「あんたがたどーこさ。ひーごさ。ひーごどこさ」
「わぁぁ!すごいお姉ちゃん!すごいお手玉上手!!」
「こんなの朝飯前アル!目瞑っても余裕ネ!」
「すごーい!!わたしにもおしえてー!」
はしゃぐ子供達の声。
こんな寂れた寺に来客が来るのは初めてなのかここに住んでいた子供たちは皆んな僕達に興味津々で、そんな彼等の相手を神楽ちゃんに任せていた。
奔放というか奇想天外というかやることなす事予想の斜め上をいくような彼女だけれど子供相手にその素振りは見せることなく上手に相手してくれているようで一安心。
そして僕と銀さんは、
「────..」
客間にてこの寺の住職さんであろう女の人と向かい合っていた。
やばいよ。どうしようこの空気。重苦しいんですけど。
そりゃそうだよね。だって第一印象最悪だもん。弁明の余地なく側から見れば僕たち空き巣か覗き魔だったもん。
テーブルを挟んで向かい合う住職さん。女の人にしては..というか男も含めても随分と大きな体格は芯が通った綺麗な姿勢により圧を増し、その切れ長の目から放たれる鋭い眼光に晒された僕はすっかり体を硬くしてしまう。
印象としては真面目というか堅物とでも言えばいいのか、冗談が通じなさそうな張り詰めた雰囲気を纏う彼女に僕は何と話せば良いのか分からずにいた。
下手なことを言えば問答無用で御用されてしまうのだから十二分に言葉に気をつけなければ...なんて考えていた時だった。
「申し訳ない。何分ここへ来客が来るのは10年近く住んでいて初めてのこと故、少々威圧してしまった」
意外にも彼女の方から向けられたのは謝意の言葉だった。
背筋を綺麗に伸ばしたまま軽く頭を下げる彼女に僕は呆気に取られてしまう。
確かに威圧感は途轍もなかったが、状況を鑑みればむしろ当然の反応ではないだろうか。
なのにこの人は僕たちを咎めるどころか覗き同然のことをしていた僕たちに頭を下げるなんて。
なんとも器の大きいことだ。
「少々どころじゃねーよ。こちとら食われるかと思って我慢してたオシッコちょっと漏らしちゃったぞ。どーすんだこのヤロー」
「銀さん、情けないので黙っててください」
そしてこっちの大人はなんとも情けないことだろう。
「すまない..しかし、そちらにも落ち度があろう。人の家をあのように不躾に覗き込んでいては警戒もするというもの」
真っ当な言い分です。
「失礼..名を名乗るのが遅れました。私は道信、この寺にてあの子達の面倒を見ております」
「これはご丁寧に..僕は志村新八です。こっちのが僕の上司の坂田銀時、あちらにいるのが同僚の神楽。僕達は江戸で万事屋を営んでいます」
「ほう..万事屋」
丁寧な自己紹介に失礼がないようにと僕もこちらの紹介をすると、道信さんはその万事屋という単語に切れ長な瞳を細める。まるで何かを見透かすようなその視線にまた肩に力が入ってしまう。
「つまりあなた方は誰かからの依頼でこのような廃寺へ?まさか参拝目的ではありますまい」
隠すつもりはなかった。
僕はこの後その話をしようと思っていたのだけれどこの人は僕たちが仕事の依頼でここまで来たことを今の一言から察したようだ。
頭の回転が速い..それもあるんだろうけど..なんだろうそれだけじゃない。経験..踏んできた場数の積み重ねが溢れているような人だ。
なにはともあれ、目的の鬼道丸の手がかりすら見つけられないのにここを追い出されては今度こそ標的に辿り着けなくなってしまう。
そう考え僕は素直にここへ来た理由を口にした。
「すみません。実は探し人がこの寺に居るかもしれないという噂を聞きつけて..」
「ふむ..探し人。ここには私と子供達しか居ないが..どういった人物をお探しで?」
「住職さん。この辺りで恐ろしい鬼の面を被った大男を見ませんでしたか?」
僕がそう聞くと道信さんは切れ長の目を僅かに見開き、そして小首を傾げた。
「鬼?これまた面妖な。近隣の村々にそういう噂が立っているのは聞き及んでいるが...なればあなた方は鬼を退治に来た桃太郎といったところか」
「えぇ..。まぁ退治に来たというか調査に来たというか」
表情を変えない彼女の揶揄うような物言いに僕は苦笑しながら答える他なかった。自分でも突拍子もないことを言っているのは十分に理解している。
こんな人気もない寺に訪ねてきたかと思えばまさかの人探し、しかも鬼の面をつけた不審者を探している言われれば誰だって笑いたくもなるだろう。
あれ、今自分で考えてみてもすごい変なことしてるな。
「ま、退治ついでに鬼の財宝の一つでも持って帰れりゃ万々歳だがな」
「ちょっと銀さん!」
気だるげに、隣で胡座をかく銀さんの言葉につい声を荒らげてしまった。
だって仕方ないだろう?ただでさえ覗き魔のような不審な出会いに怪しげな目的、その挙句に堂々と野盗宣言にも似た言葉はスリーアウトだ。
「ははは。残念ながらこの寺は見ての通りひもじい。宝はおろか明日の食い扶持を稼ぐので精一杯ですよ」
しかし不躾ともいえる銀さんの軽口を嗜めることなくむしろ彼女は穏やかに笑う。
なんて器の大きい人だ..
