『今ガチ』最終話の収録日。スタジオに入ると、いつもと同じように出演者たちが集まっていた。
けれど、今日だけは少し空気が違う。最終回。
そう聞かされると、これまで何度も繰り返してきた撮影が、今日で終わるのだということを嫌でも意識する。
俺にとっては、恋愛リアリティーショーなんて本来どうでもよかった。
父さんの事を知りたくてに出演しただけだ。この仕事も今日で終わり。それでいい。
「アクたん」
「ん?」
隣に座ったMEMちょが、意味ありげな顔でこっちを見る。
「今日で最終回だねぇ」
「そうだな」
短く返す。改めて言われると、妙な感じがした。
撮影が始まってから、それなりに時間が経った。最初は周りの連中の名前すら覚える気がなかったのに、今では誰がどこにいるのかまで自然と目に入る。
……慣れた、ということなのかもしれない。
「感慨とかないの?」
「特に」
自分でも驚くくらい、すんなり言葉が出た。感慨がないわけじゃない。ただ、それをわざわざ言葉にするほどのものでもないと思った。
「うわ、最後までドライだなぁ」
MEMちょが笑う。俺は小さく息を吐いて、スタジオの中を見渡した。ゆき、ノブユキ、ケンゴ。
この番組の中心にいた三人は、今日もどこか落ち着かない様子で話している。
最終回なんだから当然か。今日、何かしらの答えが出る。それが、この番組の一番分かりやすい結末なんだろう。
そして少し離れたところには、黒川あかね。彼女も今日が最後だと分かっているのか、いつもより周囲をよく見ていた。
……この数週間で、随分と変わった。最初はただの共演者だった。それが、撮影を重ねるうちに自然と話すようになった。
黒川が話しかけてきて、俺が答える。MEMちょがそこに割り込んでくる。そんなやり取りが、いつの間にか当たり前になっていた。
「ねえ、アクたん」
「何?」
MEMちょが声を少し落とす。嫌な予感がした。この声の時のMEMちょは、大抵ろくでもないことを言う。
「アクたんはさ………告白しないの?」
「……は?」
思わずMEMちょを見る。MEMちょは楽しそうに笑っている。
「だって最終回だよ?前のシーズンでは最後に告白して、カップル成立って展開もあったじゃん」
「俺はそういうつもりで出てない」
「でもさぁ」
MEMちょは俺の顔を覗き込む。
「あかねとは、結構仲良くなったじゃん?」
「……まあ、普通に話す程度にはな」
そう答えてから、少しだけ考える。仲良くなった。言われてみれば、そうなのかもしれない。
でも、それを恋愛と結びつけるのは違う。黒川とは、ただ話しやすいだけだ。演技の話もできるし、くだらない話もできる。
それだけ。
「それなら、最後くらい何かあってもよくない?」
「何もないだろ」
即答した。自分でも驚くくらい、迷いはなかった。黒川と話すのは嫌じゃない。むしろ、以前よりずっと楽になった。
けれど、それと恋愛は別だ。そもそも俺は、この番組に恋愛をしに来たわけじゃない。
「そっかぁ」
MEMちょは少し残念そうに口を尖らせる。
「視聴者は結構期待してると思うけどなぁ」
「視聴者は好きに想像すればいい」
そう返しながら、ふと画面に映ったコメントを思い出す。俺と黒川が友達みたいだ、というもの。
あれくらいなら別にいい。恋愛だなんだと騒がれるより、ずっと楽だ。
「相変わらず冷たい!」
MEMちょが笑いながら肩を叩く。俺も小さく息を吐いた。
「アクたんって、本当に最後まで変わらないねぇ」
MEMちょは意味ありげに笑って、それ以上は何も言わなかった。
俺はもう一度、黒川を見る。彼女はスタッフと話している。その横顔を見ていると、ほんの少しだけ妙な感覚があった。今日で終わる。
もうすぐ収録が始まる。余計なことを考える必要はない。今日もいつも通りやればいい。そう思っていた。
そして、収録が始まった。最終回ということもあって、撮影はいつもより早いテンポで進んでいった。
ノブユキは、最後にゆきへ告白した。結果は………振られた。
続いてケンゴも、MEMちょに気持ちを伝えた。こちらも、答えは同じだった。……結局、誰もカップルにはならなかった。
まあ、そんなものだろう。恋愛なんて、番組の都合通りに成立するものでもない。これまで散々煽られてきた三角関係も、最後はあっさり終わった。
俺自身には、特に感慨もなかった。そもそも、俺はこの番組で恋愛をするつもりなんて最初からない。これで、本当に終わる。
