過去と未来、それぞれの夏の日のお話。

かぐやとヤチヨがそれぞれ別の義体を得る独自設定(ヘッドカノン)を採用しています。

※この作品は「pixiv」様にも掲載しています。

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(一人称視点の作品は)初投稿です。

普段バトルとかシリアスばっか書いてる生き物なので、「ラブコメってこんな感じで……ええんか……!?」と四苦八苦しながら書きました。
ビヨダイの更新はもうちょい待っておくれやす。


ハッピーエンドまで連れてく前にちょっとだけゲーセンにも連れてく話

 それは、夏のいつの日だったか。

 

 ああ、そうだ。黒鬼(ブラックオニキス)とのKASSENを終えて、あの子──かぐやと私のコンビが、ヤチヨカップで優勝した直後。

 お兄ちゃんに保証人になってもらい、2人でタワーマンションに引っ越してすぐの事だったっけ。

 

 荷解きも粗方終えて、一緒にパスタを食べて、笑い合って……その翌日。

 私はかぐやを連れて……というか、かぐやにねだられて、新居から少し遠いところにあるショッピングモールまで来ていた。

 

 切っ掛けは、あんまり覚えてない。

 新居の近所を探検してみたいとかぐやが言い出したのか、配信用の新しい機材を見繕いたいとかぐやが言い出したのか、折角だからいつものスーパー以外で食材を買いたいとかぐやが言い出したのか……或いは、そのすべてか。

 

 勿論、私は反対した。

 前住んでたアパートと最寄り駅は同じなのだからそう変わらないでしょとか、欲しい機材があるならいつも通り通販でいいでしょとか、いつもの駅前激安スーパーで何が不満なのか、そもそも食費は定額制って言ったでしょ……とか。

 

 そうつらつら並べた文句は、しかし。

 

 

 

──ええーっ!? 一緒におでかけしようよ~!

 

──ね、彩葉(イロハ)。ダメ?

 

 

 

 例によって、わがままお姫様のうるうる涙目の前にあえなく全滅したのだけど。

 反論材料3つ、すべて撃沈。これがKASSENなら、残機全損でゲームオーバーだ。

 

 ともあれ、そういう経緯で立ち寄ったショッピングモールは、前のアパートよりもずっと冷房が効いていて(それについては私の方針だったんだけど)、そこでまたかぐやがうるさかったりして。

 そりゃ品揃えはいいけれど、いつものスーパーに比べるとどれも割高で……なんて悩みながら一通り買い物をして、それから。

 

 

 

「──お、おおっ!? ねぇ彩葉、あれな~にぃ?」

 

 

 

 そんな風にして、私──酒寄(サカヨリ) 彩葉(イロハ)は、宇宙から来た同居人に引き止められたのだ。

 よりにもよって、モール併設のゲームセンターの前で。この時点でもう、私にはオチが見えていた。

 

 だが、誠に残念ながら私に「黙って手を引いて帰る」という選択肢は許されていない。

 七色にキラキラ輝くゲームセンターの光をその瞳で受け止めて、自分の目も同じ色合いに煌めかせているかぐやは、説明さえ無しにこの場を去る事を決して認めないだろう。

 

 

「ゲーセンだよ、ゲームセンター。色んなゲームが置いてあって、お金払って遊ぶの」

「ホント!? ね、ね! かぐやもゲーセンで遊んでみた~い!」

 

 

 ほら見たことか!

 説明したらしたで、この欲深(よくぶか)怪獣がこう言い出すのは目に見えていたというのに。

 

 

「だーめ。この後やる事あるんだから。かぐやも、帰って今夜の配信の準備しなきゃでしょ?」

「え~~~っ!? やだやだ、あーそーびーたーいぃいーっ! 折角こんなにゲームがあるんだよ? 七色に光ってるんだよ? 遊ばないと損だよ、損!」

 

 

 案の定、その場で駄々を捏ね出すお嬢様。

 配信のネタになると思っているのか、単に遊びたいだけなのか。いや、その両方か。

 

 大体、七色に光っているからなんだというのか。

 赤ちゃんだった頃のあんたが出てきたゲーミング電柱の方が、ここよりもっとずっと眩しくて色彩鮮やかだったでしょうに。

 

 

「1回だけ! 1回だけだから! ね、いいでしょ?」

「そんな事言って、どうせ『あともう1回!』を何度も繰り返すに決まってるでしょ。どんだけお金溶かす気? 引っ越したばかりなんだから、そんな余裕は……」

「そこは大丈夫! なんかここのゲーム、『ふじゅ~』でプレイできるみたいだから! かぐやの配信で稼いだ分から出すよ!」

 

 

 嘘だろオイ。

 

 確かに私は以前、かぐやに入ってきたふじゅ~を「あぶく銭」「水物」呼ばわりした事はある。

 だからと言って、本当にあぶく銭にしようとするやつがあるか。

 

 かぐやの事だから、私が止めない限り気に入ったゲームにいつまでもお金を注ぎ込みかねない。

 もしくは、中々クリアできないゲームをクリアできるようになるまでトライし続けるかだ。

 

 かぐや姫ではなく人魚姫にでもなろうというのかい、このお姫様は。

 

 ……ごめん、今の例えやっぱなし。

 かぐや姫は月に帰るだけで終わるけど、人魚姫は泡になって消えてしまう。それは……なんか、ちょっと、違うと思うから。

 

 って、何を考えてるんだ私は。

 こんなところで問答していても、夏休みのスケジュールは待ってくれない。さっさと帰って、今日の分の勉強に取り掛からないと。

 

 雑念を捨て去るように首を横に振り、目の前のかぐや、を……

 

 

「ね、おねがぁい……♡ 彩葉にだって、息抜きは必要だと思うんだ。ほら、前にも言ってたじゃん。『マジなエリートは遊びも疎かにしないはず』って」

 

 

 いつの話だいつの!

