勇者パーティから追放を宣言された俺は、勇者が零したその言葉に茫然としてしまった。
これは、パーティから追放される全ての冒険者に捧げる、追放の物語。
という名の出オチである。
ここは追放の街『ザマーミロ』。
俺は今、この街の中央広場にあるギルド『追放ギルド・ザマーミロ支部』のカウンター前、一つのラウンドテーブルに座っている。
目の前の席には、俺が十年間お世話になった勇者パーティのリーダー、勇者が座っていた。
金髪碧眼の美丈夫。輝く聖剣を背に掲げ、オリハルコンの鎧を見に纏う、いつも誇りに感じていた笑顔の似合う男が、しかし今日は、随分と表情が違う。
その顔は、まるで見下すように俺の顔を見下ろしていた。
「君は追放だ」
重々しい響きを纏ったその言葉を受けて、俺は一瞬、目を丸くして固まった。
「……追放?」
ああ、いや、しかし、分かっていたのかもしれない。
いつかこの日が来るとは思っていた。
当然だ。
何故なら、『パーティ就業規則』に定めが合った通り、追放予定日の2ヶ月前に俺の方から『追放願』を提出し、なんなら先々週に『追放届』も受理してもらっていたのだから。
190cmを超える身長の勇者が座り、身長差の都合でどうしても見下ろすような位置に頭が存在する俺が、立派なリーダーの顔を見上げながら、言葉を返す。
「つまり、俺はもうこのパーティには必要ないってことだな」
「なっ……そんなことは冗談でも言わないでくれ! 君の働きで私が、いやパーティの皆がどれだけ助けられたか!」
「追放届を受理した男の言葉じゃないな。ふふ」
「そうは言っても、受領しないわけにはいかないだろう! 事情を聞けばやむを得ないものだったし……だからこうして、追放の街『ザマーミロ』にまで来たのだから」
「そうだったな。すまない、この度は色々と勇者様に手間を取らせた」
「手間なんて、そんな。『冒険基準法』に則ってきっちりと手続きをしたかったからさ。我がパーティでは初めての『追放』だったから、まだ事務手続きがきっちりマニュアル化されていなくてね……」
何度も引き留めの話は受けたのだが、俺の追放はやむを得ない事なのだ。
一身上の都合という言葉に集約されるが、どうしてもこのタイミングで追放せざるを得なかった。パーティに迷惑をかけていることは自覚している。
しかし、それでも嫌な顔をせず、無理な引き留めもなく、こうして円満に追放してもらえているのだから、俺の中には感謝しかなかった。
「では改めて、追放の条件を確認させていただきたい」
「分かった」
勇者がそう言って、テーブルの上に各種書類を広げる。
俺は広げられたそれを手に取りながら、勇者からの説明を受けた。
「まず、今回の追放については『パーティ都合追放』とさせてもらった。『自己都合追放』としてしまうと、『ハロー冒険者』での『冒険者失業給付窓口』で受けられる失業手当がすぐに受けられないからな」
「確か最大180日分は出るのだったか。すまないな、気を遣ってもらって」
「いいんだ。何度も言うが、君の働きは弊パーティにとってなくてはならないものだった。業務引継書も作成いただいて感謝している」
「俺の仕事を引き継ぐのは後輩のエースくんだったな。彼には既に口頭で注意点などは伝えてある」
「素早い対応、重ね重ね感謝する」
まず、追放に伴う失業手当の給付の説明からだった。
この世界では追放する際に、『冒険基準法』に基づく失業手当の給付を受けることが出来る。
『ハロー冒険者』で申請をする必要があるのだが、その際に『自己都合追放』ではなく『パーティ都合追放』だと、給付を受けられるのが早くなるのだ。
これは大変助かった。これまでの冒険である程度の蓄えはあるものの、追放後のセカンドライフで収入が得られるのは随分先の予定だからだ。
「続いての書面は、追放金に関する明細だ。『冒険者パーティ規約』の第十七条『勇者を含むパーティ離脱時の追放補償規定』によると、パーティ勤続三年以上で基本給の六ヶ月分プラス。五年で八ヶ月分プラス。君は十年勤務してくれていたから、十二ヶ月分のプラスになる。確認してくれ」
「ああ、確かに。計算は問題ない……想像以上にまとまった金額になったな」
「『積立スライム預金』の分も支払になっているからね。追放後は『個人型確定拠出ギルド金』への登録もお勧めする。こちらがギルドが発行しているパンフレットだ」
