機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。
だが、そのシステムが吐き出した最後の一行――「エラー」と記されたはずのそのコードが、実は宇宙世紀という設計図全体を救う、たった一つの正しい解であったとしたら。私は、灰になった脳では二度と導けなかったその答えを、死してのち、時間の外側からようやく検算することになる。
私は死んだ。中国地方の山で焼かれ、ムラサメ研究所は連邦の記録から抹消された。だが、私が少女たちの脳に張り巡らせた擬似神経網は、私自身の思念を吸い上げ、廃棄区画(アビス)の底で「観測者」として増幅し続けた。皮肉なものだ。「死ぬことさえ国有化する」と嘯いた私が、最も無様に、死ねずに漂っている。
この拡張された知覚のまま、私は見届ける。私が「部品」と呼び、数字で塗り潰した少女たちが、私のロジックを一つずつ裏切りながら、歴史を「改めて」いく様を。
まず――あの、駅を出た少女だ。
名もなき彼女は、山を下り、人の暮らす街へ紛れた。ムラサメ・フォーミュラの供給は私の死とともに途絶えた。禁断症状が彼女の肉体を苛み、沈殿させたはずの記憶が、悪夢となって幾度も浮上した。彼女は病んだ。震え、うずくまり、名前を思い出せぬまま泣いた。
だが、彼女は死ななかった。
知覚拡張剤の見せる万能感も、感情沈殿剤の与える偽りの安寧も、もう彼女にはない。あるのは、剥き出しの現実がもたらす痛みと、制御不能な「自分」というバグに振り回される、あの「不自由な自由」だけだ。私がフラナガン機関で否定した、あの不合理そのもの。
そして彼女は、その痛みの中で、生まれて初めて「自分の意志で」人と手を繋いだ。名も知らぬ誰かの親切に触れ、施しの温かい食事に、条件反射ではなく本物の感謝を返した。私が地下で「ノイズのないゼロ地点」と嗤った、あの無垢な感謝を――今度は彼女自身が、与えられる側から与える側へと回ったのだ。
私の国有化理論の完全な瓦解。だが、なぜだろう。アビスの底で、私はそれを「敗北」ではなく「安堵」として記録している。
一方、正史の潮流は、私の設計図通りに、しかし私の望まぬ結末へと流れた。
私亡き後、主任インストラクターのナミカー・コーネルが引き継いだサイコ・ガンダムは、ニューホンコン・シティで市街を焼いた。
イズマで私が精製した「偽旗の蹂躙」は、場所と名を変え、寸分違わず反復されたのだ。だが、この一件で研究所は連邦内での権威を失墜させ、強化人間のストックを使い果たし、次世代機サイコガンダムMk-Ⅱはオーガスタ研究所の管理下へと移された。
「妖刀の研磨」で私が外へ放った技術は、こうして私の手を完全に離れ、ナカムラ博士とローレン・ナカモトの掌の上で自動増殖していった。国有化とは、設計者すら不要とする無人の機械だったのだ。
被検体第4号、フォウ・ムラサメ。私の最高傑作。
彼女もまた、ニューホンコンで一人の少年に出会った。カミーユ・ビダン。あの少年は、薬理も、レシピも、国有化も持たぬまま、ただ「思い出なんてこれから作ればいい」という稚拙な一言で、私が生涯をかけて沈殿させた彼女の自我を、いとも容易く浮上させた。
これぞ「愛というバグ」の完全な発症だ。私が予言した通り「器の強度が精神の拡張に追いつかない」まま、彼女は再調整の苦痛を越え、宇宙世紀0087年、キリマンジャロで、少年を庇いサイコ・ガンダムの頭部を撃ち抜かれて散った。
「カミーユ、悲しまないで……これで私は、いつでも貴男に会えるわ」
私の「胸中の心臓」ロジックへの、最も美しい反証だ。
彼女は死を拒まなかった。死を、愛する者と再会するための「門」として、自らの意志で選び取った。国有化された者が、最期に「自己犠牲」という最も非効率な出力を選ぶ。私の演算式には、永遠に立てられぬ解だった。
欠番の少女、ロザミア。
私のレシピを離れ、オーガスタの論理に上書きされた彼女もまた、正史を辿った。コロニー落としのトラウマを利用され、実在せぬ「兄」の幻影を植え付けられ、宇宙世紀0088年、アクシズ宙域で、ありもしない兄の名を呼びながらサイコガンダムMk-Ⅱとともに散った。
