進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百十一話

 

 

 

847年10月中旬

 

 

パラディ島南部の海岸に位置する、パラディ港。

 

 

灰色の雲が垂れ込め、冷たく重い潮の匂いを含んだ海風がコンクリートの堤防に打ち付けるこの場所は、マーレにとって「悪魔の末裔」を処分するための地獄の入り口であった。

 

 

 

だが、今日のこの港の空気は、いつものようなエルディア人の絶望の悲鳴とマーレ兵の嘲笑に満ちたものではなかった。

 

 

 

張り詰めた、どこか焦燥感すら漂う異様な静寂の中。

 

 

国家の……いや、世界の命運を背負って海を渡ってきた若き戦士たちと、選抜された分隊規模のマーレ兵たちが、そびえ立つ高い岸壁の向こう側──未知の領域へと足を踏み入れるための、最終的な出立の準備に追われていた。

 

 

 

「……マガト隊長も、裏切ったと思いますか」

 

 

 

潮風に黒髪を靡かせながら、小柄な少女──ピーク・フィンガーが、手元の装備の点検を終え、上官であるテオ・マガトに向けて静かに問いかけた。

 

 

 

その気怠げでありながらも、知性の奥に鋭い洞察力を秘めた黒い瞳は、真っ直ぐにマガトの横顔を射抜いていた。

 

 

 

彼らが今日、この危険極まりない島へ上陸した最大の理由。

 

 

 

それは、先月このパラディ島の内陸部から観測された「微弱な人工電波」の発信源の特定と、数年前に「始祖奪還作戦」の命を帯びて送り出され、未だ帰還しない四人の戦士たちの安否確認──および、裏切りの疑念の真偽を確かめるためである。

 

 

「…………」

 

 

ピークの試すような問いかけに対し、マガトはすぐには答えなかった。

 

 

波の音が二人の間を通り抜ける。

 

 

やがて、彼は被っていた軍帽の鍔を少しだけ下げ、一度深く目を閉じると、肺の底に溜まっていた重い空気を長く吐き出した。

 

 

「……立場上、憶測だけでものを言う事は出来ない。ただ──────」

 

 

マガトの声は、普段の兵士たちを震え上がらせる厳格なものではなく、どこかひどく人間臭い、疲労と苦悩を滲ませたものだった。

 

 

「信じている。とだけ言っておこう」

 

 

短いその一言。

 

 

だがそこには、幼い頃からマーレの戦士候補生として地獄のような訓練を耐え抜き、数々の修羅場を潜り抜けてきた四人の子供たちに対する、一人の教官としての確かな敬意。

 

 

 

そして、彼らのような幼い子供に、世界の命運を懸けた過酷で無謀な作戦を押し付けざるを得なかった、大人としての深い同情と罪悪感が見え隠れしていた。

 

 

「それ。……殆ど、答えを言っている様なものだと思いますよ。マガト隊長」

 

 

ピークが、どこか見透かしたような、それでいて少しだけ安堵したような微かな微笑みを浮かべて指摘する。

 

 

「おや、二人は何の話をしているんだい?」

 

 

二人の間の静かな空気に、場違いなほど飄々とした、茶化すような声が割って入った。

 

 

 

立派な無精髭を蓄え、丸眼鏡をかけた長身の男──マーレの戦士長である、ジーク・イェーガーだ。

 

 

彼は首をコキボキと鳴らしながら、まるで散歩にでも行くかのような気楽な足取りで二人に近づいてきた。

 

 

「戦士長。貴方はどう考えていますか」

 

 

ジークの飄々とした割り込みを全く意に介さない様子で、ピークは先程マガトに投げかけたのと同じ、極めて重い質問を真っ直ぐにぶつけた。

 

 

 

彼ら戦士隊のリーダーであるジークが、四人の後輩たちの裏切り疑惑についてどう捉えているのか。

 

 

「概ね、マガト隊長と同じ見解だよ、ピークちゃん」

 

 

ジークは、自身のトレードマークとも言える丸眼鏡を中指でくいっと押し上げ、唇の端に余裕のある笑みを浮かべた。

 