 そんな祈るように手を組まれたって私は動じないぞ。上目遣いをされたところで、だめなものはだめなんです。

 

 そんな甘い声でねだられても、今度という今度は……

 

 

 

「一緒にあそぼ? 彩葉~」

 

 

 

 ……。

 ……。

 

 

「……本当にちょっとだけだからね。数回遊んだらおしまいだから」

「やたっ! 彩葉だーいすきっ♪」

 

 

 くそう、また勝てなかった。今日はこれで2回目だ。

 その場に崩れ落ちる私を他所に、かぐやはそれはもう嬉しそうに飛び跳ねている。

 

 こんなだから「ちょろは」だなんて不名誉なあだ名をつけられているというのに。

 私にはどうしても、かぐやのお願いを断り切る事ができなかった。

 

 

「何で遊ぼっかなー。クレーンゲーム? っていうのも楽しそうだし、あっちにはレースゲームもある。あっ、メダルゲームも面白そう!」

「メダル系のゲームはマジでお金溶けるからやめな? それよりは──」

 

 

 サクッと終わらせて帰る為にも、なるべく1プレイが長くないものにさせたい。

 そう思って、何があるかなと周囲を見回そうとして。

 

 

 

『ヤオヨロ~~~♪ 神々のみんな、ゲームテラス立川店にようこそ~!』

 

 

 

 理解するよりも先に、私の首は声の主を探し求めていた。

 

 私が彼女の声を聞き違える訳が無い。今のは間違いなく我が尊い最推し、電子の歌姫の涼やかで優しい声。

 何故こんなところで? そしてどこから聞こえてきてる? まさか配信? いくつもの疑問が浮かぶも、それらはすぐに氷解した。

 

 

『──にはヤチヨの曲も収録されてるから、みんなもドシドシ遊んでね☆』

「あ、なんだデモムービーか。そりゃそうだよね。色んなとことコラボしてるなぁ、ヤチヨ」

 

 

 ゲーム筐体の画面に映されているのは、ご存知“仮想世界ツクヨミ”の管理人にして今をときめくAIライバー・月見(ルナミ) ヤチヨのご尊顔。

 1対の(ばち)を手に大きな太鼓の前に立つ彼女は、それはそれは絵になっていた。

 

 はぁ、相変わらず可愛い……さすが私の推し。

 私たちがヤチヨカップに優勝した事で、コラボライブに向けて彼女とも直接関わるようになったけど、推しが自分のすぐ傍で話しかけてきてくれる状況には未だに慣れない。

 

 

「あ、ヤチヨが映ってる。ねね、これなんのゲーム?」

「これは太鼓の……あー、要は音ゲーね。流れる音楽に合わせて太鼓を叩いて、譜面通りに叩き切る事を目指すって感じ」

「へぇ~……!」

 

 

 あ、ロックオンした。

 まぁこれなら1プレイは1曲分だし、難易度も好きに選択できるから、そう長引く事は無いか。

 

 

「気になるなら、遊んでく? これもふじゅ~で遊べるみたいだし」

「えっ! いいの!?」

「その代わり、さっきも言ったけどちょっとだけだからね? 何十回もやるようならすぐ終わらせるから」

「もっちろん!」

 

 

 威勢のいい返事とともに、かぐやが筐体の前に立った。

 備え付けの撥を手に取り、デモムービーに映っていたのと同じ太鼓に向かってデンと構える。

 

 やけに自信満々のようだけど、かぐやって今まで音ゲーした事あったっけ。

 

 それとも、月で演奏した事があるのかな。

 でも月の暮らしはつまらないから地球に来たって言ってたよね。そもそも月に音楽ってあるんだろうか。

 

 そんな私の疑問に対する答えは。

 

 

 

「だぁーっ! ぜーんぜんクリアできない~~~っ!」

 

 

 

 泣きべそかきながら投げ出された2本1対の撥が、あっさりと証明した。

 とりあえず店の備品を投げるな。家のコントローラじゃないんだから。床に落ちかけたそれを、私は甲高い音を鳴らす前にササッと回収する。

 

 というか。

 

 

「そりゃそうでしょ。易しめの難易度もあるのに、やる曲やる曲ぜんぶ一番難しいモードでやるんだもん。初めはイージーから慣らしなよ」

「だぁってぇ~、数回だけって彩葉が言ったんじゃん。なら、折角だしハイスコアでも目指そうかなーって☆」

 

 

 てへっ、とわざとらしく舌を出すかぐや。

 可愛いけれど、それで誤魔化せたともで思っているのだろうか。

 

 家でやるゲーム配信でも、こんな調子で最初から高難度のモードで遊ぶもんだから、クリアできずに私に泣きついてくるのはもはや恒例行事だ。

 そうして癇癪混じりにコントローラを投げ捨てる度、このお姫様は決まって──

 

 

「いーろはーっ! お手本見せてよ~!」

 

 

 ね?

 

 すっかり膨れっ面のかぐやは、私と私の手の内にある撥を交互に見つめてきている。

 投げ捨てられたのを拾ったのが仇になったか。これをこのまま元あった位置に戻してはいおしまい……なんて、かぐやは納得しないよね。

 

 ただなぁ。

 

 

「ええ……? 言っとくけど、私あんまり上手くないよ。そもそもゲーセン自体、滅多に来ないんだし」

「いいからいいから! 1回だけでいいからさぁ~、ね?」

 

 

 う、本日3回目の上目遣い(おねだり)……!

 

 いやいや、これは別に元から断る必要性は薄いはず。

 今のところかぐやのプレイ回数は数える程度だし、ここで私がサクッと1回だけやって、それでおしまい。あとは約束通り、家に帰るだけ。

 

 だからこれは断る必要の無いお願いで、私はかぐやのおねだりに陥落した訳ではない。

 ないったらない。

 

 

「……1回だけだからね」

「えっへへ♪ ではでは、いっちょお願いしますよ先生~」

 

 

 前にも聞いたなぁ、そのフレーズ。

 さっきまでの膨れた頬はどこへやら。調子のいいかぐやに場を譲られて、今度は私が筐体の前に。

 

 ……にしても、音ゲーか。

 

 ゲームセンターなんて、最後に来たのはいつだったっけ。

 間違いないのは、まだお父さんが生きていた時に、ほんの数回だけ買い物ついでに立ち寄った事があるってくらい。

 

 お父さんが死んじゃってからは、お母さんとの関係は言わずもがなで、あの人がこんなところに連れてってくれるはずもなく。

 お兄ちゃんはお兄ちゃんで、どちらかと言えばネットゲームの方を好んでいて、今やいっぱしのプロゲーマー。

 

 音楽自体も、かぐやに曲をねだられるようになるまでは引退状態で、結果的に音ゲーなんてものとはほとんど無縁の人生を歩いてきた。

 そもそも音楽と言っても、私が触ってきたのは基本的にピアノやキーボードだから、太鼓は完全に門外漢だ。

 

 だからと言って、ここで下手っぴな腕前を披露してしまうのも、なんかヤだなぁなんて思ったり。

 今もキラッキラの眼差しを送ってきているかぐやの前で、彼女の期待を裏切ってしまうのは、なんていうか……

 

