進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百十二話

 

 

 

翌日、早朝。

 

 

パラディ島南部の平原を覆っていた夜の闇が白み始め、東の空から冷たい秋の太陽が顔を出した頃。

 

 

 

巨大なクレーター湖の畔で一夜を明かしたマーレ軍の分隊は、極度の緊張と浅い眠りの疲労を引きずりながらも、手早く簡素な朝食を済ませて野営の撤収作業に取り掛かっていた。

 

 

 

テントが畳まれ、最低限の装備がまとめられる中、分隊を指揮するテオ・マガトは、ジークとピークの二人を呼び寄せ、平原の土に広げた古い羊皮紙の地図を前にして、今後の行軍ルートについての厳しい現実を突きつけていた。

 

 

 

「……現在地から、我々の第一目標である三重の壁の最外郭、ウォール・マリアまで。……直線距離にして、約1600キロメートルだ」

 

 

 

重く、低いマガトの声が響く。

 

 

 

「1600キロ……ですか。途方もない距離ですね」

 

 

ピークが、地図の縮尺と現在地を見比べながら、微かにため息をついた。

 

 

 

そう。このパラディ島──地球に存在するマダガスカル島を模した形状であるが、その実際のスケールは、常識的な島という枠組みを完全に凌駕する『異次元』のサイズであった。

 

 

 

横幅は広いところで約3000キロメートルに及び、縦幅はその倍、6000キロメートルにも匹敵する。

 

 

それは島というよりも、オーストラリア大陸に匹敵する立派な大陸そのものなのだ。

 

 

「徒歩での行軍では、どれだけ強行軍を重ねても数ヶ月はかかる。我が分隊の体力や、持ち込んだ補給物資の量、そして途中で水や食料を現地調達するリスクを加味した場合、目的地へ到達するのは事実上不可能だ」

 

 

マガトは地図から顔を上げ、傍らに立つ小柄な少女へと視線を向けた。

 

 

「故に、ここからは……『車力』の背に乗り、一気に移動を開始する。ピーク、やれるか」

 

 

「はい、隊長。お任せを」

 

 

ピークは気怠げな瞳に確かな戦士の光を宿し、短く頷いた。

 

 

彼女は分隊のマーレ兵たちを引き連れて、少し離れた場所に生い茂る木々の群れへと向かった。

 

 

数分後。 黄色い閃光と爆音と共に、ピークは四足歩行の異形の姿──『車力の巨人』へと巨人化を果たした。

 

 

彼女は、その強靭な顎と腕力を使い、周囲に立つ比較的太い木々を次々とへし折っていく。

 

 

 

分隊の兵士たちは、ピークが倒した木々をノコギリや斧で手早く加工し、横幅3メートルほどに分割された平らな板材をいくつも作り出していった。

 

 

 

そして、それらの板材を車力の巨人の広く平らな背中の上に乗せ、事前に持ち出していた太いロープや頑丈な革ベルトを駆使して、巨人の胴体ごとグルグルと巻き付けるようにして固く括り付けていく。

 

 

 

さらに、荷物が滑り落ちないよう、周囲に転落防止用の簡易的な柵を木材で付け加えれば、即席の『巨人製・大型輸送車』の完成である。

 

 

「よし、乗り込め」

 

 

マガトの指示を受け、車力の巨人の左右に垂らされたロープのハシゴを使い、数十名のマーレ兵たちがゆっくりと登っていく。

 

 

地上から数メートルの高さにある視座に、兵士たちは戦々恐々としながらも、板材の上にそっと腰を下ろした。

 

 

マガト隊長とジークもそれに続き、全体を見渡せる前方部に陣取る。

 

 

「ピーク。全員乗り込んだ。前進して構わない」

 

 

マガトのその言葉を皮切りに。 車力の巨人が低く唸り声を上げ、その四本の力強い脚を動かし始めた。

 

 

 

ズシンッ、ズシンッ、と、一定のリズムで大地を揺らしながら、車力の巨人は平原を北へと向かって進み始める。

 

 

その速度は、時速にしておよそ30キロメートル。

 

 

これ以上スピードを出せば、背に乗る人間が振り落とされたり、激しい揺れと振動で内臓を痛めたりしてしまう。

 

 

 

これが、安全に長距離を移動できる限界の速度だった。

 

 

 

秋の涼やかな風が、車力の背に乗る兵士たちの頬を撫でていく。

 

 

本来であれば、巨人の脅威に常に晒され、いつ襲撃されるかと生きた心地のしない壁外の行軍。

 

 

だが、その日も。 途中、兵士の疲労や車力の巨人の放熱のために何度か休憩を挟みつつ、日が暮れて夜の闇が平原を覆うまで進み続けたが、結局、道中で無垢の巨人が一体たりとも現れることはなかった。

 

 

「……今日も、ゼロか」

 

 

野営のテントの中で、ジークは丸眼鏡を外し、疲れたように眉間を揉みほぐした。

 

 

 

そうして、二日目、三日目と、同じように車力の背に揺られる日々が過ぎていく。

 

 

どこまでも青く広がる空、豊かに生い茂る草花、そして地平線の彼方まで続く広大な自然。

 

