武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

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武術の王『虎杖悠仁』

 

 

 

 

 「さぁ二人とも……ここで思う存分殴り合おうぜ」

 

 俺はそう言いながら二人へ向けて構えた。施無畏印と与願印。小学一年生の頃、公園で買ったあのボロボロの本に載っていた構えであり、漢字もまともに読めなかった俺が図だけを真似して何千回、何万回と繰り返してきた如来神掌の原点だ。滝に打たれながら、山を走りながら、熊と睨み合いながら、何度も転び、何度も失敗し、それでも続けてきた十年間が自然と身体をこの形へ導いてくれる。今では呼吸をするのと同じくらい当たり前に取れる構えだった。

 

 黄金の水面が静かに揺れる。無数の蓮が咲き誇る俺の生得領域。宿儺と初めて出会った場所も、この黄金の世界だった。あの時の俺は生得領域なんて言葉も知らず、目の前に現れた四本腕の変な男と喧嘩を始めただけだったけど、今なら分かる。この場所はずっと前から俺の中にあった。滝に打たれていた時間も、座禅を組んでいた時間も、祖父ちゃんに見守られながら鍛えていた日々も、全部ここへ繋がっていたんだと思う。

 

 ここでは呪力も“流れ”も術式も使えない。それは宿儺も同じであり、五条先生も同じであり、この領域を展開した俺自身にも等しく適用される。反転術式も領域も術式効果も消え去り、残されるのは鍛え上げた肉体と技術だけ。最初からそういう世界にしたかった訳じゃない。でも俺が強くなってきた道を振り返った時、自然とこうなった。

 

 だって俺は元々呪術師じゃないからだ。

 

 宿儺の指を飲む前から戦っていたし、伏黒と出会う前から修行していたし、高専に入る前から最強になりたくて山を駆け回っていた。俺が積み上げてきたものは術式じゃない。千年積み上げた呪術の知識でもない。ただ身体一つで積み上げてきた武だけだ。

 

 だから、この世界では全員平等だ。現代最強も呪いの王も関係ない——そう言いたいところだけど、本当は少し違う。この領域は全てを同じにする場所じゃない。魂を暴き、余分なものを削ぎ落とし、本質だけを残す場所だ。

 

 だから宿儺から術式は消えても、宿儺という怪物そのものは消えない。千年前から無数の命を踏み越え続けた呪いの王の魂は、最初から四本腕だった。だからこそ今も四本の腕を持ったまま黄金の世界へ立っている。

 

 宿儺は愉快そうに口元を歪めながら四本の拳を握り、肩を鳴らしていた。呪力も“流れ”も術式も無い。それでも怪物みたいな圧力は少しも消えていない。むしろ超常を剥ぎ取られた事で、武人としての本質だけが剥き出しになっているようだった。その四つの瞳は獲物を見つけた猛獣みたいに輝き、俺と五条先生を同時に見据えている。

 

 五条先生も笑っていた。六眼も無下限も無い。現代最強を支えてきた力の大半を失っているはずなのに、その表情は今まで見たどの時よりも楽しそうだった。獄門疆の中で如来神掌を学び、俺を追いかけるように武を磨いてきた五条先生にとって、今この瞬間はずっと待ち望んでいた時間なのかもしれない。術式も呪力も存在しない世界で、ただ己の肉体と技術だけを頼りに戦う。それは五条悟という男が一度は夢見た純粋な闘争だったのだろう。と思う。

 

 気付けば俺も笑っていた。宿儺も笑っている。五条先生も笑っている。

 

 結局のところ、俺達はみんな同じだった。もっと強い相手と戦いたい。もっと先へ行きたい。もっと高い場所を見たい。その為にここへ立っている。だから遠慮はいらない。手加減もいらない。余計な理屈も必要ない。この世界には拳と武しか存在しないのだから。

 

 最後に立ってた奴が最強ってわけだ。

 

 「いくぜ!!」

 

 俺が黄金の水面を踏み砕く。足元から巨大な波紋が広がり、無数の蓮の花弁が嵐に巻き上げられたように空へ舞い上がった。同時に五条先生が獰猛な笑みを浮かべながら駆け出し、宿儺も四本の腕を構えたまま正面から踏み込む。

 

 音より速く。

 

 風より先に。

 

 視線が追いつくよりも前に。

 

 俺達三人は黄金世界の中心へ飛び込み、それぞれの拳と掌と手刀を交差させた。次の瞬間、三つの肉体が真正面から激突し、領域全体を震わせる衝撃が発生すると同時に、空を覆っていた無数の蓮が暴風に煽られたように舞い上がった。

 

 拳を放つ。

 

 俺の右拳が五条先生の顔面へ向かって一直線に走る。しかし五条先生はその軌道を正確に読み切り、首を僅かに傾けるだけで回避すると、流れるような動作で俺の手首へ掌を添えて軌道を逸らした。そのまま重心を前へ移し、胸骨を打ち砕くつもりなのか鋭い掌底を繰り出してくる。

 

 だけど、その掌は俺へ届かなかった。

 

