ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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12話

 

 

 夕方。

 貸し切り状態となっているアリーナのフロアに、香ばしい匂いが漂い始めた。

 

「光太郎さんお待たせー! カフェテリアから色々持ってきたよ。一緒に食べようよ!」

 両手に大きな袋を抱えたルカたちが、光太郎の元へと駆け寄ってくる。シートの上に広げられたのは、大皿に盛られた中華料理がメインの豪華なオードブルセットだった。

「これ、麺が伸びる前に食べて。光太郎さんにぜひ食べてほしいんだ!」

 ルカが自信満々に、湯気を立てる麺の入った器を差し出す。

「これは……なんだ?」

「刀削麺って言うんだ!」

「どんだけお前は刀削麺を人に勧めるんだ」

 ユキがやれやれとため息をつく。

「ああ、あの……片手に生地、片手に包丁を持って湯の沸いた鍋の前に立ち、生地を細長く鍋の中に削ぎ落として茹でるやつか」

 光太郎は、大真面目な顔でスラスラと解説を口にした。

「しっとったー!! なんやねん! その台詞、全国共通のテンプレなんか!?」

 めぐみが目をひん剥いてツッコミを入れる。

「ほう……光太郎さんとは、美味い酒を酌み交わす良い呑み友達になれそうですな……」

「お前は未成年だろ」

 貫禄たっぷりに頷くタマの頭を、ユキが軽く小突いた。

 

「「「いただきまーす!」」」

 賑やかな号令と共に、ささやかな宴が始まる。

「んっ! この麻婆豆腐、美味しい!」

「ああ。うん、美味いな」

 可憐の言葉に、光太郎も麺をすすりながら頷いた。

「この唐揚げもめっちゃ美味いなー!」

 めぐみが頬張ると、タマがチッチッチッと指を振った。

「めぐみさん。これは唐揚げではなく『ザンギ』と言うんですよ。北海道の名物であります! なんたって、ベ○食品のザンギのタレが使われてますからね!」

「この狂った時代に、○ル食品の調味料がまだ残ってんのかよ……」

 ユキが呆れ半分、感心半分の声を漏らした。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 食事が進むにつれ、話題は自然と彼女たちのこれまでの歩みへと移っていった。

 

 31Aという部隊が結成され、互いの第一印象が強烈だったこと。

 

 過酷な任務の中、強敵レッドクリムゾンとの戦いで第31B部隊の蒼井えりかを喪ったこと。フラットハンド戦で、蔵里見を喪ったこと。

 

 自分たちが「ヒトナービィ」だと初めて知らされた時の、逃げ場のない葛藤。特にめぐみがそれをどう乗り越え、今ここにいるのか。

 

 可憐の中にいたもう一人の人格、カレンちゃんとの永遠の別れと、それに伴う心の空洞。

 

 そして、それぞれが人間だった頃にどんな日々を過ごし、その過去をどうやって乗り越えようとしているのか。

 

 時折見せる痛ましそうな彼女たちの表情を、光太郎は黙って、ただ静かに聞き入れていた。

「……やはり、お前たちも壮絶な人生を歩んできたんだな」

 すべての話を聞き終え、光太郎は労うように呟いた。

「うん。……でも、私たちはこうしてここにいる」

 ルカは真っ直ぐに光太郎を見つめる。

「先のことは分からないけど、立ち止まらずに、前へ進んでいきたいんだ」

「おっちゃんはもっと、そうやって生きてきたんやろ? うちらより長い、過酷な人生の中で」

 めぐみの言葉に、ユキが腕を組んで頷く。

「そりゃそうだろうさ。軍に身体を弄くられて改造されて、生物兵器にされたんだからな……」

 

 ユキはそこで言葉を区切り、ふと疑問を口にした。

「けど……なんで軍は、キャンサーと人間を組み合わせようなんていう、狂気的な実験をしたんだ? 失敗して犠牲になった被験者は出なかったのか?」

「……もちろん、山のようにいた」

 光太郎の声が、一段階低く、重くなる。

 