 ……ん? いや別に、不慣れなゲームなんだから気負う必要なんてなくない? なんでかぐやの期待がどうこうとかって考えてるんだ私は。

 

 

「……彩葉? 彩葉? どしたの、ずーっとセレクト画面のまんまだけど」

「へ? えっ、あ」

 

 

 声をかけられて、私はようやく自分がひたすらに太鼓のフチを叩きまくっていた事に気付く。

 画面の中では、私がフチを叩くのに合わせて、収録楽曲のセレクトUIが延々とループし続けていた。

 

 ハッとなって手を止めれば、セレクト画面はある楽曲のところで静止する。

 その瞬間、筐体から楽曲のプレビューが流れ出す。

 

 

「あれ? 彩葉、これって」

「……ヤチヨの曲だ」

 

 

 『星降る海』。

 

 かぐやが初めてツクヨミにログインした日、ヤチヨがミニライブで披露した曲。

 そして私とかぐやにとっては、ヤチヨカップへの参加の契機になった、ある意味で縁深い曲でもある。

 

 まぁそれを抜きにしても、私にとっては最推しが歌う大切な曲のひとつだ。

 ……そういえば、このゲームはヤチヨとコラボしてたんだった。だから彼女の曲も収録されてるって、デモムービーでも言われてたっけ。

 

 

「彩葉、この曲やるの?」

「んー……そうだね。折角だし、ヤチヨの曲でやってみるっていうのも──って、あっ!?」

 

 

 隣に立つかぐやと喋っている内、つい意識が逸れてしまったのがいけなかったのか。

 撥を振る手に力が籠もるあまり、難易度の選択画面で操作ミスを起こし、一番高い難易度を選んでしまった。

 

 慌てて取り止めようとしても、時既に遅し。

 プレイ画面……太鼓の譜面へと移り変わり、『星降る海』のイントロが流れ始めた。

 

 

「おおっ、一番難しいやつ! 彩葉もチャレンジャーだねぇ~♪」

「や、ちょ、これは違っ……って、ああもう!」

 

 

 瞬く間に、画面を右から左へ流れ出す音符(ノーツ)

 これが流れてくるタイミングに合わせて太鼓を叩く、それだけと言ってしまえばそれまでだが、それだけの事が難しいのはかぐやのプレイを見ての通り。

 

 ええい、選んでしまったものは仕方がない!

 いくら難易度が高いと言ったって、推し(ヤチヨ)の曲で無様な結果は晒したくない。

 

 よくよく考えたら、KASSEN高ランク帯での要求エイムの方がもっとキツかったはず。

 なら、これくらいの譜面で泣き言を言ってる場合じゃない。

 

 根性見せろ酒寄 彩葉。文武両道才色兼備、音楽10の成果をここで見せるのよ!

 

 私は無我夢中で太鼓を叩いた。

 この時の私はきっと、ともすればかぐや以上に熱中して目の前のゲームに興じていたように思う。

 

 たった1曲分、ほんの1曲分の時間なのに、必死でプレイしている内に時間の感覚もあやふやになって。

 いつの間にか、隣にいるはずのかぐやの存在すら意識の外に追いやってしまっていて……そうして、気が付いた時には。

 

 

「……あ、れ? 曲、終わった?」

 

 

 最後の一打を終えて、曲は終了していた。

 流れていたはずのヤチヨの歌をしっかり聞く余裕も無いまま、ゲーム画面は結果発表へと移る。

 

 荒い呼吸にも、頬を伝う汗にも意識を割けないまま、私は画面に釘付けになっていた。

 

 次々と表示される私のスコア。

 結果から言ってしまえば、ミスはそれなりにあって、ジャストのタイミングで叩けなかったノーツも多かった。

 

 パーフェクトクリアなんて程遠い有り様だけど、それでもなんとかクリアはできていて。

 

 

 

『いと大義~☆ 私の曲、楽しんでくれたかな? 次もまた遊んでね♪』

 

 

 

 コラボだからか、最後にゲーム固有のキャラではなくヤチヨのボイスが耳に届く。

 笑顔を携えたヤチヨが手を振るところでムービーは終わり、筐体は次のプレイを待つ状態へ。

 

 

「……クリア、できた」

 

 

 肩で息をしながら、再びデモムービーを流し始める画面をぼんやり見つめる。

 あんまりいいスコアとは言えなかったけど、音ゲー初心者かつ初見にしては中々上手くやれたのではないだろうか。

 

 これで、少しは面目も保てたかな。そうだ、かぐやはどうしたんだろ。

 そう思い、隣に立っているだろうかぐやに向き直ろうとして──

 

 

 

「い~ろ~は~~~っ!!!」

 

 

 

 振り返り切るよりも早く、かぐやの方から飛びついてきた。

 咄嗟に踏ん張ったおかげで後ろへ転ぶ事こそ無かったが、首に両腕回してぎゅうぎゅう抱きついてくるお姫様のせいで、今度こそ撥が手から滑り落ちて床と甲高い音を奏でる。

 

 

「ちょ待っ、いきなり抱きつかないでよ」

「彩葉、すっごくカッコよかった! ばしーんって太鼓叩いてさ、もう……とにかく、すごかった!」

 

 

 私の両肩を掴んで、ぴょんこぴょんこと跳ね飛ぶかぐや。

 全身で喜びと興奮を表すのはいいけど、そんなに大声で騒いでたらお店の迷惑になるからちょっとやめてほしい。

 

 ……それに、なんか、照れくさいし。

 

 

「や、こんなの……途中、だいぶミスっちゃったし。他の上手いプレイヤーに比べたら、私なんて全然」

「そんなの関係ないよっ! やっぱり彩葉は天才だ~! 初めてやるゲームでもこんなに上手いんだもん!」

 

 

 喜色満面、まるで自分の事のように嬉しさを振り撒く。

 屈託のない、底抜けに明るい笑顔を私ただ1人に注ぎ込んで、今も目をキラキラと輝かせている。

 

 私的には満足とは程遠い結果だったのに、こんなにはしゃいじゃって。

 緩む口元を見られたくなくって、つい目を逸らしてしまう。この眩いばかりの瞳を直視していたら、言わなくていい事まで言ってしまいそうになるから。

 

 