堅物そうな人だと思ったけれどこんな穏やかに笑う人なのか。はじめに抱いた威圧感満載なその表情からは全くの正反対で、
「ですが...いえだからこそ、あの子達がせめて笑っていられるよう私はただ尽力しなくては」
「道信さん..」
そして奥の部屋で神楽と戯れ合う子供達、彼等を見る彼女の目が僕にはどこまでも優しく見えた。
その姿は朧げながらも僕の脳裏に焼き付いている、今は亡き母の姿と重なって見えた気がしたんだ。
「なるほどな。金目のもんじゃなく、あの子供たちが何よりの宝っつーわけだ。なぁ...鬼道丸さんよ」
だからこそ、隣で発した銀さん言葉を僕は一瞬理解できなかった。
この人は何を言っているんだ?
こんな優しい目が出来る人が、子供を想いやれる人が鬼道丸な訳がない。この人があの冷たい地下で人を殺し続けている筈がないだろう。
「ちょっとふざけないで下さいよ銀さん!一体何を!!」
「鬼退治に来た俺たちをわざわざ寺にあげるなんざどういうつもりだ?」
「銀さん!!」
尚も止まらない銀さんの言葉、声を荒らげて止めようとするが、
「────あなた方こそ、ここ数日私のことだけでなく闘技場のことまでも嗅ぎ回っていただろう?どういうつもりだろうか」
道信さんの言葉を聞いて逆に僕が止まってしまった。
「どうもこうもねぇよ。言ってんだろ?俺達は鬼退治を頼まれただけだ。ついでに鬼ヶ島も潰せりゃ依頼人は万々歳だろうよ」
「煉獄関を?悪いことは言わないからやめておきなさい..あれはあなた方の手に負えるほど浅い闇ではない、ましてや女子供を連れてなど...」
「おいおい、敵の身の心配か?随分と優しい鬼が居たもんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください2人とも!?」
2人だけで進んでいく話に僕はまったく追いつけない。
「僕、まだ状況がうまく飲み込めないんですけど..!」
「おいおいぱっつぁん、しっかりしてくれよ。今せっかく俺が奴さんの正体を見抜くかっちょいいシーンなんだからよ」
「本当に..!?本当に道信さんがあの鬼道丸..!?」
「煉獄関にて日夜殺し合っている鬼ならば私で相違ない」
表情を変えずに淡々と認める道信さんに僕は空いた口が塞がらない。今さっきまで優しげに子供達を眺めていた目の前の女性が人殺しなど信じられない。
何故あんなことを。
子供達は知っているのか。
探られている知りながらどうして自分たちを招いた。
次々と湧いて出て尽きない疑問は動揺の最中にある僕の胸中を埋め尽くす。しかし、それをぶつけたくなる衝動はどうしてか微塵も湧いて来なかった。
先程の柔らかな目とは違う、冷たくて昏い。けれどどこか哀しさを感じられる彼女の視線に晒されたからだろうか。
「お連れの方は少々混乱している様子..ならば私は今お茶を用意して来る故その間に気を落ち着かせては?その後にまた詳しくお話ししましょう」
そう言う彼女は立ち上がり、客間の襖を開けてその奥へと入っていった。
なんでだろう。
標的であった筈の鬼道丸にようやく辿り着けた筈なのに、僕は達成感も何も感じられなかった。
それどころかあの大きく真っ直ぐな背中が僕には何故か哀しく見えて...。
「どうぞ粗茶ですが」
差し出された僅かに亀裂の入った湯呑みを銀時は受け取る。
子供達が神楽を連れて庭へと遊びに行くに合わせ、銀時たちも客間から縁側に腰を落ち着けていた。