「適合できずにショック死する奴や、異形の姿のまま暴走して、その場で殺処分される奴もいたそうだ」

 凄惨な光景を思い出すように、光太郎は目を伏せた。

「そもそも、詳しい目的は不明だが、キャンサーという生物は『地球の生物の知性』を求めているらしい。だから地球の生物を喰らい、その特性を取り込んで様々な形に進化している。現に、空を飛ぶタイプや獣型のキャンサーがいるだろう?」

 

「軍は、ヒトナービィ計画の裏で『怪人計画』というプロジェクトを秘密裏に進めていた。おそらく、地球上で最も知性が高い『人間』という種族にキャンサーの能力を直接埋め込むことで、何が起こるかを探っていたんだろう」

 

 光太郎は、己の腹部へと視線を落とす。

 

「だが、多くの被験者で人体実験を行う過程で、人間とキャンサーの細胞のみを組み合わせるより、そこに『他の地球の生物の遺伝子』をさらに組み込むことで、被験者の人格と生命活動が劇的に安定することがわかったんだ」

 

「ひどい話……」

 可憐が両手で口元を覆う。

「そこまでして生体兵器を作る必要……あったんですか……?」

 タマが震える声で尋ねる。

 

「科学の歴史は、見えない多数の犠牲の上に成り立っているわ。人を救うはずの医療技術もそう。皮肉な話ね」

 つかさが冷徹な事実を語る。

「最も……生きている人間を兵器に改造するなんて、反吐が出る人体実験だけど」

 

「だが、その実験において、適合率がずば抜けて高い人間が現れた。それが、俺と信彦だった」

 光太郎の拳が、微かに震える。

「そこで軍は、本命であった『キングストーン』と、生命力の強い『バッタ』の遺伝子を使った改造処置を秘密裏に行うことを、俺たちに提案してきたんだ」

「あんたらは……それに同意したのか?」

 ユキが息を呑む。

「……最初は反発したさ。だが、その時の俺たちに『断る』という選択肢はなかった。軍の極秘機密を知ってしまった時点で、易々と帰れるほど甘い組織じゃない」

 光太郎は、虚空を見つめながら語り続ける。

「それに……俺たちには、守りたい大切なものがあった。日常を、愛する人々を守るためには、圧倒的な『力』が必要だと、若かった俺たちは考えてしまったんだ。……人類の未来のためになるのならと、俺たちはその改造を受けると決めた」

 静かなアリーナに、光太郎の痛切な後悔が響き渡る。

「けど、それが本当に正しいことだったのか……数十年経った今でも、分からない時がある」

 

 光太郎は顔を上げ、決意を込めた瞳で少女たちを見つめた。

「もしかしたら、まだ生きている被験者――俺と同じような『怪人』が、この世界のどこかに潜んでいるかもしれない。……もしそいつらが、理不尽に人生を奪われたことで人間を深く恨み、人間に牙を剥くような存在に成り果てているなら……俺は、そいつらを俺の手で倒さなければならない」

「それが……狂ったシステムを作った親父たちが残した負の遺産に対する、俺なりの『償い』だ」

「被験者が……まだ生き残っているかもしれないの?」

 ルカが不安げに尋ねる。

「いるかもしれないわね。キャンサーに適合し、長寿を得た人間が」

 つかさが答えた。

「で、でも、言葉は通じるんですよね!? 対話はできますよね!?」

 タマが希望に縋るように身を乗り出す。

「光太郎さんのように、犠牲者でありながら人間に敵意を持たない強い心を持った人ならね」

 つかさは首を横に振った。

「けど……全員がそういう訳じゃないでしょ?」

「そんな……」

「自分の人生と尊厳を理不尽にぶっ壊されて、化け物として世界に放置されてるんだからな。……人間を恨むなってほうが、無理な話だ」

 ユキの現実的な言葉が、重くのしかかる。

「…………」

 光太郎は何も答えず、ただ静かに目を伏せた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……そろそろ、手塚が言っていた時間になるな」