「そっ、それよりこれでおしまい! そういう約束でしょ? そろそろ帰るよ」

「しょんな~~!? 彩葉がお手本見せてくれたんだし、次はかぐやもぜーったいクリアできるって!」

「だーめーでーすー! やるとしてもまた今度ね、今度」

 

 

 ぶぅ~、と口を尖らせるわがままお嬢様をよそ目に、私は筐体から離れようとした。

 或いは、それがいけなかったのだろう。脇目も振らずにこのゲームセンターを出ていれば、それが視界に入る事は無かったのだから。

 

 

「──!? あ、あれは……」

 

 

 私たちが遊んでいた筐体の、ちょうど真反対。

 まさしく振り返った先に置いてあったのは、ゲームセンターの定番、クレーンゲームだ。

 

 筐体の中には、色んなキャラクターのフュギュアやぬいぐるみなどが、それはもうギッシリと収められている。

 中にはアニメやゲームのキャラだけでなく、ツクヨミのライバーのものまであった。恐らくは、この音ゲーと同様にコラボ商品なのだろう。

 

 そういった話は実際にかぐやの下にも来ているけれど、まだ承認まではしていない。

 だからこの中にかぐやのグッズは置いてなくて、代わりにお兄ちゃんたちブラックオニキスのフュギュアとかは置いてあるのだけど……そんな事よりも、問題は。

 

 

 

「や、ヤチヨぬい……!? しかも、この店舗限定……!」

 

 

 

 ツクヨミ内でもレアなちびヤチヨが、いつもとは違うパンクなパーカーに身を包んでいる。

 そんなぬいぐるみがクレーンゲームの内部にちょこんと座っていて、他のどんなフュギュアよりも目立っていた。

 

 今までゲームセンターには足を運んでなかったから、これはとんだ盲点だった。

 まさか、特定の店舗限定の激レアぬいがあるなんて……!

 

 しかも筐体内のヤチヨぬいは、見える範囲であと1つしかない。

 この機会を逃してしまえば、あのぬいをゲットできるチャンスはもう無いかもしれない。

 

 ほ、欲し──

 

 

「……はっ」

 

 

 い、いけないいけない!

 

 さっきかぐやにあれだけ言っておいて、当の私が率先してゲームに興じる訳にはいかないでしょ。

 それに私もかぐやも、この後のスケジュールがある。ここまでの数回のプレイでそれなりに時間を使った以上、そろそろ帰らないと本当に不味い。

 

 大体、ゲーセンに滅多に来た覚えの無い音ゲー初心者の私は、イコールでクレーンゲーム初心者でもあるのだ。

 あのただひとつのヤチヨぬいをゲットするまでに、果たしてどれだけの時間とクレジットを使う事になるだろう。

 

 どう考えても割に合わない。

 ここはぐっと我慢するの。欲望に足を掬われたら自滅する。

 

 我慢我慢、我慢……

 

 

 

「……じーっ……」

 

 

 

 み──見られてる!

 

 さっきまで不貞腐れていたはずのかぐやが、ニマニマと含み笑いをしながら私の横顔を見つめてきている。

 それはまるで、私のウィークポイントを見つけたかのような、私の鋼の心を突き崩せる隙間を見つけたかのような。

 

 

「ねぇ~え、いーろは♪ あのぬいぐるみ、欲しいの?」

 

 

 イイエ。

 オレ、アレ、ホシクナイ。

 

 

「誤魔化さなくてもいいよ~。かぐやは見てるだけでいいからさ、ちょっとだけやっていきなよ~。ね?」

 

 

 ぐ、その手には乗らないから!

 私が遊んでかぐやは見てるだけって、あべこべにもほどがある。

 

 

「音ゲー初めてなのにあれだけ上手かった彩葉ならさぁ、あのくらいのぬいは簡単に取れちゃうんじゃない? お金(ふじゅ~)も時間もそうかからないと思うなぁ~」

 

 

 簡単に言ってくれちゃって……!

 いやでも、確かに爆速でぬいを確保して帰れば、今日の予定もギリなんとか……いやいやいや! 流されるんじゃない酒寄 彩葉!

 

 

「かぐや、彩葉と一緒にハッピーエンドに行きたいなぁ。彩葉の大好きなヤチヨのぬいをゲットできたら、彩葉もちょっとハッピーになれるよね?」

 

 

 ……。

 

 

 

「彩葉のカッコいいところ、見てみたいなぁ……ダメ?」

 

 

 

 ……。

 ……う、うううう~~~……!

 

 

「……絶っっっ対にノーコンティニューでクリアしてやる……!」

「彩葉、いけーっ! かぐやが応援しててあげる~♪」

 

 

 クレーンゲームの前に陣取り、スマホの画面からふじゅ~を注ぎ込んで。

 ツクヨミ用のコントローラとはまた異なる握り心地を筐体のレバーに感じながら、私はガラス越しにヤチヨぬいを睨視(げいし)した。

 

 このくらい音ゲーよりは簡単でしょ、なんて。

 半ばヤケになりながらタカをくくった私の、ささやかな挑戦の結果はと言うと……。

 

 

 

「れ、連コインしてしまった……」

「ま、まぁまぁ。でも、ほんの数回でゲットできてよかったじゃん!」

 

 

 

 そうですね。その数回で減ったふじゅ~の総計、あんたに最初に食べさせたオムライスとほぼ同価値なんですけどね。

 

 結局1回では取り切れず、ヤチヨぬいをゲットするまでに数回のプレイを要してしまった。

 そこはかとない敗北感が口から漏れ出しそうになりながら、私はかぐやと一緒に今度こそ帰路につく。

 

 いつも通らない道だからか、タワーマンションまでの道のりは思った以上に長く遠くて、帰宅時間が今から少し憂鬱になる。

 ……今日はちょっと、いつもより睡眠時間を削らないといけないかもしれない。

 

 

「それに、取れてよかったでしょ? そのぬいぐるみ。彩葉、すっごく欲しそうだったもん」

「それは……そう、だけどさ」

 

 

 大事に大切に、傷つけないよう腕の中で優しく抱き留めたヤチヨぬい。

 そのちっちゃくもふわふわの触り心地が、今日の私に与えられた唯一の……そして、格別の報酬だった。

 

 

「……っていうか、そんなに分かりやすかった?」

「えっへへー♪ 彩葉の考えることくらい、かぐやには分かるもーん」

「それ……」

「彩葉の真似っ。(ミカド)と戦った時、彩葉言ってたもんねー♪」

 

 

 くそう、しっかり覚えられてたか。

 