 横から宿儺が割り込んだからだ。

 

 宿儺は一本の腕で五条先生の手首を掴み、もう一本の腕で肘を押さえ込みながら、残る二本の拳を容赦なく振るう。狙いは頭部と脇腹。どちらもまともに受ければ終わりかねない一撃だった。

 

 だが、その拳も届かない。

 

 俺が下から打ち上げるように拳を振るったからだ。

 

 三人の拳と掌が空中で交差する。

 

 誰かが攻めれば誰かが潰し、誰かが潰せば別の誰かが割り込む。攻撃と防御の境界が曖昧になるほどの速度で攻防が入れ替わり続け、ほんの一秒にも満たない時間の中で何十という読み合いと技術の応酬が繰り広げられていた。

 

 一瞬の攻防であり、刹那ごとに拳撃が交錯する。

 

 楽しい。

 

 めちゃくちゃ楽しい。

 

 次の瞬間、宿儺の拳が頬へ直撃した。

 

 頭の中で鐘を鳴らされたみたいな衝撃が走り、視界が大きく揺れる。普通の人間なら意識を失っていてもおかしくない一撃だったが、揺らいだ視界が元へ戻るより早く身体が動いた。

 

 踏み込みながら宿儺の腕へ身体を擦り付けるように潜り込み、その懐へ飛び込む。

 

 近い。

 

 拳が届く距離だ。

 

 だから迷わない。

 

 腰を捻り、肩を回す。

 

 背中から伝わる力を腕へ流し込み、そのまま宿儺の胴体へ拳を叩き込んだ。

 

 直撃した感触は硬く、まるで鋼鉄の塊を殴ったみたいだった。

 

 だけど、それで終わりじゃない。

 

 拳で開き、掌で通す。

 

 如来神掌第一の型。

 

 基本中の基本であり、十年間何万回も繰り返した身体に染み付いた動作だ。

 

 拳撃によって崩れた防御の隙間へ、そのまま掌を打ち込む。

 

 表面を打つ力と内部へ浸透する力、二重の衝撃が重なり合って宿儺の肉体を内側から揺さぶった。

 

 「グボォッ!!」

 

 宿儺の巨体が大きく折れ曲がる。

 

 口から血反吐が噴き出し、黄金の水面へ赤い飛沫が散った。

 

 だが、その四つの瞳から戦意は消えない。

 

 むしろ逆だった。

 

 そこに宿るのは愉悦と歓喜。

 

 闘争そのものを楽しむ獣みたいな光が宿っている。

 

 「クククッハッハッハッハッハ!!小僧ォォ!!!」

 

 宿儺が血を吐きながら吠える。

 

 その咆哮と同時に四本の腕が動いた。

 

 上から、横から、下から、そして正面から。

 

 四方向同時。

 

 逃げ場を許さない連撃が俺へ向かって襲い掛かってきた。

 

 だが俺にはそれが全部見えている。

 

 宿儺の四本の腕は常識外れだった。上から振り下ろされる拳を捌いたと思えば、その死角から別の腕が伸びてきて、さらに横から三本目が薙ぎ払い、最後には正面から四本目が叩き込まれる。

 

 一つ一つの動きは単純だ。

 

 しかし、それらが寸分の狂いもなく連動する事で、一人の人間が相手にするには本来不可能な連撃へ変貌していた。けれど不思議と追いつけないとは思わない。宿儺の肩がどちらへ沈み、腰がどちらへ回転し、次にどの腕へ力が流れるのかが自然と分かるからだ。だから俺は振り下ろされる拳を掌で逸らし、横薙ぎの腕を肘で受け流し、下から突き上げてくる拳を受け止めながら身体を半歩だけずらし、最後に正面から飛んできた一撃へ拳を合わせてその軌道そのものを打ち上げた。

 

 拳と拳がぶつかり合う。骨と骨が軋み、筋肉同士が激突し、その度に鈍い衝撃が腕の奥深くまで伝わってくる。呪力も術式も存在しない世界だからこそ、その感触は生々しかった。肉体だけで戦うという事は、相手の強さを誤魔化しようがないという事でもある。宿儺は強い。本当に強い。四本腕という異形の利点を抜きにしても、一つ一つの動きが洗練されていて無駄がなく、千年という時間を戦い続けてきた積み重ねがそのまま技術として宿っていた。

 

 俺が一撃を捌けば次が来る。次を防げば更にその先がある。呼吸一つ乱せば終わるような攻防が続き、それでも宿儺は一切焦らない。ただ獲物を追い詰める猛獣みたいな圧力を放ちながら、淡々と俺を仕留めようとしていた。

 

 その攻防へ割り込んできたのが五条先生だった。

 

 視界の端で何かが動いたと思った時には、もう俺達の真横まで入り込んでいる。あまりにも速い。宿儺と拳を交えていたはずなのに、その一瞬の隙を突いて間合いへ侵入し、空中で身体を捻りながら飛び蹴りを放ってきた。しかも狙いはどちらか一人じゃない。俺と宿儺をまとめて吹き飛ばすつもりで脚を振り抜いている。避けようと思った時には既に遅かった。