空はすっかり茜色に染まる夕暮れ時、子供たちの遊ぶ声が木霊する庭を眺めながら3人は肩を並べて座る。
「おいおい良いのかよ?鬼退治に来た敵に茶なんか出して」
「貴方こそよろしいので?血生臭い鬼なんぞの茶を受け取って」
受け取った湯呑みに口をつける銀時の隣に膝を畳むように座る道信。そんな彼女の腕の中には赤子が抱かれていた。
まだ生後一年も経っていないような様子のその赤子は心地よいのか安心しきった顔でもごもごと口を波うたせ微睡み始めている。
「この寺にはそんな赤ん坊までいんのか。ここは託児所か何かですか?」
「この子達には親はいません。皆、捨てられたのです」
「孤児...じゃあ道信さんはひょっとしてこの子達を養うためにあんなこと..?」
「そんな立派な人間ではありません。あの子達に出会う前から私はあの場で殺しを続けています。あの子達は何にも関係はありません」
新八の問いを道信はきっぱりと否定する。
「関係ないね..?じゃあなんでアンタはその関係ないガキどもの世話なんかしてんだ。しかもこんな大勢」
「何故でしょうね。私の知らない噂でもあるのか..よくこの寺に彼等のような子供達が迷い込んでくる、皆一様に腹を空かせて」
胸に抱いた赤子のほっぺたを軽くつつく。ちいさなの眉を僅かに顰めて首を振り、赤子は彼女の人差し指を握る。
「近隣の村に連れて行ったこともありますが皆何故かここへ戻ってくる。まさかそれを追い返すわけにもいかず、あれよあれよ気が付けばこんな大所帯となっていた訳です」
「...道信さん。やっぱり僕には貴女がただの人殺しとは思えない。..貴女は一体..」
────鬼ですよ。この世に生まれ落ちたその日から。
胸の奥が底冷えするようなそんな声色。
一切の光が抜け落ちた哀しい眼光。
彼女の言葉に新八は背筋に冷たいナニカを感じる。
「中身など何もない空っぽの私という鬼は生まれた時から腕っ節だけが備わっていた。けれど私はそれを人を害することにしか使えていない。今も昔も」
「..」
語る彼女の言葉。独白のような自戒のような言葉に何か言うでもなく2人はただ静かに聞き入る。
「初めは乳母を、次に家族、そしてかけがえのない友までも。私は関わった人達に受けた恩を仇で返すことしかできなかった。どれも皆不幸にしてしまった」
胸に抱いた赤子が僅かにぐずり出すが、道信は慣れた手つきで優しく落ち着かせる。傷つけないように、優しく。
「だからだろうか、人を傷つけることしかできない私という鬼とって攘夷戦争という場は良く似合っていたかもしれない」
「..アンタもあの戦争に参加してたのか」
「その言い振りは貴方もか。道理で貴方の身のこなしの節々から手練れ特有のそれを感じる訳だ」
僅かに目を開いて驚く銀時、逆に道信は得心がいった様子。
「戦場で幾人もの天人を殺した。殺し続けていくにつれて握っていた得物が軽くなっていた。大事にしていた刀を捨てより多くを殺した。誉れを捨ててより手段を選ばずに、道理を捨ててより残酷に」
彼女の脳裏に浮かぶかつての戦場の光景。
許されざる己の所業。
「かつて友が言ってくれた清い手はいつの間にか血泥に塗れ、ふと気がつけば私の後ろには見知らぬ者たちの血肉に溢れていた。そしてそれを何とも思えない程に人の道を大きく外れた私がいることに気がついた」
────これを鬼と言わずなんという
道信の言葉に新八はなんと声を掛ければ良いのか分からずにいた。
慰めの言葉?それとも否定の言葉?
