もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら   作:白豚くん

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最終話:帰還

影のマシュが残した光の粒子が、冬木の森の夜空へと完全に溶けて消えていった。

しんと静まり返った森の中で、藤丸立香とマシュ・キリエライトは、どちらからともなく握りしめ合った手を、まだ強く繋いだままだった。

じっと夜空を見つめていた立香の琥珀色の瞳から、一筋の涙が静かに頬を伝って流れ落ちる。

 

その顔には、先ほどまでの禍々しい狂気は残っていなかった。

ただ、己が龍之介のサーヴァントとして犯してしまった数々の罪に対する悔恨と、自分を狂気から救い出してくれた者たちへの、言葉に尽くせないほどの深い感謝が満ちていた。

 

「……終わったね、マシュ」

 

立香の口から漏れた声は、少し掠れていたけれど、マシュがずっとずっと聞き焦がれていた、あの温かくて優しい、いつもの立香の声そのものだった。

マシュは、溢れ出てくる涙を堪えることができずに、何度も、何度も大きく頷いた。

 

「はい……。はい、先輩! 終わりました。もう大丈夫です。

先輩は、ちゃんと、私たちの先輩に戻れたんです……!」

 

「うん。ありがとう、マシュ。本当に、ありがとう……」

 

立香はそう言って、マシュの顔を見て、愛おしそうにふわりと微笑んだ。

いつものカルデア制服が、夜風に揺れる。

しかし、彼女が微笑んだ瞬間だった。

立香の身体から、淡く儚い、透き通った光の粒子が零れ落ち始めたのだ。

それは、英霊が座へと還る時に放つ退去の光だった。

 

「……っ!? せ、先輩……? その、身体から、光が……!」

 

マシュの顔から血の気が引いていく。

繋いでいる立香の手の感覚が希薄になる。

マシュは取り乱し、さらに力を込めて立香の手を握りしめる。

 

「嫌です……! どうしてですか!? 

狂化の呪いは解けたはずです! 

先輩は正気に戻ったのに、どうして消えようとしているんですか……!」

 

「マシュ、落ち着いて。驚かせてごめんね。

でもね、大丈夫だから。泣かないで」

 

立香は、動揺するマシュを宥めるように、もう片方の手でマシュの手を優しく包み込んだ。

その瞳には、自らの消滅を悟りながらも、一切の恐怖や絶望はなかった。

 

「今の私はね、この特異点には、カルデアのマスターとしてレイシフトしたわけじゃなくて……『キャスターのサーヴァント』として召喚されちゃったんだ。

龍之介くんのサーヴァントとして、この第四次聖杯戦争の枠組みの中に、無理やり組み込まれてしまっていたの。だから……」

 

立香は一度言葉を切り、自分の身体から立ち上る光の粒子を見つめた。

光はゆっくりと、しかし確実に彼女を包み込み、その輪郭を曖昧にし始めていた。

 

「この特異点の歪みが正されて、聖杯戦争の異常が解決された今、サーヴァントとしての私は、ここに留まるための楔を失っちゃったんだよ。

だから、これは世界のルール通りの、当然の退去なの。

消滅して消えてなくなるわけじゃないんだよ、マシュ」

 

「そんな……、そんなのってありません……! 

やっと、やっと先輩を取り戻せたのに! 

また、お別れなんて……! 私は、私は……!」

 

マシュの瞳から、大粒の涙が次から次へと溢れ出し、立香の手を濡らしていく。

救いたかった。ただ、先輩の笑顔を守りたかった。

この特異点で彼女と再会し、希望を託された時のことを思いだす。

 

『……いいんだよ、マシュ。

……貴女が無事なら……私は、それでいい。

……たとえ私が、また私じゃなくなっても

貴女が、道を繋いでくれるなら……。

……さようなら、マシュ。……大好き、だよ……』

 

そのために、皆と協力して彼女を救い出せたのだ。

それなのに、正気に戻った途端に世界から切り離されてしまうという理不尽に、マシュの心は引き裂かれそうになっていた。

 

「ううん、違うよマシュ。お別れなんかじゃない。

これは、お別れなんかじゃないんだよ」

 

立香は、涙を流すマシュの頬にそっと手を伸ばし、その涙を優しく拭った。

立香自身の目からも、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。

しかし、その表情はどこまでも晴れやかだった。

 