 

 衝撃が腕を貫く。

 

 骨が軋む。

 

 俺と宿儺の身体がまとめて弾き飛ばされた。

 

 黄金の水面を削り取るように滑りながら後退し、足元で砕けた蓮が舞い上がる。数十メートルは吹き飛ばされたはずなのに、身体は勝手に動いていた。足裏で衝撃を殺し、重心を落とし、倒れるより先に立ち上がる。気付けば宿儺も同じように起き上がっていた。

 

 腕がヒリヒリする。

 

 折れてはいない。

 

 だが痛い。

 

 かなり痛い。

 

 ここでは反転術式も使えないし、“流れ”も使えない。だから傷はそのまま残る。筋肉が傷付けば鈍くなるし、骨が折れれば終わりだ。長引けば長引くほど不利になる。それは俺だけじゃなく、宿儺も五条先生も同じだった。

 

 宿儺は腕を回しながらゆっくりと五条先生へ視線を向けた。その四つの瞳には先程まで俺へ向けていた殺意とは別の色が宿っている。

 

 「小僧……邪魔が入ったな」

 

 低い声だった。

 

 だが次に続いた言葉は、まるで決定事項を告げるような口調だった。

 

 「お前は見ていろ。まず五条悟を潰す」

 

 「は?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 何を勝手に決めてるんだ。

 

 だが宿儺は本気だった。四本の腕を軽く開きながら五条先生だけを見据えている。その姿を見た五条先生も楽しそうに肩を竦めた。

 

 「フフッ……そうこなくっちゃ」

 

 構えを取る。

 

 そして宿儺を真正面から見据えながら口元を吊り上げた。

 

 「宿儺、どっちが悠仁の挑戦者に相応しいか決めようよ」

 

 「ほざけ、クソガキ」

 

 宿儺が吐き捨てる。

 

 次の瞬間にはもう動いていた。

 

 黄金の水面が爆ぜる。

 

 宿儺の姿が視界から消える。

 

 いや、消えたんじゃない。速すぎるだけだ。視線で追った時には既に五条先生の目前へ到達していて、四本の腕がそれぞれ異なる軌道を描きながら同時に振るわれていた。五条先生も待っていない。宿儺の拳が届くより先に自ら前へ踏み込み、真正面から迎え撃つように拳を繰り出している。

 

 そして俺は、その二人へ向かって再び踏み込んだ。

 

 見ていろと言われて大人しく見ているつもりなんて最初から無い。

 

 この戦いは三人で始めたんだ。

 

 なら最後まで三人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁の領域展開『無明寂滅』は、魂を暴き、存在に付着した余分な力を削ぎ落とす領域だった。

 

 呪力、術式、反転術式、そして経絡を開いた先に存在する“流れ”ですら、この黄金世界では沈黙を余儀なくされる。領域内へ引きずり込まれた者達は、超常によって積み上げた優位性を失い、純粋な肉体と技術だけで己を証明しなければならない。

 

 もっとも、それは力を奪う領域ではない。魂の本質だけを残す領域だ。故に宿儺の四本腕は失われない。それは術式によって生み出された異形ではなく、両面宿儺という存在そのものだからである。同様に五条悟から六眼と無下限呪術は消え去っても、現代最強へ至るまで鍛え上げられた戦闘技術や肉体操作の才覚までは失われない。そして虎杖悠仁もまた、十年間に渡る修行によって築き上げた武だけを携え、この世界へ立っていた。

 

 その黄金世界の中心で、宿儺の暴威が五条悟へ襲い掛かる。四本の腕がそれぞれ異なる軌道を描きながら同時に放たれ、その全てが人体急所を正確に狙っていた。正面から顔面を砕く拳が飛び、死角から肋骨を抉る掌が迫り、更に下方から膝を破壊する蹴撃が繰り出される。一人の人間が相手にするには本来不可能な連撃。しかし五条悟はそれら全てへ対応していた。振り下ろされる拳を掌で逸らし、脇腹へ迫る打撃へ肘を差し込み、身体を僅かに捻るだけで致命傷となる軌道から外れていく。そして防御と回避の隙間へ拳を滑り込ませ、宿儺の肩、脇腹、顎へ反撃を打ち込んでいた。

 

 互いの攻撃は決して全てを防ぎ切れている訳ではない。宿儺の拳が五条の頬を掠めれば血が散り、五条の掌底が宿儺の胴へ沈めば巨体が揺らぐ。だが二人は止まらない。黄金の水面を踏み砕きながら間合いを潰し、蓮を吹き飛ばしながら更なる攻撃を重ねていく。その光景は呪術師同士の戦いではなく、武人同士の殺し合いだった。必中も無い。術式も無い。ただ鍛え上げた肉体のみが結果を決める世界だからこそ、二人の異常さはむしろ際立っていた。

 

