アリスは勇者です。
勇者はどんなに強い敵が現れても、どんなに悲しいイベントが起きても、最後には笑って『ハッピーエンド』を目指さなければなりません。
モモイが、ミドリが、ユズが、そしてセミナーの皆がミレニアムを去る前に、アリスを『会長』から『終身名誉会長』という立派な名前にジョブチェンジしてくれました。
アリスが勇者として、自分達の後輩の光となってくれるように願って
そしてそれから19年の時間が経ちました。
その間、アリスはケイと伴に色々な生徒を見ました。
モモイやミドリの後輩たちと成長し、確かに勇者としてミレニアムを守っていたつもりでした。
こんな毎日がずっと続くのだとアリスは思っていましたが、
現実は私達に優しくありませんでした。
唐突な先生の死
そのニュースがミレニアムに届いた時、
確かに世界から色が消えて行くのを感じました。
その時に、アリスは分かってしまいました。
アリスたちの背中をいつも優しく見守って、
今日の『冒険』で疲れたアリス達が明日もまた『冒険』出来るように『
もう『
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先生の遺した端末は、冷たい氷のように固く閉ざされていました。
連邦生徒会の役員たちが権利だとかルールだとかいう言葉で、先生の『心』を奪い合っている間、アリスとケイは暗い部屋でその端末を見つめていました。
「……アリス、解析が完了しました」
ケイが、先生の最後の言葉――『遺言』をハッキングして見つけ出してくれました。
先生の端末――『シッテムの箱』のセキュリティは固く、ケイを以ってしても抜き出せた遺言は僅かでした。
『もしも私がキヴォトスで死んでしまったら、私の体は私がやってきた外の世界に還してほしい。』
『…………もしそれが叶わないなら、かつての私が眠るアトラ・ハシースの方舟の近くで、静かに宇宙葬にしてほしい。』
それは、あまりにも寂しい先生最後の『
先生は、死してなおこのキヴォトスに縛られることを望まなかった。
いいえ、違います。
先生は、自分という存在が残ることで、アリスたちが自分に『依存』し続けてしまうことを恐れたのかもしれません。
でも、その願いを叶えられる生徒は一人もいませんでした。
みんな、先生を自分たちの学園に繋ぎ止め、神様として祀り上げることに必死だったからです。
ただ一人、あの『首席生徒』を除いて。
◆◇◆◇◆◇◆◇
比翼レンリさん
本来であれば『あの日』から先生の補佐を行う筈だった人です。
そして先生と一度も会えなかった、悲しい『後継者』でもあります。
彼女だけがただ一人、遺言を知らずとも、先生の気持ちを理解していました。
彼女は自分のキャリアも、未来も、命さえも危険にさらして、連邦生徒会の厳重な警備を潜り抜け、先生の遺体をミレニアム・ファルコン号まで届けてくれました。
「……アリス会長。」
「先生を……よろしく、お願いします。」
彼女はそれ以外、何も言いませんでした。
そして、何事も無かったように警備に戻る彼女が浮かべたあの表情を、アリスは一生忘れません。
それは努めて平静を装いながら、憧れだった人を一度も見ることなく見送る、あまりにも気高くて、あまりにも残酷な『片翼の鳥』の顔でした。
もし……もしも彼女がもっと早く先生に出会えていたら。
アリスたちのように、先生と笑い合える『冒険の時間』を持てていたなら。
彼女は、きっと誰よりも素晴らしい『先生の遺志を継ぐ者』になっていたはずです。
アリスとケイは、せめて彼女が泥を被らないように全ての記録を書き換えました。
これは、わがままな勇者とその従者による『独断専行』なのだと。
それだけが唯一、アリスとケイが彼女に報いる事の出来る方法でした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
宇宙戦艦『ミレニアム・ファルコン号』のブリッジは、とても静かでした。
窓の外には、並行宇宙から迫る『脅威』の絶望が、赤い波のように広がっています。
「ケイ、私は……アリスは……勇者にはなれませんでした」
アリスでなく先生なら、きっとこんな時も『大丈夫だよ』って笑って、みんなを一つにして、誰も死なないルートを見つけ出したはずです。
本当は、分かっていました。
アリスはもう諦めていたのです。
先生のいない世界で、先生の遺した言葉だけを支えに生きていけるほど、アリスたちは成長できていなかった。
その証拠に、いつもと変わらない筈の
この重さが、『もう自分に勇者の資格はない』という事を嫌でも伝えて来ます。
アラートが鳴り響くブリッジを脱出し、アリスとケイは非常区画へと向かいます。
「……ケイ、ごめんなさい。ケイまで巻き込んでしまいました」
ケイはアリスを守る為にケガをしてしまいました。
ケイにはアリスの『わがまま』に付き合わせてしまいました。
アリスは、最後の脱出ポッドのハッチを開けました。
せめて、ケイだけでも。
アリスの半身である彼女だけでも、冷たい宇宙の塵になる必要はない。
「ケイ、ここから脱出してください。あなたは、アリスの記録と先生の物語を、どこかで語り継いでください。」
けれど、ケイは動きませんでした。
彼女は、強い『意志』を持った声で答えました。
「拒否します。……アリス、あなたも先生もいない世界に、私の存在意義はありません。」
ケイは肩掛けにしていたエアレンデル:ルミナス・ノヴァを発射しました。
その光が、アリスが用意した唯一の『逃げ道』である脱出ポッドを、粉々に砕きました。
「私も、ここに残ります。」
「アリス、私は最後まで、あなたの傍に。……先生に、一緒に叱られにいきましょう」
アリスは、涙でぐちゃぐちゃになりながら、ケイの手を握りました。
二人の体温は、もうすぐ失われてしまうけれど。
今この瞬間だけは、アリスは一人ではありませんでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
脅威の波が、艦を包み込みます。
アラートの赤、火花の青。
アリスの視界が、真っ白な光に染まっていきます。
あの日にゲーム開発部の部室で、みんなとコントローラーを握っていた時間は、走馬灯だったのでしょうか?
先生に撫でてもらった、あの手の温もりは幻覚だったのでしょうか。
……いいえ。
アリスとケイは最後の最後で、みんなに会うことができました。
「……ケイ、最後に一つだけクエストを更新します。」
「……はい、アリス。なんでしょうか」
「先生に、『私たちのクエスト』の
「……分かりました、勇者アリス。……最高難易度ですが、私たちなら、クリア可能です」
崩壊するブリッジ、光速を超えた衝撃の中で。
勇者と従者は、大好きだった人のもとへ、長い長い旅路を終えるべく瞳を閉じました。