「マシュが……みんなが私を助けてくれたから。

あの時、マシュが来てくれて、私のことを諦めずに来てくれたから……。

私は、『狂気の殺人鬼』として世界に定着されずに済んだんだよ。

もし、あのまま狂化が解けず、記憶も改ざんされたままでキャスターのサーヴァントとして倒されてしまい、この特異点から退去していたら、私の魂は、永遠にあの悍ましい狂気に染まったままだったと思う。

私を狂わせた誰かの狙い通りに。

きっと、殺人鬼としての記憶が本物になって、私は私でいられなくなった。

……でも、そうはならなかった」

 

立香の声が、感情の高ぶりに合わせて震えだす。

彼女はマシュを真っ直ぐに見つめ、その胸の内にある、最大の感謝を言葉にしていった。

 

「みんなのおかげで、私は、本当の私として退去できる。

この特異点でキャスターとして行ったことは、私の犯した罪だけれど……。

でも、私の本質は歪められずに済んだ。

だから、カルデアに戻っても……私は、私のままでいられるんだ。

マシュの知っている、私のままでカルデアのマイルームで目を覚ますことができる。

それは全部、マシュが、みんなが、私を助けてくれたからなんだよ……! 

本当に、ありがとう、マシュ……!」

 

「先輩……。あ、ああ……っ……!」

 

マシュは立香の言葉の意味を理解し、胸を詰まらせた。

目の前で消えゆく彼女は、確かに救われたのだ。

狂気という最悪の呪いから解き放たれ、本来の「藤丸立香」として、帰るべき場所へ還ろうとしている。

そのこと気づき、マシュの胸には悲しみだけでなく、深い喜びが広がっていく。

 

光の粒子はすでに立香を覆い、彼女の身体は半透明になっていた。

立香は、マシュの後方に静かに佇んでいた生き残りの第四次聖杯戦争のサーヴァントたち、そしてマスターたちへと視線を向けた。

 

そこには、静かにこちらを見つめる、黒いスーツ姿に戻ったセイバー。

険しい表情のまま煙草に火をつけようとしている衛宮切嗣、その隣で慈愛に満ちた眼差しを向けるアイリスフィール。

そして、戦車の上から腕を組んで見下ろすライダーと、その衣服の端を強く握りしめて涙目を浮かべているウェイバー・ベルベットの姿があった。

立香は、溢れる涙を拭おうともせず、声を張り上げて彼ら一人一人に語りかけた。

 

「セイバー……! 

私のために、大切な宝具をマシュに託してくれて、本当にありがとうございました! 

あなたに救われたこと、絶対に忘れません……!」

 

セイバーは、立香のその言葉を真っ正面から受け止めると、碧色の瞳を微かに和らげ、気高く、しかし確かな温もりを込めて答えた。

 

「頭を上げなさい、キャスター。……いや、異世界のマスター、藤丸立香。

見事な心の強さであった。胸を張り、貴様のあるべき場所へ帰るが良い」

 

「はい……っ!」

 

立香は涙を浮かべながら頷き、次に衛宮切嗣へと視線を変えた。

 

「衛宮切嗣さん……。

あなたが協力してくれたから、あなたの作戦があったから、私の狂った回路を断ち切ることができました。ありがとうございました……!」

 

切嗣は、煙草を咥えたまま、感情の読めない冷徹な声を装ってフッと息を漏らした。

だが、その瞳の奥には、一人の少女が呪縛から救われたことに対する、微かな安堵が揺れていた。

 

「……礼を言う必要はないさ。

僕は僕の目的のために、最も効率的な手段を選んだだけだ。

結果として君が救われ、この特異点とやらが修正されるのであれば、……まあ、僕の選択も間違いではなかったということだ」

 

立香はその言葉に胸を熱くしながら、最後にライダーとウェイバーを見上げた。

 

「ライダーさん、ウェイバーくん……! 

二人が戦場を支えてくれなかったら、マシュも私も、ここに辿り着けなかった。

本当に、本当にありがとうございました……!」

 

ライダーは、豪快な笑い声を夜の森に響かせ、その太い腕で自身の胸をドンと叩いた。

 

「ハハハハハ! 気にするな、異世界の娘よ! 

余は征服王イスカンダルであるぞ! 

王たる者が、臣下の願いを汲み、戦場を支配するのは当然のこと! 