どれも違う。どれも適さない、けれど彼女の言葉を認めたくないという青く若い思いが湧いてきた。
しかしそれを言葉にするには、自分は何も知らなすぎる。経験のない未熟な己が考える言葉はどれもしっくり来なくて、口にすることが出来ずにただ声が空振る。
「攘夷戦争も終結して幕府の追手に捕まり、首が飛ぶのを待つだけの私でしたが..その時に煉獄関の運営を名乗る奴らが現れました」
忌々しそうに僅かに彼女の眉が歪む。
「どれだけ手を汚したとしても見せ物の為に殺し合いをするつもりはなかった。それなら大人しく殺された方が万倍もマシだと」
「..じゃあどうして..。道信さんはあそこで..」
「───..私には弟がいたんです。はるか昔に勘当された私にはもはや無縁といえる血の繋がった弟が。奴等はどこから聞きつけたのかその弟の存在を知られた」
その時、新八は彼女の言葉に謎の違和感を感じた。
しかしその違和感の正体は分からない。
「弟とその家族を人質に...なんていうのが煉獄関の鬼道丸の始まりです」
あまりに違う。
新八の思い描いていた鬼道丸の人物像とはかけ離れていたその身の上話。
もっと、悪辣な。人を人とも思わないような人間だと思っていた。
なのに実際は真逆で。見知らぬ子供達に手を差し伸ばす度量と慈悲があって、同時に血に染めた己の手を悔やんでいる。
鬼、所業をすればきっとそういう他にないのだろう。だけど彼にとってはそれだけで切り捨てられるほど大人な考えは持ち合わせていなかった。
そしてそれは、彼の大将も同じこと。
「似合わねぇよアンタ」
そう告げたのは銀時。
「鬼がそんなこと考えるかよ。鬼が自分の道を振り返って後悔なんかするかよ」
湯呑みを置き、庭で遊ぶ子供達へ目を向ける。
「アンタが鬼だったらガキどもはあんな綺麗な笑い方はしねぇ。その赤ん坊だってそんな安らかに寝息を立てたりなんかしねぇ」
庭で神楽と遊ぶ子供たちは皆楽しそうに破顔している。
楽しそうに走り回る子供。木の枝を使って絵を描く子供。神楽の神業お手玉に大はしゃぎの子供。
そのどれもが捨て子であるはずなのに、だれも悲しみはない。
かつて戦場で育った自分とはどれも当てはまらない、良い顔をしている。
「アンタは鬼なんかじゃねぇ..立派な人の親だ。ガキどもの顔がなによりの証拠さ」
「..汚い金で子を育てて何が親か。子供達を拾ったのだって慈悲だとかそんな美しい物じゃない。きっと、心にもたげた罪悪感を少しでも拭いたかっただけだ」
「そんなモンでやってけるほど子を育てるってのはヤワじゃねーよ。なあ?クソガキ..」
胸に抱かれる赤子の銀時がかるく突くがそれでも赤子は安らかに寝息を立てる。ちいさな口の端からきらりと涎を垂らしながら。
「───..良い人だな。貴方は」
「それほどでもねぇさ」
道信の呟きに銀時はおどけて肩をすくませる。
どうしてだろうか。姿も形も、何もかも違うのに、彼の姿に一瞬かつての友の姿が重なって見えた。
共に暮らし、志を共にして、沢山のもの与えてくれた恩人の友に。
「..緒方紅葉」
「あん?」
「戒名でもなんでもない、かつての友がくれた...捨てきれなかった私の名前です」
奥底に仕舞い込んだ筈の名前。
もう名乗ることもないと思っていた筈のその名前をなぜ彼に教えたのか彼女自身にも分からない。
ただ、差し込む夕陽が眩しく見えたから。
「少し、話しすぎましたね。本題に入りましょうか」
「本題?」
本題、その言葉に銀時が片眉を上げて聞き返す。
彼等にとっては今までのものが本題であったようだが、彼女にとっては違う。
彼女は赤子を抱えたまま銀時達へと向けるように座り直した。膝を畳み、真っ直ぐに背筋を伸ばして。
「私があなた方をここへ寺の中へ招いた理由..あなた方が良い人と見込んでお頼み申す」
片手で赤子抱えて、片手は床につける。
そして彼女は澱みない所作で頭を下げた。
