薄紫のネックレス(魔法少女まどか⭐︎マギカ) 作:LongLong
番外編③『まどかとノア』
カナエの次は、ノアだった。
まどかに「もう一人、会ってほしい人がいる」と言ったら、まどかは二つ返事で灰谷市に来てくれた。四度目。もうこの街に慣れてきたらしく、駅の改札を出た瞬間に「あっちのパン屋さん美味しそうだったよね」と前回通った道を覚えていた。
待ち合わせは駅前の広場。沙耶が着いたとき、ノアはもう来ていた。
栗色の髪をいつものポニーテールに結んで、白いカーディガンにデニムのスカート。小さめのショルダーバッグを肩にかけて、スマートフォンをいじっている。沙耶が声をかけると顔を上げた。
「あ、沙耶。……で、その人は?」
「もう少しで来るよ」
「緊張するなぁ。沙耶のお母さんの友達って聞いたけど、どんな人?」
「優しい人」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
ノアが「情報少なっ」と笑った。沙耶も少し笑った。
改札から桃色の髪の女性が出てきた。カーディガンにワンピース。手には紙袋を持っている。沙耶たちを見つけて、小さく手を振った。
「お待たせ」
「まどかさん、こちらが灰原ノアです。わたしの……友達です」
「友達」のところで一瞬詰まった。ノアがそれを聞き逃すはずがなく、横目で沙耶を見て口の端を上げた。
「灰原ノアです。沙耶がいつもお世話になってます」
ノアはぺこりと頭を下げた。カナエとは全く違う、自然な人懐っこさ。まどかは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「鹿目まどかです。沙耶さんの友達に会えて嬉しい」
「あ、これ」
まどかが紙袋を差し出した。中を覗くと、焼き菓子が入っていた。
「見滝原の駅前のお店で買ってきたの。三人で食べようと思って」
「わ、ありがとうございます。沙耶、どこか座れるとこある?」
「公園」
「公園て。もうちょっとなんかないの」
「ない」
「あるでしょ普通に」
まどかが二人のやり取りを見て、小さく笑っていた。
灰谷中央公園のベンチに三人で座った。まどかが真ん中、沙耶とノアが両側。焼き菓子を分けて食べる。
「美味しい」
沙耶が言うと、まどかが嬉しそうに頷いた。
「このお店、昔杏子ちゃんっていうお友達が教えてくれたの。──『マミのケーキには負けるけど、焼き菓子は美味いぞ』って」
マミさん。お母さんの仲間。ケーキを焼いてくれた人。沙耶は焼き菓子をもう一口齧った。
ノアはまどかの横顔をちらちら見ていた。何か聞きたそうにしている。でも聞いていいのかわからないという顔。
まどかがそれに気づいた。
「なんでも聞いていいよ」
「あの……沙耶のお母さんって、どんな人だったんですか」
沙耶はノアを見た。ノアは沙耶に「いい?」と目で聞いた。沙耶は小さく頷いた。
まどかは少し考えてから、話し始めた。
「すごくかっこよくて、強くて、でも不器用な人だった。自分の気持ちを言葉にするのが苦手で、いつも行動で示すタイプ。最初はみんなとぶつかってばっかりだったの」
「沙耶みたいだ」
ノアが即答した。沙耶が「は?」と言った。
「だって沙耶、最初あたしから話しかけてこなかったじゃん。弁当持っていっても『おいしい』しか言わないし。それで突然傷だらけで帰ってくるし。説明なしで行動するところそっくりじゃん」
まどかが目を見開いた。それから、堪えきれないように笑い出した。
「そっくりだ。ほむらちゃんにそっくり」
「やめて」
沙耶の耳が熱くなった。
「ほむらちゃんもね、わたしの幼馴染のさやかちゃんによく『何考えてるかわかんない』って怒られてたの。でもね、ノアさん」
まどかはノアの方に向き直った。
「諦めないでくれた人がいたから、ほむらちゃんは変われたの。怒りながら、ぶつかりながら、それでも離れないでいてくれた仲間がいたから」
ノアは黙って聞いていた。
「ノアさんも、そうだったんじゃないかな。沙耶さんに対して」
「……まあ、弁当は持っていき続けましたけど」
「それだよ。それが大事なの」
まどかが笑った。ノアも笑った。沙耶はベンチの端で焼き菓子を齧っていた。
「沙耶さん、いい友達がいるね」
「……はい」
「ノアさん」
「はい」
「沙耶さんのこと、これからもよろしくね」
ノアは一瞬きょとんとして、それから、しっかり頷いた。
「もちろんです。っていうか、あたしが頼まれなくてもそうしますけど」
「うん。それが一番頼もしい」
風が吹いた。公園の木の葉が揺れた。三人のベンチに午後の光が落ちている。
沙耶はふと思った。お母さんが生きていたら、ノアのことをどう思っただろう。
たぶん、何も言わない。でも弁当のおかずが一品増える。ノアの分が。黙って。説明なしで。
「まどかさん」
「ん?」
「ありがとうございます。来てくれて」
「こちらこそ。……弟さんのこと、ノアさんから少し聞いてもいい?」
ノアが「はい」と答えた。ユウキが目を覚ましたこと。半年間の昏睡。今はリハビリ中だけど、来月には学校に戻れそうだということ。
まどかは静かに聞いていた。それから、小さく言った。
「よかった。沙耶さんが頑張ったから、その子は目を覚ませたんだね」
沙耶は首を振った。
「私だけじゃないです。カナエさんと、お母さんと。……それと、ノアの弁当」
「弁当関係なくない?」
「ある。あれがなかったら途中で倒れてた」
ノアが「大げさだなぁ」と言って、沙耶の肩を軽く叩いた。まどかがまた笑った。
帰りの駅で、まどかはノアに手を振った。ノアも手を振り返した。改札を通る前に、まどかが沙耶の耳元で囁いた。
「あの子、さやかちゃんに似てる」
「え?」
「お節介なところが」
沙耶はノアの背中を見た。ポニーテールが揺れている。さやか。ギターを弾いていた人。お母さんの記憶の中で、いつも笑っていた人。
「……そうかもしれません」
まどかは改札を通って、もう一度振り返った。
「また来るね」
「はい」
桃色の髪が人混みに消えた。沙耶は駅前に立ったまま、しばらくそこにいた。ノアが戻ってきて「なに突っ立ってんの、帰るよ」と腕を引っ張るまで。