こう言うのもありですかね?笑
北欧神界最果て――
《ムスペルヘイム》
そこは、生命の住まう世界ではない。空は常に黒煙に覆われ、赤黒い雷が絶えず空を走る。大地は割れ、底知れぬ溶岩が脈動するように流れ続けていた。
吹き荒れる風ですら熱を帯び、並の神なら数分と立っていられぬ灼熱世界。
故に神々はそこを嫌った。
“終わりの国”…“滅びの牢獄”…“神すら拒む死界”
そう揶揄し近づこうとしなかった。
だが…そんな世界にも、確かに命は存在していた。
炎の中で生まれる小さな火精。溶岩を泳ぐ灼熱魚。黒曜石の山脈を駆ける炎獣。
そして天を舞う火竜達。
彼らは皆、短い命を懸命に燃やしながら生きていた。
そしてその中心に鎮座する巨大な黒曜宮殿の最奥で、
ただ静かに玉座へ座す一柱の王がいた。
"炎の巨人"スルト
後に“滅びの焔王”と恐れられる巨人である
だがその頃の彼は、のちに語られるような怪物ではなかった。
巨大な身体に漆黒の肌…全身を巡る炎
確かにその姿は威圧感も合わさり恐ろしい。
だが、ムスペルヘイムの民達は知っていた。
彼が誰より優しい王であることを。幼い火精達は、よく彼の肩へ登って遊んだ。
「王さまー!」
「今日は火山が大噴火したよ!」
小さな火精達が笑えば、
スルトは僅かに目を細める。
その炎は恐ろしく強大だったが、
決して民へ向けられる事はなかった。
傷付いた炎獣を見れば、
自ら溶岩で傷を塞ぎ。
暴れる火竜がいれば、
力でねじ伏せるのではなく、
静かに頭を撫でて落ち着かせた。
故に彼は知っていた。命とは脆いものだと。
どれほど強くとも、
いつか終わる。だからこそ“儚く生きている今”が美しいのだと。
スルトは滅びを恐れていなかった。終わりは悪ではない。死とは次へ繋がる循環。
燃え尽きるからこそ、命は輝く。それが彼の思想だった。
故に彼は、
終わりを受け入れながら懸命に生きるムスペルヘイムの民達を愛していた。
しかし何事もないある日。その静かな世界へ、一柱の神が現れる。
"オーディン"…北欧神界の頂点に位置する絶対神であり世界樹ユグドラシルへ片目を捧げ、未来を見る力を得た神である
その時のオーディンは、
既に“ある未来”を見ていた。
ラグナロク…神々の終焉…世界の崩壊。
そしてその終末の中心で、
黒炎の剣を掲げるスルトの姿を。
オーディンは恐れた。神でありながら。世界の王でありながら。
“死”を“終わり”を
だからこそ彼は、
ムスペルヘイムへ赴いた。
まだ争いが起こる前に、
未来の火種を消す為に。
黒曜宮殿にてそこでオーディンは、
初めてスルトと対面する。
だが予想と違った。そこにいたのは狂った怪物ではない。
民へ静かに目を向ける、
一人の王だった。
火精達がスルトへ笑いかける。炎獣が彼へ擦り寄る。
その姿に、オーディンは一瞬だけ迷う。
本当にこの男が、
未来で世界を滅ぼすのかと。
そしてスルトは、
そんなオーディンへ静かに言った。
「何を怯える」
それは低く穏やかな声だった。
「終わりは、悪ではないら。花は散るから美しい。命は尽きるから輝く……貴様は、何故そこまで死を恐れる」
その問いにオーディンは答えられなかった。
否ーー答えたくなかったのかも知れない
未来視によって見た“自らの死”が、
彼から余裕を奪っていた。
故に彼は決断してしまった…
この男を生かしてはならない、と。後に12神を持ってしても制御不可能と恐れられた怪物を誕生させてしまうとも知らずに…
数日後…ムスペルヘイムへ、
北欧神軍が侵攻した。