「ありがとう」
次の書類は、追放金に関する規定だ。
俺は十年継続勤務だったから、相当な上乗せが出ている。勇者パーティだったから一般的な冒険者パーティよりも高利率での配当を受けている。
パンフレットも貰った通り、追放後は個人型確定拠出ギルド金に積立するのもいいだろう。60歳にならないと積立金を引き出すことが出来ないが、節税の効果がある。
「また、これまでの魔王討伐貢献ボーナスで金貨三百枚の追加報酬がある。君は魔王を三回討伐しているため、金貨九百枚の追加報酬だ。受け取ってほしい」
「手厚い事だ」
なんと、さらに追加の報酬があるらしい。確かに魔王は何度か討伐しているが、それもボーナスの対象だったとは。
これではボーナス満額を受け取ったのと同じ程の金額だ。いくら『冒険基準法』に基づく算定とはいえ、目の前でこれほど大きな金額を示されると、ぐっとくるものがる。
「次の書面は、健康保険に関する切り替えの書式だな。これまではパーティの『全国パーティ健康保険組合』に加入していただいていたが、追放に伴いこちらの健康保険は資格喪失になる。『健康保険被冒険者資格喪失届』がこちらだ。これを持って区役所ギルドに申請し、『ギャハハハ王都民健康保険』への切り替えを忘れずに行って欲しい」
「承知した。追放の際にドタバタして切り替え忘れているうちに大病を患って、なんてよく聞く話だからな」
「手続きが煩雑になってしまうのは法の課題かもしれないな。今度大臣にそれとなく意見してみるさ」
続いて出た話は健康保険の加入に関するものだった。
これまでは勇者パーティに加入していたため、『パーティ健保』と略される健保組合に加入できていたが、追放となるとパーティメンバーを対象とするパーティ健保には加入し続けることが出来ない。
そのため、『ギャハハハ王都民健康保険』への切り替え手続きが発生するのだ。勇者が言う通り、若干煩雑である。忘れずにメモしておいた。
「さて、次の書類だ。いくつも案内があって申し訳ない」
「勇者が気にすることではない。追放に伴う手間が多い事は誰もが知っている。だからこそ追放司法書士や追放弁護士の多いこの街に来て、追放相談までして、追放的手続きを確認してもらったのだから」
「そう言ってくれると肩の荷が下りるというものだ。次は……」
そうしてさらに次の書類の確認に進もうとしたところで、ギルド内に急に大きな声が響いた。
「──テメェは今日で追放だっ! 冒険で何にも出来やしねぇデクの棒が! すぐにパーティから抜けやがれっ!」
「そ、そんな、酷いです! 付与魔法で支援もしていましたし、急にそんな事言われても……ゆ、有給もまだ消化していないのに!」
「あァ!? 冒険者が有給なんて使えるわけねーだろ! ギャハハハ! ザマァ!」
どうやら近くの席で、別のパーティが追放に関する話をしているようだ。
しかしどうも様子がおかしい。ガラの悪そうな男が、付与術師と思われる少女を追放しているようだが、余りにも追放条件が雑である。
「……付与魔法を使える者を追放するのか? しかも急に? 信じられないな」
「ああ、付与術師はあらゆるパーティで活躍が見込まれる人材だ。あのパーティリーダーらしき男、追放の街という存在を勘違いしているのではないか?」
「有給消化も認めないなんて、ブラック冒険者そのものだな」
勇者と俺は揃ってそちらのテーブルの二人を眺め、ため息をついた。
やはり俺たちと同じように、ギルド内にいる皆がその二人の様子を奇妙なものを見る目で眺めていた。
そしてすぐに、ザマーミロ支部のギルド職員が二人に近づき、声をかけていた。
「今の言葉、聞き捨てなりませんね。こちらは『冒険基準法』にのっとった円満な追放なのですか?」
「ア? ここは追放するための街だろぉ!? テメーら急に首突っ込んでくるんじゃねぇよ! 邪魔だ! 俺が誰かわかってんのか!?」
「カスハラは法律で禁止されています。それに、基準法に違反した追放は『冒険基準監督署』の責任において許しません。これはどうやら貴方のパーティに『監査』を入れる必要がありそうですね」
「ハァ!? 何だってんだよ! おい! 腕掴むな……力強ェ!?」
このザマーミロ支部のギルド職員は、ギルドの業務の傍ら、『冒基署』とも略される冒険基準監督署の署員も兼務している。
