球磨川禊VSルルーシュ   作:stein0630

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その夜、学園は静かだった。

 

静かすぎた。

 

騒ぎの翌日に訪れる静けさには、二種類ある。何も解決していないのに疲れて黙る静けさと、次に備えて息を潜める静けさだ。今夜のアッシュフォード学園にあるのは、明らかに後者だった。

 

特別棟の会議室では、照明を半分落としたまま、生徒会側の席だけが使われていた。机の上には録音の書き起こし、面談ガイドラインの写し、保護者会の追記案、教職員側から上がってきた内部メモ。それらが綺麗に並んでいるのに、部屋の空気は少しも整っていない。

 

ルルーシュは、一枚の紙を眺めたまま動かなかった。

 

球磨川禊。

 

学内秩序への影響度が高い者。

 

心理的影響が極めて強い者。

 

通常教育環境における相互安全を損なう可能性。

 

ヴァイスが口にしたその文言は、紙にはまだなっていない。だが、だからこそ危険だった。紙になれば、争点になる。まだ紙になっていない言葉は、観測であり、探りであり、次の制度の雛形だ。

 

「まだ見てるの?」

 

ミレイが入ってきた。片手に缶コーヒーを二本。ひとつを机へ置く。

 

「冷めますよ」

 

「どうも」

 

「感謝が軽いのよね、ほんと」

 

ミレイは椅子を引いて腰掛けた。

 

「保護者会、割れたわ」

 

「想定内です」

 

「“球磨川くんを前に出すな派”と、“あの子を切らせたら次はうちの子だ派”で半々。教師側はもっと露骨。“彼を守るべき”って言ってる人の半分くらい、自分たちの逃げ道として言ってる」

 

「ええ」

 

ルルーシュは頷く。

 

「当然です。球磨川を個別事例へ押し込めば、制度の話から逃げられる。逆に押し込めさせなければ、今度は“なぜあれを守るのか”でこちらが説明を強いられる」

 

ミレイが缶を開ける。

 

「で、どう説明するの?」

 

「しない」

 

「へえ?」

 

「説明するほど負けます」

 

ルルーシュは淡々と言った。

 

「球磨川を“守る理由”をこちらが美しく語った瞬間、ヴァイスは勝つ。“ほら見ろ、結局あいつ一人が特別なんだ”という形にできるからです」

 

ミレイが口元を上げる。

 

「嫌な頭してるわねえ」

 

「褒め言葉として受け取ります」

 

「褒めてる」

 

そのとき、会議室の扉が開いた。

 

ノックはない。

 

球磨川だった。

 

『こんばんは、生徒会長。ミレイ会長』

 

「入るときくらい普通にしなさい」

 

『普通って何?』

 

ミレイが呆れたようにため息をつく。

 

「そういうとこよ」

 

球磨川はいつものように笑っていた。だが今日は少しだけ静かだ。表面の明るさは同じなのに、その下で何かを噛んでいる感じがある。

 

ルルーシュはそれを見て、先に切り込んだ。

 

「ヴァイスの提案、どう思う」

 

『配置転換?』

 

球磨川は首を傾げた。

 

『面白いよね』

 

「面白い、か」

 

『うん。だってあれ、僕をどこに置くかの問題に見せかけて、きみをどこまで喋らせるかの試験だったろ』

 

ミレイが眉をひそめる。

 

「やっぱりそう思う?」

 

『思うも何も、そうだったじゃん』

 

球磨川はあっさり言った。

 

『僕を切り離すって言えば、きみは止めるか。止めるなら、どういう言葉で止めるか。正義か、情か、戦略か。で、きみは“制度を特殊事例に縮小させない”って返した。うん、最高だよね』

 

「最高かどうかは知らんが」

 

ルルーシュは言った。

 

「向こうに一つ読まれたのは確かだ」

 

『そりゃそうだよ』

 

球磨川は机の端に座る。

 