 今思うと、なんて小っ恥ずかしい事を口走ってしまったのかと慙愧の念に堪えなくなる。

 そりゃ、あの時言った事は嘘じゃないけどさ。かぐやが何考えてるかなんて、私にはちゃんと……

 

 

「……かぐやさん? そんなにじっと見て、私の顔になんかついてる?」

「んーん。やっぱりカッコいいなぁって、彩葉」

 

 

 いつもの天真爛漫な表情とは、ちょっと違う。

 まるで私に対して見惚れるような、しっとり綻ぶ頬。

 

 そんないつもと違うはにかみ笑いに、思わずこちらまでドキリとしてしまう。

 

 

「い、いきなりなに」

「音ゲーやってる時も、彩葉、目の前の画面にめちゃくちゃ真剣になっててさ。周りのことぜーんぶ……かぐやの事も気にならないくらい、真剣なカオで集中してた。そんなに長くプレイしてないはずなのに、汗もめっちゃかいてて、それが髪の毛に張り付いたりしてさ」

 

 

 そんなとこまで見なくていいのに……。

 恥ずかしいやら何やらで口元を歪めていると、かぐやの「でもね」という言葉が追いかけてきた。

 

 

「それが、めっちゃカッコよかったんだ。音ゲーしてる時も、クレーンゲームしてる時も。他の何も目に入らないくらい夢中になって、がむしゃらで真剣で。そんな彩葉の横顔見てたら、かぐやもすっかり時間を忘れちゃってた。やっぱり彩葉、素敵だなぁって」

 

 

 えへへ、と頭を掻くかぐやは、私よりも恥ずかしそうに笑っていた。

 

 自分だけの秘密にしてきた宝物を、特別だよと言ってそっと見せてくるみたいに。

 慈しむような、とろけるような、溶けかかったアイスみたいに甘くてふにゃふにゃの笑顔を浮かべるかぐや。

 

 これじゃあ、まるで……

 

 

 

「ゲームを真剣になって楽しんでる時の彩葉の顔、私は好きだよ」

 

 

 

 私の方が、かぐやに見惚れてるみたいじゃん。

 

 

「そ。……ありがと」

「あっ、彩葉照れてるー♪」

「照れてないっ! さ、早く帰るよ! 今日は料理配信するんでしょ?」

「は、そうだった。帰って準備しないと!」

 

 

 ばたばたと、思い出したかのように走り出すかぐや。

 私は、その後を慌てて追いかけようとして……それより早く、不意に立ち止まったかぐやがこちらを振り返る。

 

 

「彩葉! またゲーセン行こうね!」

 

 

 月から来たお姫様のくせに、太陽みたいなキラキラ眩しいとびっきりの笑顔。

 この1ヶ月ですっかり見慣れた明るさに、心のどこかで安堵を覚える私がいて。

 

 それを悟られたくなくて、私はつい、誤魔化すように言い捨てる。

 

 

 

「……その内、ヒマがあったらね」

 

 

 

 ……結局この後、コラボライブの打ち合わせで忙しかったり、ライブが終わった後も色々あって、かぐやが月に帰っちゃったり……。

 他にもたくさんの出来事があって、ゲーセンに立ち寄る余裕なんてまるで無くって。

 

 この頃のかぐやとゲーセンで遊ぶ機会は、ついぞ訪れる事は無かった。

 

 こんな事になるなら、「ヒマがあったら」なんて言わずに、ちゃんと予定空けて連れてけばよかった……とか。

 そんな後悔を、私は胸の奥底にチラリと抱える事になる。

 

 

 

 

 

 

 なので連れてきた。

 

 

「──おおっ! ここも懐かしいねぇ~」

「10年前に1度来たっきりだもんねぇ。昔とそんな変わってなさそうでよかった」

 

 

 久々にやってきたショッピングモールは、店舗や内装こそ色々と変化していたが、概ねは10年前とほとんど変わらない姿で私たちを出迎えた。

 

 七色のゲーミングライトに彩られたゲームセンターも、ほとんど変わりなく。

 いや……10年前はあった筐体が無くなったり、逆に昔は無かったゲームが新しく置いてあるような気もする。あんまり気にしてこなかったから、厳密な違いは分かんないけど。

 

 

「久しぶりの休暇(オフ)だからね。エリートたるもの、遊ぶ時はしっかり遊ばなきゃ」

「あ、それ10年前も聞いた~♪」

「あの頃よりは随分と板についてきたでしょ? このセリフ」

 

 

 かぐやの新しい体(アバターボディ)が完成して、味覚も触覚も実装して、復活ライブも大成功に終わって暫く経ち。

 ようやくガッツリとしたお休みをもぎ取ったものの、どこに出かけたものかと考えた末に思い立ったのが、このゲームセンターだった。

 

 冷房がガンガン効いてていっそ寒いくらいの店のやかましさ、そして七色キラキラのゲーミングライトに、仄かなノスタルジーを感じてしまう。

 ツクヨミの喧騒や色彩も心地良いものだが、これはこれで「ああ、ゲームをしに来たんだ」という感じがあって悪くない。

 

 事実、10年ぶりの景色にかぐやはすっかり高揚している。

 この表情を見れただけでも、連れてきてよかったと思えるし──何より、()()()()

 

 

 

「あっはは! この雰囲気、なっつかし~♪ ねぇね、ヤッチョも遊んでいっていいよね?」

 

 

 

 かぐやと同じ体躯に体格、髪の長さも同じ。けれど髪質はちょっと違ってて、色合いは対照的。

 普段は月の光のように整った静かな笑みを携えている()()は、今この時ばかりはかぐやとそっくりの、太陽みたいな笑顔を咲かせている。

 

 月見 ヤチヨ。

 私の最推しであり、人生を救ってくれた恩人であり……そして、数奇な運命の末に8000年を生きたかぐや本人。

 

 

「勿論。これはヤチヨのアバターボディの完成記念も兼ねてるからね。この後も寄りたいとこたくさんあるんだから、遊びすぎないでよ~?」

「分かってま~す。でも、面白そうなゲームが多くて目移りしちゃいそう。かれこれ8000年ぶりのゲームセンターですからにゃ~」

 

 

 ウッ。それは私に刺さるのでちょっとやめて頂きたい。

 

 思わず胸を抑えそうになるのを堪える私の姿を見て、ヤチヨはコロコロと楽しそうに微笑む。

 いつもツクヨミで見る美麗なそれでなく、私やかぐやの前でだけ見せてくれる、素の笑顔。

 