どうやらあのガラの悪い男は冒険基準法を違反しているパーティのようだ。『監査』が入り、『行政指導』を受けることになるのだろう。
連れていかれるガラの悪い男を見送って、付与術師の少女はほっと胸をなでおろしていた。
「うーむ、ああいう冒険者パーティリーダーがまだいるんだなぁ……」
「余程田舎の中小パーティなのだろうな。今は冒基破りも五月蠅い時代なのに、わざわざ追放の街にまで来てブラック追放を見せるとは。冒険者の恥だな」
「まったくだ。……おっと、急な出来事で話が途切れてしまったな。そう言えば、君は確か有給休暇を全て使い切らなかったな?」
「ん、ああ。引継ぎや、最後まで責任を持って片付けておきたい業務があったからね。5日ほど有給が残っていたはずだ」
「残った有給はこちらで買い取りという形で金額に替えさせてもらっているよ。明細に記載があるから、そちらも確認してくれ」
「何から何まですまないな」
勿論、俺のパーティは有給消化についても円満な対応を頂けている。
30日残っていた有給のうち、約一ヶ月分の25日分は使わせてもらったが、残る五日分も月給割りして金額で払ってもらう形だ。ホワイトな勇者パーティで本当によかった。
「では、源泉徴収票はこちら……パーティへの返却物チェックシートはこちら……」
「ああ、装備品も貸与されていたから返却になるな。私用の物は全て回収済みだ……」
改めて追放手続きに戻り、細かな所まで確認していく。
パーティから貸与していた装備品などもすべて返却し、各種書類にサインなども記入して、とうとう円満な追放が完了した。
「これで全ての追放関係の書類は整ったな。案内書面はこちらの封筒で」
「ああ。これまで長い事、パーティには世話になった」
書類一式が入った封筒を受け取り、荷物を背負い直して、俺は席を立った。
追放された身だ。これ以上ここで話すことはもうない。
振り返り、ギルドの扉に向かい、歩みを進める。
しかし、そこで。
「……ザマァ」
勇者の口から飛び出た一言が、かすかに耳に入り、俺は足を止めてしまった。
「ヘッ、ザマァ」
「────」
その言葉。
重ねて漏らしたその言葉を、俺は聞き捨てすることなどできなかった。
「ヘッ、ザマァ!!」
ギルド中に響き渡るほどの大声で、勇者が俺にザマァと叫ぶ。
思わず俺は振り返り、こちらを見据える勇者の顔を見て──。
「ヘッ=ザマァさん!! 貴方が俺と、俺の妹を助けてくれなかったら、今の俺はなかった!!」
──俺の名を叫ぶ勇者の泣き顔を、受け止めた。
「ザマァさんが十年前、『疫病魔王』に苦しむ俺の家族を救ってくれたから……俺、貴方に憧れて! パーティに入社したんだ! 貴方の背を追ってがむしゃらに、頑張ってるうちに……っ、勇者になんてなっちまって……いつも、貴方に感謝してた!! 貴方がいたから頑張れた!! 俺、貴方の事が誇りなんです!!」
「……懐かしい話だな。妹さん、今も元気かい?」
「勿論!! いつか貴方に恩を返したいって言って……でも、こんな、追放なんて形になって……っ!! 俺っ……!!」
「おいおい、勇者様の口調じゃないぞ。それに今回の追放は俺の都合だ。実家の父がだいぶ歳でな、家業を継がなきゃならなくなったんだ。従業員も困ってるしな」
「わかってます!! 分かってますけど……それでも、まだ俺は貴方に恩を返していない!!」
「貰ってるさ、十分に。あの時助けた少年が、今は誰かを助けられる存在になった。それだけで、オッサンは十分報われてるのさ」
「ザマァさん……!!」
滝のように涙を流す勇者に歩み寄って、その肩にぽんと手を置いてやる。
自分がどれだけかつて救った少年に想われていたのか、それを示すような涙の量だった。
「勇者パーティを託したぞ。これからも頑張れよ……ツイホウ=ユウシャくん」
「ヘッ=ザマァさん……はい! 俺……いえ、私はこれからも、泣いている人々を助ける勇者として、邁進いたします!」
「その意気だ。これからのツイホウ=ユウシャの旅路に、幸有らんことを」
かつての後輩が、自分より上の立場になり、追放される俺の事を深く慕ってくれていた。
その事実に温かくなる胸をそっと抑えて、最後に熱い握手を交わして、改めて俺はギルドを後にした。
追放され、ザマァと言われた俺は、これまでの10年間の冒険活動を思い返して、静かに涙を流すのだった。