霊峰の麓、
万人の往来を拒む結界の目の前、そこへ唐突に人の姿が現れた。
「本当に一瞬で戻ってきちゃった……」
ぐるりと辺りを見回し、まるで信じられないとばかりにイリスは目をしばたたかせていた。
「これが
一瞬にしても麓への転移。
それは魔法の力ではない。
その力が、四人をここまで運んできたのだ。
「確かに魔力の痕跡もなんも無いですね」
ふむふむと興味深そうにしているのはニノン。
おーとかほーとか声を上げながら、難しそうな顔で腕組していた。
「かつてこのような力を人類が使えていたとするのなら、大分状況が違っていただろうな」
今魔族に人類が押されている原因の一つは、間違いなくこの
マルグリット曰く、
このような転移の他にも豊穣祈願としての作物成長の促進や、目の前に有るような結界構築等、多岐に渡るとか。
「これが使えなくなったとなれば、負け続きも必然だろう」
当時の人類の考えは分からないが、エレクトラの口ぶりからすると自ずから捨てたようだった。
幾らなんでも馬鹿過ぎるんじゃないかと思うが、彼らには彼らなりの事情が有ったのだろうと思う。
その上でやはり愚かだと断じるしかないのだが。
「おそらく
それでも実践投入されないという状況を鑑みるに、使用するコストは相応に重いのだろうと推測された。
これらを使用する為の
そして聖女は基本的に大神殿奥に侍り、外に出る事は無いのだという。
敵と戦わないのだから当然徳は溜まらない。
徳が溜まらないから
結果、どうしようもない時の切り札のような扱いを受けているのではないか、というのが未来の予想だった。
――まあ、大方お偉方が最後に逃げる為に温存してるという所かな。
大規模な行使ができず、その回数が限りなく少ないと見込まれるのであれば。
想定しているのはそういう使い方だろうな、と未来は思う。
自分達さえ生きていれば立て直せる。
その失策を棚に上げて考えるのが負けた為政者というものだ。
「とにかく、助かったわね」
んーと伸びをしながら、イリスが言う。
「山を降りるのも相当手間だったもの」
――今の私なら、
そう言って、彼女は四人をここまで送ってくれたのだ。
マルグリットと雅次も改めて転移し、ヴェリス方面へ向かうと言っていた。
神の導きにより山へと登り、マルグリットは無事聖女として認められた。
そういう筋書きにするらしい。
「わざとらしいが、そういう話だからこそあいつらは疑わない」
皮肉げに笑いながら、雅次が言った。
「そういう
なにせ未だに勇者降臨に縋るくらいだからな、と彼は嗤った。
二人はこれから、
そして二人だけの戦いをする事になるのだろう。
「大丈夫かしらね、あの子」
イリスが見つめる先の空。
その下にはきっと、マルグリットが居る。
儚げなようで強情な少女はきっと、誰にも理解されない戦いを続ける事になる。
できれば隣に居て助けてやりたいとイリスも思う。
だがイリスは最早表舞台には出られない。
だから、外から支援する。
未来とニノンという、牽引派に喧嘩を売ろうとする二人の力を借りて。
イリスは山頂で二人の目的も聞いていた。
召喚され仲間を殺された未来。
陰謀により弟子を殺されたニノン。
二人はその元凶である牽引派を叩くつもりだと。
マルグリットは牽引派に属するものの、その実態はただ利用されているだけだ。
彼女を助けたいのであれば、牽引派を叩いて引き離すのが最善手となる。
だとすればこの二人と共に居れば、その目的は果たしやすくなる。
イリスが行動を共にしようと思った理由はそこに有った。
「ま、そこまで不安に思う事は無いでしょう」
決意を新たに空を見つめるイリスの肩を、ニノンが軽く叩く。
「聖女となれば粗略に扱われる事も無いですし、軟禁されてるような状態ならむしろきちんと護られてるとも言えます。そうそう危険は無いですよ」
「頭では分かってるけど、気持ちは違うのよ」
「まあそうですよね」
うんうんとニノンは頷く。
「でもまあ、お姉さんを信じましょう。きっとやってくれますよ」
優しい顔してあんだけ妹の顔をボコボコにするような姉なのだ。
多分大丈夫じゃないかなとニノンは思う。
ていうか巫女こええな。
マジこええよ。
ニノンは暫く神殿には近づかないと固く誓った。
