機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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博士の断罪(自我の奪還)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

そして、そのシステムの設計者である私にとって、被検体が「自我」などという前時代的なバグを再起動させることは、単なる故障以上に、私の全存在に対する冒涜であった。

 

宇宙世紀0085年、イズマの夜が明ける。

炎上した市街地の煙が立ち込める中、回収されたサイコ・ガンダムの機体データは、目も当てられないほど汚染されていた。ドゥー・ムラサメの脳内、私が丹念に沈殿させておいた感情の滓が、あろうことか「愛」や「帰属意識」といった、極めて低俗で、極めて強固なバイアスを形成して浮上していたのだ。

 

「……ムラサメ博士、説明してもらおうか。あのアマは何を呟いている」

 

バスク・オムの濁った声が、ラボの静寂を切り裂く。

モニター越しに見えるドゥーは、拘束具に縛り付けられながら、焦点の合わない目でうわ言のように言葉を紡いでいた。かつて「自分は部品だ」と断言した、あの完璧な国有化個体の面影はどこにもない。

 

「……私の、本当の名前。……あの人が、呼んでくれた。……私は、部品じゃない。私は、人間……」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の脳内で何かが音を立てて弾けた。

激昂。そう、私は激怒していたのだ。

一人の少女の個人的な感傷、その程度の不純物が、私の精製した完璧な薬理理論を凌駕したという事実。

私が人生をかけて積み上げてきた、人間を兵器OSへと昇華させるための聖域。それを、あのアクスに乗っていたマチュというイレギュラーが、そしてこのドゥーという欠陥品が、足蹴にしようとしている。

 

「黙れ! 黙りなさい、被検体002!」

 

私はコンソールを殴りつけるように叩いた。

スピーカー越しに、私の怒号が彼女の鼓膜を震わせる。

 

「お前が人間? 冗談はやめたまえ。お前の脳細胞の半分以上は、私が構築した擬似神経網(システム)でできている。お前の反射神経はメタンフェタミンが、お前の感応能力はLSDが作り出した幻影に過ぎない。お前のその『人間らしい』と感じている震えさえも、ドーパミン受容体のバグが引き起こした電気信号のノイズだ!」

 

私は、彼女を人間として扱うことを拒絶した。

もし彼女が人間だというなら、私の行ってきた「精製」は、ただの残虐な人体実験に成り下がってしまう。

私が彼女たちに数字を刻み、記憶を漂白したのは、彼女たちを「完成された兵器」という神の領域へ導くためだったはずだ。それを、彼女は拒んだ。

 

「お前は、私が作り上げた最高傑作だ。……部品であることを止め、汚らわしい人間に戻るというのなら、それはもはや、存在価値のない産業廃棄物と同義だ」

 

ドゥーは、私の言葉を聞いて、悲しげに微笑んだように見えた。

その微笑みこそが、私の敗北を決定づけた。

彼女は今、私の支配から、精神的に離脱(デタッチ)している。

どれほど薬理で縛り、言葉で呪おうとも、彼女の内側にある「本当の名前」という光には手が届かない。

 

「……博士。感情的になるな。見苦しいぞ」

 

バスク・オムが冷酷な視線で私を射抜いた。

彼は、私が抱いている学術的なプライドや、ねじ曲がった支配欲など、一顧だにしていない。

彼が見ているのは、常に「利用価値」という名の冷徹な天秤だけだ。

 

「ジャミトフ閣下は、制御不能な欠陥品を飼いならすほど暇ではない。オーガスタのナカムラ博士からも、ムラサメ研のレシピは不安定すぎると報告が入っている。……不祥事が露呈する前に、この『バグ』を清算しなければならん」

 

バスクは、私の返答を待たず、通信回線を開いた。

その先にいるのは、研究所を警備するティターンズの実行部隊ではない。

より遠く、成層圏を飛行する爆撃機隊、そして研究所の深部(アビス)に仕掛けられた自爆装置の管理室だ。

 

「処置を開始しろ。……被検体も、データも、この施設の不純物も、すべてだ」

 

「待ってください、大佐! まだ検証の余地は……!」

 

「黙れ、ムラサメ。貴様もまた、システムを乱すバグの一部になりつつある。……静かにしていれば、再教育だけで済ませてやる」

 

バスクの言葉は、処刑宣告に等しかった。

最高傑作たちが自分を人間だと言い始めた瞬間、パトロンたちの「憎悪」が牙を剥いた。

愛着というバグは、伝染する。

フォウやゼロ、他の数字(ナンバーズ)たちにこの「自我の奪還」が波及することを、ティターンズは最も恐れたのだ。

 

私は、モニターに映るドゥーの顔を見つめた。

彼女はもう、何も話さなかった。

ただ、自分を取り戻した者の、静かな安らぎとともに、迫りくる業火を待っていた。

 

私は震える手で、日誌に最後の断罪を記した。

 

「被検体による自我の奪還を確認。……これは私の敗北ではない。不完全な人体の構造が、私の完璧な薬理を拒絶したに過ぎない。バスク・オムにより『処置』が発令。……私の聖域は、まもなくティターンズの冷酷な合理性によって焼き払われるだろう。国有化の夢は、ここに潰える」

 

足元から、不気味な震動が伝わってきた。

それは、研究所を「なかったこと」にするための、クリーニングの始まりを告げる胎動だった。

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