『でも、きみも一つ読んだだろ。“ヴァイスは僕を排除したいんじゃなくて、僕の置き場所で盤面を測ってる”って』

 

ルルーシュは沈黙した。

 

その沈黙を、球磨川は肯定と受け取る。

 

『おあいこだね』

 

「お前は、気にしていないのか」

 

『何を?』

 

「配置転換の候補にされたことを」

 

球磨川は、そこで少しだけ考えるふりをした。

 

『うーん』

 

長く引っ張る。だが単なる芝居ではない。言い方を選んでいる。

 

『嫌だよ、もちろん』

 

「意外だな」

 

『ひどいなあ』

 

球磨川は笑った。

 

『僕だって嫌なことくらいあるよ。ていうか、ああいうの嫌に決まってるだろ。“君は周りに悪影響だから、ちょっと静かな場所に行こうね”って、一番性格の悪い優しさじゃないか』

 

ミレイが低く言う。

 

「ほんとそれ」

 

球磨川は続けた。

 

『でもね。嫌なのは“追い出されること”じゃない』

 

「何だ」

 

『追い出される理由を、向こうがもう知ってる顔で喋ること』

 

ルルーシュの目が細くなる。

 

『“君はこういうタイプだから”“周りにこう作用するから”“本人のためにも”って、ああいう言い方ってさ。追い出すことそのものより、“お前はもう分類済みだ”って顔が一番嫌なんだよね』

 

それは、いつもの球磨川らしい言葉だった。

 

勝敗より前提。処分より解釈。行為より、それを正当化する物語。

 

ルルーシュは、そこで改めて理解する。

 

球磨川禊の戦い方は、一貫している。相手が何をしてくるかより、“どんな顔でそれを言うか”を潰す。正義の顔、支援の顔、分析の顔。その顔を剥がしてしまえば、制度は急に無防備になる。

 

だがそれは同時に、あらゆる制度的解決と相性が悪い。

 

「つまり」

 

ルルーシュは言った。

 

「お前は追い出されること自体には耐えられても、“理解されたふり”には耐えられないわけだ」

 

球磨川が、ほんの少しだけ目を細めた。

 

『へえ』

 

「違うか」

 

『違わないね』

 

珍しく、すぐ認めた。

 

『だって僕、“お前はこういう人間だ”って言われるの大嫌いだし』

 

ミレイが首を傾げる。

 

「でも、あなた自分で自分のこと色々言うじゃない。“僕は敗者だ”とか、“僕はこういう役だ”とか」

 

『それはいいんだよ』

 

球磨川は笑う。

 

『自分で言うのと、他人に言われるのは全然違うだろ。自分で決める負け方と、勝手に与えられる負け方も違うし』

 

ルルーシュはその言葉を、静かに記憶した。

 

重要だ。

 

ヴァイスが今日試したのは、まさにそこだ。球磨川禊を「こういう人間」として置けるかどうか。その定義づけへの反応を見た。

 

そして球磨川は、はっきり嫌がった。

 

なら次もそこを突く。

 

ヴァイスほどの男が、一度手応えを得た線を捨てるはずがない。

 

「……来るな」

 

ルルーシュが小さく言うと、ミレイが聞き返した。

 

「何が?」

 

「次の手です」

 

ルルーシュは視線を上げる。

 

「ヴァイスは、球磨川を直接切り離すだけではなく、“球磨川の扱いについて学園側の言葉を固定する”方向にも来る。守るのか、切るのか、特別扱いするのか、しないのか。こちらに答えさせようとする」

 

球磨川が楽しそうに笑う。

 

『うんうん。そうだろうね』

 

「だから答えない」

 

「どうやって?」

 

ミレイが問う。

 

「言葉で答えない」

 

ルルーシュは言った。

 

「答えるのは、位置でだ」

 

少しの沈黙。

 

ミレイが先に理解する。

 

「……ああ」

 

球磨川はまだ笑っている。

 

『なにそれ。面白そう』

 

「次、もしヴァイスが“球磨川禊の扱い”を議題に出したら、その場でお前は中央から消えろ」

 

