BIOHAZARD - TARTARUS -   作:朔月夜宵

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2話

 

 

 

「アレイスター、ヘリの到着ポイントに着いたぞ」

 

『流石、お早いですね

 負傷者、殉職者、感染者はいませんか?』

 

「我々を舐めるな。

 誰も死んでないし感染していない!」

 

『はは、優秀で結構。

 さ、もうすぐヘリが来ますよ』

 

 市街地を歩くこと十数分。

 我々ウルフパックは、アレイスターの指定したポイントに辿り着いていた。

 

 道中、何度か活性死者──ゾンビの群れと遭遇したが、危なげもなく突破した。

 

 さっきまでと比べて格段に士気が高い。

 それだけ、何も手立てがない時の絶望感は、人の心を蝕むのだ。

 

 本来の我々に戻れば、

 この程度の地獄など、どうということはない。

 

 しばらく待機していると──

 

 低い振動音が、空気を震わせる。

 

 ドドドドド……。

 

 次第にそれは大きくなり、街全体を揺らすように響く。

 

 空飛ぶ鉄の鳥籠が、我々を迎えに来たようだ。

 

 漆黒の機体。

 その側面には、でかでかと"傘"のロゴが印字されている。

 

 アンブレラのお陰で散々な目にあった我々からすると、忌々しいマークだが……そんなヘリの操縦席から顔を覗かせたのは、意外にも陽気な雰囲気の男だった。

 

「よう、お前らがU.S.S.デルタチームか?」

 

「そうだ。そちらはアレイスターがよこした回収ヘリで間違いないな?」

 

 ルポが応えると、男は我々を舐め回すように見た。

 

 悪寒が走る。

 下衆な物差しで測られるのは、最悪だ。

 

 そして、良いものでも見つけたかのように目をギラギラと輝かせながら、言い放つ。

 

「おう。

 へ、エリート部隊って聞いてたが、まさか半数は女とはな。

 おーい、そこの小柄なネーちゃん、今晩空いてる? いい店知ってるぜ」

 

「コイツ……殺す」

 

「止めろフォーアイズ」

 

 いきなり発砲しようとするフォーアイズを、スペクターが抑える。

 

 これから長い空の旅が待っている。こんなところで不和を起こしていては先が思いやられるが──次の瞬間。

 

「なっ!?」

 

「お、おい!?」

 

 乾いた銃声。

 

 操縦士の頭が弾けた。

 

 血潮と肉片が飛び散る。

 そして、硝煙の匂いが微かに漂った。

 

 全員が、一斉にフォーアイズを振り返る。

 

「まさか本当に撃つこたぁねぇだろ?」

 

「折角の脱出の機会を、貴様……!!」

 

「ち、違う。私じゃない……」

 

 呆れる奴、怒る奴……三者三様の様相を見せる中、

 当のフォーアイズは、酷く狼狽えていた。

 

 それもそのはず。今操縦士を撃ち抜いたのは彼女ではない。

 

「そこに隠れているのはわかっている。

 姿を見せろ、クズが」

 

 我々の立つすぐ後ろの物陰。

 他のメンバーは見逃していたが、俺の目は誤魔化せない。

 

 銃口を向けると、そいつは観念したのか、あっさりと姿を現した。

 

「──まさかここでお前らに会えるとはな、U.S.S.」

 

 銀髪の大男。

 顔つきからして、ロシア人か。

 U.B.C.S.の装備。つまり、生き残りの傭兵。

 ……その顔は、何処かで見覚えがあった。

 

「ニコライ・ジノビエフ──」

 

 スペクターが小さく呟く。

 その声色には、静かな怒り──或いは嫌悪のような感情が込められていた。

 

「同郷か?」

 

「冷戦期……旧ソ連、スペツナズにいた男だ。

 直接の面識はない……だが、お前も作戦前のブリーフィングで顔は見ているはずだ……」

 

 言われて、記憶が繋がる。

 

 我々の元々の任務──アンブレラにとって都合の悪い存在の抹消──そのターゲットの一人に、確かこいつが含まれていた。

 

「裏切り者……か」

 

 U.B.C.S.──アンブレラに雇われた寄せ集めの傭兵部隊。

 表向きの任務は、市民の救助とB.O.W.の排除。

 ……だが実際は、戦闘データ取得の為の捨て駒にすぎない。

 

 そんな部隊に所属しながら、裏で他組織に情報を横流しにしている工作員がいた──それが、このニコライという男だった。

 

「聞き捨てならないな。

 俺はただ、より多く金を積まれた側に着くだけだ」

 

 ニコライが肩をすかして薄く笑う。

 

 俺はこういう人間が大嫌いだった。

 

「忠誠心の欠片も無い、守銭奴が……」

 

「ふんっ、忠誠を誓った飼い主に、切り捨てられた哀れな狼に吠えられてもな」

 

「なんだと……?」

 

 銃を抜く。

 

 しかし、ルポに制される。

 

「待て。

 貴様、なぜ操縦士を撃った? 

