ToLOVEる ~ 生まれ変わった意味を探して~ 作:アイスが食べたいマン
「貴方はあの人を振り向かせる為に産んだのよ」
「…え?」
やせ細って皮と骨しかないボロボロの小さい子供と顔に靄がかかった女性が俺の目の前に映し出される。
「それ以外に貴方に使い道がない、そんなガキにはこれがお似合いよ?」
「……!」
「ほら餌よ、貰えるだけ感謝して野良犬の様に食べなさい?」
子供の目の前に投げ捨てられた物は、明らかに腐った生ゴミ…子供はそんな生ゴミでも生きる為に地べたに這いつくばって食べ始める。
「──────」
「フン、本当に汚らしい、けどこれならゴミを捨てる手間が省けるわね」
子供は久しぶりの食事なのだろう、生ゴミを右手を使って無我夢中で食べ続ける。
「っ!!?アンタこぼしてんじゃないわよ!クソガキ!!」
「グアッ………おェェ…」
手で生ゴミを食べていた子供が床に少し食べこぼしただけで母親は子供の腹部を蹴り飛ばした。
蹴られた子供は食べた物を全て吐き出してしまう。
「ふざけんじゃないわよ!!床が汚れたじゃない!!!」
「っ…いたい…ごめんなさい…っ…ごめんなさい…」
吐き戻した子供にブチ切れた母親は何度も子供を殴る蹴るなど暴力を加える。
…何故、俺はこの光景を眺めている?手を伸ばせば、この子供を救えるのに…
「…はっ?」
俺は母親から子供を救い出す為、殴りかかった母親の手を掴もうとすると手がすり抜ける。
…これは夢なのか…でも夢だとしたらなぜ俺は…第三者のような視点でこの夢を見ている?
「…やっぱりそうなのか?」
考えが正しければきっと…
「…お母さん…ごめんなさい……」
「私の事を母親と気安く呼ぶなって言ったでしょ!?」
子供はその後も母親に謝るが、母親は許すこと無く、子供を何度も続けた。
◇
「………」
電車に揺られながら今朝見た夢を思い出す。
あの夢は、恐らく前世の小さい頃の俺と似たような境遇で育てられた朝比奈桜の過去。
俺が生まれた理由は母親が桐生夏樹を脅して大金を手に入れる為、朝比奈桜が生まれた理由は母親が時雨桜を振り向かせる為。
どちらも利用される為に生まれてきた。
(朝比奈桜は愛される事なく、育てられた…″辛かっただろうな″)
考え事をしていたら、目的の駅に着いた俺は電車を降りる。
(一緒に降りてきたな…一体誰だ?)
家を出てから、駅に向かっている間に俺の後を追ってきた歩いていたフードを被った人物、歩き方からして恐らく女性だ。
最初は美柑達かと思ったが、美柑達は───この事を話していない為───寝ている間に家を出たのと、九条先輩と里紗の身長に近いから恐らく違う。
九条先輩は午後から会う予定だし、里紗なら後ろから襲ってくる。
(ここまで着いてきたなら、尾行されている事は確定、誰か分からないが撒いた方がいいな)
美柑達が寝ている間に出てきた為、約束の時間まで撒くくらいの余裕がある。
…誰かは分からないがとりあえず、撒いてから約束場所に迎えばいい。
「…?……ッ!!?」
目的とは逆の改札から出ると後から追っていた人物は一瞬戸惑っていた気がした。
改札を出た俺は、そのまま駆け足で人混みが多い場所に向かうとそれに気づいた女性も駆け足でこちらを追ってくる。
(…戸惑ったのか?まさか、俺が行こうとしている場所を知っている?…いや、そんなはず…)
人混みに紛れて、路地裏に入り物陰に隠れると尾行していた女性は周りを見ながら俺を探す。
「───ッ!」
フードを女性は人混みの中を必死に探しているが俺を見つける事ができず、拳を強く握りしめながら、そのまま真っ直ぐ俺が行ったと思った方向に走って姿を消した。
(…チッ、追う時間はないな…あの女は一体誰だ?)