 

一見すれば、それは穏やかで平和な行軍そのものであった。

 

 

しかし、その圧倒的なまでの『異常な空白』は、分隊の兵士たち、そしてマガトやジークたちの精神を、真綿で首を絞めるようにジワジワと摩耗させていた。

 

 

「なぜ、一匹もいない?」 「島中にうようよしているはずの悪魔たちは、どこへ消えたんだ?」

 

 

 

本来あるべき脅威が存在しないという不気味さ。

 

 

目に見えない何かが、自分たちをずっと監視し、泳がせているのではないかという疑心暗鬼。

 

 

皆の表情は、日を追うごとに疲労と極度の緊張で強張っていき、誰もが無口になっていった。

 

 

そして、四日目の昼。

 

 

「……前方に、何か見えます」

 

 

昼食の配給を済ませ、再び車力の巨人の背に乗って前進を開始してから一時間程が経過した頃だった。

 

 

前方を見張っていた兵士が、双眼鏡を覗き込みながら上ずった声を上げた。

 

 

地平線の彼方。 秋の空の下、大地を左右に分断し、果てなく続く『青白い謎の線』が、徐々にその輪郭を現し始めていた。

 

 

 

「……可笑しい。……壁に着くには、いくらなんでもまだ距離がありすぎる筈だ……」

 

 

マガト隊長が自身の双眼鏡を手に取り、その青白い線へとピントを合わせた。

 

 

その瞬間、彼の額に冷たい汗が噴き出した。

 

 

 

「それに……なんだあれは。我々が持つ資料にあった壁と、全く様子が違う……!」

 

 

マガトの視界に映し出されたもの。

 

 

それは、太陽の光を反射して神々しいまでに青白く輝く、全高五十メートル、厚さ十数メートルにも及ぶ、超巨大な『硬質化の結晶』そのもので形成された、途方もない長城であった。

 

 

 

アトラスが数週間かけて構築した、絶対不可侵の新たな防壁『ウォール・アトラス』。

 

 

その人智を超えた威容が、マーレの誇る戦士たちの前に立ち塞がったのだ。

 

 

「ジーク。あれは、どういう意味だ。お前には見当がつくか」

 

 

マガトは、双眼鏡を下ろし、隣に座る戦士長へと問いかけた。

 

 

その声は、かつてないほどに微かに震えていた。

 

 

「……隊長。これは、マーレの上層部が想定していたよりも、遥かに『最悪な状況』かと……」

 

 

ジークは、自身の丸眼鏡の奥で、その青白い絶望の壁を見つめながら、ひどく掠れた声で呟いた。

 

 

「始祖の巨人の、完全なる覚醒。……いや、もしかすると、それ以上の、我々の想像を絶する『ナニカ』が、あの壁の向こうに居座っている可能性が──────」

 

 

ジークがその最悪の予想を言い終える、そのコンマ数秒前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────キィィィィィン!!!

 

──────ギィィィィィン!!!

 

──────キィィィィィン!!!

 

──────キィィィィィン!!!

 

──────キィィィィィン!!!

 

 

 

 

突如として。 彼らが乗る車力の巨人を、前後左右から完全に囲い込むような形で、五つの強烈な閃光が平原の空気を引き裂いた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

鼓膜を物理的に殴りつけるような大爆音と、太陽の光すら掻き消すほどの眩い光の奔流。

 

 

 

凄まじい爆風と熱波が巻き起こり、車力の背に乗っていたマーレ兵たちは一斉に悲鳴を上げて板材の上に伏せ、頭を抱え込んだ。

 

 

「何だ!? 何が起きた!!」

 

 

数秒後。 光の嵐と土煙が収まり、ジークやマガトたちが恐る恐る顔を上げ、周囲を見回した時。

 

 

彼らの視界に入ってきたその光景は──────彼らの戦士としての誇りも、これまで築き上げてきた常識も、すべてを粉々に打ち砕く『究極の絶望』であった。

 

 

「あっ……あぁ……」 「ああ、あああぁぁッ……!!」

 

 

マーレ兵たちの口から、言葉にならない、魂の底からの悲鳴が漏れ出す。

 

 

それもその筈だ。

 

 

彼らの正面。 そこには、空を覆い隠すほどの圧倒的な威容を誇る、全高百七十メートルを超える『超超巨大な巨人』が、天を衝くようにしてそびえ立っていた。

 

 

 

そして、その足元の前方には、全身を青白い硬質化の結晶で完全に覆い尽くした、十五メートル級の鋼のような巨人が、冷徹なアイスブルーの瞳で彼らを見据えている。

 

 

 

それだけではない。 振り返った彼らの背後には、筋繊維が完全に露出し、周囲の草木を焦がすほどの熱気を放つ六十メートルの『超大型巨人』が、退路を塞ぐようにして屹立している。

 

 

 

さらに、左右の側面には、全身を装甲で覆った『鎧の巨人』と、格闘の構えをとる『女型の巨人』が、それぞれ彼らを逃さぬように完璧な布陣で鎮座していた。

 

 

「ま……まさか……!!」

 

