機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

17 / 24
運命の改め(胸中の心臓)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

そして、そのシステムが描く「運命」という名のシナリオは、適切なロジックさえあれば、解剖学的に上書きすることが可能だ。

 

宇宙世紀0085年。イズマの空。

未知のサイコミュ機「ジークアクス」との交戦により、戦場は臨界点を越えた混乱に陥っていた。

モニターに映し出されるドゥー・ムラサメのサイコ・ガンダムは、白い影に翻弄され、その挙動には致命的な「迷い」が生じていた。薬理によって沈殿させたはずの自我が、外側からの意志に揺さぶられ、表層へと浮き上がろうとしている。

 

「……ムラサメ博士! 被検体が限界だ! 脱出させるか、機体を自爆させろ!」

 

バスク・オムが焦燥を隠しきれずに怒鳴る。だが、私は冷徹にコンソールを叩き続けた。

脱出? 自爆? 冗談ではない。

そんなものは、旧世代の、あまりに安直な「幕引き」だ。

私がこの研究所を設立したとき、ジャミトフ・ハイマンに誓ったことを忘れたわけではあるまい。

連邦の資産は、ジオンの精神主義のように「散って美しく」ある必要などない。

それは、どれほど損壊し、どれほど醜態を晒そうとも、機能を維持し続ける「不滅の部品」でなければならないのだ。

 

「案ずることはありません、大佐。……私はあらかじめ、彼女たちの運命を『改めて』おいた」

 

私はモニターのバイタル・データを切り替えた。

かつて、一年戦争におけるジオングとガンダムの決戦において、「頭部」の破壊はそのままパイロットの死、あるいは戦闘継続の不可能性を意味した。

それが、宇宙世紀における不変の「クラバのルール(頭部破壊ルール)」だ。

だが、私はそのルールを、解剖学的偽装によって根底から覆した。

 

「ドゥー、聞きなさい。……お前の『頭(意識)』は、そこにはない」

 

私の声が、サイコミュ・リンクを通じて、混乱の渦中にある彼女の脳へと直接流れ込む。

私は、彼女たちの脳内に「空間識の再定義」を施してある。

神経学的に、意識の所在を頭部から胸部の深層、すなわち機体の最も堅牢な装甲に守られたコクピット・ブロックへと物理的に、そして精神的に「転移」させたのだ。

 

「お前の心臓は、鉄の檻の中にある。頭を撃ち抜かれようと、手足をもがれようと、お前というシステムは停止することを許されない。……お前は、死ぬことさえも国有化されているんだよ」

 

直後、ジークアクスの放った光軸が、サイコ・ガンダムの頭部を正確に貫いた。

爆炎が噴き出し、メインカメラが消失する。

通常のパイロットであれば、ショック死するか、絶望によって戦意を喪失する場面だ。

だが、ドゥー・ムラサメは叫ばなかった。

彼女の脳は、頭部の破壊を「周辺機器のパージ」と同義としてしか処理しない。

なぜなら、彼女にとっての「自己」は、もはや人間の肉体の中にはなく、機体の胸部に埋め込まれた制御ユニットと同化しているからだ。

 

「……動くのか。頭を失って、なおも……!」

 

通信回線から、マチュの驚愕に近い声が漏れる。

そう、これこそが私の仕掛けた生存ロジックだ。

運命を「改める」。

1st歴においてララァ・スンが辿ったような、悲劇的な「死による完成」を私は拒絶する。

死ぬことさえ許されず、壊れた機械の一部として稼働し続ける執着。

それこそが、連邦という巨大な管理OSが求める、真の「兵士」の姿だ。

 

「解剖学的偽装による『生存ロジック』の検証。被検体は頭部ユニットの全損を確認後も、胸部の疑似心臓(コクピット)を基点とした自律戦闘を継続。……死の概念をOSから抹消したことにより、戦闘継続時間は旧来の強化人間を300パーセント上回る結果を得た。彼女たちはもはや、死なない。私が許さない限り、灰になることさえできない」

 

私は、狂ったように数値を記録し続けた。

モニターの中では、首を失った漆黒の巨躯が、なおも光を放ち、周囲を焼き尽くしている。

その姿は、神々しくも、美しくもない。

ただ、剥き出しになった生存本能が、システムという鎖に繋がれたまま暴れている、醜悪で完成された「地獄」の景色だ。

 

バスク・オムでさえ、その光景に言葉を失っていた。

オーガスタのゲーツ・キャパが抱いた「戦慄」は、今やこの場にいる全員の肺を侵食している。

 

「ドゥー。よくやった。……さあ、そのまま敵を、その規格外の意志を、お前の空虚さで塗り潰してしまいなさい」

 

私は微笑んだ。

だが、その微笑みの裏側で、私はある「バグ」の予兆を感じていた。

あまりにも強烈な生存への強制は、沈殿させていた記憶の底を、逆に突き破る危険性を孕んでいる。

あまりに深い闇を与えれば、人間はわずかな光を求めて、泥沼の中から手を伸ばすものだ。

 

システムの勝利は、同時に、崩壊へのカウントダウンでもあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。