「私から..この寺からこの子達を連れ出して頂きたい」
頭を下げる彼女の頼み事。
それは新八と銀時、両者が呆気に取られるのも仕方ないものだった。
「ど..どうして..!?」
「この子達は私とは違う。人の子は人の世で、人と共に生きるべきだ。いつまでも血生臭い鬼と共にいるべきじゃない」
動揺する新八の問いに道信は淡々と語る。ゆるりと身体を起こして上がる彼女に次いで銀時が口を開いた。
「自らテメーの宝を手放す気かよ」
「彼らは宝ではない」
彼の言葉をきっぱり否定する彼女。意味がわからず目を細める銀時。
どうみたって彼女は子供達を大事にしている。それこそ家宝のように、いやどんな金銀財宝よりもよっぽど大事に。
「彼らは"未来"だ。いずれこの日の本を背負い行く..冒しがたい未来。そんな彼らが私のような鬼風情の宝であって良いはずがない」
「..やっぱアンタは鬼なんかじゃねえよ」
彼女の頑固な物言いに呆れたように息を吐き、ガシガシと頭を掻いた。
「報酬なら言い値で払います」
「明日の食い扶持を稼ぐので精一杯っつってたアンタがどう払うんだ?それに言っとくがこっち既に依頼を受けてここにいんだよ」
「私の懐にはないが金なら用意できます」
無いのに用意できる。
まるでとんちだ。
「五日後、煉獄関にて行われる私の死合。そちらで相手方にお好きなだけの額を掛けてください」
「..は?」
新八の口から無意識に声が漏れた。
彼女ではなく相手に賭ける。しかもそれを報酬にするなんて。
だってそれじゃまるで。
「私はその死合で殺されます。もう私はあの子達とは居られない」
まるでじゃない、と言わんばかりに彼女ははっきりと明言した。聞き間違いも勘違いの余地もなくはっきりと決まった運命の如く。
どうしてそんな当たり前のように話せるんだ。
どうしてそんな穏やかに受け入れているんだ。
「..仕組まれたって訳か?」
「奴等は盛り上がりに欠ける戦いをする私を嫌っています故..。処分するついでに裏の金を大きく動かしたいようだ」
「それでアンタは大人しくそれを受け入れるつもりかよ。潔く殺されるくらいなら最後までみっともなくとも足掻けばいい。ガキども全員連れてこんなところ逃げちまえばいい」
銀時の提案に彼女は横に首を振った。
「あの子達は何にも関係ないのです。なのに彼等に私の逃亡に付き合えと?ましてや相手はこの国の闇..そんなものに私の都合で巻き込んではいけない」
すやすやと寝息を立てたままの赤子の頬に優しく手を当てる。
「私と共にいてこの子達の未来が閉ざされてしまうなどそんなことはあってはいけない。私など忘れてこの子達は人の世で生きてほしい」
当てられた手に赤子が気持ちよさそうに口端をあげて、彼女の大きくて硬い手を小さく柔らかい両手で握る。
「平らの世で良い未来を..生きてほしいんだ」
────だったら尚更アンタも生きなきゃ駄目だろ
銀時が言う。
その声色は新八が聞いたことがないほどに真剣味を覚えていた。
「ガキどもに生きて欲しいんなら、良い未来を生きて欲しいんなら。なんでその良い未来にアンタが含まれていることを考えない?」
彼の目はいつものような覇気のない物ではなかった。
「アンタはそれを見届けなきゃなんねぇ。勝手に全部背負い込んで。勝手に全部決めつけて。勝手にコイツらの前から消えるなんざムシが良すぎる」
まっすぐ、道信を見据える。睨むのではない、けれど決して譲らないその雰囲気を纏っていた。
「生きて、コイツらの良い未来とやらをアンタが側で見守ってやれ」
「...無理だ、私には出来ない。人を不幸にすることしかできない私が、過ちしかない私に何が..」
「それでもコイツらにはアンタしかいねぇんだよ」
そういうと銀時はゆらりと立ち上がり、靴を履いて縁側から降り立つ。新八も何を言うでもなく後を追うように立ち上がった。
「たとえ間違いだらけだろーがなんだろーが、コイツらにとっちゃアンタしかいねぇ。他の誰でもねぇアンタしか。だからよ」
