機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。
そして、そのシステムが死という究極のシャットダウンを迎えた後にも、消去しきれない「残留データ」がノイズとして世界を汚染し続けることを、私は計算に入れていなかった。
宇宙世紀0085年。ムラサメ研究所、跡地。
地上は連邦軍の重爆撃によって徹底的に「清算」され、地図上からも、そして人々の記憶からも抹消されたはずだった。だが、地下深層――私が「不純物」として遺棄し、コンクリートで塗り潰した廃棄区画(アビス)だけは、地上の業火さえ届かない絶対的な闇の中で、独自の鼓動を始めていた。
「……あ、あ、……あ……」
それは、音声回線を通した声ではない。
私の脳内に直接響く、形を持たない思念の濁流だ。
爆撃の直前、自爆装置の作動とともに、私は確かに見た。廃棄された「失敗作」たちのカプセルが破壊され、命の灯が消える瞬間を。だが、サイコミュ・システムという名の鋼鉄の網は、肉体の消滅と同時に解き放たれた脳波を、行き場のないエネルギーとして吸い上げ、増幅し続けていたのだ。
これはもはや日誌ではない。死者たちが書き換えた、復讐のプログラムだ。
ガリ、ガリ、とコンクリートを削る音が地下室に木霊する。
暗闇の中、一機の機体がその輪郭を露わにしていた。
ティターンズから秘密裏に提供されていた次世代サイコミュ実験機、G-ドアーズ。
本来、パイロットがいなければただの鉄屑に過ぎないその機体が、無数の「目」を持つかのようにカメラアイを明滅させている。
いや、それはカメラアイではない。
地下で朽ち果てた、名前さえ与えられなかった被検体たちの、行き場のない「怒り」が、機体のOSをジャックし、擬似的な生命を吹き込んでいた。
「……いたい。……さむい。……なぜ、わたしたちを、ころしたの……」
重なり合う少女たちの声が、サイコミュの共振を通じて物理的なプレッシャーへと変換される。
無人のG-ドアーズが、ゆっくりと、だが確実な意思を持って立ち上がった。
その背後に展開される16基のサイコプレートは、まるで剥き出しになった神経節のように震え、周囲の空間を歪めていく。
私が彼女たちに施した「薬理的拡張」は、肉体という檻を失うことで、物理法則を無視した純粋な「暴力」へと昇華されていた。
「バカな……。脳波だけで、これほどの出力を……! 私は、これほどまでの怪物を、地下に飼っていたというのか!」
崩落したラボの残骸の中で、私は血を吐きながら叫んだ。
知覚拡張剤によって過敏になった私の視界には、機体の周囲に蠢く少女たちの残留思念がはっきりと見えていた。
彼女たちは笑っていた。
自分たちを「部品」として定義し、使い捨てた私と、連邦というシステムに対する、底なしの嘲笑。
G-ドアーズがその右腕を振り上げた。
パイロットの操作など不要だ。
死者たちの「壊したい」という純粋な渇望が、機体の駆動モーターを限界まで回し、隔壁を紙細工のように引き裂いていく。
地上のティターンズ残存部隊が、この異常事態を察知して攻撃を開始するが、無意味だった。
プレートが自律的に動き、ビームを跳ね返し、戦車を圧殺する。
そこにあるのは、効率的な戦闘ではない。
ただの、一方的な「清算」の裏返しだ。
「国有化の果てが、これか……。私が精製したのは、連邦のOSではなく、死神のゆりかごだったのか」
私は、自らが作り上げたシステムの咆哮を聴きながら、皮肉な充足感に浸っていた。
見てくれ、ジャミトフ。見てくれ、バスク。
君たちが焼き捨てたはずの「不純物」が、今、鋼鉄の皮膚を得て、君たちの愛する『秩序』を食い破ろうとしている。
残留思念の咆哮。
それは、薬理によって感情を沈殿させられた者たちが、死の瞬間に見せた、最初で最後の「自己主張」だった。
地下に眠る失敗作たちの脳波が、G-ドアーズの回路を通じて一つの合唱(コーラス)となり、地上の静寂を蹂躙していく。
私は、崩れゆく意識の淵で、日誌に最後の一行を刻んだ。
「残留思念による機体の完全自律稼働を確認。……システムは完成した。パイロットという脆弱な部品を排除し、死者の憎悪をエネルギーとする、永遠の兵器。……これこそが、私が無意識に望んでいた、国有化の究極の姿なのかもしれない」
地鳴りが響く。
G-ドアーズが、地上の「光」を求めて、灰の積もった大地を突き破り、姿を現した。
その咆哮は、かつてララァ・スンが宇宙の果てで見せた「調和」とは対極にある、現世への呪詛に満ちていた。