 

ジークは、その左右と背後に立つ三体の巨人の姿を見て、丸眼鏡の奥の瞳を極限まで見開いた。

 

 

 

始祖奪還の任務を帯びて送り出され、消息を絶っていた幼き戦士たち。

 

 

彼らが……いや、彼らの力が、完全に敵の側に回っている。

 

 

「裏切ったのか……!? ライナー、ベルトルト、アニ……ッ!!」

 

 

ジークの、信じ難い、信じたくないといった声が虚しく平原に響く。

 

 

だが、彼を更なる絶望の淵へと突き落としたのは、正面に立つ十五メートルの結晶の巨人だった。

 

 

 

結晶の巨人が、ゆっくりと、天高く右の拳を振り上げる構えを取った。

 

 

「や、やめろ……ッ!!」

 

 

その構えから次に行う動作を察したジークは悲鳴混じりの声音で首を振る。

 

 

 

──────ドガァァァァァァァァァァッッッ!!!

 

 

 

目にも見えない、いや、音すらも置き去りにするような神速で打ち付けられたその拳は、大気を叩き割りながら平原の地面へと深々と突き刺さった。

 

 

 

直後。 まるで巨大な隕石が衝突したかのような、大地を揺るがす破滅的な轟音と地響きが巻き起こった。

 

 

 

拳が撃ち付けられた地点を中心に、周囲数百メートルに渡る広大な平原の地盤が、まるで薄いガラスが割れるように一瞬にして粉砕され、陥没し、巨大なすり鉢状のクレーターを生み出したのだ。

 

 

 

凄まじい土煙と衝撃波が、車力の巨人を激しく揺さぶる。

 

 

 

だが、その絶望的な破壊の嵐の中心で、結晶の巨人は自身の拳にも、身体にも一切のダメージを負うことなく、まるで何事も無かったかのように、ただ静かに立ち尽くしていた。

 

 

(……はっ……はは……)

 

 

ジークは、板材の上で膝をつき、完全に死んだ魚の目でその光景を見つめていた。

 

 

彼の並外れた頭脳が、これまでのすべての『異常』のピースを完全に繋ぎ合わせたのだ。

 

 

壁外の無巨人状態。道中にあった、隕石でも地殻変動でも説明のつかない謎の広大な湖。

 

 

そして、マーレの戦士たちの寝返りと、この物理法則を無視した悪魔のような巨人の存在。

 

 

(……終わった……。終わりだ……。マーレも、世界も、俺の願ったエルディア人の安楽死計画も、何もかも……。そうか……あの子達も、俺たちと同じように、この『絶対的な絶望』を目の当たりにしたから……心を折られて寝返ったんだな……)

 

 

 

言い出せばキリが無い程の、圧倒的な戦力差と絶望的情報の数々。

 

 

ジークの心は、もはや恐怖すら通り越し、完全なる虚無へと沈み込んでいった。

 

 

 

「全員、武器を棄てて大人しく投降しろ!!!」

 

 

 

土煙が晴れゆく中、四方八方から鋭い怒号が飛び交った。

 

 

気が付けば、彼らが乗る車力の巨人の周囲には、見慣れぬ黒い戦闘服と、見たこともない形状の武装に身を包んだ兵士たち約百名が、空を飛び、あるいは地面を這うようにして、彼らを完全に包囲していた。

 

 

 

鋭い銃口と、絶対に刃こぼれしない黒鋼のブレードが、マーレ兵たちの急所を的確に狙い澄ましている。

 

 

「ッ……!」

 

 

ピークが反射的に、車力の巨人の口を大きく開け、臨戦態勢に移ろうと低く唸り声を上げた。 だが。

 

 

「やめろピーク! 今すぐ、巨人化を解除するんだ!!!」

 

 

マガト隊長が、額から滝のように脂汗を流しながら、張り裂けんばかりの大声で彼女を制止した。

 

 

 

その顔には、歴戦の指揮官としての誇りは微塵もなく、ただ部下たちの命を無駄に散らさせないための、悲痛な決断の色が浮かんでいた。

 

 

「お前たちも、武器を棄てて降りるんだ……我々は、既に負けている」

 

 

マガトの重く、力ない命令に、マーレ兵たちはガタガタと震える手でライフルを地面に放り投げ、次々と両手を上げて降伏の意思を示した。

 

 

ピークの車力の巨人も、シューゥゥッ……と大量の蒸気を噴き上げながら、ゆっくりとその巨体を崩壊させていく。

 

 

(……一体、この島で何があったというんだ……)

 

 

マガトは、うなじから抜け出したピークを庇うように立ちながら、周囲を囲む兵士たちと、彼らを見下ろす五体の巨神たちを見上げた。

 

 

かつて自分たちが見下し、蹂躙できると信じていた『悪魔の島』。

 

 

 

だが、その現実は、自分たちの常識と理解を遥かに超越した、完全なる『神々の箱庭』へと変貌を遂げていたのだ。

 

 

 

ただ、そんな理不尽な現実に対する答えの出ない疑問だけが、マガトの胸の内で虚しく反芻し続けるのだった。

 

 

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