ミレイが缶を置く。

 

「なるほどね。本人を議題化しようとした瞬間、本人がそこにいない盤面にする」

 

『へえ』

 

球磨川は首を傾げる。

 

『逃げろってこと?』

 

「違う」

 

ルルーシュは即答した。

 

「お前がいない状態でなお、制度側が“球磨川禊”を語りたがるなら、それは本人への対応ではなく、記号への執着になる。つまり、制度が相手にしているのが実在ではなく“都合のいい説明対象”だと露出する」

 

ミレイが笑う。

 

「嫌らしい」

 

「ありがとうございます」

 

『でもさあ』

 

球磨川は机の上に指で円を描く。

 

『僕がいなくなったら、“ほら、やっぱり安定しないじゃないか”って言われるかもよ』

 

「言わせておけ」

 

ルルーシュは冷静に返す。

 

「大事なのは、そのとき相手が“いないお前”をどこまで知ったふうに喋るかだ」

 

球磨川は数秒黙り、それから笑った。

 

『あはは』

 

「何だ」

 

『いや。やっぱりきみ、そういうの本当に上手いなあと思って』

 

「お前の講評はもう聞き飽きた」

 

『でも褒めてるよ』

 

「知っている。だから腹が立つ」

 

ミレイが二人を見て言った。

 

「で、その作戦やるなら、“消え方”が大事ね」

 

ルルーシュは頷く。

 

「ええ。ただ欠席するだけでは駄目です。処分から逃げたように見える」

 

『じゃあ、どうするの?』

 

球磨川が聞く。

 

ルルーシュは少し考えた。

 

そこで、会議室の窓を叩く音がした。

 

三回。

 

短く、均等に。

 

全員が振り向く。二階だ。普通の来客ではあり得ない。

 

ミレイが顔をしかめる。

 

「誰よ」

 

ルルーシュは即座に立ち上がり、カーテンを少しだけ開く。

 

外の非常階段の踊り場に、人影が一つ。

 

カレンだった。

 

「入れ」

 

ミレイがすぐに窓を開ける。カレンは無駄な動きなく中へ入り、窓を閉めた。

 

「相変わらずね、あなたたち」

 

「そっちもな」

 

ルルーシュが言う。

 

「急ぎか」

 

「かなり」

 

カレンは部屋の面子を見て、球磨川に一瞬だけ眉を寄せたが、何も言わなかった。その代わり、封筒を一つ差し出す。

 

「情報局側で動きがあった。ヴァイスの直属じゃない。もっと上」

 

ルルーシュは受け取り、中を見る。

 

コピーされた内部連絡。

 

件名は無味乾燥だ。

 

――試験区運用における高影響個体の取扱いについて

 

本文の数行で、空気が変わった。

 

「……なるほどな」

 

ミレイが横から覗き込み、顔をしかめる。

 

「何これ」

 

カレンが代わりに言う。

 

「学園の制度運用とは別系統。あくまで“分析対象としての保全”が目的」

 

球磨川が、そこで笑った。

 

『うわあ』

 

いつも通りの調子。だが笑い方が少しだけ硬い。

 

ルルーシュは読み上げた。

 

「“高影響個体は、即時排除よりも継続観察を優先する。分離措置は、関係網の再編結果を確認した後に検討”」

 

ミレイが吐き捨てる。

 

「ほんとに人を生き物扱いしてないわね」

 

「生き物扱いはしているさ」

 

ルルーシュは冷たく言う。

 

「ただし、飼育対象としてな」

 

球磨川が笑う。

 

『いいねえ。最悪だ』

 

カレンが続ける。

 

「要するに、“切り離せるかを見る”って話は本当。でも今すぐ切る気じゃない。むしろ、どこに繋がってるか、切ったら何が崩れるかを見たい」

 

ルルーシュは紙を閉じた。

 

読めた。

 