路地裏から出てきた俺は消えた女性の方へ視線を向けて女性が走って消えた道とは逆の方向へ歩き出す。
余計な時間を使ったが、反対側にあった約束していた場所───児童相談所に着いた。
「すみません、今日天馬透さんにお話を伺いに来ました時雨優斗です。」
「時雨優斗さんですね、お待ちしてましたよ、ご案内致しますね」
俺が受付の人に話しかけると客室まで案内される。
部屋に置いった椅子に座って待っていると、客室の扉が開きメガネをかけた40代ぐらいの男性が入ってきた。
「やあ、天馬透です。君が時雨優斗くんだね、待っていたよ」
「すみません、わざわざお時間を作っていただきありがとうございます」
俺は立ち上がってお礼を言うと天馬さんは優しい口調で″仕事なんだから、気にしないでくれ″と言って手元にあった資料を取り出して机に置いた。
「確か聞きたいことは君がまだ朝比奈桜くんだった頃の話だよね?」
「はい」
資料を机に置いた天馬さんはお互いに椅子に座ってから聞いてくる。
「何を聞きたいのかな?」
「過去の俺がどんな子だったのかを聞きに来ました」
「…まさか、あの時の事を覚えてない?」
「…はい、あまり…」
「なら、忘れたままの方が楽かもしれないよ?」
「…楽かもしれませんね、でも知りたいんです」
正確には知らないといけない…だけど。
「…そうか、あれから11年だしね…確かに忘れたままだと…もしもお母さんに出会ってしまった時が大変だからね」
「…?」
「これが君の個人情報が書いてある資料だ」
天満さんから資料を受け取り内容を見る、そこには南雲から貰った資料と似ている事が書かれていた。
「優斗くんのお母さんは、君を保育所や幼稚園などに通わせていなくてね、家に何度か伺ったって様子を見せて欲しいと言ったんだが会わせてくれなかった」
「………」
「隣人に話を聞けば、いつも怒鳴り声と何かを叩く音、子供の泣き声が聞こえてきたって言われてね」
「その時点で隣人の人は通報しなかったんですか?」
「…悩んではいたらしい、一度心配になってお母さんが何処かへ出かけたタイミングで隣人の人が優斗くんの家を尋ねたらしいが、君は出てこなかったみたいだ」
出てこなかったか、もしそこで助けを求めることができていれば───
「ただ、優斗くんのお母さんも何度も来る私に鬱陶しくなったのか一度だけ、ここに連れてきたんだ」
「…え?」
連れてくれば虐待している事がバレてしまう可能性があるのに、母親は俺を一度だけここに連れてきたのか。
「初めて君を見た時は驚愕したよ、身体は痩せ細っていてほぼ骨と皮、そして身体の見えない所は痣や傷だらけだった」
「………」
「言葉は年齢相応に話せていたが、文字の書き方が分からず、食具の使い方すら知らない」
夢で見た、朝比奈桜も右手を使って食べていた、もしあれが日常だったのなら、食具の使い方なんてわかるはずもないだろうな。
「箸の持ち方や文字の書き方を教えたら、ぎこちないが右手で上手にできていたよ」
「…全部右でやっていましたか?」
「あぁ、ハサミやボールを蹴ったり、投げたりするのも全部右だったよ?」
やっぱり、右手でやっていたのか…
「それがどうかしたのかい?」
「……いえ、気になっただけです、すみません話を遮ってしまって、話の続きを聞かせてください」
天馬さんは俺の言葉を聞くと″わかった″と言って続きを話し始める。
「お母さんとは別の部屋にして優斗君に話を聞いたが″僕は転んだだけでお母さんは悪くない″の一点張りだった」
「………」
「身体を確認して痣や傷が転んでできたものじゃないことは一目瞭然、間違いなく虐待されていると判断してた、優斗くんと優斗君のお母さん───朝比奈真夜さんが帰った後に管理者に連絡して対応してもらったよ、ただ…助けようとした時には、間に合わなかった」
…間に合わなかった、それはつまり、天馬さん達が動いた時には…
「…時雨桜が殺された」
「あぁ、そうだ、朝比奈真夜は君の父親であった時雨桜を殺してしまった、隣から悲鳴が聞こえてきた隣人が様子がおかしいと思い通報して君は保護された」
…そう、ここからは覚えている。
だって、母親が血の着いた刃物を振り下ろした瞬間、俺は前世の記憶を思い出したから。
「灰皿で頭を殴られたようで、頭から血を流していた挙句、栄養失調、生きていたのが奇跡だったそうだよ」
「…灰皿?」
「…覚えていないみたいだね、朝比奈真夜の証言だから、正しいか分からないけど、優斗くんは時雨桜に灰皿で殴られたらしいんだ」
「…何故?」
「自分に子供がいた事を認められなかった時雨桜が、優斗くんを殺して子供は存在しないって事にする為だったらしい」
俺を殺す為に時雨桜が俺の頭を灰皿で殴った…まさか、そのタイミングで……
「君が時雨春馬さんに引き取られる時、遠くから君を見た時驚いた、雰囲気だけだが、まるで人が変わったような、子供がするような目をしていなかった」
「………」
「人が殺される光景を見て余程辛かったんだろうね、あんな目になってもいても無理はない」
この時には既に俺は雨宮優斗の記憶を思い出していた。
…きっと天馬さんが見たのは、朝比奈桜ではなく俺を見たんだ。
「私が知っているのはここまでだよ、力になれたかな?」
「…はい、ありがとうございます」
「…あ!そうだ!一応、お母さんの写真を…あれ?入ってない?」
″おっかしいな?″と言いながら、天馬さんは母親の写真を探す。
…まさか?無くしたのか?…写真も個人情報だ、もし紛失したとなったらマズイのでは?
