機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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国有化の終焉(博士の最期)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

そして、そのシステムが自己崩壊を起こす時、最後に残るのは、かつて自分が否定したはずの非論理的な恐怖だけだ。

 

宇宙世紀0085年。ムラサメ研究所、最深部。

爆撃による地上の焼失と、地下でのG-ドアーズ起動という矛盾した狂気の中で、私の「聖域」は物理的にも精神的にも完全に崩壊した。

 

「……は、……はあ、……は……」

 

ラボの残骸に埋もれた私の肺は、もはや正常な酸素を求めてはいなかった。

破裂した薬剤タンクから溢れ出したムラサメ・フォーミュラの混合物が、揮発し、濃密な毒霧となって私を包囲している。強制覚醒剤(メタンフェタミン)が私の心臓を異常な速度で叩き、知覚拡張剤(LSD誘導体)が私の視界を地獄のような万華鏡へと変えていく。

そして、皮肉にも私が最も信頼していた感情沈殿剤(クロルプロマジン)は、禁断症状という名の裏切りをもって、私の自我を底なしの絶望へと突き落としていた。

 

これは、国有化という傲慢な夢の、最終的な清算記録である。

 

「……あそこに、いるのか。ララァ、……ララァ・スン……」

 

知覚が拡張されすぎた私の目には、もはや現実の壁など存在しない。

燃え盛る機材の向こう側、かつてサイド3で目撃したあの純粋なニュータイプの少女が、静かに私を見つめているのが見える。

彼女だけではない。

シャリア・ブル。

そして、私が「国有化」の過程で使い潰し、数字だけを刻んで廃棄した無数の少女たち。

彼女たちは、音もなく私を取り囲み、共感覚によって可視化された「恨み」という名のスペクトルを放っている。

 

「……来るな。私は間違っていない! 私はお前たちを、野蛮な精神主義から救い出し、連邦の管理OSという崇高な部品へ昇華させてやったのだ! お前たちは、私の知性の結晶だったはずだ!」

 

叫ぼうとした喉から、鮮血が溢れ出す。

私の理論によれば、感情は沈殿し、自我は漂白されるはずだった。

だが、今、私の目の前で渦巻いているのは、漂白しきれなかった少女たちの「生」への執着であり、国有化というロジックによって蹂躙された魂の叫びだった。

 

「博士、たすけて」

「いたいよ、博士」

「わたしのなまえを、かえして」

 

死者たちの声が、サイコミュのノイズとなって私の脳髄を直接、焼く。

LSDによる幻覚ではない。これは、私の作り上げたシステムが、私という設計者(バグ)を排除するために出力した、最後の論理解だ。

私は、自らが仕掛けた「生存ロジック」の檻の中に囚われていた。

死なないための処置を施しすぎたせいで、この地獄から逃げ出すための「死」さえも、すぐには訪れてくれない。

 

「……ああ、そうだ。私は、お前たちが怖かったのだ」

 

不意に、真実が口をついて出た。

フラナガン博士の精神主義を嘲笑し、クルストの恐怖を冷笑したのは、私自身が「理解不能な他者」に怯えていたからに他ならない。

だからこそ、私は彼らを薬理で解体し、国有化という檻に閉じ込め、私の理解できる「数字」に作り替えた。

支配。

それだけが、私の臆病な魂を守る唯一の盾だった。

 

だが、盾は砕けた。

燃え盛る研究室の炎が、私の視界を赤く染め上げる。

ララァ・スンの幻影が、ゆっくりと手を伸ばしてくる。その指先が私の額に触れた瞬間、私の脳内に構築されていた擬似神経網(ロジック)が、凄まじい逆流を起こして爆発した。

 

「ぎ、ああああああああっ!!」

 

自らが精製した薬剤の毒に焼かれ、過去の亡霊たちの冷たい視線に射抜かれながら、私は私自身の名前すらも忘却の彼方へと流していく。

国有化の終焉。

それは、設計者が自らのシステムの一部として、最も残酷な形で飲み込まれる結末だった。

 

私は、崩落する天井の下で、狂ったように笑い、そして絶叫した。

私の聖域は、灰になった。

私のロジックは、ただの妄執だった。

私は、ララァの瞳の中に、永遠に消えることのない「神」の姿を見ながら、狂い死ぬ。

 

日誌はここで、血に濡れたペン先によって無残に途切れている。

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