もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら   作:白豚くん

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第二十二話 解放

「偽物……偽物がッ! これ以上、私たちの邪魔をするなァァァァァァッ!!」

 

冬木の森の、冷え切った夜気の中に響き渡る。

それは影のマシュ・キリエライトが放つ、憎悪と狂気に満ちた叫びだった。

彼女の身体は、本物のマシュが展開した宝具『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』によって、崩壊を始めている。

漆黒の影の身体はひび割れ、そこからどす黒い魔力が煙のように立ち上り、輪郭すらまともに保てていない。

盾の縁からは赤黒い泥がボタボタと滴り落ち、大地を焦がしている。

それでも、影のマシュは狂乱のままに動きを止めなかった。

崩壊しつつある霊基を無理やり繋ぎ止め、凄まじい執念で禍々しい盾を振りかざす。

 

「退きなさい……! 退きなさい、退きなさい、退きなさいッ!!!

お前のような偽物があの人の前に立つな!

お前のような偽善者が、これ以上マスターの心を弄ぶなぁぁぁぁっ!!!」

 

影のマシュの口から、怒りに満ちた罵声が迸る。

それはマシュ・キリエライトと同じ声色でありながら、底無しの憎悪と、引き裂かれそうなほどの悲痛さに満ちていた。

凄まじい風切り音と共に、影の盾が本物のマシュへと襲い掛かる。

 

ガァァァァァァァンッ!!

 

マシュは、星の加護『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の黄金の光を盾に漲らせ、その一撃を正面から受け止める。

彼女は、盾越しに伝わってくる狂気的な圧力と、言葉に込められた深い怨嗟に歯を食いしばった。

アヴァロンの黄金の光が影の泥を浄化しようと激しく輝くが、影のマシュの執念はその光さえも押し返すほどの狂気を見せていた。

崩壊を続ける肉体から黒い体液のような泥を飛び散らせながら、影のマシュはなおも激しく罵り、攻撃を止めない。

盾による強烈な打撃が執拗に繰り出される。

盾と盾が衝突するたび、重い金属音と衝撃波が空気をごうごうと震わせる。

 

「くっ……、はぁっ……!」

 

「アアアアアッ! 死ね! 消えろ!

マスターを再びあの苦痛に満ちた檻に引き戻そうとする悪鬼めッ!

お前さえいなければ、お前さえいなければ先輩は、マスターは救われるんだッ!!」

 

影のマシュは激しく罵りながら、盾を何度も、何度もマシュへと叩きつけていく。

身体の崩壊は止まらないにも関わらず、その打撃は狂気によって鋭さを増していった。

 

「見なさい! あの姿を! これ以上、先輩を傷つけるなッ!」

 

影のマシュは、背後で地面に倒れ伏している藤丸立香を指し示し、狂ったように叫び立てる。

立香の身体は、先ほど本物のマシュが突き刺した『起源弾』が効果を発揮している。

魔術回路の強制的な切断と、アヴァロンによる修復が進んでいた。

彼女は、意識を失いながらも、その四肢は激痛を反映して細かく痙攣し、苦痛に満ちた呻きがその唇から漏れていた。

 

「マスター! 目を開けてください、マスター!!

聞いてはダメです、あの偽物の言葉を聞いてはダメだ!! あなたは狂気の殺人鬼です!

私と共に七つの特異点を皆殺しにし、血の海を越えて人理を救った、最高にクールで、最高に美しい私たちの旅路!

それこそが、私たちを繋ぐ真実の絆なんです……!!」

 

影のマシュは立香に向かって、その掠れた、引き裂かれそうな声で必死に叫び続ける。

 

「違います……! そんなの、そんなの絶対に違います!!」

 

マシュは、影の猛攻を盾で押し返し、必死に声を張り上げた。

涙がその頬を伝う。

彼女は影のマシュの背後で苦しむ立香へと、その想いを届けるように呼びかける。

 

「先輩……! 聞こえていますか、先輩!!

私は、マシュ・キリエライトは、あなたを信じています!

どんなに過酷な運命に晒されても、どれほど理不尽な絶望を突きつけられても、あなたは……藤丸立香という人は、決して他者を傷つけて喜ぶような人ではありません!!

誰かの涙に寄り添い、救えない命のために誰よりも傷つき、それでも……それでも明日のために、自分の意志で歩き続ける人なんです!!

誰かの悪意に操られて刃を振るう殺人鬼なんかじゃありません!

