高位巫女になってからしばらくは平和だったわ。
特に何も無くお勤めを果たして、変わらない日々が続くと二人とも思ってた。
始まりは二か月程前かしら。
突然、大巫女のアウレリア様が亡くなったという報告が入ってきたの。
大巫女は高位巫女のさらに上、巫女の最上位の存在よ。
高位巫女が一人で
当代の大巫女はアウレリア様一人しか居なかった、って言えば凄さが分かるでしょ。
で、その一人しか居ない大巫女がいきなり死んだって事で大神殿も大騒ぎになったわ。
アウレリア様はなんでも重要な儀式が有るとかで、大分前から大神殿を空けていたのは私も知っていたわ。
大巫女ともなると祭祀関連では引っ張りだこよ。
五大領での祈祷にも駆り出されるし、他の重要な祭典でもまず大巫女が祈祷役を務めるもの。
一年の半分くらいは神殿に帰ってこないから、わたしも当時はそれだと思って気にして無かった。
それが大巫女も付き添っていった高位巫女も全員死にましたって、一体何が起こったのって感じだったわよほんと。
噂話にも、何があったかは全然流れてこなかった。
だから魔族に襲われたとか陰謀に巻き込まれて死んだとかそんな話が実しやかに神殿内を駆け巡ってたわね。
皆興味半分、恐怖半分って感じよ。
こんなに沢山一度に巫女が亡くなる事なんて、前代未聞だったから。
それだけで話が済んでいたら、恐ろしい事件が起こっただけで済んだんだけどね。
知っての通り、それじゃ終わらなかった。
次代の聖女候補の死。
それが、大問題になったのよ。
アウレリア様は前の仕事が終わり次第、聖女就任の儀――ようするに、今私達がやってる事をやる予定だったのよ。
そして新たな聖女になる予定だった。
先代の聖女様が亡くなってから、早一年。
神殿側も早く次の聖女決めないといけない状況だった。
知っての通り、聖女が大神殿、ひいては
だから聖女の不在は大きな問題だった。
そこに白羽の矢が立ったのがアウレリア様だった。
なにせ当代一の
これ以上相応しい人選は無いわ。
あとはまあ、神殿内での牽引派の筆頭だったのも大きいわね。
あいつらとしては自派閥の人間が聖女になる意味は非常に大きかったでしょうから。
そのアウレリアを聖女にしたら大巫女が居なくなって問題なんじゃないかって?
まあそうね、その通りよ。
だから同時に新たな大巫女の選出も行われる予定だった。
言わなくてもわかるでしょ、その候補がマルグリットだったってわけ。
本来ならアウレリア様が聖女になるのと同時にマルグリットが大巫女に就任って予定だったんでしょうね。
だけどその大前提であるアウレリア様が居なくなってしまって、全てが狂った。
神殿上層部も、多分
このまま聖女不在で押し通すのは、流石に無理だもの。
そういう建前になってるから。
形だけの聖女を祭り上げればいいんじゃないかって?
そうもいかないのよ。
王城に有る、封印の間。
魔王の力を弱めているというその場所に入れるのは、聖女だけなの。
当然、なんちゃって聖女じゃどうしようもないわ。
ちゃんとこの
そしてそこで
わかるでしょ、
もうギリギリなのよ、その封印の間の儀式を先延ばしにするのも。
だったらさっさと聖女認定を受けて儀式を終わらせれば良かったのにって私も思うわよ。
でも何故かアウレリア様は限界まで聖女認定を受けに行かなかった。
で、直前に死んじゃうんだから、世の中って酷いわよね。
とにかく。
新たな聖女候補を神殿側は選ばなきゃならなくなった。
そうなると当然、次の大巫女候補だったマルグリットが第一候補になるのは自然な流れだった。
「なんか私、アウレリア様の代わりに聖女認定の儀を受ける事になるらしいの」
あの子はのほほんと、なんの危機感も無くそう言っていたわ。
「はぁ!? なんで?」
当時の私はマルグリットが大巫女候補って事も知らなかったから、本当にいきなりに感じたわ。
「他の誰かに押し付けなさいよ、そんなもん」
「やれるのは私しか居ないって」
高位巫女になってから数年、あの頃には既にマルグリットが最も優秀な巫女だって言われるようになっていた。
だからそう言われるのもわかりはしたんだけどね。
「わかってんでしょ、聖女になったら死ぬわよ」
聖女の寿命が短いのは、当たり前だけど皆知ってたわ。
そりゃ大神殿に居るんですもの。
当然よね。
「でも誰かが聖女にならないと、魔王を押し留める事はできない」
だったら、ってあの子は言ったわ。
「私がやるわ。できる事は、精一杯やりたいの」
見た目は柔らかそうだけど、結構頑固なのよマルグリットって。
一度決めると譲らない所が有ってね、わたしも結構苦労したわ。
だからそう決めちゃったら何言っても聞かないだろうなあって、分かってた。
結局、それからすぐマルグリットは牽引派の連中に連れて行かれて、聖女認定の儀に入ってしまって全然会えなくなってしまったわ。
マルグリットは聖女になると寿命が縮むくらいしにしか考えていなかったんでしょうけど。
わたしはね、知ってたの。
そんなもんじゃないって。
まだ高位巫女になる前。
実はね、私は先代の聖女様にお会いした事が有るのよ。
わたし達が魔法を使わないっていうのは話したと思うけど、大神殿内ではそれをさらに突き詰めて極力魔導式は排除された生活を送ってるわ。
昔ながらの、伝統的な修行の日々をあそこでは送っているの。
だから警報の類なんかも無くて、警備は全部人力。
そうするとまあ、要するに見つからなきゃ何処にでも潜り込めちゃうのよ。
それが、普段立ち入り禁止の場所でも。
わたしも意外とやんちゃだからね、大神殿に来た当初は色々探検してたわけよ。
意外でもなんでもない? うるさい。
子供って入っちゃ駄目って言われたら逆に入りたくなるものでしょ?