それにしても、一時はどうなることかと思ったが、よもや狂気の深淵からこれほど見事に生還してみせるとはな! 

いやはや、実に見事な心の征服劇であった! 

余も大いに興奮させてもらったぞ!」

 

「そ、そうだよ……っ!」

 

ウェイバーが、ライダーの陰から顔を出し、赤い目を擦りながら、声を震わせて叫んだ。

 

「ボクは……ボクは、君がちゃんと元の君に戻れて、本当に安心したんだからな! 

カルデアって場所がどこにあるのかは知らないけど、戻ったら、もうあんな変な男に騙されたりするんじゃないぞ! 

ちゃんと、その盾の女の子を信じて、大人しくしてるんだぞ……!」

 

「うん、そうだね。約束する。ありがとう、ウェイバーくん!」

立香は、涙混じりの笑顔でウェイバーに応えた。

その説教に、カルデアに居る大人の彼のことを思い出しながら。

 

彼女の身体はほぼ消えかけていた。

いよいよ、退去の時が迫る。

立香は、再びマシュへと視線を戻した。

 

「マシュ。……先に行って、カルデアで待ってるね」

 

「はい……! はい、先輩。

私も、すぐに先輩の元へ戻ります。ですから……」

 

「うん。……あ、そうだ。最後にこれだけは言わせて」

 

立香は、消える前に、いたずらっぽく、でも誰よりも深い親愛を込めて、声を弾ませた。

 

「マシュ、私を助けてくれて……本当に、本当にありがとう! 

大好きだよ、私の最高のファーストサーヴァント!」

 

その言葉を最後に、藤丸立香の身体は、眩いばかりの純白の光の粒子となって、消えた。

 

◇

 

消えていく中、立香はこの特異点での自分のマスターのことを思う。

 

雨生龍之介。

生まれながらの殺人鬼。快楽殺人者。

たとえ正気だったとしても、自分は彼に寄り添うことは出来なかっただろう。

もし、彼に本当に共感出来る者が呼び出されていたら・・・。

そんなことを思い、キャスターとして顕現された藤丸立香は消えていった。

英霊の座に登録されることも無く、記憶されることも無く・・・。

◇

 

「――先輩……っ!!」

 

残された光の残滓が、儚く消えていく。

彼女が完全に消えた後、そこには立香に埋め込まれていたのであろう、この特異点の聖杯が浮かんでいた。

聖杯を回収し、マシュは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

この特異点での戦い。立香を取り戻せたという万感の思い……。

 

マシュは、涙を拭うと、ゆっくりと振り返る。

そして、協力してくれた皆に、深く、深く頭を下げた。

 

「皆さん、本当に、ありがとうございました。

皆さんの御協力がなければ、私は先輩を救い出すことも、この特異点の解決することもできませんでした。

カルデアの一員として心からの感謝を!」

 

「ああ。僕たちの聖杯戦争は、これで本来の形に戻るんだな。

記憶も消えるんだったか。……まあ、不満は無いけどね」

 

切嗣は、消えかけた煙草の煙を吐き出しながら、どこか満足そうに呟いた。

マシュもまた、涙を湛えながらも微笑みを返す。

 

「うむ! マシュ・キリエライトよ!

我が臣下として、此度の遠征は実に見事であった! 

お前たちの旅はまだまだ続くのであろう! 

いかなる困難が待ち受けていようとも、その意志がある限り道は続く。

いつか、余が呼び出されていることを待っておるぞ。

……もしかしたら、このマスターの方かもしれんがな!」

 

ライダーが豪快に笑い、その傍らでウェイバーも小さく、しかし力強く頷いていた。

 

「はい……! 皆さん、さようなら。……さようなら!」

 

マシュが最後の挨拶を終えた時、カルデアから通信が届く。

 

『――こちらカルデア管制室! マシュ、聞こえる? 

特異点冬木の正常化を確認した! 

これより、レイシフトによる帰還シークエンスに移行する!