ヴァイスの今日の提案は、処分ではない。探針だ。球磨川を切ったと仮定したとき、学園側のどこが痛むかを見たかった。誰が反応し、誰が守ろうとし、誰が安堵するか。

 

そして、最悪なことにこちらはかなり答えてしまった。

 

『おあいこだね』

 

球磨川が昼間に言った言葉が、ここで別の重みを持つ。

 

「厄介ね」

 

ミレイが低く言う。

 

「つまり向こう、“切るぞ”って言えば周りがどう動くか見られるって分かったわけだ」

 

「ええ」

 

ルルーシュは短く答えた。

 

「なら次は、もっと丁寧に同じことをする。“処分”ではなく“配慮”の顔で」

 

球磨川が、そこで急に静かになった。

 

カレンがその変化を見て、初めて直接彼に聞く。

 

「何?」

 

『いや』

 

球磨川は笑った。

 

『やっぱり、ちゃんとそういうふうに使うんだなあと思って』

 

「使う?」

 

『うん。切るためじゃなくて、繋がりを見るために。僕をね』

 

ルルーシュはその言い方に少しだけ引っかかった。

 

「何か思い当たるのか」

 

球磨川は数秒黙り、肩をすくめた。

 

『別に。ただ、“直接どうこうするより、周りがどう揺れるか見たい”って発想、結構嫌いなんだよね』

 

「理由は?」

 

『だって、自分の話をしてるようで、実際は自分の話じゃないだろ』

 

その答えは、妙に率直だった。

 

『“君をどうするか”って言ってるけど、本当は“君の周りが君をどう扱うか”を見てる。そういうの、本人にとって一番気持ち悪いじゃないか』

 

ルルーシュは黙った。

 

分かる。

 

ギアスと少し似ている、と一瞬だけ思って、すぐにその連想を切った。

 

似ているからこそ嫌なのだ。相手を直接動かすのではなく、相手を中心に置いた周囲の反応を読む。その発想は、支配の中でも一段深い。

 

カレンが紙を机へ置く。

 

「もう一つある。明日の午後、行政局側から“学園安全調整会議”の招集がかかる。生徒会、保護者会、教職員、行政局。形式上は共同会議」

 

ミレイが笑った。

 

「来たわね。次の舞台」

 

「ええ」

 

ルルーシュは頷く。

 

「内容は?」

 

「名目は“高影響個体への配慮方針の協議”」

 

会議室が静まる。

 

ミレイが呟く。

 

「露骨」

 

「だが上手い」

 

ルルーシュは即答した。

 

「球磨川禊を処分対象とは言わない。配慮対象として議題化する。そうすれば、反対する側も“何を拒んでいるのか”が曖昧になる」

 

『うわあ』

 

球磨川が嬉しそうに笑う。

 

『ほんとに静かにめちゃくちゃにしてくるじゃないか』

 

ルルーシュはその笑みを見ながら、ゆっくりと言った。

 

「予定変更だ」

 

ミレイが顔を上げる。

 

「なに?」

 

「次、お前は喋るなと言ったが、訂正する」

 

球磨川が目を細める。

 

『へえ?』

 

「喋れ。ただし最初ではない」

 

少しの沈黙。

 

ルルーシュは続ける。

 

「明日の会議で、お前は最初から中心に置かれる。なら、その誘導に逆らって“自分が議題ではない側”に一度徹する。配慮、支援、安全、調整。その綺麗な言葉を、まず向こうに十分並べさせる」

 

ミレイが頷く。

 

「で、顔を作らせきるのね」

 

「そうです」

 

『それから?』

 

球磨川が聞く。

 

ルルーシュの目が冷たく光る。

 

「それから、お前が一言だけ訊け」

 

「何を?」

 

カレンが問う。

 

ルルーシュは、ヴァイスの声色を頭の中でなぞりながら答えた。

 

「“その配慮って、僕が嫌だって言ったあとでも成立するんですか?”」

 

会議室が静まる。

 

数秒遅れて、ミレイが笑った。

 

「最悪」

 