 やけになって心中でも考えたのか?」

 

 ルポの疑問は尤もだ。

 

 ここで我々を敵に回してまで脱出手段を奪うメリットは奴には無い。

 まさか奴の"雇い主"の命令でもあるまいし、理由が見えない。

 

 それに、こいつは俺たちが見捨てられたことを知っていた。

 

「ククク……俺は実に運が良い。

 なに、簡単な話だよ。

 偶々、君たちの無線を傍受してね……ここまで付けさせてもらったわけだ」

 

 成程、それなら我々の状況を把握していた点は合点がいく。

 だが、それなら尚の事、操縦士を殺す理由が無い。

 

「交渉だ、ウルフパック諸君」

 

 言うと同時に、ニコライが真っ直ぐこちらに歩き出した。

 

 一斉に銃が向けられる。

 

 プロの威嚇だ。大抵の人間は、ここで足を止める。

 だが、ニコライはそんな圧など意に返さんとばかりに、悠々と歩みを進める。その表情は自身に満ち溢れていた。

 ──まるで、勝利を確信しているかのように。

 

「狂ったかニコライ。貴様と交渉することなど何も無い。

 これ以上近づくなら──殺す」

 

「まあ落ち着けよ。

 俺なら、このヘリを飛ばせる。

 

 ……そう言えば、わかるだろ?」

 

「なに……!?」

 

 全員が、息を呑む。

 それは、交渉という名の、強要だった。

 

 U.S.S.は、アンブレラの「裏」の顔を担う、選りすぐりのエリート部隊。

 それぞれが各分野に精通したエキスパートだ。

 だが、それ故に汎用性に欠けるという欠点があった。

 

 そして、我々ウルフパックは、"黄道特急事件"によって壊滅したデルタチームを急遽再編成した、いわば予備パーツの寄せ集め。

 

 ──要するに、ヘリを操縦できる奴が居ないのだ。

 

 だが、そんなこと、ニコライには知る由もないはず。

 

 アンブレラの内情に詳しい者ならば、予想は出来るだろうが……そんな不確定要素に、命を賭ける。

 ──イカれている。

 

「ククク……その反応を見ればわかる。

 この賭けは俺の勝ちだな。

 さあ、共にここから脱出しようじゃないか」

 

「い、いや……! 

 待て、ひとまずクライアントに連絡させろ! 

 

 ──聞いているか、アレイスター。

 U.B.C.S.のニコライ・ジノビエフが接触。操縦士を殺し、我々と共にヘリに乗り込もうとしているが、どうする?」

 

 ルポが無線を入れる。

 すぐに応答が返ってきた。

 

『そんなに捲し立てなくても、

 全部、聞いてましたよ』

 

 狼狽するルポの反応を愉しんでいるのか、アレイスターの声色は上気していた。

 

『やっほー、久しぶりニコライ君。

 君がセルゲイ君と一緒にアンブレラに入った時以来だから……3、4年ぶりくらいかな?』

 

 ……正直、一番驚いた。

 どうやらアレイスターとニコライには、面識があるらしい。

 

「ふん、相変わらず奇妙な"お節介"を焼いているようだな。だが今回はそれに救われたよ。

 悪いがヘリの操縦は俺に交代だ」

 

『うんうん、構わないよ。

 寧ろ、君までついて来るなんて、僕もラッキーだな』

 

「……俺はお前に雇われるつもりは無いが?」

 

『君を雇ってる組織の当たりはついてる。

 こっちに着いたら、"お金の話"、しよ?』

 

「……」

 

 ニコライの顔から、笑みが消えた。

 何かを思案しているようだが、その真意は見えない。

 

『──と、雑談してる場合じゃないですね。

 皆さん、急いでそこから離脱してください。

 もうすぐ"滅菌作戦"が始まります』

 

 その一言で、全員が動いた。

 俺たちは急いでヘリに乗り込む。

 

 ニコライは操縦士の死体を放り出し、乱暴に操縦席に座った。

 

「飛ばすからな、舌を噛むなよ?」

 

 ニコライの軽口を無視し、各々素早くベルトを締める。

 

 ローターの風が、血と埃を巻き上げた。

 

 地面が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 

 崩壊した街並みが、眼下に広がる。

 

 ……助かった。

 

 誰も口には出さないが、その空気が、確かにあった。

 

 しばらく飛んでいると──

 不意に、音が消える。

 

 遠くの地平線が、白く"裂けた"。

 

 次の瞬間。

 

 遅れて、世界が揺れる。

 衝撃波が、空気を叩きつけるように襲いかかる。

 

 反射的に、振り返る。

 

 光が、街を呑み込んでいた。

 

 ビルが崩れ、炎が立ち上り──

 ラクーンシティが、消えていく。

 

「これが、滅菌作戦……」

 

『おー、綺麗ですね〜』

 

 1998年、10月1日。

 

 この日、合衆国の地図から、

 一つの街が、消滅した。

 

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