機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

24 / 24
ゲートの先(エピローグ)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

だが、そのシステムを記述していた膨大なコードの末尾に、私は唯一、予測不可能な「空白」を書き残していたのかもしれない。

 

宇宙世紀0085年。ムラサメ研究所、跡地。

かつて山を削り、巨大なコンクリートの要塞が鎮座していた場所には今、爆撃によるクレーターと、焼け焦げた土の匂いだけが残っている。

ティターンズが公式記録から抹消し、重爆撃機が物理的に焼き払った「聖域」。

そこには、私の肉体も、狂気も、精製した薬理のレシピも、すべてが平等に炭化して沈殿している。

 

これは、国有化された記憶を捨て、システムの外側へと踏み出した「名もなき命」の記録である。

 

「……ここが、出口」

 

一人の少女が、瓦礫の隙間から這い出していた。

彼女の頬には煤がこびりつき、服は裂け、腕にはかつて私たちが「数字」を刻み込もうとした処置の跡が、薄い痣のように残っている。

だが、その瞳に、かつての空虚な「部品」の面影はない。

薬理によって強制的に濾過されていた彼女の視界には今、爆煙が去った後の、ありふれた、そして残酷なまでに美しい夜明けのグラデーションが映っていた。

 

彼女は、振り返らなかった。

その地下には、私が薬理で作り上げた「死なないロジック」の檻の中で、今なお残留思念となって咆哮する仲間たちがいる。

だが、彼女の足は、迷うことなく湿った土を蹴り、山を下り始めていた。

私の死とともに、ムラサメ・フォーミュラの供給は途絶えた。

これから彼女を待つのは、知覚拡張剤による万能感でも、感情沈殿剤による安寧でもない。

剥き出しの現実がもたらす痛みと、制御不能な「自分」というバグに振り回される日々だ。

国有化という名の保護を失い、一人の人間として野に放たれる恐怖。

皮肉なことに、それは私がフラナガン機関で否定した、あの「不自由な自由」そのものだった。

 

数時間後。彼女は、山麓にある小さな無人駅のホームに立っていた。

錆びついたベンチ。朝露に濡れたレール。

そこには、ティターンズの監視も、強化人間の規格(スペック)を値踏みする研究者の視線もない。

ただ、始発列車の到着を告げる、機械的なアナウンスだけが響いている。

 

「……つぎは、……」

 

少女は、ポケットに残っていた、わずかな硬貨を券売機に投じた。

それがどこへ向かうチケットなのか、彼女は知らない。

行先など、どこでもよかった。

「ムラサメ」という姓を捨て、特定の機体の「部品」であることを拒絶した彼女にとって、この世界のすべてが、初めて開かれた「深淵の門」だった。

 

自動改札を抜ける直前、彼女は足を止めた。

窓ガラスに映る、自分の顔を見つめる。

その顔は、私の調整によって完成された「傑作」の美しさではなく、ただの、年相応に疲れ果てた少女の顔だった。

彼女は、乾いた唇を小さく動かした。

 

「……わたしの、なまえ」

 

それは、研究所の地下で、薬剤によって脳の底に沈殿させられていた記憶。

私が「不純物」として漂白しようとした、彼女の原風景。

数字ではない、誰に国有化されることもない、彼女だけの固有の響き。

彼女はその名前を、自分自身に確認するように、一度だけ小さく呟いた。

 

「…………」

 

その名は、列車の入線音にかき消されて、私の耳に届くことはなかった。

だが、それでいい。

私の理論が、私の科学が、最後まで解明できなかったその「空白」こそが、彼女が人間であることの証明なのだから。

 

列車が動き出す。

窓の外には、朝日を浴びた緑の山々が流れていく。

彼女は、座席に深く身を沈め、ゆっくりと目を閉じた。

薬理的な覚醒ではない。

ただの、心地よい、深い眠りが彼女を包み込む。

そのゲートの先にある世界が、どれほど冷酷なものであろうとも。

彼女はもう、誰の所有物でもない。

 

宇宙世紀の片隅で、一つの「聖域」が完全に消滅した。

後に残されたのは、改札を抜けて消えていった少女の、微かな体温の残り香だけだ。

 

国有化の終焉。

そして、名もなき人生の、始まり。

 

(完)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【完結】私、ジャブローのモグラ志望って言いましたよね???(作者:むにゃ枕)(原作:ガンダム)

お前はひっこんでろ、私は安全に出世したいんだよ。▼出世すりゃあ私の持てる権力も多くなるからな。▼ジオン残党は跳梁跋扈しているが、とりあえず私はそこそこの残党を討伐してジャブローのモグラになるぜ!▼


総合評価:7609/評価:8.4/完結:24話/更新日時:2026年04月17日(金) 17:54 小説情報

妹に撃たれない方法(作者:Brooks)(原作:ガンダム)

ア・バオア・クーでキシリアに射殺されたギレン・ザビは、目を覚ますとジオン・ダイクン逝去の当日に戻っていた。次は絶対に妹に殺されたくない。その一点だけを現実的な目標に定めた彼は、戦争より先に家族会議を整え、暗殺より先に議事録を作り、歴史より先に妹の機嫌を取りにかかる。しかし未来を知るのは彼だけではなかった。動乱へ傾くサイド3で、兄妹は奇妙な休戦に踏み込む。笑え…


総合評価:423/評価:6.12/完結:226話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:56 小説情報

宇宙世紀ガンダム世界で生存戦略(作者:星野林(旧ゆっくり霊沙))(原作:ガンダム)

息抜き二次創作▼ガンダム世界でオリキャラを主戦場でうろちょろさせたいと思い書きました。▼息抜きなのでエタっても泣かない▼注 作者ガンダム作品詳しくないので調べながらやってますが、皆さんのコメントで教えてもらうことも多いのでガチでコメント頼りにしてます!▼ガノタや有識者!情報求む!▼艦船や地上兵器はガンガン他のSF作品や既存兵器を参考にしますので、こんなのあっ…


総合評価:5950/評価:7.9/連載:38話/更新日時:2026年02月02日(月) 22:34 小説情報

聖戦士アムロ(作者:くまぷーⅢ世)(原作:聖戦士ダンバイン)

 バイストン・ウェルの物語を覚えている者は幸せである。▼ 心、豊かであろうから……▼ 私達はその記憶を記されてこの地上に生まれてきたにも関わらず、思い出すことのできない性を持たされたから……▼ それ故に、ミ・フェラリオの語る、次の異なる物語を伝えよう。▼ シャアとの最後の戦いの中、地球へ落下するアクシズをνガンダムで止めようとしていたアムロ・レイは眩い閃光に…


総合評価:3008/評価:8.69/連載:9話/更新日時:2026年02月12日(木) 23:46 小説情報

面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました(作者:濃厚とんこつ豚無双)(オリジナルファンタジー/戦記)

後年、ノルトマルクの軍史家たちは、クラウス・フォン・ライフェンベルクを「沈黙の天才参謀」と記した。▼諸邦の利害を束ね、敵国の思惑を見抜き、ただ一言で戦役の方向を定めた男。と。▼だが、その大半は誤解である。▼確かにクラウスは名門ライフェンベルク家の嫡孫にして、陸軍高等軍学院首席、若くして統帥府(参謀本部)に配属されたエリートだった。▼とはいえ本人に言わせれば、…


総合評価:8838/評価:8.67/連載:30話/更新日時:2026年05月11日(月) 02:57 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>