く言い捨てた、その直後だった。

 

 

 背後の気配が爆ぜ、水面が弾け飛ぶ。

 音が遅れて耳に届くほどの踏み込みと同時に、乙骨の姿が一瞬で消えたのが背後からでも伝わった。

 

 迷いも、揺らぎもない。

 ただ一点へと突き抜けるような加速。

 

 だが宙に浮かぶ女は、一切反応を示さない。

 追う素振りすらなく、ただその場に留まり、こちらへと視線を戻してくる。

 

 

 

「邪魔するつもりだったのだが……いいのか?乙骨憂太(ヤツ)を行かせて」

 

 私は視線を逸らさぬまま、淡々と問う。

 すると女は、くつくつと喉を鳴らすように笑った。

 

 

 

「えぇ、()()()()()

 

 その声音には、露骨な愉悦が滲んでいる。

 

 

  

「アンタたちのおかげでドルゥブも、黒沐死も死んでホーント鬱陶しいのが減ったのは助かるし、もうこれであの()()を生かしておく理由もなくなったから向こうで勝手に潰しあってくれたら大助かりだわ」

「成程、いい趣味をしてるじゃあないか」

 

 吐き出すように言いながら、私はゆっくりと首を傾ける。

 同士討ちを誘い、脅威だけを削る。

 このバトルロイヤル形式において、整える手つきとしては悪くない。むしろ合理的ですらある。

 

 

 

「だが、その策に私を組み込んだのは失敗だったな」

「……………は?」

 

 一歩、前へ出る。

 足裏が水面を押し、静かな波紋が幾重にも広がっていく。

 それに呼応するように、背後の〈キラークイーン〉が僅かに姿勢を沈めた。

 

 

「貴様にも、いくつか〈ケンジャク〉について聞きたいことがある」

 

 私は女の赤い瞳、その奥を覗き込むように見据えながら、言葉を重ねる。

 

 

 

「そして、乙骨憂太は()()()()殺すななどと言っていたが、この吉良吉影の平穏を崩す存在は誰であろうと〈始末〉しなくちゃあいけない。だから、知っているのならさっさと喋ってくれると助かるんだがね」

 

 そこまで言い終える頃には、女の表情が完全に停止し、理解が追いつかない空白を挟んでいたが、やがて顔面がゆっくりと歪み始め、引き攣るように吊り上がる口角とぴくぴくと痙攣する頬、その奥で黒い白目に浮かぶ赤い瞳がじわりと濁った光を帯びていく。

 

 

 

「……は、はは……」

 

 

 女から乾いた笑いが漏れる。だが正確にはそれは笑いではない。

 押し殺しきれなかった〈何か〉が、音になって零れただけだ。

 

 

「………随分、舐めてくれるじゃない」

 

 乾いた音が喉の奥でひび割れるように転がる。

 そのまま女の肩がわずかに震え、笑いとも怒りともつかない歪んだ気配が滲み出す。

 

 次の瞬間、黒く沈んだ白目の奥で赤い瞳がぎらりと鋭く光を増しながらこちらを射抜き、同時にその周囲の空間がじわじわと軋むように歪み始める。

 水面すら波ではなく、形そのものを捻じ曲げられるように崩れていく。

空気が重く沈み込む中で、女の口元がさらに吊り上がっていくにつれて感情の抑制が完全に外れたことがはっきりと伝わり、その圧が一気に膨れ上がる。

 そして次の瞬間、喉の奥から叩きつけるように声が弾ける。

 

 

 

「じゃあ、やってみろよッ!ビチグソ野郎ッッ!!!!!!」

 

 

 

◀◁◀◁◀To Be Continued…

 






吉良吉影

内心分かっていたことではあるが、こうも立て続けに起こる争いに対して、求めているものから徐々に遠のいていくのを感じている。


乙骨憂太

ドルゥヴを殺し、スタジアムに現れた蜚蠊を対処していたら、黒沐死を始末した吉良吉影を発見。最初は吉良も始末するべきかと思っていたが、吉良の目的などを聞いて今は共闘することにした。


光線の術師

近くにドルゥヴと黒沐死を殺したSweetな二人を見ていたら思わずグラニていた。




上から目線の吉良にブチギレる。

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