「…あれ?前はここにあったはずなのに…」
「失礼します、天馬さん、時間が…」
「…え?あぁ!もうこんな時間なのか!?」
部屋にあった時計を見て天馬さんは慌てだす、母親の顔はよく覚えてはいないが、会うつもりも会うこともない…無理に今見せてもらう必要はない。
「見つかったらでいいですよ」
「今見なくてもいいのかい?」
「…急いでませんから」
「すまないね、見つかったメールするよ!」
天馬さんはそう言って部屋を後にする、俺は九条先輩の家に向かう為、児童相談所を後にした。
「…ここに来た…間違ってないわ…貴方は───」
物陰から覗かれたように気がした俺が振り返るがそこには誰もいなかった。
◇
「…ここだよな?」
天馬さんとの話が終わり、児童相談所を後にした俺は、予定よりも少し早く九条先輩の家の前に着いていた。
「…デカイな」
目の前には武家屋敷があって、木で作られた表札には九条と書かれている。
俺がベルを鳴らすと″はい″と九条先輩の声が聞こえてきた。
「…時雨です」
[っ!?君か!少し待っていてくれ!すぐに行く!!]
予定より少し早く訪れた俺に少し驚いた様子の九条先輩の声が聞こえると、走ってくる足音と共に引き戸が開かれる。
「…来てくれてありがとう…その…あがってくれ」
「はい、お邪魔します」
少し緊張した様子の九条先輩は俺を家の中に招き入れると″ …こっちだ、ついてきてくれ…″と言って歩きだす。
…歩き方がぎこちないな、異性を家に入れるというのは緊張するもなのか?いや、九条先輩の場合はきっと…俺だから緊張してるのか…
「…お腹は空いているか?」
「朝から何も食べてないので、空いてますよ」
「…そうか」
九条先輩は部屋の前に立ち、襖を開ける前に俺に腹が空いているのか確認した後、覚悟を決めたように扉を開けた。
「おぉ…凄く美味しそうですね」
「そ…そうか?」
テーブルに並べられていたのは、ご飯と鯖のおろしポン酢とさつまいものレモン煮と味噌汁…ザ・和食でとても美味そうだった。
「…本当は君が好きな料理を作るつもりだったんだが、その…昨日、君の好みを聞けなくてな…」
「俺は九条先輩が手料理を食べれるだけで嬉しいですよ」
「ッ!?」
俺の言葉を聞いた九条先輩は顔を赤くして顔を逸らす。
「頂いていいんですか?」
「…あぁ…構わない…」
お互いに床に敷かれた座布団に座り手を合わせる。
「「いただきます」」
さて…まずは何から食べようか?