カレンも、ほんの少しだけ口元を上げる。

 

球磨川は。

 

球磨川は、数秒、何も言わなかった。

 

珍しい沈黙だった。

 

ルルーシュはその顔を見る。笑っていない。表情がないわけでもない。ただ、いつもの球磨川禊が一度引っ込んで、その奥で別の何かが静かにこちらを見ているような顔。

 

『……へえ』

 

やがて、そう言った。

 

『いいね、それ』

 

「使えるか」

 

『使えるよ』

 

球磨川はゆっくり笑う。

 

『だってそれ、すごく嫌な質問だもん』

 

「お前向きだ」

 

『ひどい言い方だなあ』

 

だが、その声音はどこか嬉しそうだった。

 

「ただし」

 

ルルーシュは釘を刺す。

 

「質問はそれだけだ。後は黙れ」

 

『無理かも』

 

「やれ」

 

『命令口調だ』

 

「そうだ」

 

『いいねえ』

 

球磨川は楽しそうに言った。

 

『そういうの、たまに本当に効きそうで怖い』

 

一瞬だけ、会議室の空気が変わる。

 

誰も何も言わない。だがルルーシュと球磨川の間だけ、違う種類の緊張が走った。

 

球磨川は笑ったまま続ける。

 

『まあでも、今回はちゃんと聞くよ。きみのその質問、気に入ったし』

 

ルルーシュは何も返さなかった。

 

ミレイが空気を切るように言う。

 

「じゃ、明日の骨子を作るわよ。行政局が“配慮”を並べる。こっちは“本人の意思”を軸に切り返す。保護者会には、“拒否の権利”を前面に出してもらう」

 

「ええ」

 

ルルーシュは頷いた。

 

「教職員側には、“教育上の配慮”と“管理上の隔離”の境界線を言語化させる。向こうが曖昧にしたい線を、こちらは明文化する」

 

カレンが言う。

 

「私は外から見る。もし向こうが会議と別系統で動くなら、その線を拾う」

 

「頼む」

 

会議はそこから一時間以上続いた。

 

文言の選び方。誰が最初に話すか。どのタイミングで保護者側を前に出すか。球磨川をどう置くか。ヴァイスが“本人のため”と“周囲のため”をどう混ぜてくるか。そのたびに、ルルーシュは組み替え、削り、刺しどころを探した。

 

球磨川は、最初の三十分ほどは珍しく黙って聞いていた。

 

それが逆に不気味だった。

 

やがて、会議が終わりに近づいた頃。

 

全員が一度立ち上がり、紙をまとめ、夜の疲労が少しだけ顔に出始めたとき。

 

球磨川が、ふいにルルーシュへ言った。

 

『ねえ、生徒会長』

 

「何だ」

 

『さっきの質問さ』

 

「どれだ」

 

『“嫌だって言ったあとでも成立するんですか?”ってやつ』

 

ルルーシュは頷く。

 

『あれ、きみが思ってるよりずっとひどいよ』

 

「そうか」

 

『うん』

 

球磨川は笑う。

 

『だってそれ、相手が“はい”って言っても終わりだし、“いいえ”って言っても終わりなんだもん』

 

ミレイが眉を寄せる。

 

「どういうこと?」

 

球磨川は、机の上の紙を指先で軽く弾いた。

 

『“はい、嫌だと言っても成立します”なら、もう支援でも配慮でもなくて、ただの強制だろ。逆に“いいえ、嫌なら成立しません”って言ったら、今度は“じゃあ嫌って言った相手に、ここまで配慮の言葉を積んだのは何だったんですか”になる』

 

カレンが小さく頷く。

 

「閉じてるわね」

 

『うん。だからひどい』

 

球磨川はルルーシュを見る。

 

『きみ、本当にこういうの上手いよね。相手が一番綺麗でいたい場所に、ちゃんと泥を投げる』

 

「投げるのはお前だろう」

 

『まあ、今回はね』

 

その返答はやけに素直だった。

 