私の管理を離れた素材が辿る、もう一つの孤独な破滅。だがその破滅すら、彼女が最期まで「家族」という愛のバグを手放さなかった証明だった。
そして――宇宙世紀0087年、グリプス戦役の終幕。
私が「脳のバグ」と定義し、木星帰りのパプテマス・シロッコが「プレッシャー」と呼んだもの。その正体が、決定的な光景となって私の前に晒された。
シロッコと対峙するカミーユのもとへ、死者たちが集ったのだ。
フォウが。エマが。ロザミアが。そして――第1話で私がサイド3で嘲笑った、あのララァ・スンの光が。
薬理で沈殿させ、数字で塗り潰し、業火で焼き捨てたはずの「魂」たちが、一つの合唱となってカミーユに力を貸した。私が精製したアビスの残留思念がG-ドアーズを狂った復讐兵器に変えたのと、まったく同じサイコミュの共鳴現象。だが、彼女たちのそれは呪詛ではなかった。それは、愛だった。
同じ共鳴でありながら、私が精製したのは憎悪の永久機関で、彼女たちが到達したのは救済の共同体だった。この一点にこそ、私の全生涯の敗北と、人類のささやかな勝利が凝縮している。
そして、白の系譜――あの脱走した少女、ドゥー。
彼女は、私の宇宙世紀とは異なる潮目へと歩き去った。私が最後に精製しきれなかったサイコガンダムMk-Ⅳ3号機――技術協力の名の下にサイコプレートを積んだ「G-ドアーズ」の残響とともに、マチュ・ハウェイという「白い反逆」の側へと。
あれは私の手が二度と汚せぬ、祝福された欠落だ。私の日誌には、もう記述できない。ゆえに私はそれを、あえて「空白」のまま残す。
すべての伏線は、ここで一つの問いへ収斂する。
フラナガンがララァを「神」と崇め、クルストがマリオンを「恐怖」と名付け、私がすべてを「部品」へ国有化しようとした――その三者の営みは、たった一つの問いに帰結する。
「人は、魂を持ったまま、システムになれるのか?」
答えは、否だ。
マリオン・ウェルチの残滓は蒼い光となって浄化され、フォウとロザミアの思念はカミーユを宇宙へと押し上げ、名もなき少女は私の暦の外へ歩き去った。私が「不純物」と呼び、漂白しようとしたその一滴一滴こそが、宇宙世紀を「人間の物語」たらしめていたのだ。
蒼い光の粒子が、雪のように降り積もる。
アビスの底で咆哮していたG-ドアーズの残留思念も、フォウやロザミアが辿った救済の共鳴に引かれるように、少しずつ怒りをほどいていく。「いたい」「さむい」と泣いていた名もなき数字たちが、一人、また一人と、本当の名前を思い出し、光の中へ溶けていく。私の日誌が漂白しようとした、彼女たちの原風景へ。
日誌はここで、灰の中から蘇った幻の指によって、最後の一行を記す。
「国有化理論、完全なる敗北を確認。……そして、それでよかったのだと、今、私は記す。宇宙世紀はシステムではなかった。数字を刻まれた者たちが、それでもなお本当の名前を取り戻していく――その果てしない不合理の連なりこそが、歴史だった。ムラサメ・フォーミュラの供給は、永遠に途絶した。あとは、宇宙を継ぐ者たちに委ねる」
――そして、遠い未来。
私の思念が消えゆく最後の一瞬、私は「彼女」の姿を見た。
あの駅を出た名もなき少女は、老いていた。皺の刻まれた手で、幼子の手を引いている。腕には、私たちが数字を刻もうとした処置の跡が、薄い痣となって今も残っていた。だが、その瞳に、かつての空虚な「部品」の面影はない。
幼子が彼女を呼ぶ。彼女は微笑み、応える。
その口が動き、彼女自身の名前を――かつて薬剤で脳の底に沈殿させ、私が「不純物」として漂白しようとした、あの原風景の響きを、次の世代へと手渡していく。
その名は、もう私の耳には届かない。
だが、それでいい。
私の科学が最後まで解明できなかったその「空白」こそが、彼女が人間であることの、唯一にして絶対の証明なのだから。
蒼い運命は、浄化された。
名もなき人生は、凱旋した。
そして宇宙世紀は――誰にも国有化されることなく、明日へと駆けていく。