 五条悟は宿儺の拳を腕で受け止めながら理解していた。無下限が無い今、自分は確かに傷付く。六眼も呪力のない領域にいる時点で意味を成さず、未来を先読みするような戦い方もできない。少し判断を誤れば頭蓋を砕かれ、そのまま終わる可能性すらある。だが、それが堪らなく楽しかった。最強と呼ばれてからずっと、自分は術式込みで評価されてきた。無下限があるから強い。六眼があるから強い。そう言われ続けてきた。しかし今ここで宿儺と殴り合っているのは、術式を持つ五条悟ではない。五条悟という人間そのものだ。

 

 宿儺もまた同じだった。千年を超えて現代に蘇った呪いの王は、五条悟が単なる術式頼りの男ではない事を既に理解している。だからこそ肉体の全てを用い、本気で叩き潰しにかかっていた。拳がぶつかる度に水面が爆ぜ、足場となる蓮が粉々に吹き飛ぶ。それでも両者は前へ出続ける。退けば終わる。攻めなければ押し潰される。そんな極限の攻防が続く中、二人の戦場へ更なる怪物が踏み込んだ。

 

 虎杖悠仁だった。

 

 宿儺の拳が五条の顔面へ届こうとする。その瞬間、虎杖は横合いから入り込み、右手で宿儺の拳を受け止める。同時に五条が放った掌打が宿儺の胸骨へ到達するより先に、今度は左腕を差し込んでその攻撃も止めてみせた。宿儺の拳と五条の掌、その両方を同時に受け止めるという常識外れの行動によって、二人の怪物の攻防が一瞬だけ停止する。

 

 宿儺の四つの瞳が細まり、五条悟も僅かに目を見開いた。

 

 だが虎杖悠仁は当然のようにそこへ立っている。

 

 この戦いは最初から三人で始まった。

 

 呪いの王と現代最強だけの戦いではない。

 

 虎杖悠仁という存在を含めた三人の頂上決戦だ。

 

 だからこそ虎杖は割り込んだ。二人の間へ。二人を同時に相手取るように。そして次の瞬間には、その両腕へ力を込めながら宿儺と五条悟を同時に押し返していた。

 

 「オラァァァァッ!!!」

 

 虎杖悠仁の雄叫びが黄金世界を揺るがす。

 

 その瞬間、虎杖の肉体が弾けるように加速する。宿儺と五条悟を同時に押し返した直後の体勢から、更に踏み込みを重ねた虎杖は、まるで空間そのものを飛び越えたかのような速度で二人の懐へ潜り込んだ。黄金の水面が大きく波打ち、砕けた蓮の花弁が嵐のように舞い上がる中、鍛え抜かれた全身の筋肉を連動させて放たれた拳が宿儺と五条へ同時に叩き込まれる。

 

 宿儺には第二の口が存在する鳩尾へ。

 

 五条には胸郭の中心へ。

 

 それぞれ寸分の狂いもなく突き刺さった拳は、表面を殴るだけでは終わらなかった。衝撃が肉を貫き、骨を震わせ、内臓の奥深くまで浸透する。

 

 「グボォッ!!」

 

 「グハァッ!!」

 

 宿儺と五条悟の身体が同時に折れ曲がる。

 

 両者の口から血が噴き出し、そのまま黄金の水面を削り取るように吹き飛ばされていった。

 

 だが虎杖は追撃の手を緩めない。

 

 吹き飛ばした瞬間には既に次の踏み込みへ移行しており、水面が爆発するように弾けたかと思うと、その姿は元いた場所から消えていた。まず狙ったのは五条悟だった。宿儺よりも僅かに近い位置へ吹き飛んでいた五条へ向かって一直線に距離を潰し、体勢を立て直そうとするその僅かな時間すら与えない。

 

 だが五条もまた並の術師ではない。

 

 空中で強引に体勢を整えると、接近してきた虎杖へ向かって鋭い回し蹴りを放った。無下限も呪力も存在しない今、その蹴りは純粋に五条悟という人間が積み上げてきた武そのものだった。普通の相手なら頭蓋ごと吹き飛ばされる威力を持った一撃だったが、虎杖は身体を半歩だけ沈めるように捻り、その軌道から紙一重で外れる。

 

 蹴りが空を切る。

 

 その瞬間にはもう虎杖は五条の頭上にいた。

 

 空中で身体を反転させ、落下の勢いすら乗せながら拳を振り下ろす。

 

 五条は咄嗟に両腕を交差させて防御を選んだ。

 

 判断自体は正しい。

 

 だが相手が悪かった。

 

 虎杖の拳は五条の防御ごと押し潰した。交差した両腕が耐え切れず大きく弾かれ、そのまま拳が胴体へ到達する。凄まじい衝撃と共に五条の身体が黄金の水面へ叩き付けられ、水柱のような飛沫が周囲へ吹き上がった。

 

 「カハッッッ!!!」

 

 肺の中の空気が一気に吐き出される。

 

 内臓が揺れる。

 

 視界が白く染まる。

 

 五条悟の意識が一瞬だけ途切れた。

 

 しかし、その直後には虎杖の背後へ別の脅威が迫っていた。

 

 宿儺である。

 