「…その頑張ってみたんだが…口に合うかどうか…」
「………」
「口に合わなかっ───」
「…美味い」
「!?」
俺は鯖のおろしポン酢をご飯に乗せて一緒に食べる、こってりしがちな鯖の味がおろしポン酢と合わせることで後味もさっぱりしていてとても美味しい。
「この鯖すっごい美味しいですよ、九条先輩」
「ほ…本当か!?」
「はい、すっごい美味しい」
俺が作る鯖のおろしポン酢より絶対美味い、これは家でも作って食べてみたいな。
「っ!こっちも美味しいですよ」
さつまいものレモン煮もほんのり甘酸っぱい味がさっぱりとした鯖のおろしポン酢に良いアクセントになっている。
「っ…君がそんな美味しそうに食べてくれるとは思わなかった」
「え?なんでですか?」
「優斗と美柑が作る料理は天条院家のコックより美味しいっと前に沙姫様が言っておられた」
沙姫さんが家出した時、確かにそんな事を言ってた気がする。
「沙姫様にそこまで言わせたんだ、きっと私より美味しい料理を作れる君に満足させられる物を作れると思えなかった」
「いや、この鯖のおろしポン酢、俺が作るヤツより絶対美味いですよ」
「それなら良かった…」
俺の言葉を聞いた九条先輩は嬉しいそうに微笑んだ。
九条先輩のこの鯖のおろしポン酢のレシピ…ぜひ教えて欲しいな…いや、教えてください。
「…優斗に喜んでもらえるのがこんなに嬉しいとはな」
小さく呟いた九条先輩の顔は耳まで赤く染まっていた。
その後、九条先輩の手料理を完食した俺と九条先輩は少し休憩した後、剣道場に向かった。
「…すごいな」
しっかり掃除された剣道場には誇りひとつなく、九条家がこの場所をどれだけ大切に使ってきたかがよくわかる。
「優斗、君の剣技と戦い方を私に教えてくれ」
「…喜んで」
俺は九条先輩に剣技を教える為に準備を始める。
「…っ!これは…」
「九条先輩は剣道を基礎ができています、だから第二ステップから始めます…これに慣れるまで時間がかかると思いますが、頑張ってください」
右手で竹刀を構える九条先輩の身体は左腕が後ろで拘束されている。
対する俺は左目と左腕と右足を拘束した為、使う事ができない。
「君が前に言っていた、師との訓練方法か…」
「…はい、手足を封じたのは状況をより戦場に近づける為、体の一部を失っても戦い続ける、これはその為の訓練です」
「…戦場に近づける為」
「片腕がちぎれても剣を振るえ、足が砕かれても前進しろ、例え両目が潰されようと気配を探り敵を探して斬り進め、そう習ってきました」
冬華教官とやった訓練を九条先輩に教える事になるとは思わなかったな。
「その状態で間合いを意識しながら、戦ってください」
「…わかった」
お互いに竹刀を構えると、先に九条先輩が動き始める。
~凛side~
竹刀を構えた私はそのまま優斗に向かって斬りかかる。
「っ!?」
優斗に私の攻撃をいなされる。
重心がぶれている、左手が使える感覚に引きづられているのか!
重心を修正すると間合いが変わる…ならもっと踏み込む!!
「動きが鈍いですよ、力で挑まないでください、足も疎かになっています、基礎を思い出してください」
「っ!!」
「もっと足を踏み込んでください…まだ…もう一歩前に!」
優斗は攻撃を防ぎながら、私に的確なアドバイスをしてくる。
…君はさすがだな、こんな短い打ち合いで私の改善点を的確に言い当てるなんて…
「…はっ!!」
「…動きが良くなってきましたね」
優斗に言われたが自分でもわかる、彼のアドバイス通りに動けば動く程、動きが良くなっていく。
刀も鋭く間合いも完璧に…
「…そろそろ、俺からも行きますよ?」
「ッ!?」
優斗の竹刀が上から私に向かって振り下ろされる、間一髪何とか避ける事ができた。
(っ!次が来る!?)
振り下ろされた竹刀が今度は横から、私の腹部を狙うようにはして優斗は斬りかかってくる。
…っ!避けることはできない…防ぐしかない!!
「…ぐっ!」
優斗の攻撃をギリギリで防ぐ、その瞬間、優斗はニヤリと笑みを浮かべた。
「よく防げましたね…けど…」
「…なっ!」
竹刀に力を入れた優斗は攻撃を防いでいた私の竹刀を強引に突破しようと力技で押してくる。
…まずい!力比べで彼には勝てない!!
