機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。
そして、そのシステムが拡張される過程において、単なる「ネジ」ではない、より複雑な連動を司る「中枢部品」が必要になるのは道理だ。
宇宙世紀0081年、冬。ムラサメ研究所の搬入ゲートが開かれ、冷たい風と共に一人の少女が運び込まれてきた。
彼女の資料には、以前の粗末な名前が記されていたが、私はそれを一瞥もせずにシュレッダーへ放り込んだ。今日から彼女を定義するのは、その脆弱な自己同一性ではなく、システムにおけるシリアルナンバーだ。
「被検体第2号。ドゥー・ムラサメ。……ようこそ、君の存在意義を定義し直す聖域へ」
私の前に立つ少女は、まだ10歳にも満たない。戦災孤児特有の、栄養失調と絶望が混ざり合った、色のない瞳。だが、その脳波形(EEG)には、ゼロのときには見られなかった特異なスパイクが混じっていた。サイコミュ・チップに対する、異様なまでの親和性だ。
私は彼女を医療ポッドへ固定し、最初の精製工程を開始した。
ゼロのときが「感情の沈殿」という静的アプローチだったとするならば、このドゥーに施すのは「神経系の国有化」という動的アプローチだ。
「いいかい、ドゥー。君の脳は、あまりに不完全だ。君が君であるという認識は、ただの電気信号の迷走に過ぎない。私はこれから、その迷走を整理し、君をこの研究所の、あるいは連邦という巨大なシステムの、完璧な一部にしてあげる」
私は彼女の側頭部に局所麻酔を施し、精密なレーザー・メスを起動させた。
今回の実験の肝は、ナカムラ博士から提供された肉体強化技術と、私の薬理を融合させた「擬似神経網(プソイド・ニューラル・ネットワーク)」の構築にある。
LSD-25誘導体によって五感を混濁させ、共感覚を引き起こした状態で、脳内の神経細胞(ニューロン)の隙間に、ナノ・サイズの導電性ポリマーを注入していく。
「……あ、あつい。……頭の中に、針がいっぱい……」
「それは針ではないよ。君という小さな器が、世界という巨大な情報の海に接続されるための、新しい毛細血管だ」
モニターには、彼女の脳内で青白い火花が散るように、新しい回路が形成されていく様が映し出されていた。
この擬似神経網は、サイコミュ・システムの受容体と直結している。
彼女はもはや、自分の目で見、自分の耳で聴く必要はない。機体の外部カメラが捉えた光学的情報、レーダーが弾き出した座標、サイコミュが拾い上げた敵の殺意。それらが、彼女の視神経や聴覚神経をバイパスして、直接、脳の処理領域へと流れ込む。
数時間に及ぶ施術。薬液のプールの中で、ドゥーの呼吸は次第に機械的なリズムへと安定していった。
仕上げに、第三層:クロルプロマジンを最大量投与し、彼女の「個」としての自意識を、その新しい回路の底へと深く、深く沈殿させる。
「ドゥー。聞こえるか。君の手は、どこにある?」
意識が混濁した状態で、彼女は虚空を見つめ、震える声で答えた。
「……手……。……あそこに、ある。……冷たくて、硬い、鉄の……」
彼女が指し示したのは、調整室の隅に置かれた試験用サイコミュ・アームだった。
成功だ。
彼女の脳は、自身の生身の肉体と、外部にある機械装置の境界線を喪失した。彼女にとって、モビルスーツの装甲は自分の皮膚であり、プロペラント・タンクの残量は自分の肺活量であり、メガ粒子砲のチャージ音は自分の心音となったのだ。
「完璧だ。自らを機体の一部と誤認する。……これこそが、強化人間における『部品化』の究極の形だ」
私は、彼女の調整記録を「精製成功」のフォルダへと保存した。
ゼロがシステムを支える土台(ベース)であるならば、このドゥーはシステムを稼働させるための駆動部(アクチュエーター)だ。
彼女の脳内に構築された擬似神経網は、やがてサイコ・ガンダムという巨大な檻に魂を吹き込むための、重要なバイパスとなるだろう。
ナカムラ博士が求めた「獣」でも、フラナガン博士が畏怖した「神」でもない。
私は、ただ「機能」を求めた。
そして、このドゥーという少女の中に、私は連邦軍が渇望した、絶対に裏切らず、迷うこともない、完璧なモジュールを完成させたのである。
「ドゥー、眠りなさい。次に目覚めるとき、君はもう、孤独な一人の子供ではない。君は、この聖域と、そしてこの国の一部になっている」
私はポッドのハッチを閉じ、日誌に次の一行を記した。
「被検体第2号ドゥー。神経網の国有化に成功。……人間という非効率なOSの廃棄、順調なり」
調整室の酸素濃度が調整され、沈黙が戻る。
私は、次に運び込まれる予定の「三番目」の資料に手を伸ばした。
ドゥーの成功によって、私のレシピは確信へと変わった。
少女たちに数字を刻むたびに、世界はより透明に、より機能的に書き換えられていく。
そのプロセスに、一欠片の「倫理」という不純物が混ざる余地など、どこにもなかった。