 吹き飛ばされたはずの巨躯は既に戦線へ復帰しており、四本腕と二本脚を駆使して虎杖の死角へ入り込んでいた。振り抜かれた脚撃は巨大な戦斧のような威力を持ち、背骨ごと粉砕する勢いで虎杖へ叩き込まれる。

 

 だが虎杖は振り返らない。

 

 視線すら向けない。

 

 それでも腕だけを背中側へ動かし、宿儺の蹴りを正確に受け止めていた。

 

 衝撃が炸裂する。

 

 脚と腕が激突した瞬間、圧縮された空気が爆ぜるような轟音が響き渡り、衝撃は虎杖の肉体を通過して足元の黄金水面へ流れ込んだ。巨大な波紋が広がり、周囲の蓮が根こそぎ吹き飛ばされる。

 

 宿儺の脚を受け止めたまま、虎杖は力任せにそれを払い除ける。

 

 そして静かに掌印を結んだ。

 

 意味は無い。

 

 本来なら呪力も“流れ”も存在しないこの領域で、掌印自体に力は宿らない。

 

 だが虎杖悠仁にとってそれは関係なかった。

 

 小学一年生の頃から続けてきた型。

 

 十年間積み上げてきた武。

 

 呼吸と同じ。

 

 歩くのと同じ。

 

 掌印を結ぶという動作そのものが、虎杖悠仁という武人の在り方だった。

 

 「第十式……」

 

 静かな声だった。

 

 「なに?」

 

 しかし宿儺は即座に理解する。

 

 四つの瞳が見開かれた。

 

 その技だけは知っている。

 

 如来神掌第十式。

 

 宿儺自身が最も危険だと認識している技。

 

 魂すら滅ぼし得る、虎杖悠仁最大最強の一撃。

 

 「やめろ小僧。その技は俺に効く」

 

 宿儺が初めて制止する。

 

 それは恐怖ではない。

 

 だが確かな警戒だった。

 

 しかし虎杖は止まらない。

 

 全身の筋肉が膨張する。

 

 肩が盛り上がる。

 

 腕が太くなる。

 

 背筋が隆起し、脚が大地を掴む。

 

 十年間積み上げた全ての武が、一撃へ収束していく。

 

 「関係ねぇよォォォッ!!!」

 

 虎杖悠仁が吼える。

 

 そして宿儺へ向けて、その拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

 「諸法空相『寂滅』ッ!!!!」

 

 

 

 

 捩じ込むように放たれた俺の拳は宿儺の防御を突破し、胴体に直撃した。

 

 拳が沈み込んだ瞬間、確かな手応えが腕の骨まで響いた。宿儺の身体が僅かに浮き上がり、四本の腕が開きながら折れ曲がる。吹っ飛びはしない。いや、吹っ飛ばなかったと言った方が正しいかもしれない。無明寂滅の中で呪力も術式も“流れ”も全部封じられた状態なのに、それでも宿儺って奴は最後の最後まで踏み止まろうとしていた。それでも勝敗は決まったらしく、浮き上がった身体は力を失い、そのまま黄金の水面へ落ちて大きな波紋を広げる。ついさっきまで領域全体が壊れそうな勢いで殴り合っていたのに、今は妙なくらい静かで、その静けさが逆に耳に痛かった。

 

 「へへ……決まったぜ」

 

 自然と笑いが漏れた。肩で息をしながら拳を下ろすと、今度は全身から一気に痛みが押し寄せてくる。如来神掌第十式『諸法空相寂滅』。()()()()()()の第十式だ。五条先生が放った破壊の光とも違うし、宿儺が使うだろう第十式とも違う。本来なら空へ昇り、巨大な如来となって万象を押し潰し、最後には静寂だけを残すはずの技だけど、この領域じゃ呪力も術式も“流れ”も無い。ただの拳だ。だけど、それでもいいと思った。今の俺達はそんな肩書きも理屈も全部置いて、ただ殴り合っていただけだからだ。

 

 というか本当に痛ぇ。顔も痛いし腕も痛いし、多分肋骨も何本かいってる。それでも嫌な気分じゃなかった。宿儺も強かったし、五条先生も強かった。呪力があるとか術式があるとか関係なく、人間として、武術を嗜む者として、あの二人は完全に別格だった。正直に言えば、もう一回最初からやれって言われたら普通に負けるかもしれない。今勝てたのだって紙一重だったし、少し何かが噛み合わなければ俺が水面に沈んでいたはずだ。それでも今こうして立っているのが俺だったから、少しくらい喜んでもいいだろと思った。

 

 「小僧……!!」

 

 宿儺が歯を食い縛りながら身体を起こそうとする。四本の腕で水面を掴み、無理やり立ち上がろうとしているのに身体は言うことを聞かないらしく、その度に崩れ落ちる。

 

 「無理して立つなよ、宿儺。痛えだろ」

 

 俺がそう言うと、後ろから乾いた笑い声が聞こえた。

 

 「はは……すごいよ……悠仁」

 