 ふと壁の時計を見上げた光太郎が、静かに立ち上がる。時刻は、深夜の0時を回ろうとしていた。

「え? もうそんな時間?」

 ルカが驚いたように目を瞬かせる。

「結構濃い内容の話をしてたからな。すっかり夢中になっちまった」

 ユキも小さく伸びをした。

「消灯時間を超えて、こんな夜更けまで雑談なんて……私たち、完全に不良ですね!」

 タマがなぜか少し嬉しそうに胸を張る。

「なんでそんな誇らしげなんだ。元艦長なら、規律を重んじる側であれよ」

 ユキの呆れたツッコミが響いた。

 その時、アリーナの扉が開き、手塚司令が静かに足を踏み入れた。

「南光太郎。そろそろ出発の準備を……あら。あなたたち、まだいたの?」

 手塚が目を細める。

「し、ししし、司令官!? い、いいえ! これは決してただの夜更かしなどではなく、光太郎殿に人生の深いご指導をいただいておりまして!」

 タマが慌てて直立不動の姿勢をとる。

「さっきまでお前、床に寝っ転がりながら杏仁豆腐食ってただろうが」

「はぁ……まあいいわ。あなたたちは特別休暇中だしね。あとで片付けておきなさい。」

 手塚は小さくため息をつき、光太郎へと視線を向けた。

「そろそろ彼が出発するから、あなたたちも最後まで見送って行きなさい」

「づかっちゃん、さっすがー!話が分かるー!」

 ルカがパァッと顔を輝かせる。

「今回だけの特例よ。調子に乗らないの」

 手塚はピシャリと言い放つと、光太郎を促して出口へと向かった。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 光太郎は支給された荷物をまとめ、手塚の案内で監視網を避けた極秘ルートを進む。

 辿り着いたのは、出口付近にある薄暗い巨大な機材倉庫だった。

「移動手段だけれど、乗用機械をいくつかピックアップしておいたわ。この中から、目立たないものを……」

 手塚が端末を操作しようとした、その時。

「ねえ、これなに? バイク?」

 倉庫の奥を物色していたルカが、厳重なロックとカバーで覆われた一台の二輪車を見つけて声を上げた。

「ただの廃棄車両にしては、ずいぶんと厳重で丁寧な扱いを受けているようね」

 つかさが興味深そうに観察する。

「それは……ただのバイクじゃないわ。かつてイージスタワーの地下深くから掘り出されたものよ。構造を見るに、現在のフロートバイクと似た技術が使われているらしいのだけれど……」

 手塚は困惑したように眉をひそめた。

「どうやっても、なぜか起動しないの。優秀な整備隊員に何度も見てもらったけれど、壊れているわけではないらしいわ。ただ……内部構造が『機械』と『生物』を融合させたように複雑すぎて、そもそもどうやって動かすのかすら誰にも分からないのよ」

 

「…………っ」

 その言葉を聞いた瞬間、光太郎の目の色が変わり、カバーの掛けられたその車体へと足早に近づいた。

「それは……『バトルホッパー』か!?」

「え? 光太郎さん?」

 可憐が不思議そうに首を傾げる。

 光太郎が震える手でカバーを剥ぎ取る。

 そこに現れたのは、バッタを模したような有機的なフォルムを持つ、無骨で力強い緑色のオフロードバイクだった。

 光太郎が、その冷たい装甲にそっと手をかざす。

 

 ――その瞬間だった。

 キュオォォォォン……ッ!