 あの日の決意から、私が10年かけて完成させた“かぐや”としての義体。

 そこから集めたデータを徹底的にフィードバックさせて、私は遂にYC型──“ヤチヨ”としての義体も完成させる事に成功した。

 

 YC型のボディをどうするかは、研究所の皆は勿論、ヤチヨ(かぐや)とも何度も話し合った。

 それでも私はやっぱり「あの頃一緒に過ごしたかぐや(ヤチヨ)」も、「8000年を生きたヤチヨ(かぐや)」も、両方キッチリ救ってハッピーエンドまで行きたかったんだ。

 

 そこに至るまでの悲喜交交は……まぁ、ここでは一旦置いといて。

 ともあれこうして「かぐや」と「ヤチヨ」は、同じ記憶を持つ存在として、今はそれぞれ別の体を得て私と一緒にいる。

 

 

「ねぇヤチヨ、メダルゲームやってみようよ! 彩葉に禁止されてたやつ!」

「おっ、いいねぇ~。軍資金(ふじゅ~)はたくさんあるから、パーッと使っちゃおっか!」

「どんだけ溶かす気ですか悪童(わるわらべ)たち……」

 

 

 なんて呆れつつも、2人の楽しそうな表情を見ている内に、私の心はポカポカと暖かいもので満たされていく。

 

 私は研究の末、かぐやとヤチヨに再び体と味と温もりをあげる事ができた。

 でも、まだやらなきゃいけない課題は山積み。これから先、私は2人を()()()()()()()()()()()為の研究に邁進していくだろう。

 

 本当のハッピーエンドに辿り着くまでの道のりは、まだまだ遠い。

 

 だからこそ、たまにはこうして息抜きしないと。

 会いたかった8000年、触れたかった10年を、しっかり取り戻す為にも。

 

 

「ね、彩葉! 彩葉は何して遊ぶ?」

「私? んー、暫くは2人が遊んでるとこ眺めてたよっかなぁ」

「ダメだよ~? お休みなんだから、彩葉もちゃーんと楽しまなきゃ! それに私も、彩葉と遊びたいなぁ……?」

「あっ、かぐやも! かぐやも彩葉と遊びたい! ……ダメ?」

 

 

 右腕をヤチヨが、左腕をかぐやが掴んで、両側から私をサンドイッチする。

 うるうる潤む2人分の上目遣いは、確かに2人は同一人物なのだと思えるくらいそっくり似通っていた。

 

 最愛たちに挟まれてのおねだり2連撃。

 これが10年前であれば、私はきっと顔を真っ赤にしながら「まぁ……ちょっとだけなら」とでも、しどろもどろに返していただろうけど。

 

 

「いいよ。何のゲームやる? 2人がやりたいの選んでいいよ」

 

 

 そう笑って返せば、2人は一瞬、ぽかんと呆気に取られたような表情をする。

 しかしそれもすぐに打って変わり、満開の花畑のように顔を綻ばせた。

 

 

「やった、やった! じゃあさ、3人で遊べそうなの探そ!」

「りょ~♪ ……ふふっ、彩葉もけっこう素直になったよねー」

「ま、誰かさんたちのおかげかな?」

 

 

 私の両腕にぶら下がり、にへらとはにかむ2人の表情はやっぱり瓜二つ。

 ボディの設計もデザインも私がしたんだから当然だけど、それ以上に、同じひとつの記憶(パーソナリティ)から分かたれた存在だって事がありありと伝わってくる。

 

 まだゲームも遊び始めていないのに、もう嬉しそうなかぐやとヤチヨ。同じ軌跡を辿った2人のお姫様。

 あなたたちの抱えた“8000年分”を私はまだ満たし切れてないんだから、このくらいで満足してもらっちゃ困るわよ?

 

 

「何がいーかなー。またクレーンゲームでぬい取ってみる?」

「あれから10年だよ? まだヤチヨとのコラボってやってるのかな」

「ヤッチョは今でも巷の人気者なのでしてー。こういう場所とのコラボは定期的、に……?」

 

 

 ふとヤチヨが何かに気付いて足を止め、それにつられて私とかぐやもその場に立ち止まる。

 ニンマリニッコリ、何か面白いものを見つけたように口角を釣り上げる姿に、何があったのだろうとそちらを向いて……私もまた得心がいって「あー」と声を漏らしてしまう。

 

 

「そりゃそうだよね。メジャーなゲームだし、()()が撤去されるはずは無いか」

「なになに──って、あ! 太鼓のやつ! これも懐かしいなー」

 

 

 太鼓を叩いて遊ぶ音ゲー筐体。

 かつてかぐやと一緒に遊んだそれは、10年前とまったく変わらない位置に今もどっしり構えていた。

 

 

「10年前は結局、かぐやはこれクリアできなかったんだよねー」

「そうそう、あの頃はあんまり音ゲー得意じゃなったからねぇ。月でも太鼓ってあんまりやらなかったし」

「儀礼の時とかにちっちゃい(つづみ)とか琴をちょっと触るくらいだったし、それも形式ばったものばっかでつまんなかったなぁ。だから初めてこれ見た時は、音ゲーなんてジャンルがあるんだってビックリしたよ」

「ねー。まぁ8000年生きてる今のヤチヨたちなら、それはもうちょちょいのちょいでクリアできるだろうけど」

 

 

 すらすらと重たい事を口にするのはやめて頂けませんかお嬢様方。

 和気藹々と思い出話……と形容するには少々ヘビーな話題に興じていた2人は、やがて顔を見合わせて、まったく同時に私を見上げてくる。

 

 10年前と変わらない。かぐや(ヤチヨ)の考える事なんて私にはお見通し。

 だから、次に囁かれる言葉は──

 

 

 

「「ね、彩葉。またお手本見せてよ♪」」

 

 

 

 ね?

 

 

「お手本、って。ついさっき『今ならちょちょいのちょいでクリアできる』って言ってたのはどなたたちでしたっけー?」

「でもでも、ヤッチョはつい最近体を手に入れたばっかりですし? もしかしたら、まだ上手くプレイできないかもー……なんて♪」

「かぐやも右に同じっ。この間ライブしたばっかだしー、まだ疲れちゃってるかも。だからぁ、彩葉がカッコいいプレイ見せてくれたら疲れも吹っ飛ぶんだけどなぁ……?」

 

 

 ん~~~? おかしいなぁ~?