 振り返ると、五条先生も立てていなかった。黄金の水面へ背中を預けたまま仰向けになり、空を見上げながら笑っている。その顔には悔しさもあるんだろうけど、それ以上に楽しそうな色が浮かんでいた。

 

 「先生もすごかったぜ。やっぱマジで強いよ」

 

 「それ慰めになってないよ」

 

 「マジ?」

 

 「マジ」

 

 そんなやり取りをしていると、宿儺が喉の奥で笑った。

 

 「ククッ……小僧——」

 

 四つの瞳が真っ直ぐ俺を見上げる。

 

 「今なら俺を殺せるぞ。俺を殺して、喰らえ、奪え、そして闘争に身を投じろ」

 

 宿儺らしい言葉だった。本当にどこまで行っても変わらない。強い奴が生き残り、弱い奴は喰われる。それだけが世界の真実だと信じているし、それ以外の価値観なんて最初から持っていない。生得領域で初めて会った時から、渋谷でも死滅回游でも、こいつはずっとそうだった。

 

 「はぁ……なぁ宿儺」

 

 俺はため息を吐きながら水面を歩く。蓮が揺れ、波紋が広がる。その景色を見ていると、初めてこの場所で会った頃を思い出した。あの頃は呪術も何も知らなかった。ただ変な四本腕の化物がいて喧嘩しただけだったのに、気付けば何度も死にかけて、何度も戦って、今はこうして宿儺を見下ろしている。

 

 「さっきお前は言ったな。『俺を殺せるか?』って……俺はお前を殺せる。この領域内でも外でも、お前を終わらせることはできると思う」

 

 宿儺は何も言わない。ただ続きを待っている。

 

 「でもさ、俺はお前を殺したい訳じゃないんだよ」

 

 俺は宿儺の目の前まで歩き、その四つの瞳を見下ろした。

 

 「直哉さんの身体から出ろ、そんで俺の中に戻れ。元々お前がいた場所だろ」

 

 黄金の世界が静まり返る。五条先生も何も言わない。宿儺はしばらく黙ったまま俺を見つめていたが、やがて喉の奥から笑い声を漏らした。

 

 「クククッ……」

 

 弱った笑いじゃない。いつもの宿儺の笑いだった。傲慢で、獰猛で、聞いているだけで殴りたくなるような笑い。

 

 「なんだよ」

 

 思わずそう言う。コイツは昔からそうだ。俺が何か言うと笑う。馬鹿にする。腹立つくらい笑う。

 

 「()()()()

 

 宿儺はゆっくりと身体を起こしながら言った。その動作は重いはずなのに、何故か王様みたいな威圧感だけは消えない。

 

 「貴様は本当に——」

 

 そこで言葉が止まる。四つの瞳が細まり、宿儺はまるで初めて見る何かを観察するみたいな顔で俺を見上げた。

 

 「面白いな」

 

 「ハッ……そうかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハッ……そうかよ」

 

 虎杖悠仁は宿儺を見据えながらそう言った。その声音に勝者としての優越感は存在しない。長い闘争の果てにようやく辿り着いた納得と、目の前にいる男への呆れにも似た感情だけが滲んでいた。

 

 そして虎杖は静かに両手を合わせる。

 

 それは掌印。

 

 無明寂滅を解除するための印である。

 

 直後、黄金色の世界そのものが揺らぎ始めた。空を覆っていた光は輪郭を失い、果てなく広がっていた黄金の水面は霧のように薄れていき、無数の蓮花は光の粒子となって崩れていく。闘争のためだけに生み出された絶対領域は役目を終えたかのように静かに消滅し、その光景はまるで一つの時代が終わる瞬間を象徴しているようだった。

 

 無明寂滅。

 

 呪力も術式も“流れ”すら封じ、ただ純粋な肉体と武だけを残す異質の領域は、最後まで決着の場として機能し続けた。そして今、その領域が消え去ると同時に現実世界が姿を取り戻す。

 

 そこに広がっていたのは、もはや京都とは呼べない光景だった。山は削れ、大地は割れ、巨大な断層が幾重にも走り、かつて都市だった場所には戦いの痕跡だけが残されている。人外魔境超常決戦は一つの都市を滅ぼしただけではない。地形そのものを書き換え、日本列島の歴史に永遠に残る傷跡を刻み込んでいたのである。

 

 そして領域解除と同時に封じられていた力が戻ってくる。

 

 虎杖悠仁。

 

 両面宿儺。

 

 五条悟。

 

 三人の身体を巡る呪力と“流れ”が一斉に活性化し、砕けていた骨は瞬時に繋がり、裂けていた筋肉は再生し、全身を覆っていた傷は見る間に消えていった。先程まで満身創痍だった怪物達は僅かな時間で戦闘可能な状態へ復帰し、その異常な生命力を改めて周囲へ見せ付ける。

 

 だが、それを待っていた者達もまた怪物だった。

 

 源頼光。

 

 坂田金時。

 

 裏梅。

 

 万。

 

 禪院真希。

 

 大道鋼。

 

 三代六十四。

 

 東堂葵。

 

 脹相。

 

 壊相。

 

