機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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規格外の感性(ゲーツ・キャパの戦慄)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

そして、そのシステムの精度を測るには、異なる設計思想に基づいた「個体」との比較が最も手っ取り早い。

 

宇宙世紀0085年、イズマの夜。

燃え上がる市街地の熱気が、輸送艦の観測デッキにまで届くかのように錯覚する。モニターに映し出されるドゥー・ムラサメのバイタル・データは、殺戮の最中にあるとは思えないほどに平坦で、凪いでいた。私の精製した感情沈殿剤は、彼女から「加害者である」という自覚さえも奪い去っている。

 

「……ムラサメ博士。オーガスタの『製品』が到着したぞ」

 

バスク・オムの横柄な声とともに、デッキのハッチが開いた。

現れたのは、ナカムラ博士の最高傑作――ゲーツ・キャパだ。

彼は、ムラサメの調整体のような「空虚な器」ではない。肉体は薬理と外科手術によって極限まで研ぎ澄まされ、その神経網は闘争本能を増幅させるために再配線されている。いわば、ムラサメが「静」の国有化なら、オーガスタは「動」の侵略だ。

 

ゲーツ・キャパは、モニターに映るドゥーの戦いぶりを一瞥した。

その瞬間、彼の端正な顔が、生理的な嫌悪感によって歪むのを私は見逃さなかった。

 

「……何だ、これは。博士、これが貴様の言う『完成形』なのか?」

 

ゲーツの声は、震えていた。怒りではない。それは、生命体が本能的に抱く「理解不能な深淵」への恐怖に近い。

 

「お気に召さないかな、ゲーツ少尉。彼女は今、完璧なシステムの一部として機能している。恐怖も、迷いも、敵意すらも、すべては薬理の底に沈殿させてある。不純物のない、純粋な兵器の姿だ」

 

「兵器だと? 違うな。あそこに浮いているのは、ただの死体だ。死体が機械を動かしている。……反吐が出る。闘争心のない人間に、サイコミュの真価が引き出せるものか」

 

ゲーツは自身のこめかみを指で叩いた。

彼の脳内では、ナカムラ博士が処方した「闘争神経増幅剤」が駆け巡り、常に他者のプレッシャーを鋭敏に察知させている。彼にとって、戦場とは魂と魂が削り合う熱量(ヒート)の場だ。

だが、モニターの中のドゥー・ムラサメからは、何の熱量も、何のプレッシャーも伝わってこない。

 

彼女は、ただそこに「在る」だけ。

引き金を引き、メガ粒子砲を掃射し、都市を灰に変えながら、その内面には一片の感慨も、殺意すらも存在しない。

ただ、システムが要求する最適解を、神経細胞が反射的に出力しているだけの空洞。

 

「……少尉、君には理解できないだろうね。君のような『規格外の感性』は、連邦の管理OSにとっては調整が難しすぎるバグに近い。一方、彼女は国有化された資産そのものだ。君が感じるその『戦慄』こそが、ムラサメ・フォーミュラがジオンの精神主義を完全に解体した証なのだよ」

 

私は皮肉を込めて微笑んだ。

ゲーツ・キャパは、激しい拒絶を示すように私から視線を逸らし、モニターを凝視した。

彼には、ドゥーの背後に広がる「絶対的な虚無」が見えているのだろう。

オーガスタの手法が、人間を「超人」に変えようとする足掻きだとするなら、私の手法は、人間を「無」という名の完璧な部品へ加工する冒涜だ。

 

「俺に、あの『死体』と編隊を組めと言うのか。バスク大佐、冗談ではない。俺の感覚が狂う。あの空っぽの闇に引きずり込まれそうだ」

 

「黙れ、ゲーツ。貴様の感性がどうあろうと知ったことか。閣下が求めているのは結果だ」

 

バスクの冷徹な一喝に、ゲーツは奥歯を噛み締めた。

彼の研ぎ澄まされた共感能力は、ドゥーの空虚さを「無音の叫び」として受容してしまっている。

規格外の感性を持つがゆえに、彼はムラサメの深淵に耐えられない。

 

私は日誌を取り出し、ゲーツの反応を詳細に記録する。

 

「オーガスタ研の被検体ゲーツ・キャパによる拒絶反応を確認。興味深いことに、肉体強化型の調整体は、薬理沈殿型の空虚さに対し、生物学的な嫌悪を示す。ムラサメ・フォーミュラが生成する『絶対的な無』は、他者のプレッシャーを無力化する究極の盾となり得るが、同時に味方の精神を磨耗させる毒ともなる。……この『空虚さ』こそが、連邦が手に入れた最強の盾だ」

 

ゲーツ・キャパは、吐き捨てるようにデッキを後にした。

彼の背中を見送りながら、私はサイコ・ガンダムの火線がイズマの街を切り裂くのを眺めていた。

 

システムは、より効率的で、より感情のない方向へと進化し続ける。

ゲーツが抱いた戦慄は、旧時代の人間が、完成された未来の「部品」を初めて目にしたときの、正しい反応と言えた。

 

「……理解する必要はないよ、ゲーツ少尉。君もいずれ、その熱すぎる感性が焼き切れたとき、私の処方箋を求めることになるだろうからね」

 

イズマの夜は更けていく。

地上の地獄を映すモニターの前で、私は新しい薬理の配合を思考し始めた。

空虚な器に、さらなる「効率」を詰め込むための、冷たいレシピを。

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