世界を救うために傷つき、救えなかった命のために、誰よりも涙を流して、それでも明日へ手を伸ばし続ける……!

それが私のたった一人のマスター、藤丸立香です! 」

 

マシュは一歩、また一歩と、影の圧力を撥ね退けながら前へ進む。

 

「誰にも、どんな悪意にも、歪まされた狂気や改ざんされた記憶にだって、先輩の本当の意志を阻むことなんて出来ません!

あなたが歩んできた旅路は、血に染まった大虐殺なんかじゃない!

たくさんの人たちと出会い、絆を結び、その想いを繋ぐための、優しく、誇り高い旅だったはずです!!

だから……だから目覚めてください、先輩……!!

私の、私たちの、大切な先輩に戻ってください……!!」

 

二人のマシュの、相反する叫び。

その相反する二つの「願い」が、冬木の森の戦場に激しく交錯する。

その時、アヴァロンの光が立香の身体を優しく包み込み、起源弾によって破壊された回路の深奥へと浸透していった。

その光に突き動かされるように、意識を失っていた立香の瞼が、ぴくりと震えた。

 

「う……、あ……」

 

ゆっくりと、立香の眼が開かれる。

だが、その瞳は異常な状態だった。

開かれた瞳には、世界を血のキャンバスに変えようとする、禍々しくギラギラとした狂気の「黄金色」が爛々と輝く。

しかし次の瞬間には、人理を修復するために数多の絆を繋ぎ、優しさと強い決意を宿している、澄んだ正気の「琥珀色」が微かに、だが確かに灯る。

黄金と琥珀。二つの色彩が、彼女の瞳の中で目まぐるしく、激しく明滅し続けていた。

 

「あはっ……、私は、殺人鬼……。皆殺しに……、したんだ、マシュと、一緒に……。

う、嘘、違う、私は、私はそんなこと……! ロマン……? 誰……?

私は、何を……。ああああっ、頭が、割れる……!!」

 

立香の口から、掠れた声が漏れる。

立香は両手で頭を抱え、狂気と正気の狭間で激しく悶絶した。

瞳の色が黄金に染まれば、その口元が三日月型に吊り上がり、琥珀色に染まれば、苦痛と悲しみに満ちた涙が溢れ出す。

狂気の記憶が彼女の心を蝕もうとすれば、マシュの放つ真実の光がそれを拒絶し、回路を正常化させていく。

そのせめぎ合いは、彼女の肉体と精神を内側から引き裂かんばかりだった。

 

「嘘だ……、私は、皆を……殺してなんか、ない……。

私は、人理を……。ロマン、ダ・ヴィンチちゃん……私は……」

 

「先輩……っ! そうです、思い出してください!」

 

マシュの顔に、一筋の希望の光が差す。

あと少しで、あと一歩で、あの優しい先輩が戻ってくる。

 

「マスター……! 嘘を、あの偽物の言う綺麗事を受け入れてはなりません!!

あなたは、私の……私だけの、最高の殺人鬼でなければならない……!

そうでなければ、あなたはまた、あの苦しいだけの世界に戻ってしまう……!!」

 

影のマシュの身体の崩壊は、すでに全身に及んでいた。

両脚はすでに消失し、影の泥が蠢く不定形の塊と化している。

盾を保持していた左腕も肩から崩れ落ち、いまや胸部と頭部だけが、執念だけで形作られているかのような無惨な状態だった。

赤い瞳からは、絶え間なく泥の涙が流れ落ちていく。

 

影のマシュは、自分が完全に消滅してしまうことがすぐそこまで迫っていることを悟っていた。

立香の瞳の中で、琥珀色の輝きが徐々に黄金の光を圧倒し、狂気の呪縛が解けつつあるのを見て、影のマシュの赤い瞳から殺意が消え去り、代わりに果てしない孤独と絶望が広がっていく。

完全に崩壊する直前、影のマシュは、まるで迷子の子供のような、ひどく脆く、か細い声を絞り出し、泣きながら立香に向かって呼びかけた。

 

「マスター……、嫌です……、消えたくない……。

私を、私を置いていかないで……。あの偽物の方に行かないで……。

お願いですから、マスター……私を、見捨てないで……っ……!!」

 

その悲痛な叫びが、夜の森に虚しく響いた。

 

「――っ、マシュ……!!」

 