 

「地獄の訓練を耐え抜いたあの子達が、マーレを裏切るなんて考えられない。……何より、動機が無い」

 

 

ジークの声のトーンが、一段階、冷徹な分析者のそれへと下がる。

 

 

「彼らには、レベリオ収容区に残してきた愛する家族がいる。俺たち仲間や家族を捨て、人質にされている事実を天秤にかけてまで、マーレと敵対する道を選択するなんて、余りにも有り得ないさ」

 

 

非合理的だ。 ジークは、極めて論理的な帰結としてそう言い切った。

 

 

彼らが任務を放棄し、壁の中の悪魔たちに寝返るメリットなど、この世界のどこを探しても存在しないのだと。

 

 

「……そうですね。彼らが無事であることを祈りましょう」

 

 

ピークが静かに頷く。 そうして各々が自身の武器と覚悟の準備を終え、マガト隊長の鋭い号令の下、一堂はついに堤防を越え、遥か彼方にそびえる三重の壁がある方向へと向けて、重い歩みを進め始めたのであった。

 

 

 

────────────────────────

 

 

それから、数時間後。

 

 

秋の高い空の下、見渡す限り青々とした草が波打つ広大な平原を北へと行軍していたマーレの分隊全体が、次第に得体の知れない『異様な雰囲気』に包まれていた。

 

 

 

ザッ、ザッ、ザッ……。 兵士たちの規則正しい足音と、風が草を揺らす音だけが、不気味なほど鮮明に耳に届く。

 

 

 

(……可笑しい。……ここまで、一匹足りとも巨人と遭遇していない)

 

 

 

分隊の先頭を歩き、全体を指揮するマガトの額に、じわりと冷たい汗が滲み出していた。

 

 

 

彼の視線は絶えず地平線を警戒し、いつ「あのおぞましい巨躯」が土煙を上げて接近してくるかと身構えていた。

 

 

だが、どれだけ歩を進めても、どれだけ双眼鏡で周囲を見渡しても、巨人の影すら全く見当たらないのだ。

 

 

これは、彼らマーレの人間からすれば、完全に異常事態であった。

 

 

これまで長きに渡り、マーレは反逆した数え切れないほどのエルディア人を『楽園送り』と称して、あのパラディ港の堤防から突き落とし、無垢の巨人へと変えてきたのだ。

 

 

 

この壁外の平原は、本来ならば、人間という極上の獲物を求めて無数の巨人がひしめき合い、うろつき回っている「地獄の隔離施設」のはずである。

 

 

まだ三重の壁からはかなり離れた南部の平原だというのに、一匹足りとも視界に入らない。

 

 

奇行種はおろか、鈍重な小型の巨人すら、足跡一つ残されていない。

 

 

まるで、最初からこの島に巨人など存在していなかったかのような、圧倒的で、そして気味の悪いほどの『平和』な自然風景が広がっているのだ。

 

 

「……戦士長。これは、どういうことでしょう」

 

 

ピークが、周囲を警戒しながらジークの傍らへと歩み寄り、声を潜めて尋ねた。

 

 

「さあね……ただ、歓迎されている空気ではないことだけは確かだ」

 

 

ジークもまた、飄々とした態度を崩さないように努めてはいたが、その額には微かな汗が光り、瞳には明らかな困惑の色が浮かんでいた。

 

 

かつて、調査兵団という名の狂気の集団が、あの「鬼神」と「神のごとき特異点」の理不尽な暴力を背景にして、この島にうろつく無垢の巨人を文字通り『遊び感覚で狩り尽くした』という事実を、海の向こうの彼らが知る由もない。

 

 

 

故に、マガトも、ジークも、ピークも、この島で自分たちの常識を根底から覆すような、何か決定的な『異変』が起きていることを、肌でヒリヒリと察しつつあった。

 

 

それから更に数時間が経ち、西の空が燃えるようなオレンジ色に染まり始めた頃。

 

 

「隊長! 前方に……水場があります!!」

 

 

先行して斥候に出ていた兵士が、息を切らして駆け戻ってきた。

 

 