突然だった理由もなく。宣戦布告すらなく、ただ“未来の脅威”という理由だけで、
神々は炎の国へ刃を向けた。
火精達は逃げ惑う。炎獣は次々と討ち取られ。火竜達は雷槍によって空から撃ち落とされた。
「化け物共め」
「滅びの種が」
「神界の為に死ね」
神兵達は笑っていた。まるで自分達こそが正義だと信じて。
そしてその時ーー遂にスルトは見てしまう。
崩れた黒曜岩の下敷きになり、
泣きながら助けを求める小さな火精を。
かつて「王さま」と笑っていた幼児だった。
だが、次の瞬間…
神兵の槍が、その身体を貫いた。
――ブツンとスルトの中で何かが切れた。
ーーゴ ォ ォ ォ ォ ……とムスペルヘイム全域の炎が揺れる。
その瞬間、空が割れ。大地が咆哮し。溶岩が逆流する。
何事かと神兵達が振り向く。
そしてそのその先に居たのはーー
「「「っ!?」」」
黒炎を纏う巨人が、
静かに立っていた。
だが…その瞳だけは。
今まで見た事がないほど、
深く怒っていた。
「……そうか」
スルトは呟く
「貴様らは」
至る所から炎の柱が飛び出しスルトの感情を表現しているかのように…
「終わりを恐れるあまり…罪もない命を踏みにじるのか」
そして彼は、
背へ手を伸ばした。背に掲げられた"それ"掴んだ
原初の炎より生まれた終焉の魔剣ーー
《"レーヴァテイン"》
全てを煤塵と化す魔剣を抜刀した瞬間――
世界が…スルトの敵全てが燃え失せた。それが後に神界最大の禁忌と呼ばれる戦争――
《神滅戦争(ラグナ・エクリプス)》
その始まりだった。
◆
《神滅戦争(ラグナ・エクリプス)》――後に神界最大の禁忌として語られるその戦いは、たった一柱の巨人が怒りによって立ち上がった瞬間から始まった。
ムスペルヘイム全域を包み込む黒炎は、まるで世界そのものが慟哭しているかのように荒れ狂い、侵攻していた北欧神軍を容赦なく呑み込んでいく。神兵達は為す術なく焼き尽くされ、神界の戦船は空中で爆散し、灼熱の衝撃波だけで幾つもの山脈が崩落していった。
それは戦争などではない。
終末そのものだった。
火精達の亡骸を抱えながら立つスルトの姿には、もはや王としての静けさは残っていない。愛した民を踏みにじられた怒りと喪失が、その身に宿る原初の炎を暴走させていたのだ。
「退け……」
低く響いたその声だけで、大気が震える。
「もう貴様らを許さん。次に燃えるのはアースガルズだ」
その瞬間、レーヴァテインから噴き上がった黒焔が空を覆い尽くし、昼であったはずの神界は夜のような暗黒へ染まった。
だが――その終末へ真正面から踏み込む者がいた。
轟音と共に空を裂いて落ちてきたのは、一筋の雷。
雷光は黒炎を強引に切り裂き、爆発的な衝撃と共に戦場中央へ着弾する。吹き荒れる熱風の中、悠然と立っていたのは北欧最強神――トールであった。
巨大な神槌《ミョルニル》を肩へ担いだ雷神は、周囲に散らばる神兵達の亡骸、そして黒炎の中心に立つスルトを静かに見据える。
「……随分と派手にやったな」
その声音に怒りはない。ただ純粋な確認だった。
対するスルトもまた、静かにトールを見返す。
この瞬間、両者は理解していた。
目の前にいる存在だけは、今までの雑兵とは決定的に違うと。
スルトはレーヴァテインを握り直しながら低く言い放つ。
「退け、雷神。今の俺を止めれば……貴様もタダでは済まんぞ」
しかしトールは答えない。ただゆっくりとミョルニルを構え、その身体から凄まじい雷光を迸らせる。空が鳴動し、周囲の神兵達ですら後退する中、トールは僅かに口元を歪めた。
