「ルナのほうは、これで道筋が見えたわね」
一通りルナの演技指導を終えた朝香の声は落ち着いていたが、その奥には確信があった。
部屋の空気がわずかに締まる。
「あー……疲れたー」
ルナはベッドの端に腰掛け、足をぶらつかせながらこちらを見ていた。
「問題は、俺だな」
自分で口にした瞬間、喉の奥がわずかに乾いた。
言葉にしたことで、曖昧だった不安が輪郭を持つ。
「あなたの場合、作るんじゃなくて止め方を覚えないとね」
胸の奥に小さく刺さる。
痛みというほどではないが、確かに引っかかる感覚が残る。
「耳が痛いな……」
軽口のつもりで言ったが、笑いにはならなかった。
役を作る。
それはずっとやってきたことだ。
外側から積み上げて、形を整え、その中に意味を流し込む。
制御できるはずの工程だった。
「芝居として成立しちゃってる分、厄介なのよね」
朝香は腕を組み、視線だけをこちらに向ける。
評価と問題提起が同時に乗った視線だった。
「台本通りにやろうとしても、勝手に解釈して勝手に感情が乗る。気づいたら俺じゃない何かが選択してる」
言葉にしながら、頭の中であの感覚が蘇る。
選ぶ前に、考えるより先に、身体が動いてしまった。
「それ、完全に乗っ取られてなーい?」
ベッドの上で体を後ろに倒し、天井を見上げたままルナが言う。
その声は軽いのに、妙に的を射ていた。
否定する材料はなかった。
「止めるんじゃなくて使うのは無理なのー?」
「それができたら苦労しない」
短く返す。
滝に飛び込んだときの記憶が脳裏をよぎる。
判断の余地はなかった。
ただそうするべきだと孫悟空としての最適解だったのだ。
「一度アクセルをかけたらブレーキがかけられない。だから暴走する」
「じゃあ、常にサイドブレーキ引いとけば?」
「それも朝香に頼んでやってるところだ」
試せることは試した。
そのうえで、俺の中の悟空を使いこなすことはできていないのだ。
「うーん、ブレーキかけるって発想がダメなんじゃなーい?」
「……どういう意味だ」
「だってさ、翼君の中の悟空って止まらないんでしょー?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、止めるの諦めなよー」
「は?」
あまりにも雑な結論に、思わず間抜けな声が出た。
「いやいや、諦めたら終わりだろ」
「違う違ーう」
ルナはチッチッチと指を振る。
からかうような動きだが、目は真剣だった。
「止めるのを諦めて、役割決めるんだよー」
「役割?」
そこで朝香が小さく息を吐いた。
「……なるほどね」
「え、わかったのか?」
「ええ」
神妙な面持ちで、朝香は静かに頷く。
「翼。あなた今、全部悟空にやらせてる状態なのよ」
「そう……なるな」
言われて、ようやく整理がつく。
動きも、感情も、判断も。確かに全部任せてしまっている。
どこにも自分の介在がない。
「だから暴走するの」
言葉を整理しながら朝香は続ける。
「きっぱり、分ければいい」
「分ける?」
「悟空がアクセルなら、そのまま走らせればいいじゃーん。でさ、翼君がハンドル握るってことー」
ルナの例えは妙にしっくりきた。
その例えに頷くと、朝香は告げる。
「混ぜるんじゃなくていっそ感情は悟空に任せる――どう見せるかは翼が決めなさい」
悟空の感情を引き出しつつ、それを自分のものとして動きの表現として出力する。
いや、動きに呼応させて悟空の感情を適宜引き出す、か。
それさえできれば、俺の演じる悟空はもっと安定して高いクオリティを出せる。
「よし、方針も決まったことだし、特訓するぞ!」
「「おー!」」
次に現場に立つとき、違うものを見せられる確信が俺たちにはあった。