「水場だと? ……よし、小休止とする。今日はあそこで野営の準備だ」

 

 

マガトの指示で部隊が小高い丘を越えると、そこには、夕陽の赤い光を反射してキラキラと水面を輝かせる、信じられないほど『広大な湖』が平原の真ん中に静かに横たわっていた。

 

 

 

彼らはその湖畔の周囲に陣取り、疲労した身体を休めるための野営の準備に急いで取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

結局、ただの一度も巨人と接触すること無く、気味の悪いほど順調に一日の行軍を終えることとなった。

 

 

 

夕飯の簡素な配給を済ませた小隊は、極度の緊張から疲労困憊となっていた一般のマーレ兵たちに先に見張りと休養を交替で取らせた。

 

 

そして、完全に夜の帳が下りた頃。

 

 

暗闇を照らす一つのランプの灯りを頼りに、野営地の中央に張られたタープの下で、マガト隊長、ジーク、ピークの三人だけが集まり、密かに額を突き合わせての話し合いが始まった。

 

 

「……二人も気付いていると思うが。今日の行軍、完全に『異常』だった」

 

 

マガトが、腕を組みながら、重苦しい、地を這うような低い声で切り出した。

 

 

 

「ええ。一度も巨人と遭遇しなかった。何なら、視界の端にすらその姿を捉えることはありませんでした」

 

 

 

ジークが、ランプの光を反射する自身のシンボルとも言える丸眼鏡を中指でスッと押し上げながら、極めて冷静に、しかしどこか戦慄を含んだ声で状況を考察した。

 

 

「ここまでの不自然な空白……マガト隊長、マーレが長年送り込んだ無垢の巨人は、何者かの手によって『狩り尽くされた』と考えて良いでしょう」

 

 

「狩り尽くされた、だと……?」

 

 

マガトの顔が険しく歪む。

 

 

「あの圧倒的な数の巨人をか? 壁の中に逃げ込んだだけの文明レベルで、どうやってそれほどの大規模な討伐を行えるというのだ」

 

 

「それに、隊長。不可解なのはそれだけではありません」

 

 

ピークが、手元にあった革の筒から、古びた羊皮紙の地図を取り出し、簡易机の上に大きく広げた。

 

 

 

「あの湖……マーレの地図には、存在していません」

 

 

 

彼女の指摘に、マガトとジークが身を乗り出して地図を覗き込む。

 

 

それは、マーレ軍が保有している、百年前のパラディ島の詳細な地形図だった。

 

 

ピークの細い指先が、彼らが現在滞在している大まかな現在地である、島の南部の平原の一角をトントンと叩く。

 

 

「この地形図によれば、我々の現在地周辺は、なだらかな丘陵と平原が続いているだけで、これほど大規模な水源が存在する記録はどこにもありません」

 

 

 

「……地殻変動の可能性は?」

 

 

ジークが、少し眉をひそめながら妥当な予想を投げかける。

 

 

だが、ピークは即座に首を横に振った。

 

 

「その可能性は極めて低いかと。地殻変動で生じた断層湖やカルデラであれば、周囲の地層に隆起や歪みが見られるはずですが、この湖はあまりにも綺麗な『円状』に形成されていて不自然です」

 

 

ピークの黒い瞳が、鋭い光を帯びて推論を紡ぐ。

 

 

「例えるなら……あの湖の中心部で、何か我々の想像を絶するような『規格外の衝撃』が上から一点に打ち付けられ、その凄まじいエネルギーによって地盤そのものがすり鉢状に陥没した……としか考えられません。

さらに、水中に魚などの生態系が殆ど存在しない事からも、ここ数年以内のごく最近に形成され、陥没した底から地下水が吹き出して今の姿になった、と考えるのが自然かと」

 

 

立て続けに語られる、ピークの恐るべき洞察力に満ちた考察。

 

 

 

そして、この彼女の予想は、恐ろしいほどに『的を射ていた』のである。

 

 

 

 

この広大な湖の正体は、かつて人類最強の鬼神・リーシェが、三百人の兵士を引き連れて巨大樹の森に残してきたアトラスを迎えに行った、あの『狂気の行軍』の帰路にまで遡る。