「…力比べで勝てないなら、力比べを避ければいい」
「…っ…避ける?」
「連続で攻撃するのもいいですが、無理だと判断すれば、一度距離を取ることも大切ですよ」
「……っ!」
優斗のアドバイスを聞いて一度距離を取って構え直す。
「相手の動きをよく観察してください、次に何をするか…目の動き、姿勢の向き、足の動き、それをよく見て行動すれば、相手が次に何をしてくるかある程度の予測はできます」
「…随分無茶な事を言ってくれるな!」
君との戦いでそこまでできるわけないだろっと内心で叫び、再び優斗に向かって斬りかかった。
◇
「…さすがに終わりにしましょう、これ以上は九条先輩の身体が───」
「…はぁ…はぁ…っ…まだ!やれる!」
「九条先輩、さっきも言ってましたよ?」
その後、優斗に剣技や間合いや意識する点などを教わりながら、実際に彼と戦っていった。
この数時間だけでも私はかなり強くなれた気がするくらいには…
だからこそまだ続けたかった、優斗との稽古を…剣技を教わりたかった、だから優斗の静止を無視して稽古を続けた。
「…あ…れ…っ?」
私は意識が朦朧としてふらっと床に倒れそうになる。
「っ!九条先輩!!」
優斗は走って床に倒れそうになった私を抱きしめるように受け止める。
「…すまない」
「今回が最後じゃないですから、あまり無茶しないでください」
私を抱きしめる様に受け止めた優斗はそのまま座り込む。
優斗の胸に顔を埋めると優斗の汗と服の良い匂いが鼻に伝わってくる。
…ずっとこのまま、優斗に抱きしめられたいな
(っ!?私は何を考えて…)
そんな事をすれば沙姫様を裏切る事になる、絶対にダメだ!
私がそう思って優斗から離れようとすると、優斗は私をそのまま抱きしめた。
「な…なにを!?」
「…俺の方こそすみません、いくら九条先輩がやりたいと言ったとはいえ、もっと早く止めるべきだった」
「ッ!?」
「九条先輩に何かあったら、俺が悲しいですから」
「……バカ」
私が優斗を下から見上げると優斗はとても心配そうな顔をして私を見ていた。
…そんな顔で私を見ないでくれ…諦めたいのに諦められなくなってしまう。
…私を堕とそうとしないで…いや違うな…
「優斗」
「なんですか?」
「…もう少しだけこのまま私を抱きしめて欲しい」
私は既に堕ちてしまっていたんだ、彼の事を諦めたくないんだ。
(…すみません、沙姫様、私は優斗を諦めたくない…)
気づけば私は彼の胸の中で今日一日あった出来事を思い出しながら、沙姫様に謝っていた。
~優斗side~
「一つ聞いてもいいか?」
「いいですよ」
九条先輩を抱きしめてからしばらく経った後、俺の胸板に顔を埋めていた九条先輩が話しかけてくる。
「君は自衛隊だったんだよな?」
「はい…それが何か?」
「自衛隊なのになぜ人を殺していたんだ?」
…その事か、まあ普通、自衛隊は殺しなんて余程な事がない限りしないからな。
「…自衛隊と言っても、俺達は国に認められていない部隊でしたから」
「…?それは一体どういう意味だ?」
「俺達の部隊は政府非公認の組織、テロリストを暗殺するのも、悪党を殺すのも許可が必要ありませんでした″命令は一つ、捕縛もしくは抹殺そのどちらかを遂行するまで地の果てまで敵を追いかけ回す″」
俺達は国外逃亡した奴でも、捕縛もしくは抹殺のどちらかをするまで追いかけた。
そして政府非公認の組織だったからこそ、俺が11歳でこの部隊に入る事ができた。
「…地の果てまで追いかけ回す」
「はい、俺達の″特殊部隊ハウンズ″はそういう部隊です」
「ハウンズ…猟犬達か?」
「俺達は命令一つで猟犬の様に獲物を追いかけ回す」
「…だからハウンズなのか」
俺達が所属していた特殊部隊ハウンズは死体を確認もしくは捕縛するまで追い続ける。
昔、カレンちゃんと出会った村に国外逃亡した日本人テロリストを追うため、俺達は駆り出された時も日本人テロリストを捕縛もしくは抹殺するまで追い続けろと言う命令が下っていた。
「ハウンズには全員で何人いたんだ?」
「俺と輝と駿と冬華教官を含めて8人」
本当は話してはいけない事だが、この世界とは無縁の前の世界の話だ、これくらいはいいだろう。
「一人は駿が入隊する前に戦死しました、残りは俺が死ぬまでは健在でした」
