風雪を凌げる屋内で、ゆっくりと夕餉を取った後。
四人は眠りにつくまでの暫しの暇を楽しんでいた。
「ネットも繋がんねえしやる事ねえなー」
寝台でごろごろ転がりながら、暇を持て余したニノンがつまらなそうに呟く。
「誰か面白い話でもしてくださいよぉー」
「そう思うならまず自分でやれですよ」
トトのツッコミを華麗に受け流し、なんかないのーとニノンは騒ぎ続ける。
「未来さんなんか無いんですか? こう、刺激的な話とか」
「私はここに来るまで普通に生きてきただけだからなあ……」
うーんと未来は頭を悩ませる。
「何しろ単なる学生だからね、私は」
その言葉に、ニノンはすっと真顔になって。
「いや絶対そんな事無いでしょ」
そう、突っ込んだ。
この女がそんな平穏無事な生活を送ってきたとは思えない。
それだけは聞かずとも分かる。
「そう言われてもなあ」
小学生の頃はそう派手な事はしていないし、留学していた中学時代もちょっと学校のカーストを
敢えて言うなら最新式の
あの時は珍しく危なかったっけ。
日本に帰ってきてからも何人かは
高校生の間は極力大人しく目立たず将来に備えようと静かに生きてきた。
うん、そんな特別な事はしてないな、と未来はこれまでの半生を振り返り実感する。
「やっぱりニノンが期待するような話は、思い返しても何も無いな。普通の学生生活しかしていない」
一般的な高校生に変わったエピソードを求められてもな、と未来は思った。
「絶対そんな事無いと思うんだけどなあ……」
この女がよぉー、そんなわけさぁー、となおもニノンはぶつぶつ言うが、本人が言わないんじゃ仕方ないと引き下がった。
「じゃあイリスさん」
暇を持て余した魔法使いは、次なる標的を哀れな聖女候補へと定める。
「あれですよ、マルグリットとかいう子との関係を詳しく教えてくださいよー。私、凄い気になります」
「あんたほんと配慮ってもんが存在しないわね」
寝る前に
こいつ、遠慮ってもんがほんとねえなと、呆れと蔑みが混じり合った顔だった。
「だってさあ、こんな危険を冒してまで助けに来る間柄って興味有るじゃないですか。普通できませんよそんな事」
「トトは素直に感心するですよ。友達の為にこんなとこまで来るなんて、なかなか出来ないです」
トトはちょっと遠い目をして呟く。
「考えてみたら、トトって小さい頃から働きに出てたからそんな友達居ねえですし……」
「なんか抉ってる! 心の傷抉ってる! わたしは兎も角他人まで巻き込むのは流石にヤバいでしょ!」
「こんなんで流れ弾行くとか想像できませんって」
わちゃわちゃ戯れる三人の横で、未来は必死に過去の思い出を掘り返していた。
何かこう、面白い話は有ったかなあ。
ちょっと勢いでカチコミとか……いまいち平凡な事しか思い出せない。
丸ごと爆破した奴は少しやんちゃだったかもしれないけど、まあ普通だしな。
もしかして私の人生って地味過ぎ……?
未来は変な所で悩んでいた。
「イリスさん、早く話してくださいよ! そして全部有耶無耶にしてください! 役目でしょ!」
黄昏れるトトを出汁に、ニノンがそう促す。
こっちも大概勢いで言っていた。
「しゃあないわねえ」
なんか収集がつかなそうなので、イリスも仕方なく口を開く事とした。
どうせ大した事は無いのだ。
少し、昔を思い出しても良いだろうと。
立ち上がったイリスは寝台に腰掛けると、やや後ろにもたれかかるようにした体を手で支えながら、語りだす。
「特に面白い話でもないから、期待外れでも文句言わないでよ」
ありふれた、特に変わりの無い。
ある貴族の子女の人生を。
わたしが
お互い大神殿に来て……。
え?もっと前から聞かせろ?
なんでそうなったかわかんないって?
ほんと我儘ね。
じゃあ、神殿に入った辺りからにするわ。
小さい頃の私は、それはもう大事に育てられていたわ。
まさに蝶よ花よとばかりに甘やかされて、なんでも言う事は聞いてもらえた。
わたしの家は大したことない男爵だったけど、大分贅沢もさせて貰ってたわ。
まあ今考えると、大事な寄進要員だからなんだろうなってわかるけど、子供だったわたしには良く分かってなかったわ。
わたしは世界で一番大事にされてて幸せなんだって、本気で思ってた。
それが一変したのは五歳の時。
いきなり家から引き剥がされて、問答無用で神殿に叩きこまれたの。
あの時はそりゃもう何がなんだか分かんなかったわよ。
何不自由無い暮らしから、あれが駄目だこれが駄目だって言われる窮屈な修行の毎日になったんだから。
最初の頃はそりゃもう暴れたもんよ。
今のわたしからは考えられないでしょうけど。
……光景がありありと目に浮かぶ?
あんま変わってない?