 

 

 

シガンシナ区への帰還途中。

 

 

リーシェが「アトラスの絶対的な力を兵士たちに証明し、士気を高める」という名目で発案した、『アトラス(巨人化)対リーシェ』という、地球の生態系を脅かす次元の公開模擬戦。

 

 

その戦闘後、あの狂気的マッドサイエンティストであるハンジから「全身硬質化状態で、全力の打撃を地面に叩き込んだら一体どうなるんだい!?」と興奮気味に問われた際。

 

 

 

アトラスは「おそらくですが……半径10キロ圏内の地盤が、一撃で完全に崩壊(陥没)すると思いますよ」と、自身の絶望的なスペックを語っていた。

 

 

では何故、彼女はハンジの質問に対して凡その数字を提示して答える事が出来たのか。

 

 

そう。この美しい円形の湖は、かつて人間体を宿す前、興味本位でアトラスが実際にその15mの巨体の拳を本気で地面へと叩きつけ、物理法則を嘲笑うかのように地盤をぶち抜いた結果生まれた『超巨大なクレーターの跡地』であった。

 

 

 

あまりにも陥没の範囲が広大過ぎたが故に、アトラス自身でさえ「おそらく半径10キロ」と保険をかけていたものの、実際のところ、この湖のサイズは『琵琶湖の半分ほど』に達するほどの規格外のスケールであったのだ。

 

 

 

そんな、神の遊びの余波によって生まれた大穴の真実など知る由もないタープの下で。

 

 

 

ピークの鋭すぎる考察を聞いたマガトとジークは、言葉を失い、静かに息を呑んだ。

 

 

「……もし、ピークの言う通りだとしたら。一体何が落ちてくれば、こんな地形が変わるほどのクレーターができるんだい? やはり、巨大な隕石の落下によって形成されたと考えるべきかな」

 

 

ジークが、少し得意げに人差し指を立てながら天文学的な予想を口にする。

 

 

だが、マガト隊長が即座に、険しい顔でそれを否定した。

 

 

「いや、隕石の衝突であれば、地盤沈下だけでは済まないはずだ。これ程の規模の質量が空から落ちてきたのなら、周囲一帯は凄まじい爆風と強烈な熱線によって焼き尽くされ、数十年は草木一本生えない不毛の死の大地となっている筈だ。

しかし、どうだ。我々が歩いてきたこの湖の周囲一帯は、不自然なほど豊かな自然と青々とした草花に溢れている」

 

 

マガトの反論に、ジークの口から言葉が消えた。

 

 

隕石ではない。

 

 

地殻変動でもない。

 

 

ならば、熱線や爆風を伴わず、ただ純粋な『物理的な質量と力』だけで、琵琶湖の半分ほどの面積の地盤を一撃で陥没させたというのか。

 

 

「…………じゃあ、どうやってアレが出来たんだ?」

 

 

ジークが、丸眼鏡の奥の瞳を僅かに震わせながら、まるで答えのない迷路に迷い込んだ子供のように呟いた。

 

 

「「………………」」

 

 

その問いに対する答えは、誰の口からも返っては来なかった。

 

 

静まり返ったタープの下。

 

 

聞こえるのは、秋の冷たい風がタープを揺らす音と、遠くで湖の水面がチャプンと鳴る微かな水音だけ。

 

 

マーレの誇る最高の頭脳と戦士たちの演算能力をもってしても、アトラスという規格外の『特異点バグ』が引き起こした現象を前にしては、完全に思考がショートするしかなかった。

 

 

 

結局、謎は謎のまま。

 

 

得体の知れない気味の悪さと、暗闇の奥に潜む底知れぬ恐怖の気配を背筋に感じながら。

 

 

彼らは答えを導き出す事を諦め、疲労した身体を引きずるようにして各々のテントへと戻り、決して眠りの浅い、不安に満ちた一夜を過ごすのだった。

 

 

彼らが遭遇するであろう、彼らの常識を根底から破壊する『新エルディア帝国』の混沌と平和の真の姿を、まだ誰も想像すらできないままに。

 

 

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