「ところでさっきから存在感が消えてる人が一名居るんですけど」
そう言って胡乱げな視線を送った先には、トトが居た。
呆けたような固まった表情で言葉も無い少女の姿がそこには存在した。
「なんか大人しいですね。お腹でも壊しました?」
「同じもんしか食ってねえのに壊すわけ無いですよアホの子」
心外な、とようやくトトは口を開く。
「なんか色々話が凄すぎて、トトには付いていけねえですよ。わけ分かんねえです」
出てくる話その全てが、トトには良く理解できなかった。
最早彼女の認識を遥かに飛び越えた会話は、最早別言語を聞いているかのようだった。
結果少女は口を半開きにして状況に流されるしかなかった。
宇宙猫ならぬ異世界猫娘。
その脳内は真理が通り抜け、そして何も残らなかった。
「トトにはあまり関係の無い話だから、気にする必要は無いさ」
実際、牽引派どうこうの話はトトには直接関係無い。
世界の真実も、どうでも良いだろう。
だから無理に理解する必要も無いと未来は思う。
「なんか仲間外れみたいで少し気に入らないですけど」
むー、とむくれながらも、トトは納得したような素振りを見せる。
「まあ実際わかんねえんで、全部ミク達にお任せするですよ」
「ふふ、任されよう」
さて、と未来は言う。
「少々横道にそれてしまったが、元の目的地を目指す事にしよう」
「目的地って?」
元々何処に向かっていたのか知らないイリスが、不思議そうな声を上げた。
「
ふふん、とニノンが得意げに言う。
「我らが
「噂に聞く魔法使いの隠れ里かぁ……」
イリスも話には聞いた事が有る。
古い魔法使いたちが密かに隠れて住む場所が有ると。
それは半ば御伽噺になっている噂だった。
「子供の頃はちょっとワクワクしたのよね、その話」
「ですよねですよね? 私もそうでした」
いやあ懐かしいなあ~、とニノンは過去を振り返る。
「だからねえ、私は実際行ってみようと思ったわけなんですよ」
うんうんと頷きながら、ニノンは続ける。
「あれはまだ十歳くらいでしたかね。家から金目のものかっぱらって売払いながら、一人で
「とんでもないお子様ね……」
やや引いているイリスの脇で、こいつならやるだろうなという表情を未来とトトは見せていた。
むしろその程度のバックボーン有った方が納得ができる性格をしている。
「その結果世界は私という天才美少女魔法使いを得る事ができたんだから、師匠もとんだ幸運の拾い物をしたと思いますよ」
「自己評価が高い……」
「実際言うだけの実力は有るからな、ニノンは」
「フッ……どんだけ褒めても良いですよ。事実ですから」
どや、ドヤァ。
ニノンは際限無く調子に乗っていた。
好きな事は褒められる事、嫌いな事は褒められない事。
そういう女だと自分自身で彼女は自覚していた。
「そんな私が居る夢の国へ皆さんと行こうとしてた最中にイリスさんに出会ったってわけです」
「なるほどねぇ」
で、と。
「その
「運が良い事に、割とこっちの方向だったんで」
「馬車ならあと一週間くらいで着くんじゃないですか?」
「普通にめちゃ遠いわよ!?」
どんだけ外れよ、とイリスは思う。
伊達に御伽噺扱いされてないらしい。
人里離れた、本当に人が訪れないような場所に有るのだろう。
「ロセリーヌに戻ったら一度支度をする事になるね」
一行が用意していたのは麓であるロセリーヌまでに加え山に登る分の食料と、あとは防寒具等だけ。
この寂れた街でどれだけ揃うかは分からないが、数日分の備え程度はしなければならない状況だった。
「なかなか良いとこですよ、
「そうか、なら期待しよう」
四人はゆっくりと、山から離れる。
一度だけ、イリスは後ろを振り返る。
そこには、雄大な
人が訪れる事の無い聖地は再び静寂を取り戻し、そして次の聖女を待つ。
その時が何時かは分からないが。
きっと、それまでこの山の姿は変わらずそこに有るのだろう。
イリスは無言で山に背を向けた。
山から降りてくる冷気がほんの少しだけ彼女の背を撫でる。
その感触に、ほんの少し、目を細め。
聖女になれなかった少女は、三人と共にロセリーヌへと向かっていった。
ハーメルンでの投稿はここまでとなります。
最新話はカクヨムで投稿されていますので、よろしかったらそちらを覗いて貰えると幸いです。