「……なら、試してみるといい」
次の瞬間だった。
両者の姿が消える。
そして直後――世界が割れた。
ミョルニルとレーヴァテインが正面衝突した瞬間、発生した衝撃だけで大地が数百キロに渡って崩壊し、天空には巨大な裂け目が走る。雷と炎が真正面から噛み合い、互いを喰い潰そうと暴れ狂う光景は、もはや神同士の戦いという領域を遥かに超えていた。
トールが振るう一撃は、山脈すら蒸発させる神界最強の暴力。
対するスルトの炎は、神力そのものを燃料に変えて焼き尽くす終末の黒焔。
互いに一歩も退かぬまま、二柱は激突を繰り返した。
雷鳴が鳴る度に空が裂け、炎が唸る度に大地が溶け落ちる。
神々はただ呆然と見上げる事しか出来なかった。
誰も近付けない。
誰も止められない。
それは“戦い”ではなく、二つの災害が正面衝突しているだけだった。
だが、戦いが長引くにつれ、トールは違和感を覚え始める。
目の前の巨人は、狂気だけで暴れている訳ではない。
その剣には怒りがあった。
悲しみがあった。
何より――守れなかった者への後悔があった。
だからこそトールは気付く。
「……貴様、本当は」
ミョルニルを打ち込みながら、雷神は低く呟く。
「ただ守りたかっただけか」
その言葉に、一瞬だけスルトの炎が揺れた。
だが次の瞬間には、黒焔が再び爆発的に膨れ上がる。
「黙れェェェェッ!!」
怒号と共に放たれた斬撃が大地を数十キロに渡って切断し、トールは咄嗟に雷を纏って防御する。だが防ぎ切れず、その巨体が吹き飛ばされる。
それでも――トールは笑っていた。
初めてだった。
自分と真正面から殴り合える存在。
孤独だった雷神は、初めて“対等”を見つけたのだ。
そしてスルトもまた同じだった。
九日九晩続いた死闘の末、両者は満身創痍になりながらも、どこか楽しそうに笑っていた。
雷と炎。
破壊と終末。
互いに理解されなかった怪物達は、戦いの中で初めて互いを理解したのである。
しかし、その戦いは世界が許さなかった。
激突の余波によって世界樹ユグドラシルが軋み始め、神界そのものが崩壊寸前へ追い込まれた事で、ついにオーディンが介入。全神力を用いて空間ごと戦場を封印し、強制的に戦いを終結させた。
決着はつかなかった。
勝敗もない。
だが、二柱だけは理解していた。
またいつか、決着をつける日が来ると。
そしてスルトは、静かにムスペルヘイムへ帰還する。
戦いは終わった。
もう誰も傷付かない。
そう信じて。
だが――帰り着いた炎の国に、かつての景色は残っていなかった。
火精達の笑い声は消え、炎獣達の気配もない。
黒曜宮殿は崩れ落ち、大地には無数の亡骸が転がっていた。
その中心で、かつて「王さま」と笑っていた小さな火精の子供が、冷たい灰となって転がっている。
その瞬間、スルトの中で何かが完全に壊れた。
背後から聞こえた神兵の声が、さらに彼を絶望へ突き落とす。
「主神オーディン様の命により、ムスペルヘイム残党は全て粛清済みです」
その言葉を聞いた瞬間――スルトの神核は黒く染まった。
怒り。
憎しみ。
絶望。
喪失。
全てが炎へ変わっていく。
もう守るものはない。
愛した国も。
民も。
全て灰になった。
ならば――もう遠慮はいらない。
ゆっくりとレーヴァテインを握り直したスルトの瞳からは、かつての優しさが完全に消えていた。
「……ならば俺が」
黒炎が天を覆う。
「本当の終末を見せてやる」
これが後に"滅びの王"と語られるであろう閻魔の礎となる出来事の数々であった。