その瞬間、藤丸立香の瞳が、激しい明滅の果てに、完全に元の澄み切った琥珀色の輝きへと戻った。

起源弾によって狂った魔術回路が完全に破砕され、アヴァロンの星の息吹によって、純粋で正常な回路として再結合を完了したのだ。

蘆屋道満が施した精神汚染と狂化の呪縛から解放され、彼女を包んでいた黒の聖杯の礼装が剥がれ落ちていく。

その姿は、いつものカルデア制服姿へと戻っていた。

 

「先輩……!!」

 

マシュが歓喜の声を上げる。

立香は、しっかりと立ち上がり、正気を取り戻していた。

その琥珀色の瞳には、もう狂気も、歪んだ殺意も残っていない。

ただ、今まで自分が犯してきた罪の重さと、自分を救うために傷ついてくれた者たちへの、深い、深い痛切な感情が宿っていた。

だが、立香が真っ直ぐに向かったのは、いまや形を失い、完全に消滅しかけている、あの影のマシュの元だった。

 

「マスター……、あ……」

 

影のマシュの赤い瞳が、驚愕に揺れる。

自分は道満の呪いから生まれた存在であり、立香を狂気に縛り付けようとした存在。

正気に戻った今の立香なら、自分を忌むべき敵として排除するか、あるいは見向きもしないはずだと思っていた。

しかし、藤丸立香は違った。

 

「……ごめんね。そして、ありがとう」

 

立香は、ボロボロと大粒の涙を流しながら、崩壊し、消えかけている影のマシュの顔に、そっと自分の両手を差し伸べた。

その温かい、手の温もりが、崩壊しかけている影の頬を優しく包み込む。

 

「あなたは、私にかけられた呪いから生まれた影かもしれない。

でも……私を、一人にしたくないって、私を苦しい世界から守りたいって、そう思ってくれたんだよね。

歪んでいたかもしれないけれど、その気持ちは……私を助けようとしてくれたその心は、絶対に嘘なんかじゃないよ。

だから、覚えてる。絶対に、忘れたりしないから……」

 

正気に戻った立香の、どこまでも深く、果てしない、真実の優しさ。

その温もりに直接触れた瞬間、影のマシュの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ、本物と同じ、澄んだ優しい色に変わった。

 

「あ……、あ、あ……」

 

影のマシュの口から、漏れ出たのは、もう呪詛の言葉ではなかった。

彼女の顔に、言葉に尽くせないほどの、救われたような表情が浮かび上がる。

立香の優しさに触れたことで、彼女の中にあった「藤丸立香を護りたい」という純粋なマシュとしての要素が、呪縛から完全に解き放たれたのだ。

影のマシュは、涙を流しながら、しかし心からの穏やかな笑みを浮かべ、泣き笑いの表情で本物のマシュへと視線を向けた。

 

「……本物の、私。……マスターを、お願いします。

私は、マスターが傷つくのを見るのが、怖くてたまらなかった……。

でも、あなたなら……あなたとマスターなら、どんなに辛い未来であっても、きっと二人で、乗り越えていける。……だから、一緒に……歩んであげて、ください……」

 

マシュは、涙を溢れさせながら、深く、深く頷いた。

 

「はい……! はい、約束します、もう一人の私……!

先輩の手を、私は絶対に、絶対に!離しません……!!」

 

「マスター……。私の、大好きな、優しいマスター……。

……少しだけ、我が儘を、許してください」

 

影のマシュが、最後の力で顔を動かし、立香の唇へと、優しく、静かに、自らの唇を重ねた。

それは、狂気の中でしか存在し得なかった、悲しい共犯者の、最初で最後の、お別れの口づけだった。

 

「……さようなら、私の先輩」

 

影のマシュは、泣き笑いの表情を浮かべたまま、儚く光の粒子となって消えていく。

黒い影は一滴も残らず、冬木の森の夜空へと昇っていく。

 

「バイバイ、マシュ。……もう一人の、私の大切な後輩」

 

立香は、その光の残滓を愛おしそうに見つめながら、そっと呟いた。

彼女の隣には、いつの間にかマシュが寄り添っていた。

立香とマシュは、手をどちらからともなく、ぎゅっと、強く、強く握りしめた。

二人は、繋いだ手を決して離さないまま、影のマシュが残した光の粒子が、夜空の彼方へと完全に消え去り、静寂が森を包み込むその瞬間まで、一歩も動くことなく、静かに、その最期を見守った。

 

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