 血塗。

 

 そして数多の術師達。

 

 人外魔境超常決戦を最後まで生き抜いた傑物達は、示し合わせたわけでもないのに自然と一箇所へ集まり始める。誰もが満身創痍でありながら目だけは死んでおらず、今にも次の戦いを始めそうな連中ばかりだった。

 

 その光景を見渡した虎杖は思わず笑った。

 

 宿儺がいる。

 

 五条悟がいる。

 

 真希がいる。

 

 東堂がいる。

 

 脹相達がいる。

 

 頼光も金時もいる。

 

 ついさっきまで本気で殺し合っていたはずなのに、誰一人として懲りていない。

 

 だからこそ虎杖は腹の底から叫んだ。

 

 「ちょっと休憩!!続きはそれから!!」

 

 その瞬間、真希は呆れたように釈魂刀を肩へ担ぎながら大きな溜息を吐いた。

 

 「まだやんのかよ!もういいわ!」

 

 「宿儺ー!!私とヤリましょ!!」

 

 万が凄まじい勢いで宿儺へ飛び掛かろうとするが、裏梅は即座に割り込んでその進路を塞ぐ。

 

 「黙れ痴女!!宿儺様に近付くな!!」

 

 「何よ氷女!!邪魔しないで!!」

 

 互いに額へ青筋を浮かべながら睨み合う二人を見ても、宿儺は心底どうでも良さそうな顔をしていた。

 

 その一方で頼光は黒雷を身体へ纏わせながら静かに笑う。

 

 「虎杖君、そして宿儺……私もまだまだ戦い足りないわ」

 

 「はぁ……頼光殿……」

 

 隣では金時が頭を抱えている。しかし河童との長い相撲を終えた男の顔には不思議な充実感があり、どこか晴れやかな表情すら浮かんでいた。

 

 大道鋼は相変わらず周囲に興味を示さない。

 

 彼にとって重要なのは刀だけだった。

 

 「わしはやっぱ刀じゃな」

 

 その言葉に全てが集約されている。

 

 そして三代六十四は宿儺を見ながら目を輝かせていた。

 

 「お前やっぱ強そうだな!!相撲やろうぜ!!」

 

 宿儺は露骨に顔を顰める。

 

 数多の強敵と戦ってきた呪いの王ですら、この河童だけは理解不能だった。

 

 「ブラザーーーー!!!」

 

 「悠仁ーーー!!!」

 

 東堂と脹相達が同時に虎杖へ向かって走り出す。

 

 兄弟を名乗る怪物達が同時に迫る光景に周囲の術師達は思わず引いていたが、当人達だけは大真面目だった。

 

 その様子を見た五条悟は腹を抱えて笑い出す。

 

 「おいおい!!みんな裸じゃん!!はははっ!!」

 

 笑い声が響く。

 

 怒鳴り声が響く。

 

 次の戦いを求める声が響く。

 

 世界の命運を賭けた決戦の直後とは思えないほど騒がしく、呆れるほど平和な光景だった。

 

 人外魔境超常決戦。

 

 それは渋谷事変、死滅回游から端を発した怪物達の超常戦争。

 

 京都は完全に崩壊し、地形や気候までもが変わった。

 

 最も凄惨で最も崇高な闘争。

 

 後の歴史ではそう語られる戦いは、虎杖悠仁ただ一人の勝利で幕を閉じたと云われている。しかし実際には違う。あの戦いは誰か一人の勝利ではなく、最後まで諦めず立ち続けた者達全員が掴み取った結末だった。

 

 羂索が浄界を基点に発動した死滅回游は、天元が日本各地に存在する浄界を解除することで終焉を迎えた。しかしその代償として、千年もの歳月をかけて積み上げられた呪術の叡智、結界術の歴史、そして日本列島を覆っていた防衛網は全て失われることになる。人類は再び呪霊という脅威と正面から向き合わなければならず、それは呪術全盛——平安時代の再来とすら呼ばれた。

 

 だが、それでも人々は絶望しなかった。

 

 何故なら日本には強い奴らがいたからである。

 

 千年前の平安を知る怪物より強い奴らが。

 

 呪術全盛の時代を終わらせた怪物達が。

 

 そして何より、この日を生き抜いた人外魔境の猛者達——

 

 「小僧……」

 

 荒廃した京都の中心で、両面宿儺は虎杖悠仁の隣へ歩み寄った。禪院直哉の肉体を奪い、九陽神功の不壊と宿儺本来の呪力を重ね、四本腕と四つの瞳を備えたその姿は、まさしく呪いの王と呼ぶに相応しい威容であったが、その声音に宿るものは嘲弄でも怒号でもなく、長い闘争の果てにようやく認めた相手へ向ける、奇妙なほど静かな熱であった。

 

 「なんだ?宿儺」

 

 虎杖悠仁は振り返ることなく応じた。全身にはまだ戦いの余熱が残り、五条悟との拳、宿儺との拳、頼光の黒雷、真希の殺意、東堂の馬鹿みたいな声、脹相達の兄弟としての叫び、その全てが肉体の奥で反響していた。だが虎杖の眼差しは揺れない。幼い頃、夕暮れの公園で一冊の武術書を買った少年は、今や呪いの王と肩を並べて立つ場所まで来ていたのである。