 まだ肉体疲労の実装はしてないはずなんだけどなぁ。それに2人とも、体の駆動チェックや直近のメンテは完璧に終わらせてあるはずなんだけどなぁ。

 

 2人のキラキラお目々が瞬いて、私にいいところを見せてほしいと希う。

 それは初めて出会った時、まだ赤ちゃんだった頃のようなあどけなさと、時を経て人を籠絡する事を覚えた女の妖艶さを併せ持っていた。

 

 ……ま、仕方ない。

 

 

「そこまで言われちゃ、NOとは言えないかな。いいよ、ちょっとそこで見てて」

 

 

 私の可愛い可愛いお姫様たちに期待されちゃ、それに応えない訳にはいかないよね。

 

 予定調和の返答にキャッキャと喜ぶ2人を両腕から優しく剥がして、私は10年ぶりに筐体の前に立つ。

 ふじゅ~を入れて、撥を手に取る。うん。最後に触ってから結構経つけど、当時の感触と重さを思い出してきた。

 

 

「んー、やっぱり前にやった時から楽曲も随分変わってるなぁ。最近のライバーの曲もいくらか……あ、お兄ちゃんたちの新曲もある」

 

 

 暫く楽曲セレクトの画面を操作する中で、ふと思い出す。

 そういえば、かぐやの復活ライブにあたって色んなところからコラボの声がかかってたっけ。

 

 あんまりにもたくさん来たもんだから、10年経っても人気が落ちてないのすげー、ってかぐやと喋ってて。

 ひとつひとつ検討はしたけど、どれを受けてどれを落としたかの全部をしっかり覚えているとは言い難かった。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、事ここに至って「そういえばここの案件も受けたんだった」と思い出した訳で──

 

 

「あっ、かぐやのデビュー曲じゃーん! こないだのライブでも歌ったよねー」

「おやぁ? 前みたいにヤチヨの曲を選んでくれないのかなー?」

「むー、(かぐや)の曲は(ヤチヨ)の曲でもあるじゃん」

「どうかなー。この曲メインでやってた当時はかぐやとヤッチョは別人扱いでしたしー? 後で私の曲もやってほしいなぁ~♪」

 

 

 後ろのオーディエンスのわちゃわちゃを聞きながら、少しだけ目の前の画面に見入る。

 

 『私は、わたしの事が好き。』……このタイトルが数ある楽曲と一緒に並んでいるのを見ると、どこか感慨深さを感じてしまう私がいた。

 10年前は結局、コラボライブの後すぐにかぐやが月に帰っちゃったから、この辺の案件は受けれず仕舞いだったしね。

 

 いいでしょう。折角こうして目についたんだから、選ばない手は無いよね。

 私は迷いなく、かぐやの曲を選択する。難易度は勿論……

 

 

「いっちばん高いやつ、でしょ? あんたたちのお望みは」

「もっちろん!」

「変わらずチャレンジャーだねぇ♪ この10年で鍛えた腕、期待させてもらうよ~?」

 

 

 はいはい、仰せのままに。

 

 実のところ、このゲーム自体は10年ぶりだけど他の音ゲーをやってこなかった訳じゃない。

 ライバー・いろPとしての活動とかヤチヨとのコラボとかで色んなゲームを触ってる内、そういう音ゲーに挑戦した事もある。

 

 それに、これは私が作ってかぐやが詩をつけた初めての曲。

 音ゲー用に調整されてたって、メロディもリズムも手に取るように分かる。

 

 そして、何よりも。

 

 

「……うん。聞き慣れたメロ。これならいける」

 

 

 かぐやとヤチヨが見ててくれるんだもん。

 カッコ悪いとこなんて見せられる訳ないでしょ。

 

 一瞬息を整えている内に、流れ出すメロディ。

 気合十分に撥を振るえば、思った通りのタイミングで音符(ノーツ)が叩かれる。

 

 普段はキーボードばかり触ってるけど、久々に太鼓を叩くとこれはこれで楽しくなってきて。

 集中するあまり周りの音も、そしてかぐやたちの声も耳に届かなくなるのは、やっぱり10年前と変わらなかった。

 

 そうして、決断的に最後の一打を振り下ろせば。

 

 

 

『──フルコンボ、めでたしや~!』

 

 

 

 ミスなんてひとつも無い、パーフェクトクリア。

 画面の中のヤチヨが、楽しそうに踊りながら祝福してくれていた。

 

 文武両道才色兼備の面目躍如を果たして、全身の緊張をほぐすように鼻から息を吐く。

 髪の毛が汗で顔に張り付いているのを自覚する。うーん、体力は昔よりちょっと落ちたかもしれない。

 

 あ、そうだ。

 

 

「どう? ご期待には沿えましたでしょ──……っと?」

 

 

 2人の事だから多分、振り向いた瞬間に飛びついてくるだろう。

 そう思って、足に力を入れて踏ん張る用意をしながら振り返ったけど……あれ?

 

 

「……」

「かぐや? かぐやさーん?」

「……」

「ヤチヨー? え、どした?」

 

 

 ポーっと、まるで熱に浮かされたように紅潮する頬、絶えず揺れる瞳。

 かぐやとヤチヨは、その場に突っ立ったまま目を見開いて、ただ私を凝視し続けていた。

 

 何か変な事でもあったのだろうか。

 怪訝にしていると、やがて半開きになっていた2人の口からほぼ同時に言葉が紡がれる。

 

 

 

「彩葉、メロすぎる……」

「私、彩葉と結婚したいかも……」

 

 

 

 ……ああ、成る程?

 そういえばかぐや、前に私がプレイしてた時も「横顔がカッコよくて素敵だった」だなんて言ってたっけ。

 

 私のプレイに見惚れちゃったか、そっかそっか。

 でもね? お嬢様方。

 

 

「なに言ってんの。実質結婚してるようなもんじゃん、私たち。それに、8000と10年分しっかり愛してくんだから、このくらいで惚れ直してたらこの先保たないよ?」

 

 

 あ、かぐやが胸抑えて蹲った。

 ヤチヨも顔を両手で覆ってるし。

 

 そんなに照れられても、紛れもない本心なんだけどね。

 

 かぐやと初めて会ってから彼女が月に帰るまでの2か月間、もっと言いたい事、言わなくちゃいけない事がたくさんあったはずなのに。

 それを言わないまま別れて、8000年の孤独を与えてしまったのは私の責任だ。

 

 だから、こうして彼女たちに体も感覚もあげる事ができた以上、私はその分だけの愛を一生かけてあげないといけない。

 これは義務でも贖罪でもなくて、私が心からやりたいからやってる事。私だってもう、2人がいない人生なんて考えられないんだから。

 