「全員、君くらい強かったのか?」
「特に駿が入隊する前に戦死した人は強かったですよ」
戦死した人は冬華教官を慕っていて、俺がハウンズに入った時、周りに俺の実力を見せる為、初めて戦った男、彼は特殊部隊でもトップに入る程の実力者だった。
~回想~
冬華教官の弟子であった俺に負けたあの日から、彼はことある事に戦いを挑んできた。
「よォ!雨宮ァ!!」
「…またあんたか?」
「オレと戦えよォ!雨宮ァ!!」
「…諦め悪いな」
「諦め悪いだァ?諦めるわけねェーだろ?オマエに勝つまで何度でも挑み続けるさァ!」
思えばかなりしつこかった、しかもかなりタフで中々倒れない。
「…チェックメイト」
「…クソがァ…また負けちまったなァ」
会う度に戦えと言って挑戦してくるが、その度に負けていた、それでもあの男は何度も諦めず、俺に挑み続けた。
日を重ねて、戦えば戦うほど俺以上に成長して彼は強くなっていく、もしあのまま俺が桐生夏海に殺されたあの日まで戦い続けていたら、俺はきっといつか負けていた。
「出来ればオマエとは本気で戦ってみてェ!!だが、オマエは仲間だ…お互いの強さを高め合うくらいの戦いしか出来ねェ」
″マジで残念だよォ、雨宮ァ″と心底残念そうにしながら笑っていた。
「…本気で戦う…もしそうなれば、下手したらあんたは死ぬぞ?」
「やって見なきゃ分かんねェーだろォ?模擬戦とは話が違ェーからなァ?」
地面に倒れていた彼は″覚えとけよ?ルーキー″と言いながら俺を見た。
「どんな戦いにも絶対はねェ、勝つと思っていたヤツが負ける事だってあるんだからよォ」
「………」
「実戦になれば、オレが勝てるかもしれねェーぜ?」
彼は俺を見てそう言うと楽しそうに笑っていた。
~優斗side~
あの人が最後に聞いた言葉…あの後、冬華教官と一緒の任務で戦死したらしいが…詳細は冬華教官しか知らない。
「その人も刀を使って戦っていたのか?」
「いえ、あの人は刀よりボクシングやキックボクシングの様な戦い方を得意としてましたね」
俺が多少ボクシングの様な動きができるのはあの人の戦い方を見て覚えたから…回し蹴りに関しては、あの人の技を見て盗み応用した。
「戦い方に統一性がないのは何故だ?」
「自分たちが生きて帰還する為なら、各々の特技を活かした戦い方をしろと冬華教官に言われましたから」
俺が刀やCQCを使って戦っていた理由はこれだ、ナイフも得意ではあるが、ナイフよりリーチが長い刀の方が扱いやすかった。
逆に輝は自衛隊が使う、9mm拳銃の他にリボルバーや対物ライフル等の遠距離武器を好んで使っていた。
「君の師は部隊の皆に生きて帰ってこれるような指示を出していたんだな」
「そうですね、″俺達が死ねば次に死ぬのは俺達が守り生き延びるはずだった人間だ″ってよく言われていましたから」
今思えば、冬華教官も俺達にも生きて帰ってきて欲しいからあんなふうに言ったんだろうな。
「何故、君は戦場から逃げなかった?」
「…優華さんが死んだ後、戦い以外で他の生き方が分かりませんでしたから」
優華さんが死んだ後の俺には、冬華教官が教えてくれた言葉が全てだった。
まあ、輝と出会ってからはその考えも変わったのだが…
「……っ」
九条先輩は俺の言葉を聞いて顔が歪み、拳を握りしめる。
「九条先輩、そんな顔しないでください、辛かったけど、過去があったから今の俺がいるんです」
「…だが!」
「雨宮優斗という過去があったから、こうやって皆と出会って前を向いて少しずつ歩き始める事ができた…俺はそれだけで満足です」
…だからこれ以上の幸せを求めるつもりはない。
今、皆と過ごしているこの時間が俺にとって何よりの幸せだから…
「な…なぜ頭を撫でる!?」
「…嫌でした?」
「嫌ではないが…なんだか少し恥ずかしい」
「…可愛いですね、九条先輩」
「かわっ…私が!?」
「はい、めっちゃ可愛いですよ」
「なぜそんな恥ずかしいことを面と向かって言えるんだ!君はバカなのか!?」
抱きしめて欲しいと甘える九条先輩は誰がどう見ても可愛いだろ。
すみません。
自衛隊の特殊部隊に関してご指摘がありましたのでこれからは″特殊部隊ハウンズ″という名前もしくは″ハウンズ″で呼ばせていただきます。大変申し訳ございません。