 

 宿儺は僅かに身を屈め、虎杖の耳元へ顔を寄せる。

 

 「闘争を楽しめ」

 

 その言葉は、呪いの王が虎杖悠仁へ残す祝福にも呪詛にも似ていた。かつて宿儺は、虎杖の戦いを作業だと断じた。終わらせるためだけの拳、救うためだけの暴力、正解を選び続けるだけの在り方では、器の域を出ないと嗤った。だが今、目の前の少年は違う。人を助けるために拳を握り、強くなるために山を駆け、死を越え、宿儺を抑え込み、五条悟に届き、最後にはこの人外魔境の中心でなお笑っていた。宿儺はそれを理解したが故に、己の言葉をもう一度だけ贈ったのである。

 

 「はは……お前もな」

 

 虎杖は笑った。そこには恐怖も敵意もなかった。もちろん宿儺を許したわけではない。奪った命も、壊した街も、背負わせたものも消えはしない。それでも虎杖悠仁は、その全てを見た上で宿儺を真正面から見据えた。殺すべき呪いとしてではなく、越えるべき強者としてである。

 

 虎杖と宿儺が向かい合う。

 

 その瞬間、周囲の空気が変わった。

 

 先程まで騒いでいた万も、裏梅も、頼光も、金時も、真希も、東堂も、脹相達も、一斉に言葉を失う。ふざけた笑い声も、怒鳴り声も、次の戦いを求める叫びも、全てが唐突に消えた。そこに広がったのは、ただ二人の怪物が放つ圧だけである。呪いの王と、それに一歩も引かず向かい合う少年。いや、もはや少年と呼ぶにはあまりにも遠くまで来てしまった男の姿であった。

 

 宿儺の四本腕がゆっくりと構えを取る。虎杖もまた施無畏印と与願印を思わせる形で両手を緩く上げる。呪力が唸り、“流れ”が地脈を震わせ、崩壊した京都の大地に残る無数の掌痕が呼応するように軋んだ。誰も割って入らない。誰も止めようとしない。この場にいる全員が理解していた。今ここで始まろうとしているものは、世界を救う戦いでも、誰かを守るための戦いでもない。ただ強者が強者を求め、拳を交えるだけの、最も原始的で最も純粋な闘争であると。

 

 「呪いの王と……」

 

 誰かが呟いた。

 

 その声は戦場の隅から漏れた小さなものだったが、不思議と全員の耳に届いた。千年前に人々を恐怖させ、平安の世にすら災厄として刻まれた両面宿儺。その王が今、再び現世に立っている。だが目の前にいる男は、その王を恐れない。逃げない。膝を折らない。むしろ当然のように同じ高さで見返している。

 

 「武術の王『虎杖悠仁』」

 

 その呼び名が、戦場に落ちた。

 

 虎杖はその声に一瞬だけ顔を顰めた。多分、本人は恥ずかしいと思ったのだろう。だが今この瞬間、その名を否定する者は誰一人として存在しなかった。五条悟は笑い、東堂葵は涙を流しながら拳を握り、脹相は弟の名を誇るように胸を張り、真希は呆れたように息を吐きながらも目を逸らさず、源頼光は黒雷を迸らせながら愉悦に頬を歪めていた。

 

 人外魔境超常決戦は、この日を境に歴史となる。

 

 だが、武の道は終わらない。

 

 虎杖悠仁が拳を握り、宿儺が笑い、五条悟が見届け、数多の強者達がその場に立っていた限り、この世界から闘争が消えることはない。呪いがあるなら祓えばいい。強敵がいるなら挑めばいい。迷う者がいるなら手を伸ばせばいい。そうやって一人の少年は、祖父の言葉を抱えたまま、最強という遠い場所へ辿り着いた。

 

 そして次の瞬間、虎杖悠仁と両面宿儺は同時に踏み込んだ。

 

 大地が砕け、空が震え、崩壊した京都の中心で拳と拳が衝突する。

 

 それは終わりではない。

 

 始まりでもない。

 

 ただ、虎杖悠仁という男が歩み続ける武の道、その果てしない一歩であった。




???「なにこの星……!?」



これにて完結です。

ここまで武術の王『虎杖悠仁』をお読みいただきありがとうございました。後半は少し更新が遅れましたが、なんとか無事書き終えることができました。

原作のように後日談的なものも書こうか迷ったんですが、来る闘争の時代の幕開け……!(俺達の戦いはこれからだ!!!)みたいな雰囲気で終わらせるほうがスッキリするかなと思いまして、このような終わり方になりました。


伏黒や釘崎など……その他の高専組が空気になってしまいました。お許し下さい。キャラが増えすぎると難しい!最後の三つ巴の戦いもかなり苦労しました。

まぁともかく……ここまでありがとうございました。





完結後は登場人物紹介やら設定なんかを一話上げる予定!
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