マシュ、本当によくやったよ……!』

 

ダ・ヴィンチの声が届く。

マシュの周囲が、レイシフトの光に包まれ始めた。

周囲の森の景色が、世界の境界の向こう側へと溶けていく。

マシュは最後に、もう一度だけ冬木の夜空を見上げ、そして静かに目を閉じた。

 

空間が反転し、光が弾ける。

 

◇

 

「――ハッ!」

 

マシュが目を開けると、そこは、カルデアの管制室だった。

周囲では、オペレーターたちの安堵の声や、機器の稼働音が響いている。

 

「マシュ! おかえり、無事で本当によかった!」

 

ダ・ヴィンチの声が聞こえるが、マシュはそれに応えるよりも早く、コフィンから飛び出すようにして周囲を見回した。

彼女が探すのは、ただ一人。

 

管制室の扉が、プシューという音を立てて勢いよく開いた。

そこから、少し息を切らせながら、走って入ってきた人影があった。

 

白と黒の、いつものカルデア制服。 少し乱れたオレンジ色の髪。

サイドポニーをまとめる黄色のシュシュ。そして、あの優しい琥珀色の瞳。

 

「……先輩……っ!」

 

「マシュ……!」

 

立香は、管制室に飛び込むなり、マシュの姿を見つけてその顔を笑顔に輝かせた。

マシュもまた、弾かれたように走り出していた。

立香は、大きく腕を広げてマシュを受け止める。

軽い衝撃と共に、二人の身体が重なり合い、強く、深く、互いの身体を抱きしめ合った。

 

「先輩……! 先輩、先輩、先輩……っ!!」

 

マシュは、立香の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

確かに存在する、本物の、温かい先輩の身体。いつもの優しい匂い。

心臓の規則正しい、生きてそこにある鼓動の音。

その全てが、本当に先輩を取り戻せたのだという実感を、マシュの心に溢れさせていく。

 

「うん……、私だよ、マシュ。ちゃんと戻ってきたよ。

戻って……これたんだよ……!」

 

立香もまた、マシュに腕を回し、その身体を絶対に離さないという強い意志を込めて、ぎゅっと抱きしめ返した。

立香の目からも、またぽろぽろと涙が溢れて、マシュの薄紫色の髪を濡らしていく。

 

「怖かった……、すごく怖かったよ、マシュ。

自分が自分でなくなって……。

旅の記憶も滅茶苦茶にされて、みんなを傷つけて、マシュのことまで、酷い言葉で拒絶して……。

でも、マシュが諦めないでいてくれたから。

私の手を掴んでいてくれたから、私は私のままでここに帰ってこられた。

本当に……本当に、ありがとう……」

 

「いいえ……、いいえ、先輩。私は、先輩のサーヴァントですから。

どんなに遠くへ行ってしまっても、どんなに深い闇に沈んでしまっても、私は絶対に、先輩を見つけ出して、お傍にいると決めていますから……!」

 

マシュは、涙で声を詰まらせながらも、誇らしげに、そして何よりも幸せそうに告げた。

二人は、管制室の誰もが温かい拍手と眼差しで見守る中で、しばらくの間、互いの温もりを確かめ合うように、強く抱き合い続けた。

 

冬木での狂気のキャスターとしての恐ろしい悪夢のような日々。

影のマシュとの、悲しくも救われたお別れ。

その旅が、今、静かに幕を閉じていく。

 

マシュは、立香の胸に顔を預けたまま、小さく、しかし心からの安堵を込めて、そっと呟いた。

 

「……やっと、終わったんですね、先輩」

 

「うん。……やっと、終わったよ、マシュ」

 

二人は、繋いだ手をもう一度きつく握り締め、新たな明日へと向かうために、涙を拭って、力強く微笑み合うのだった。

 

彼女たちには、これからさらに過酷な運命が待っている。

ふと、立香の脳裏に、あの影のマシュの言葉が響く。

 

『あなたはまた、あの苦しいだけの世界に戻ってしまう』

 

そんなことは無いよ、もう1人のマシュ……。

 

そう誰にも聞こえないように呟いた立香の瞳は、微かに黄金色に染まっていた……。

 




無事、完結出来ました。
読んでいただいた皆様に心から感謝申し上げます。

最後なので、少しだけ自分語りを。
この小説を投稿しようと思ったきっかけは、ハーメルンでぐだ子主人公の小説を見たからです。(ぐだ×カド)(ぐだ×慎二)……続き待っています……。

他にももっと見たい!との思いで、私の好きな悪堕ち要素を入れて投稿してみました。
ここまでたくさんの方に見てもらったり、評価(色着いたときに感動しました)、感想、ルーキーランキングに載ったり……。
感謝感激です。本当にありがとうございました!

次は、ヴィルガストを再度書き直そうかな……。
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