 ……そう宣言して毎日毎日でろでろに甘やかしてるのに、かぐやもヤチヨもすぐに顔を赤くしちゃう。

 昔は2人に何かとドギマギさせられてた(実は、今でもしちゃう時はある)けど、今ではすっかり攻守逆転。ま、そうやって照れてるところも可愛いんだけど。

 

 

「さって、次はヤチヨの曲だっけ? いいよ。何やってほしい? 2人に選ばせたげる」

「あっ、えっ!? か、かぐやねっ! 3人で遊べそうなゲーム探してくるねっ! ねっ、いいよね!? じゃ、行ってきま~~~っす!」

 

 

 逃げたな。

 文字通り脱兎の如く店の奥へと走っていったかぐやの背中に、やれやれと息をついて撥を筐体に戻す。

 

 不意に視線を戻すと、そこにはヤチヨの姿。

 彼女の顔はまだ赤いままで、けれど幸せそうに頬を緩ませていた。

 

 

「どうしたの? やっぱりもう1曲やってほしい?」

「それは是非とも! ……なんだけど、そうじゃなくって。(ヤチヨ)は果報者だなぁって思ったのです。勿論、(かぐや)もね」

 

 

 軽いステップを伴って、ヤチヨが寄り掛かってくる。

 自分の背中を完全にこちらへ預けてくるのは、私が必ず支えてくれるという信頼あってのもの。

 

 

「前に、ここから帰る時に話してた事、覚えてる?」

「忘れるもんですか。あれでも私、あなた(かぐや)にああ言って褒めてもらえた事、結構嬉しかったんだから」

「ふふっ……♪ もっと早く知りたかったなぁ、それ」

 

 

 その節は非常に申し訳なく……。

 バツの悪そうな顔をする私を見て、ヤチヨは艶やかな口元を見せる。

 

 

「彩葉ってば、何事にも真剣だったよね。勉強も、バイトも、ライバー活動も……そしてゲームも。真剣で、本気で、全力で。いつも全力全開だから、無理のしすぎで熱出しちゃったりした事もあったし。この10年で、何回も」

「うう、お恥ずかしい……。その事でヤチヨや皆に何度叱られたか分かんないや」

「でも、それが彩葉なんだよね。いつも真剣で、本気で、全力で……何事にも、手を抜かない。私がおねだりした時だって、嫌な顔こそするけど手抜きだけはしなかった。今だってそう。ゲームひとつにも全力な……そんな彩葉の延長線に、ヤチヨたちは立ってる」

 

 

 だから、と世界一のお姫様は微笑む。

 

 

 

「ありがとね。あなたが本気で走ってくれたから、(ヤチヨ)は今こうして救われてる。毎日幸せいっぱいで、何するのも楽しくって……明日が楽しみで待ち遠しいって、そう思う日が来るなんて思わなかった。全部、彩葉のおかげ。大好きっ」

 

 

 

 幸せそうで、楽しそうで、嬉しそうで。でもちょっとだけ、今にも泣き出しそうな。

 そんな笑い顔を送られて、私は思わず彼女の髪を思いっ切り撫で回してしまった。

 

 

「わ、わ、わ!?」

「お礼を言うのはこっちの方。私だって、あなたたちに救われてるんだから」

 

 

 大好きなかぐや(ヤチヨ)。私のヤチヨ(かぐや)

 あなたたちの為なら、私はどこまでも力を振り絞れる。どこまでも頑張れる。

 

 あなたたちを幸せにする為に、あなたたちに笑っていてもらう為に、あなたたちにカッコいいって思ってもらえる為に。

 そして何よりも──あなたたちと一緒に、ハッピーエンドまで辿り着く為に。

 

 本当のハッピーエンドまでの道は長く遠い。

 だから、あなたたちから感謝されるにはまだ早いのです。

 

 

「さ、かぐやを追いかけよ。今日は目一杯遊ぶぞー!」

「……うんっ」

 

 

 私に撫で回されたせいで髪がくしゃくしゃになってもなお、ヤチヨの美しさは衰えない。

 遠くで手を振るかぐやの下へと、手と手を繋いで一緒に走っていく。

 

 握った手の温度。柔らかさ。すぐ傍で輝く愛しい笑顔。

 遠くからこちらへ呼びかける声。こちらを待ち侘びるあどけない笑顔。そちらへ向かう事のできる喜び。

 

 それらが綯い交ぜになって、複雑な(いろ)を形作っている。

 本当のハッピーエンドまではまだ遠くて、やる事もたくさんあって、まだまだ幸せにしたりされたりしたいのに。

 

 こんななんでもない一時が、私にはどうしようもなく幸せに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 なお、蛇足。

 いくら文武両道才色兼備音楽10の私と言えど、10年の歳月とデスクワーク中心の生活はそれなりに堪えたようで……。

 

 

「さっ、流石に……ダンスゲームは、キツい……っ!」

「おやおやぁ~、彩葉ってばもうバテちゃったのか~い?」

「ダンスならかぐやたちの得意分野だもんね~。いえいっ♪」

 

 

 息も絶え絶えの私の傍で、かぐやとヤチヨが軽やかにハイタッチ。

 たった今まで2人が遊んでいたゲーム──ダンス系の音ゲーは、高得点をデカデカと画面に映し出していた。

 

 流石は私の研究の集大成。これだけ激しいダンスをぶっ通しでしても、彼女たちは汗ひとつかいていない。

 完全な人間に近付ける為には、いずれは疲労の概念についても考えなきゃいけないんだろうけど……って、現実逃避はこの辺にしとこう。

 

 

「それじゃっ、約束通りダンス対決で勝ったから、今日のランチはかぐやたちが決めまーす!」

「はいはい、現役ライバー相手に勝てるとは最初から思ってませんよー……で、何食べたいの?」

「そりゃあ、もちろん」

 

 

 かぐやとヤチヨ。

 同じ出自、同じ記憶を持つ、異なる体、異なる人格の対照的な2人。この世界の誰よりも大切な人たち。

 

 そんな2人が顔を見合わせて──答えなんて最初から決まってると、そう言わんばかりに向き直る。

 とびっきり眩しくて可愛くて、愛おしい笑顔と一緒に。

 

 

 

「「モフモフふかふかの幸せパンケーキっ♪」」

 

 

 

 仰せの通りに、最愛のお姫様方。


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