東島丹三郎はヒグマに勝てる
すなわち、東島丹三郎はグラニュートに勝てる?
というわけで東島丹三郎がグラニュートと戦うクロスオーバーです。
『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』はアニメしか見ていないので、原作マンガと矛盾があったらごめんなさい。
街灯も無く、暗闇に支配された夜道を一人のサラリーマンがヨタヨタと歩いている。千鳥足、という奴だろう。グラニュート、モッスは人間界に来て学んだ言葉を思い出した。
人間は酒という飲み物で酔っぱらい、幸せになれるという。
闇菓子という甘美な味を既に知ってしまった以上、酒という飲み物に興味はない。しかし、酒によって上機嫌となった人間は上質なヒトプレスになる。これは重要だ。上質なヒトプレスを集めなければ、闇菓子はもらえないのだから。
この夜道は狩場だ。酔っ払いのサラリーマンは調子外れの歌を口ずさんでおり、後ろを尾けているモッスに気づく様子もない。
腹の口、ガヴから化け人形を外す。これで窮屈な人間の姿から解放され、グラニュート本来の姿に戻ることができる。
簡単なもんだ……。
ガヴから舌を伸ばす。長い舌はまっすぐにサラリーマンへと向かい……巻き付く寸前で跳ね飛ばされた。
「何だ!?」
サラリーマンの仕業ではない。獲物は気付いた様子も無く、変わらずに歩いている。
何者かの妨害だ。
そこで脳裏を過ぎったのはグラニュートハンターの存在だ。赤ガヴや裏切り者が出たら逃げろとバイトマニュアルにも書いてあった。
逃げるか……?
逡巡するが、既に夜も遅い。あの獲物を逃したら、今日はこれ以上の狩りができないだろう。
「そこまでだ、ショッカー!」
警戒するモッスの目の前に現れたのは、ただの人間だった。先ほどのサラリーマンと大して変わらない、中年男性のようだ。ただ奇妙なのが、顔がはみ出るような安っぽい仮面を付けていることだ。
その男を見て、舌なめずりをする。
先ほどの声からも感じたが、仮面越しにも伝わるほどに、男は幸福感に満ちている。酔っ払いでも滅多に見ない、異常なほどの歓喜だ。
別の獲物がかかった。
モッスは再びガヴから舌を伸ばした。狙いは当然、仮面を被った男だ。
人間には到底避けることのできない高速の舌。それを、男は避けるどころか殴り返した。
舌を殴られるという経験の無い苦痛に、苦悶の声が漏れる。
思わぬ反撃に戸惑うモッスへ向けて、男は奇妙なポーズを取りながら宣言した。
「そんなもの、仮面ライダーには通じん!」
「仮面ライダー……だと?」
グラニュートハンターが人間界でそう呼ばれている、という話は聞いたことがあった。しかし、仮面ライダーを名乗る男の腹にガヴはおろか、赤ガヴもない。どう見てもただの人間だ。
そもそもグラニュートの正体を表せば、普通の人間は逃げるはず。にもかかわらず、男は向かってきた。
困惑するものの、好都合ではあった。この男が発する幸福感は素晴らしい。上質のヒトプレスとして、報酬も弾んでくれるに違いない。既に獲物を一匹逃している。絶対に逃すことはできない。
「行くぞ、ショッカー!」
男の拳が鳩尾に突き刺さる。
人間の攻撃など大したことはない。そう思い込んでいたが、恐ろしいほどの衝撃が全身を貫く。
グラニュートの身体が後方へと大きく押し出された。踏ん張るのが遅れていたら、そのまま倒れていたに違いない。
「な、なんだと!?」
押し潰されるような痛み。内臓がガヴから飛び出しそうになる。
スパイスの原料でしかない人間によって、グラニュートの強靭な身体が傷つけられた。怒りと悔しさに、モッスの視界は真っ赤に染まった。
「人間ごときが!」
モッスは感情に任せて腕を振るった。闇菓子にするための手加減などまるで考えていない一撃だ。
人間ではありえないほどに太い剛腕がかすめる。直撃ではなかった。にも関わらず、男の腕は大きく傷つき、赤い血を舞わせた。
「おのれ、ショッカー!」
しかし、男は一歩も引かなかった。それどころか仮面越しにも分かる程に、その目は爛々とした輝きを放っていた。
なんだこいつは!?
幾度もの攻防を経て、モッスも何度か打撃を受けた。それなりに痛いが、闇菓子のためと思えば我慢できる。
対して、仮面ライダーを名乗る男は全身から血を流していた。グラニュートの攻撃を受けている以上、直撃を避けたところで無傷ではいられない。
間違いなく人間だ。グラニュートの一撃をまともに受ければ即死。男もそれを分かっているからこそ、致命傷になるような攻撃を避けているのだろう。
一手間違えるだけで命を失う、圧倒的に不利な状況。
だというのに、勢いがまったく衰えない。狂気的なまでの歓喜の表情を浮かべている。
理解ができない。
短くはない期間、人間界で狩りを行なってきたモッスもこんな人間は初めてだ。
肉体的には絶対的な差がある。だというのに、圧倒されているように感じていた。
拳を大きく振りかぶり、間近に迫ってくる。
「く、来るなぁーっ!」
恐怖にかられたモッスはグラニュートとしての能力、鱗粉をばら撒いた。鱗粉の真っ只中に突っ込んできたところで、一気に爆発させる。
大した威力はないが、さすがに怯むはずだ。そこをヒトプレスにしようと舌を伸ばす。
だが、男はまったく怯まなかった。小揺るぎすらせず、爆発の中を駆け抜けてくる。
「ラァァイ、ダァァッ! パァンンチッ!」
裂帛の気合いと共に、ガヴの中へ拳が打ち込まれた。あまりの激痛に目の前が真っ白になり、一瞬意識を失う。
「ガッ……ハァッ!?」
顔を振り、呼吸を整える。回復した視界に男の姿は映らなかった。
奴はどこだ!?
「ラァァイ! ダァァッ!」
魂を振り絞るような絶叫に上を向く。モッスの目には跳躍した男とその靴底が映った。
あれはまずい!
本能的にそう思っても、身体が言うことを聞かなかった。足は地面に縫い付けられたように動かない。男の姿が見る間に大きくなる。
「キィィッック!」
強烈な蹴りがガヴを打ち抜いた。
全身全霊を込めた一撃。
男は着地もできず、尻餅をついた。
モッスの舌は根本からちぎられていた。改造されたガヴ機関も、内臓も完全に破壊された。酔っ払いの千鳥足よりも覚束ない足取りで後退する。
立ち上がった男は、再び奇妙なポーズを取って宣言した。
「この仮面ライダーがいる限り、ショッカーの好きにはさせん!」
「ショ……ショッカーって、なんだぁー!?」
モッスはそのまま仰向けに倒れ、事切れた。そのまま爆発四散。
後には、天を仰いで吠える男だけが残された。
* * *
しばらく後、ストマック本社にエージェントからの報告が届く。グラニュート界の暗い空に、ランゴ・ストマック社長による驚愕の叫びが響き渡った。
「何ぃ!? また新たなグラニュートハンターだとぉ!?」