わたしもそうだった。
だからあの手この手で警備の目を掻い潜って、大神殿の中を見て回ろうと四苦八苦してたわ。
大神殿の中なんだから警備が厳しそうって思うかも知れないけど、逆よ逆。
外敵なんか入ってきようが無いから形だけで弛んでんのよ。
だから子供のわたしでもなんとかなったわけ。
ある日、ようやくわたしは大神殿で一番警備の厳しい場所、聖女の間へと入る事ができたわ。
やっぱり皆勇者物語は聞いて育ってくるでしょ。
だから一度は会ってみたかったのよ、聖女様に。
警備の目をごまかす方法を……そうね、一年くらいかけて考えて。
なんとか、入る事ができた。
聖女の間はなんて事の無い祈祷の間みたいに見えたわ。
祭壇が有って、神の御像が有って、それだけ。
あとはいつも通り真っ白な部屋。
ただ違ってたのは、人が一人、その前で座り込んでいたって事だけ。
そう、聖女様よ。
祭壇の前に置かれた椅子にすわって、ただぼうっとしていた。
最初はねお祈りをしているのかと思ったのよ。
祭壇の前だもの当然よね。
でも違った。
少し近づいたらわかったの。
目は虚ろで、上を向いていて。
口からはよだれ垂らしっぱなしで、ぶつぶつと何かを言ってた。
まるでボケたおばあちゃんみたいだった。
まだ、若いのに。
口にしてる言葉も意味が分からなかった。
「九十八」とか「もう戻せない」とか、そういう言葉をぽつぽつ呟いてたわ。
本当にもう恐ろしくて、わたしはすぐに逃げ出した。
無我夢中になって逃げて、その日は訓練もサボって一日中部屋に閉じこもってた。
聖女様が人前に出てこないのは、護りの為に
でも実際は違うってあの時気づいたの。
あれがバレないように誰にも会わせないように閉じ込めてるって。
きっとあの聖女様だけじゃない。
歴代の聖女様、全員がそうなんだって。
だから、聖女になるのが碌なもんじゃないって、私だけは知ってた。
でもマルグリットの事はどうしても止められない。
もう牽引派に連れて行かれてしまった以上、わたしに出来る事は何も無い。
そう思ってた時に、礎石派の連中が接触してきたの。
わたしはまあ、素行があんまりよろしくなくて?
それで、大巫女候補からは一步引いた位置に見られてたらしいんだけど。
だから礎石派はそんなわたしに目をつけたみたい。
聖女候補になってくれないかって、偉い人が直談判に来たわよ。
家へ便宜を図るだとかなんだとか言ってたけど、そんな事はどうでも良かった。
これは使える、ってわたしは思ったわ。
聖女認定の儀に参加すれば、最終的に必ず
そうすれば、あの子を連れ戻せる機会も出てくるんじゃないかって。
最悪、聖女になるのを止められるんじゃないかって、そう思ったの。
だからわたしはそれを受ける事にしたわ。
まあ、表向き色々注文つけてね。
あいつら快く飲んでくれたわよ。
ちなみに金もふんだくったから今ちょっとした小金持ちになってるわ。
あんたら雇ってる金の出どころもこれよ。
「まあ、こういう顛末ってわけ」
はあー、と息を吐いて、イリスは言葉を締めくくった。
「別に面白い事なんて、無かったでしょ?」
「いやいやいやいや」
ニノンが首をぶんぶん横に振る。
「聖女の真実とか、重大情報が有りましたけど!?」
廃人のようになった隠された聖女。
それは、まさに神殿が秘匿したい秘中の秘だろう。
「確かにそんなものを見たなら、友人をそうしたくないと思うのは当然か」
未来の視線も何やら遠くを見つめるように鋭くなり、思索へと入っていた。
「納得してくれた? ならそろそろ寝るからね。明日も早いんだから」
おやすみ、と寝袋に包まるイリスを横目に、未来は考え続ける。
「聖女か」
単なる名誉職に近いものかと思っていたが、どうやら違うらしい。
その名には隠された何かが潜んでいる。
そして、イリス。
彼女はまだ、真実を話していない。
この話には重大な部分が欠けている。
イリスとマルグリットの関係性という、最も重要なピースが。
おそらく、敢えて意図的に隠したのだ、彼女は。
命を賭けても良いと思えるだけの、彼女達が積み上げた時間。
それを一切話さなかった。
しかしそれも、おそらく明日。
そこで全て白日の元に晒されるだろう。
イリスとマルグリット。
二人が再び出会う時に。
「さて」
全ては、明日向かう山頂。
答えはそこにあると、未来は感じていた。