 

 ずっと沈黙していたバイクの巨大な赤い双眼(ライト)が、まるで長き眠りから覚めた主の顔を認識したかのように、突如として赫く発光したのだ。

 ドクン、ドクンと、エンジンが巨大な心臓の鼓動のように脈打ち始める。

「え! 動いたよ!?」

 ルカが飛び上がる。

「しかもひとりでに!? な、なんですかこのバイク!?」

 タマが腰を抜かしそうになる。

「お前……まだ残っていたのか……」

 光太郎は、まるでかつての戦友の肩を抱くように、愛おしそうにバトルホッパーの機体を撫でた。バイクもまた、主の手に呼応するように低く嬉しげな駆動音を鳴らす。

「あなたの……所有物だったの?」

 手塚が驚きを隠せずに尋ねる。

「ああ。軍が俺専用に開発していた自立型の生体フロートバイクだ。……まさか、こんなところに眠っていたとはな。これなら、自身のエネルギーで動くから、いちいち燃料の心配もしなくていい」

(こんな、意思を持ったような生体機械まで開発していたなんて……。南光太郎の存在といい、かつての軍は一体、どれほどの恐ろしい機密を隠し持っているというの……?)

 手塚は、底知れぬ軍の闇の深さに、密かに戦慄を覚えていた。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 倉庫のシャッターが静かに開き、夜の冷たい空気が流れ込んでくる。

「なあ、おっちゃん。これから、どこに行くつもりなん?」

 出発の準備を整えた光太郎に、めぐみが尋ねる。

「一度、『習志野ドーム』に向かうつもりだ。大阪から救出された葵が、そこでお世話になっているようだからな」

「習志野ドームに!?」

 めぐみが驚いて手塚を見る。

「私が許可したのよ。あくまでも、身分を隠した一般人として一時的に立ち寄るだけなら、問題ないと判断したわ」

「よかった……。葵ちゃんと、ちゃんと会えるのね」

 可憐が、自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。

「なあ、おっちゃん……」

 めぐみは一歩前に出ると、少し照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで光太郎を見上げた。

「習志野ドームで、『ルミ』っちゅう女の子と、『アキ婆さん』に会ったら……伝えてくれへんか? 『加藤えりが、よろしく言ってた』って」

 それは、めぐみがかつて習志野ドームで名乗っていた偽名であり、愛する家族へと向ける不器用なメッセージだった。

「……ああ、分かった。必ず伝えておこう」

 光太郎は、めぐみの想いの重さを汲み取り、深く頷いた。

「おおきにな」

 めぐみが、安心したように顔をほころばせる。

「それじゃあ、この先の細かい指示や情報のやり取りは、端末から追って連絡するわ」

 手塚が歩み寄り、光太郎と短い視線を交わす。

「ああ。よろしく頼む」

 光太郎はバトルホッパーに跨り、エンジンを吹かした。

「じゃあな。……また会うだろうが」

「ええ。達者でね」

 つかさが静かに手を振る。

「うん。またね! 光太郎さん!」

 ルカが満面の笑みで見送る。

「光太郎さん、元気でね! 絶対に無理しないで!」

 可憐が両手を大きく振る。

「風呂入れよ! 歯磨けよ! 顔洗えよ! 宿題やれよ! 風邪ひくなよ! ご飯食べろよー!!」

 タマが、どこかで聞いたことのあるような昭和のフレーズを全力で叫ぶ。

「見送りの挨拶、それでいいのかよ……」

 ユキがやれやれと首を振りながらも、口元には確かな笑みが浮かんでいた。

「ふふっ……お前たちもな」

 光太郎の顔に、この日一番の、穏やかで優しい笑顔が咲いた。

 

 ブオォォォォォォォン……ッ!!

 

 バトルホッパーが力強い咆哮を上げ、夜の闇へと飛び出していく。

 見上げる空には、こぼれ落ちそうなほどの満天の星が輝いていた。

 過酷な運命を背負いながらも、新たな希望と共に走り出した一人の仮面ライダー。

 その頼もしい背中が星屑の荒野へと小さく消えていくのを、31Aの少女たちはいつまでも、いつまでも見守っていた。

 

 

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