ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
「我が師よ、何処に行っていたのか――という質問は無粋か。プロポーズは上手くいったかね?」
含み笑いをしながら、王が質問をする。
「失敗はしても、リカバリーをミスしたことがないのが取り柄でして。もちろん上手くいきましたとも。エミリアには我が告白を聞き届けて貰いました」
自信満々に答えておく。
別に隠したところでバレるし、隠す意味もなかった。
揶揄うどころか、真っ正面から人の幸せを喜べるような王になってほしいと。
私が教師として育てたのだから、そうしてくれるはずだ。
「ま、そうだろうよ。さて、我が師よ。まずは落着したならば、おめでとうと言っておくが。それはそれとしてだ。残念なことに、オズヴァルド子爵の試合はもう終わってしまったぞ? なかなか面白かったのにな」
「おや、そうでしたか?」
優秀ではあるが、面白みには欠ける義息というのが私の評価であった。
おそらく、それは王からみても変わらなかったろうに。
その評価が覆るほどか?
枢機卿が横から口を挟む。
「なんで観てねえんだよ! ルノワール男爵!! と、あの途中からの絶叫は良かったですな」
「ああ、良かった。まさに魂の叫びだったな。笑ってしまった」
うんうん、と頷く王。
そんなこと叫んでたのか、あの子。
中々に弾けているな。
「どんな試合だったと予想する? 我が師よ」
「私は正直エルポトロが勝つと思っておりましたので、全く予想だにしない試合であったものと」
「酷いな。仮にも義父だろうに。勝利の一つも祈ってやってもよかったのではないかな」
知らんわそんなの。
私はプロレス普及のために出資し、私の望みに答えようと懸命なエルポトロに高い評価していた。
もちろんオズヴァルド子爵にも、義父としての義理はあるし。
我が家業に対して、人員を手配してくれた恩義もあるが。
まあ、それらまとめても、エルポトロという努力家への好意ほどではない。
「実のところ、私はオズヴァルド子爵には強さを求めていないのですよ。私同様、デスクワークが本分の男でありましょうから。士官学校卒とはいえ、求められている分野は外交畑でしょう?」
そもそも期待している項目が全然違うのだから。
私の評価を高くするとすれば、外交分野の紋章官として活躍して欲しいのだ。
もちろん、そのチャンスすら無いようならば、我が王に口添えも考えていた。
「ところが今回、個人としての強さを示したぞ。騎士としての実力だ。面白かったな」
「面白かったですなあ」
そんなに面白かったのか。
たぶん世界でも五本の指に入る格闘技者であろう枢機卿から観ても?
とても信じられんが。
「では全く予想できない試合だったでしょうし、素直に尋ねましょう。どんな試合でした?」
「うむ。説明しよう」
ふふーん、と鼻歌まで歌って。
何やら本当にご機嫌で指一本を立てて、王は説明を開始する。
「まず、オズヴァルドは奇策を望まず。エルポトロの得意分野で勝ってこそ、王である私に認められると考えたのだろうな。おもむろに上半身の衣服を脱ぎ捨てて、格闘戦を挑んだ。かかってこいエルポトロ! と叫んでな」
「ほう」
それは面白いな。
それでも勝てると思ったのだろうが――
「ですが、エルポトロの格闘技術は本物ですよ。悪手としか思えませんが」
「うむ、苦戦した。オズヴァルドの想定以上にエルポトロは粘った。魔力で身体強化したオズヴァルドにとても敵わないはずのエルポトロは、関節の取り合い。寝技だけで必死に粘りを見せた。時折、痛烈な打撃を浴びせられ、白目を剥くような一撃を脳天にくらいながらもだ。エルポトロは必死に食らいついた」
だろうな。
だって、エルポトロの格闘技術は。
「男爵。質問ですが、私の格闘技術を彼にフィードバックしましたか?」
枢機卿が色々なイベントで、私に見せてきた格闘技術と何も変わらないのだ。
「私の知る限りの技術は彼に提供しました。スポンサーですので」
ハッキリ言えば、死に物狂いで、ただそれだけの技術向上に取り組んできたエルポトロに。
身体能力で勝れど、オズヴァルド子爵が勝てる要素はないと私個人としては思ったのだ。
だが。
「20分ほどの熱闘であった。中々に見物であったぞ。で、途中でオズヴァルドも嫌になったのか、そもそも我が師がそれだけ経っても全然帰ってこない事に怒ったのか。なんで観てねえんだよ! ルノワール男爵!! と絶叫した。私は笑った。声を上げて大いに笑ったぞ」
「そんなことを言われても……」
エミリアへの告白の方が優先事項だったしな。
まあ悪いことをしたとは思っているので、後で謝っておくが。
「そこからだな」
「そこからでしたな。動きは切り替わりました」
うんうん、と我が王と枢機卿が頷く。
そこから、何があったのか。
「オズヴァルドは賭けに出た。もうお前は席に帰ってこないからアピールのチャンスも無いし、長引けばダメージが次の試合に響くことも考えねばならぬ。乾坤一擲の一撃を叩き込もうと、エルポトロを掴んで、思い切り持ち上げて背後に叩きつけた」
「見事なバックドロップでしたな。手首の関節も完全に決まっていました。あれは防げない。失敗すれば、敗北覚悟の行動でした」
なんで真面目にプロレスしてんだろう、オズヴァルド子爵。
まるでイメージと違うことをしているが。
「実に見事だった。ああも真っ正面からプロレスで負けたならば、エルポトロも納得がいくというもの。ケチのつけようがないな」
「左様ですな。格闘技者の私としては強さよりも、試合構成力を評価したいところです」
「うむ、ちゃんと物語を作って自分の思うところに結末を落とし込んだのだ。観客も文句は無かろう」
我が王と枢機卿の評価は上々のようである。
ならば、良かったなと思うばかりである。
ついでだ、試合を観ていなかったのもバツが悪いので、口添えの一つでもしておくか。
「では、オズヴァルド子爵に仕事の一つでも与えてみようと? そうして頂ければ、私も彼に気まずくないのですが」
「うん、やってみよう。いきなり大きな戦の使者に送るのは不味かろうが。何かトラブルがあっても自分で逃げてくるだろう」
我が王は大分ご機嫌のようだ。
ともあれ、オズヴァルド子爵には今の話を伝えておこう。
きっと喜ぶ。
「回す仕事は、さしあたって亡命者に刺客を送り込んだ件についてだがな。我が師も、エミリアが絡んだのだから無関係ではないぞ」
「……」
オットー・ブラントの件か。
そういえば、何故亡命してきたかの事情は知らない。
「暗殺者から事情聴取が終われば、そちらにも話を回す」
「そうしてもらえると助かります」
まあ、話だけは聞いておこう。
解決はオズヴァルド子爵がなんとかするだろうが。
「さて……そのオットーはすでに準決勝を棄権した。怪我もしておるしな。エミリアは不戦勝ということだ」
「というと、すぐに試合を?」
「さすがにそれはオズヴァルドが可哀想であろう? 奴には休憩が必要だ」
本当に彼を気に入ったようだな。
まあ、腹に何か抱えていそうな秀才では無く、腹の底まで知れているほうが側近としては扱いやすい。
不平不満を口にはするが、それでも仕事はやり遂げるぐらいが丁度いいということだ。
「さて、我が師が帰ってくるまでに、すでに休憩の旨は観客に告げている。食事でもしようか」
若干十五歳の少年王はそう口にして、満足げに笑った。
如何にも使えそうな人材が手に入ったとばかりに。