機動戦士ガンダム ムラサメ研究所、廃棄区画(アビス)より愛をこめて   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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四番目の資質(フォウ・ムラサメ)

結局のところ、世界は巨大なシステムに過ぎない。

そして、そのシステムの極致を体現するためには、時に統計学上の外れ値(アウトライヤー)――すなわち「天才」という名の生体素材が必要になる。

 

宇宙世紀0082年、晩秋。ムラサメ研究所の最深部に位置する第一隔離調整槽。

そこに、数字の「4」を与えられた少女、フォウ・ムラサメがいた。

 

「驚異的、という言葉すら、この数値の前では色褪せるな」

 

私は手元のホログラム・ディスプレイに踊る脳波形を眺め、独白した。

フォウ。彼女の感応能力は、ドゥーやゼロを遥かに凌駕していた。調整槽の分厚い鉛ガラス越しに、彼女がただそこに横たわっているだけで、室内の精密測定機器が微かなノイズを発する。サイコミュ・チップを埋め込む以前から、彼女の脳は「視えないはずの電波」を、その脆弱な器いっぱいに受け止めていた。

 

「フォウ。聞こえるか。君は選ばれた。君こそが、サイコ・ガンダムという鋼鉄の巨神に、真の命を吹き込むための唯一のコアだ」

 

マイクを通じて語りかける私の声に、液中を漂う彼女の指先が微かに震える。

だが、その反応は「共感」ではない。私の発する微弱な脳波が、彼女の過敏すぎる受容体を叩いたことによる、生理的な拒絶反応だ。

 

「……あつい。……誰かが、私の、中に……。壊れる。……壊れちゃう……!」

 

彼女の悲鳴が、共感覚として私の脳内にも「色彩」となって弾ける。

これが、フラナガン博士が恐れ、ジオンの兵士たちが崇めたニュータイプの輝きか。だが、私にとっては、それは制御を乱すだけの「過剰な不純物」に過ぎない。

私は迷うことなく、ムラサメ・フォーミュラの最終精製を開始した。

 

「第ニ層:知覚拡張剤、投与量を基準値の250%へ引き上げ。第三層:感情沈殿剤を同時投与。……いいかい、フォウ。君の苦痛の正体は、君の『自我』が、その広大な知覚に耐えきれず摩擦を起こしているせいだ。だから、君から君を奪ってあげよう」

 

バルブが開放され、高濃度の薬液が彼女の血管へと流れ込む。

LSD-25誘導体が彼女のセロトニン受容体を蹂躙し、世界の色彩を極彩色へと反転させる。同時に、クロルプロマジンが彼女のドーパミンを遮断し、恐怖や悲しみといった感情の出力を強引にゼロへと叩き落とす。

 

「……ぎっ、……ああああああ!」

 

モニタリングされる彼女の心拍数が220を超えた。

肉体が物理的な限界を迎え、脳が自己防衛のために「記憶」を切り離し始める。彼女の脳内で、幼い頃の記憶、誰かに呼ばれたはずの本名、温かな手の感触――それらが剥がれ落ち、沈殿の暗闇へと消えていく。

 

「システム・チェック。フォウ、今の君は何色だ?」

 

「……白。……真っ白。……なにも、ない。……重い……、……暗い、海の、底……」

 

彼女の瞳から、人間らしい光が完全に消失した。

成功だ。

彼女は、自身の精神が「調整」という名の暴力によって解体されていく苦痛を、もはや「他人事」としてしか認識できなくなった。

自我という名の重荷を捨て去り、純粋な感応能力だけが、剥き出しの神経として抽出されたのだ。

 

「これこそが四番目の資質。……ナカムラ博士、見たまえ。君が欲しがった『獣』ですらない。これは、概念そのものを国有化した、純粋な『意思の伝導体』だ」

 

私は、激しく痙攣し、やがて死んだように静まり返ったフォウの記録を「特級素材」として保存した。

これほどの負荷をかけても、彼女の脳細胞は焼き切れなかった。それどころか、薬理的な圧力に抗うように、新しいシナプスがサイコミュ接続ポートに向けて爆発的に伸びている。

彼女は苦痛によって、より完璧な兵器へと進化(アップデート)したのだ。

 

だが、この「最高傑作」の誕生は、同時に連邦軍上層部――ティターンズという名の、より肥大化したエゴを呼び寄せることになる。

 

「被検体第4号フォウ。最高レベルの感応能力を確認。……ただし、器の強度が精神の拡張に追いついていない。さらなる薬理的『補強』を要する」

 

私は、虚空を見つめたまま動かないフォウを、憐れみすら覚えない冷徹な視線で見下ろした。

彼女が流した涙は、すでに濾過され、ただの水分として排出されている。

ムラサメという姓を与えられた少女たちは、こうして一人、また一人と、数字の中に閉じ込められていく。

世界を透明にするための、この壮大な人体実験。

その歯車は、もはや私自身の意志さえも超えて、巨大な国家的要請という濁流の中へと飲み込まれようとしていた。

 

「フォウ。君の記憶は私が預かった。君がそれを返せと叫ぶとき、それは君というシステムが崩壊するときだ」

 

私は第一隔離調整槽の照明を落とし、冷たい静寂の中を去った。

闇の中に残されたのは、紅く点滅する生命維持装置の光と、数字に魂を奪われた少女の、機械的な呼吸音だけだった。

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