機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。
そして、そのシステムが真の意味で機能するためには、時に「象徴」という名の、物理的かつ圧倒的な質量が必要になる。
宇宙世紀0081年。ムラサメ研究所の地下ドックは、一つの巨大な「矛盾」を飲み込もうとしていた。
私の前に立つのは、アナハイム・エレクトロニクスから派遣された男、ローレン・ナカモトだ。彼は、連邦軍の象徴であるはずのガンダムを、その設計思想の根底から破壊し、再定義するための「毒」を携えていた。
「ムラサメ博士。これが、MRX-009の機体制御コア・データだ。連邦軍高官からは、これをサイコミュの檻へと作り替えるための最終調整を君に任せると言われている」
ローレンが差し出した端末には、巨大な人型兵器のフレーム構造が浮かび上がっていた。
かつて一年戦争を終わらせたガンダムという記号。だが、この設計図に描かれているのは、正義の味方でも、人の革新を助ける翼でもない。
全長40メートルを超える巨体。全身に配置されたメガ粒子砲。そして、機体そのものが一つの巨大なサイコミュ受容体として機能する、薬理強化されたパイロット専用の「義体」だ。
「面白い。ナカモト君、君たちはこの巨体をどう動かすつもりだった? 普通のパイロットでは、この情報の激流(フィードバック)に耐えられず、瞬時に脳が沸騰するぞ」
「だからこそ、君のレシピが必要なのだ。オーガスタのナカムラ博士からも聞いている。君の精製する強化人間なら、このシステムのノイズを完全に沈殿させ、純粋な殺意の出力だけを抽出できると」
私は、端末に表示された複雑なバイパス回路を指でなぞった。
連邦軍は、自らが最も恐れるニュータイプという存在を、この巨大な黒い装甲の中に閉じ込めようとしている。それは、かつてジオンがフラナガン機関で行っていた、あの神格化への皮肉な回答だった。
「ジオンはララァ・スンを聖母に仕立て上げようとした。だが、連邦が求めるのは管理可能な怪物だ。いいかい、ナカモト君。この機体は、モビルスーツではない。これは、被検体の脳を国有化するための、物理的な檻だ」
私の設計思想は、明快だった。
被検体の精神を三層の薬理プロトコルで漂白し、そこにこのサイコ・ガンダムという巨大なハードウェアを直結させる。
パイロットは、コクピットに座るのではない。
彼らの意識は、広大な装甲板、無数のセンサー、そして破壊的な火力のすべてへと拡張される。自らの皮膚と装甲の区別が消え、自らの指先とメガ粒子砲のトリガーが同期する。
そのとき、被検体は人間であることを完全に辞めることができる。
「そのためには、機体制御OSそのものに、私の感情沈殿ロジックを組み込む必要がある。パイロットが恐怖を感じた瞬間、システムが強制的にドーパミンを遮断し、冷徹な戦闘演算回路へと引き戻す。これは共生ではない。機体による、精神の完全統治だ」
ナカモトは、私の言葉にわずかな戦慄を隠しきれないようだった。
技術者としての知的好奇心と、一人の人間としての本能的な忌避感。彼はその狭間で揺れている。だが、私にはそんな逡巡は不要だった。
「博士。これでは、乗る者はただの生体CPUだ。彼らに、救いはないのか?」
「救い? ナカモト君、君はまだシステムの末端で夢を見ているのか。連邦がこの巨体に支払っている莫大な予算は、子供たちの未来を買うためのものではない。敵対する不純物を、確実に、かつシステマチックに排除するための確実性を買っているのだ」
私は日誌を取り出し、ペンを走らせる。
「機体名称サイコ・ガンダム。設計思想の国有化を完了。これは、ニュータイプというバグを、連邦という名の重力に繋ぎ止めるための、巨大な重石となるだろう」
地下ドックに、巨大なクレーンの駆動音が響き渡る。
まだ骨組みだけの黒い巨影が、照明に照らされて不気味な輪郭を浮かび上がらせていた。
これは、連邦の劣等感が産み落とした、史上最大にして最悪の矯正器具だ。
私は、ローレン・ナカモトが持ってきたデータを、ムラサメ研究所のメインフレームにインストールした。
画面上で、黒いガンダムの輪郭が紅く明滅する。
それは、これからここで数字を刻まれ、この檻の中に閉じ込められることになる少女たちの、声なき叫びを予兆しているかのようだった。
「起工を開始せよ。さあ、ナカモト君。君の作った最高級の檻に、私が最高級の部品を詰め込んであげよう」
私は冷たく笑い、自室へと戻った。
ジオンの聖域を薬理で解体し、連邦の劣等感を巨大な黒い鋼鉄へと変質させる工程は、ここに一つの到達点(マイルストーン)を迎えた。
明日からは、この巨大な檻にふさわしい、より精密で、より空虚な少女たちの増殖が始まる。
ムラサメ研究所の夜は、薬剤の臭いと、冷たい鋼鉄の軋みの中に更けていく。
私は、これから運び込まれるであろう二番目の部品のプロフィールを眺めながら、さらなる沈殿のレシピを練り始めた。
すべては、国有化という名の、完全なる平穏のために。