「アクアくん、こっちだよー」
声をかけられて振り返る。そこにいたのは、いつもの黒川あかね………いや。今は、アイを演じている黒川だった。
「……最後か」
「うん。最後だね」
カメラが回り始める。黒川は、いつものように明るく笑っている。最初に会った頃と比べれば、随分と自然になった。
それはアイの演技だけじゃない。俺に話しかける時も、最初の頃にあった僅かな遠慮がなくなっている。
俺も、黒川が話しかけてくることを以前ほど面倒だとは思わなくなっていた。
「なんか寂しいねー。最初はどうなることかと思ったけど、結構楽しかったなぁ」
「俺は最初から最後まで、あんまり変わってないけどな」
「そうかな?」
黒川が首を傾げる。
「最初より、ちょっとだけ喋るようになったと思うよ?」
「……そうか?」
「うん。私とは普通に話してくれるし」
「まぁ……慣れただけだろ」
そう答えてから、ふと考える。慣れた。確かに、それが一番近いのかもしれない。最初は、他人と必要以上に関わるつもりなんてなかった。
それなのに、黒川とは演技の話をしたり、くだらない話をしたり。MEMちょがそこに入ってきて、三人で笑ったりもした。
どれも、俺にとっては本来なら必要のない時間だった。……でも、嫌ではなかった。
むしろ、そういう何でもない時間が、この番組にいる間の一番自然な時間だったのかもしれない。
「ふふっ。じゃあ、私も慣れてもらえたってことだね」
黒川が笑う。
「そうだな」
短く返す。けれど、今日はそれだけで十分な気がした。最終回だからといって、何か特別なことを言う必要はない。
ここまでの関係を、無理に恋愛という形にする必要もない。
「アクアくん。この番組が終わっても、また話そうね」
一瞬だけ、意外に思った。けれど、その言葉に変なところは何もなかった。黒川ならそう言うだろうと思った。
自然と頷く。番組が終われば、今までみたいに毎週顔を合わせることはなくなる。撮影の合間に話すことも、MEMちょに茶化されることもなくなる。
そう考えると、ほんの少しだけ物足りない気がした。……まあ、それも時間が経てば慣れるだろう。
「じゃあ、約束ね」
「大げさだな」
「大事なことだよ?」
黒川が笑う。その笑顔を見て、俺もほんの少しだけ口元を緩めた。
カメラが二人を映している。恋人になるわけでもない。告白するわけでもない。それでも、不思議と物足りなさはなかった。
むしろ、これが俺たちらしい終わり方なのだと思う。恋愛リアリティーショーに出演して、恋愛とは関係のないところで友達ができる。
……随分と皮肉な話だ。
「じゃあ、最後に一言!」
スタッフの声が飛んでくる。黒川がカメラを見る。
「今まで見てくれて、ありがとうございました!」
そして、少しだけ俺の方を見る。
「アクアくんも、お疲れさま!」
「……黒川さんも」
「さん付け、最後まで変わらないね」
「今さら変える必要あるか?」
「それもそうだね」
二人で笑う。やがて、スタッフから声がかかった。
「オッケー! これで終了です!」
カメラが止まる。その瞬間、周囲のスタッフが動き始めた。
機材が片付けられ、出演者たちもそれぞれスタッフや共演者と言葉を交わしている。俺はその光景をぼんやり眺めた。
『今ガチ』が終わった。
最初は、ただ父さんの事を知りたくて受けた仕事。それ以外には何も期待していなかった。なのに、終わってみれば、思っていたより多くのものが残っている。
MEMちょや、他の出演者たちとの関わりもそう。そして………黒川との関係も。俺と黒川の関係は、最後まで恋愛にはならなかった。
それでいい。
友達。
そう呼ぶなら、たぶんそれが一番しっくりくる。打算もなく、くだらない話ができる相手。俺にとっては、そういう人間の方がずっと珍しい。
「アクアくん、またね」
「あぁ………また」
黒川が手を振る。俺も軽く手を上げて返す。その言葉が、思っていたよりも自然に口から出た。
でも、黒川との関係まで終わる必要はない。そんな当たり前のことを、最後になってようやく実感していた。
今ガチの終わり方は「友達エンド」となりました。アクアとあかねの関係は「友達」に。原作でアクアが「対等な関係を築きたい」と言う点からこの終わり方になりました。
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