会議が終わり、全員が散り始める。

 

ミレイは最後に、ルルーシュの肩を軽く叩いた。

 

「寝なさいよ、少しは」

 

「善処します」

 

「しない顔ね」

 

ミレイが去る。

 

カレンも窓から出ていく。ニーナとリヴァルの足音も遠ざかる。

 

残ったのは、またルルーシュと球磨川だけだった。

 

静かな会議室。

 

散らかった紙。

 

夜の終わりかけた匂い。

 

球磨川は窓の外を見ていた。今日はよく窓の外を見る。珍しい。

 

「何を見ている」

 

ルルーシュが問うと、球磨川は少し考えるふりをした。

 

『別に』

 

「そうか」

 

『うん。でもさ』

 

振り返る。

 

笑っている。だが、その笑みの下にほんの少しだけ、妙な静けさがある。

 

『きみ、さっきからずっと僕を“切らせないため”に動いてるだろ』

 

ルルーシュは答えない。

 

球磨川は続ける。

 

『もちろん制度の話だし、僕一人に縮小させないためってのも本当なんだろうけど。でも、それだけじゃないよね』

 

「自意識過剰だ」

 

『そうかな』

 

球磨川は首を傾げる。

 

『だってきみ、嫌なんだろ。僕が勝手に向こうの箱に入れられるの』

 

ルルーシュは、その言葉にだけはすぐ返せなかった。

 

球磨川が、少しだけ目を細める。

 

『へえ』

 

「……誤解するな」

 

ようやくルルーシュが言う。

 

「お前が箱に入るかどうかは問題じゃない。問題は、その箱が制度の逃げ道になることだ」

 

『うん、半分はそうだろうね』

 

球磨川は笑った。

 

『でも半分は、違う』

 

ルルーシュは黙った。

 

球磨川は、その沈黙へ小さく頷いた。

 

『まあ、いいや』

 

意外にも、そこで引いた。

 

『明日、ちゃんとやるよ。最初は黙って、向こうが綺麗なこと言い尽くしたところで、一回だけ嫌な質問してくる』

 

「そうしろ」

 

『うん』

 

そして、扉のところまで歩いてから、振り返らずに言った。

 

『でもさ、生徒会長』

 

「何だ」

 

『もし明日、向こうが僕を箱に入れるんじゃなくて、“きみに僕を入れさせる”方向で来たら、どうする?』

 

会議室の空気が、そこでぴたりと止まった。

 

ルルーシュの思考が一気に加速する。

 

それはあり得る。

 

ヴァイスは今日、球磨川を切る気ではなく、こちらの反応を見るために使った。なら次はさらに一段進められる。“学園側の自主判断として”、球磨川禊への特別配慮を提案させる。つまり、こちらの手で箱を作らせる。

 

そうすれば、制度は逃げられる。ヴァイスは何も押しつけていない顔で、こちらが自ら選んだことにできる。

 

最悪だ。

 

そして、十分にあり得る。

 

ルルーシュが黙っていると、球磨川は小さく笑った。

 

『ほらね』

 

「何がだ」

 

『きみ、今の嫌だっただろ』

 

「当たり前だ」

 

『うん。そういう顔、結構好きだよ』

 

ルルーシュは、その軽口にだけは乗らなかった。

 

代わりに、静かに一つだけ言う。

 

「その場合は、箱を作るふりをして、箱そのものを壊す」

 

球磨川が、そこで初めて本当に嬉しそうに笑った。

 

『やっぱり最高だ』

 

そう言い残して、彼は出ていった。

 

一人になった会議室で、ルルーシュはしばらく動かなかった。

 

箱を作るふりをして、箱そのものを壊す。

 

自分で言ったその言葉は、ひどく正しかった。

 

そして、ひどく危険だった。

 

明日の勝負は、もう制度の是非だけではない。

 

誰が誰に箱を用意し、誰がその箱へ入るふりをして、最後に誰が箱の概念そのものを踏み抜くか。

 

そこまで来ている。

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