夕陽を背に振り向いた銀時の顔は、何とも形容し難いものだった。
────コイツらに二度も親と離れ離れになんかさせないでやってくれよ。
寂しげに溢す。
銀時は背中越しに彼女を一瞥して、そして庭へと歩き出した。
「帰るぞ神楽」
お手玉芸が軽業へとヒートアップしていた神楽へと一言かければ、神楽もお手玉を子供達へと返して銀時の元へと駆け寄っていく。
「もう帰っちゃうの?ねぇ泊まってってよ!お手玉もっとおしえてほしいの!」
「悪いな..今日はもう暗くなってきたから帰るわ。詫びといっちゃなんだがコイツをやるよ」
お手玉を両手に抱える少女の提案を銀時は不器用で優しげな声色で断り、代わりといって懐から掌程度の大きさの紙を少女へと手渡す。
「何かあったらウチに来な..お手玉でもなんでもやる仕事やってんだ。サービスするぜ」
「ほんと!?じゃあ先生といっしょにいくね!」
「待ってるぜ」
無邪気に笑う少女に銀時も笑みを溢す。
そして万事屋一行は廃寺を後にして帰路に着いて行った。そんな彼等の背中から道信は不思議と目が離せなかった。
「先生..大丈夫?」
幼さの残る少年の声がかかる。
いつの間にか諭吉が彼女の側に来ていた。
「..先生、なんだかいつも違うから..。どうしたの?ひょっとしてさっきの銀髪の兄ちゃんになんか意地悪言われた!?おれちょっと一言言って──」
明後日の方向へとひとっ飛びした思考へと辿り着いた諭吉が息巻いて銀時達が歩いて行った方へと走り出そうとする。
だがそれより早く、彼の胸元に後ろから腕が回されて阻まれた。そのまま素早く道信に抱き寄せられた。
「せ、先生?」
突然の出来事に諭吉の声が上擦る。
背中越しに彼女の様子を伺おうとするもうまく見えない。
筋肉質な彼女の腕から伝わる頼もしさと暖かさ。今よりもっと小さな頃から安心させてくれた腕の中は今も変わらず心地が良い。
「少しだけ...少しの間だけ、こうさせてくれ」
後ろから聞こえる彼女の声はいつも同じく落ち着いたもので、だけれどどこかいつもと違う。
弱みなんて全く見せてくれない人だから、心配だけど子供の自分に出来ることなんて限りなく少ないから。
今はもう少しだけ先生のそばにいたい。
小さい。
こうして抱き寄せてしまえばすっぽりおさまってしまうほどに小さい。けれど大きくなった。
力を込めれば簡単に折れてしまいそうだけど、逞しくなった。
算数の問題も難なく解けるほど賢くもなった。
自分より小さな子供達の世話を頼めるほど優しくもなった。
もう初めて会った頃のように、目を離せば死んでしまいそうな子供は何処にもいなくなっていた。
あぁ..長く共に暮らしすぎたな。
きっと..彼等の言うことは正しいのだろう。
罪悪感を拭う為だろうがなんだろうが、手を差し伸べたのは私で。
そんな私がまた半端に投げ出そうとしているなどなんともムシが良すぎる話だ。私の都合で子供達を放り出すなど愚の骨頂でしかない。
なんとも無責任なことか。
なんとも愚かな女だ。
だが、それしかない。
たとえこの先この子達が成長して、私という存在を忘れても私は生きて欲しいから。
私を憎んでも、いっぱい笑って生きてほしいから。
幸せになって欲しいから。
万事屋さんが言った、子供を連れて逃げるだなんてことは出来ない。してはいけない。
鬼がいつまでも末永く幸せに暮らせる結末などないのだから。
鬼と人は相容れぬものだから。
そんなことは生まれた時から知っているはずだ。
そんなことは古来から決まっているはずだ。
だから。
ちゃんとやるから。
「いまだけは..」
夕陽に照らされた彼女の影が、より黒く濃く伸びていった。
寺へと万事屋一行が訪ねてきた日から三日が経った夜のこと。
その時が来た。
「せ、先生..ちょっといいですか?」
珍しく煉獄関での仕事もない穏やかな夜だった。
