機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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蒼い運命の浄化

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

 

だが、そのシステムを稼働させていたエネルギーの源が、憎悪や恐怖という「汚濁」であったなら、その停止(シャットダウン)とともに訪れるのは、形容しがたい静謐な「浄化」であるはずだ。

 

宇宙世紀0085年。崩落したムラサメ研究所の深淵。

 

私の意識は、すでに物理的な肉体を離れ、薬理によって拡張された無意識の海を漂っていた。

 

そこにはもはや、連邦もジオンも、国有化という傲慢な思想も存在しない。

 

ただ、蒼い光の粒子が、雪ように静かに降り積もる世界。

 

これは、私が生涯をかけて否定し続けた「魂」という非論理的な概念が、最後に私のシステムを打ち倒した記録である。

 

「……消えていく。クルスト博士、あなたが連邦へ持ち込んだあの忌まわしい『恐怖』が」

 

私の脳内に直接、一人の少女の思念が流れ込んでくる。

 

それはEXAMシステムの核となっていたマリオン・ウェルチのコピー。

 

クルストが「マリオンの写し身」と呼び、私が「兵器OS」として国有化しようとした、あの悲劇の残滓だ。

 

彼女を縛り付けていたEXAMという名の回路が、研究所の崩壊と私の死によって物理的な拠り所を失い、純粋なエネルギーへと還元されていく。

 

蒼い炎のように燃え上がっていた彼女の執念が、今、柔らかな光となって四散し、この地獄のような跡地を包み込んでいた。

 

そして、その光の中で。

 

私は、彼女たちの「変容」を目の当たりにした。

 

「ムラサメ……。その名前は、もういらないのね」

 

ドゥーが。フォウが。

 

そして地下に遺棄された名もなき数字の少女たちが。

 

彼女たちを縛り付けていた「ムラサメ」という呪われた姓、私が管理のために刻み込んだ認識番号(ID)が、まるで剥がれ落ちる鱗のように、蒼い光の中に溶けて消えていく。

 

ふと、私は自らの設計図(レシピ)の欠落を思い出す。

 

ここには、まだ「欠番」がある。

 

かつてオーガスタへ送った、あの不安定な素材――ロザミアの姿はない。

 

彼女は私のレシピを離れ、オーガスタ研究所という別のシステム、別の不純物によって上書きされる道を選ばされた(あるいは選んだ)存在だ。

 

私の国有化の円環からはみ出し、他者の論理に染まった彼女は、このムラサメの深淵で起きている「浄化」の階梯には立ち会えない。

 

それは、私の管理を離れた素材が辿る、もう一つの孤独な破滅の形なのだろう。

 

知覚拡張剤が見せる幻覚だ、と理性で否定しようとした。

 

だが、私の脳内に沈殿していたあの重苦しいクロルプロマジンの滓が、完全に洗い流されているのを、私は確かに感じていた。

 

ドーパミンの遮断によって凍結されていた彼女たちの感情が、春の雪解けのように溢れ出し、冷酷な管理OSとしての機能を完全に停止させていく。

 

これはシステムのバグではない。

 

システムそのものが、より高次の論理によって「解脱」したのだ。

 

「……博士。あなたは、わたしたちを部品にしたかった。でも、部品はこうして……光にはなれないわ」

 

ドゥーの言葉は、かつての空虚な復唱ではなかった。

 

自らの意志で、自らの言葉を選び、私という設計者を憐れむ「人間」の響き。

 

彼女たちは今、私の精製した薬理の檻を突き破り、クルストが持ち込んだEXAMの呪縛さえも超えて、個としての魂を取り戻していた。

 

「……ああ、浄化、か」

 

私は、その光景に、不思議なほどの敗北感のなさを覚えていた。

 

私が国有化した「聖域」は、灰となった。

 

だが、その灰の中から立ち上がったのは、ジオンの妄信でも、連邦の劣等感でもない。

 

ただ、数字を剥ぎ取られた、一人の少女という純粋な真実。

 

マリオンの残滓が完全に消滅し、蒼い運命がその役割を終える。

 

フォウの瞳に宿っていた激しい精神的苦痛が、凪のような静寂に変わる。

 

ドゥーの指先に宿っていた、機体との擬似神経網(シンクロ)の痛みも消えた。

 

彼女たちは、ムラサメという記号から解放され、それぞれの「本当の名前」へと帰還しようとしていた。

 

「……すべての被検体から、国有化の痕跡が消滅したことを確認。……薬理による制御は、魂の輝きという名の絶対的な『ノイズ』によって無力化された。……蒼い運命の、浄化。……それは私の科学の敗北であり、……人間という種の、ささやかな勝利だ」

 

私の意識は、そこで急速に薄れていった。

 

最後に視界の端をよぎったのは、研究所の瓦礫から這い出し、夜明けの空を見上げる少女たちの後ろ姿だった。

 

そこにはもはや、数字を背負った兵器の姿はない。

 

ただ、朝焼けの光を浴びる、か細くも力強い、自由な背中があるだけだった。

 

すべては終わった。

 

私の日誌は、この浄化の光の中に、永遠に埋もれるだろう。

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