そろそろ殴るわよ、あんた。
正直嫌で嫌で堪らなかった神殿の修行なんだけど、そんなもんでも数こなしてれば慣れるもんでね。
一年も経つ頃にはすっかり順応しちゃってた。
他にやる事も無かったしね。
聖句は空で言えるようになってたし、体動かすのも得意だったからキツい訓練にも全然ついて行けてた。
泣き言言ってしょげてる子も結構居たから、それに比べりゃわたしは大分出来る方だったって事ね。
それに幸いというかなんというか、
爵位の低い家にしては桁外れの
もし男で跡継ぎだったら相当喜ばれてたでしょうね。
まあ女だったから、別の意味で喜ばれたけど。
なんでもう会う事も無い家族を喜ばせなきゃならないのかわかんないけどね。
結局預けられたあの日から、家族となんて一切会ってないし。
神殿内じゃ
そもそもわたしへの
神殿にぶっこんだ時点でわたしの役目は終ってんのよ、家的には。
結局わたしへの愛情なんて欠片も無くて、義務感で産んだ子だったんでしょうね。
そもそも本妻の子だったのかすらわかんないわ。
神殿入りしてからの冷遇ぶりからすると、妾か下手すりゃ下働きにでも産ませた子供だったのかもね。
別に不幸自慢がしたいわけじゃないからこの話はここまで。
とにかく、わたしは神殿内で優秀な成績を残し始めたわ。
それで、大神殿行きの話が出たの。
知っての通り大神殿は光神教の総本山。
優秀な巫女は全員ここに集められるわ。
わたしはそのお眼鏡に適ったってわけ。
で、九歳の時に大神殿に招集されて、わたしは同室になったマルグリットと出会ったわ。
……ようやく最初に戻ってこれたわね。
マルグリットは最初から大神殿に入れられたらしくて、出会った頃はまだ入りたてで右も左も分からないような状況だったわ。
あの子に関しては才能も勿論だけど親の地位の所為もあったんでしょうね。
何処とは言わなかったけど、侯爵の出だって事は教えて貰ったわ。
親も多分牽引派なんでしょうね。
あの子自身はそんな自覚無かったでしょうけど。
あー、なんていうかね、ぽわぽわ系っていうか、お花畑っていうか、良くも悪くも俗世に興味無い感じなのよマルグリットって。
純粋培養って奴?
世間ズレしてるし、馬鹿正直だし、ちょっと目が離せないとこが有る子よ。
そんな感じだから、お家の事情とかもなんも気にしないでいたわけ。
多分入れた家側も想像以上で頭抱えたんじゃないかしらね。
流石に家の意向丸ごと無視するとは思ってなかったでしょうし。
まあ、そんな子だからわたしとも仲良くなれたんでしょうけど。
「一緒に頑張りましょうね!」
って無邪気だったわよ、最初から。
わたしもわたしで別に派閥とかなんとか特に気にしないタチだったから、大分上手くやってたわよ。
歳はわたしの方が一つ下だったけど、正直なとこ手のかかる妹みたいな子だったわ。
さっきも言ったけど、大分世間知らずだったのよ、あの子。
出会った頃は何やるにも良くわかってなくておろおろしてて、結局わたしがやるみたいな事多かったわね。
まあすぐになんでもできるようになったけどね。
頭良いもの、あの子。
なんか劇的な出来事でも有ると思った?
特に無いわよ。
世の中そんなもんよ。
で、そうやって、一年二年って時間が過ぎてって。
わたし達はどんどん評価されていったわけ。
お互い
座学も訓練も……わたしは別に馬鹿じゃないわよ、ほんとに殴るわよ。
座学も訓練も、二人とも優秀だったわ。
え? あっちはそんな暴力巫女に見えない?
ああ見えて結構やるわよマルグリット。
虫も殺せないように見えて、普通の男だったらボコれるくらいには強いわ。
細いけど痩せてんじゃないのよ、無駄を削ぎ落としてんのよ。
れっきとした印可持ちよ。
とにかく、わたしが十二になる頃にはもうお互い高位巫女に推薦されてたわ。
あーえっとね、高位巫女の目安は大体
普通の神殿だと複数掛かりでやってるでしょ。
平巫女だと普通そんなもんだけど、高位になれば違う。
一人で巫女の勤めを果たせる、それが高位の証。
一人で出来るようになって一人前じゃないのかって?
そうホイホイ出てこないから高位扱いされてんじゃないの。
そもそも組んで
あんただって出来ないでしょうが、
魔法使いだからいいんです?
ほんとああ言えばこう言う……。
そう、凄いの。
だから素直に感心してなさいよ。
十二で高位巫女に推されるのってなかなか無いんだから。
私はもっと凄かったですぅー?
なんでそうあんたは張り合ってくるの?
馬鹿じゃないの?
あーもー、ちょっと休憩。
水飲むわ水。
ごくごくと水――ニノンが出したもの――をイリスは一気に飲み干した。
こうして昔の事を誰かに語るなど、初めての経験だった。
「特に面白いもんじゃないでしょ」
ね?と冷めた目で言うイリスに、しかし未来とニノンは正反対の様子を見せていた。
「当事者の経験を聞く機会というものは、なかなかに得難いものだよ」
興味深げに頷く未来と。
「どこも世の中似たようなもんですねぇ。クソだな」
愉快そうに、そしてどこか不機嫌そうなニノンが居た。
「こんなのありふれた話よ。珍しくない」
「ありふれていたとしても、私達にとっては初めての経験だ」
今まで縁遠かった光神教。
その現実的な姿を間近で知る機会は今まで無かった。
イリスという少女の経験は、実に貴重な情報を二人に齎していた。
「この先の話も気になるよ」
「なら、いいんだけど」
でもねえ、と。
「ただやっぱり大した話は無いわよ、ここからもね」
そう言って、再びイリスは話を始めた。