いつものように居間にて夕餉の支度をする子供達の声を聞きながら、台所で食材を切り分けていた時。
恐る恐るといった様子で諭吉が台所へと入ってきた。
「あの..別に何か探ろうとしてたわけじゃなくて..!偶々先生の部屋の襖がちょっと開いてて..!見ようとした訳じゃないんだけど...その..えっと」
あの日からどこか上の空だった気はしていた。
いつものように気を付けていたとしても何処か綻びがあったのだろう。
「あの..こ、これ」
だからこの子が、返り血が僅かについた鬼の仮面を見つけてしまうのも必然なことだ。
「何か..きっと、訳が..」
だから仕方のないことなんだ。
いつだって悪いのは私だから。
「オゥ、パスタ刑事。アンパン買ってきたぞ。張り込みは体力勝負だ、無理やり胃袋に詰め込んどけィ」
「誰だよパスタ刑事って。僕に何の関係もないじゃんか神楽ちゃん」
妙に気取った低い声の神楽に小さく潜めた声でいつものようにツッコむ新八。
彼らは今、綺麗な満月が浮かぶ夜空の下で草陰に身を潜めながら道信たちの住む廃寺を数日にわたって張り込んで監視していた。
「馬鹿野郎パスタ。俺のことは山さんと呼べィ」
「何でだよ。今度は何のテレビに影響されたんだよ」
「山本神楽って言うんだよホントは」
「ウソつくんじゃねーよッ!!一時のマイブームで公式設定ねじ曲げてんじゃねーよ!!」
「それより奴さんはどーだパスタ」
最近よく見ているドラマのキャラに入り込んだ神楽が問いかけ、新八はため息をついて廃寺へと視線を戻す。
所々破れた障子から中の明かりが漏れているのが見えた。
「全く動きナシだよ神...山さん。銀さんは近日中に動きを見せるって言ってたけど..。ていうか銀さんは何してんの?」
「ボスはあのムセー連中に目ェつけられて動きがとれん。俺達がやるしかねーんだパスタ」
キャラに入り込んでいて分かりにくい説明だが、銀時は現在真選組屯所にて身動きが取れない状況なのだ。
といっても逮捕された訳ではなく、彼等の依頼主である沖田が個人的に煉獄関を探っていることが真選組鬼の副長、土方十四郎にバレた為である。
何度も言うが煉獄関は触れてはいけない禁忌、タブーというものだ。沖田の行動は善悪はともかくとして組織に属する人間としては0点であり、真選組の存在自体を崩しかねない。
それほどに煉獄関は危険なのだ。
故に土方は、沖田は勿論のこと依頼を受けた銀時も呼び出して厳重な警告と現在の調査状況の取調べを行っていた。
「取り調べかぁ。取り調べといえば..カツ丼。いいなーもうアンパンは飽きたよ。パスタとか食べたい...あ、パスタ刑事じゃん」
「成長したなパスタ。俺の背中は頼むぞ」
「はい山さん」
気の抜けた会話を繰り広げる2人が同時にアンパンを頬張ったその時。
────突如廃寺の障子をぶち破って何かが飛び出してきた。
あまりの突然の出来事に2人が唖然としていれば、子供達の悲鳴が廃寺から響く。
「先生!やめてよぉ!!」
その声を神楽は知っている。
あの日、お手玉芸に人一倍を目を輝かせていたあの少女の声だ。純粋で元気溌剌な少女、しかしその悲鳴と涙混じりの声にその様相は一切なくただ必死に縋るようだった。
何が起きたのか。
2人の胸中には同じ疑問が浮かび上がり、困惑に身を固めていれば廃寺から一際大きな人影が出てきた。
ゆらりと、幽鬼の如く足取りで。
足元に縋る子供も、背後で怯える子供達も構うことなく、ソレは庭の方へと顔を向けていた。
「下らんままごとは終いだ」
間違いない、道信だ。
だが新八は本当に同一人物か己の目を疑った。
あの日のような暖かな物とはかけ離れたその雰囲気が。
鬱陶しそうに子供達を一瞥するその冷たすぎる眼差しが。
足元に縋る子供達を乱雑に振り払ったその振る舞いが。
何もかもが、違いすぎていた。
────ここは既に逢魔刻。
陽は沈み、魔物が顔を出す。
そこに立つは修羅すら生温い、鬼が一匹。