とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第100話 ブレーキではなく、ハンドルを

「ルナのほうは、これで道筋が見えたわね」

 

 一通りルナの演技指導を終えた朝香の声は落ち着いていたが、その奥には確信があった。

 部屋の空気がわずかに締まる。

 

「あー……疲れたー」

 

 ルナはベッドの端に腰掛け、足をぶらつかせながらこちらを見ていた。

 

「問題は、俺だな」

 

 自分で口にした瞬間、喉の奥がわずかに乾いた。

 言葉にしたことで、曖昧だった不安が輪郭を持つ。

 

「あなたの場合、作るんじゃなくて止め方を覚えないとね」

 

 胸の奥に小さく刺さる。

 痛みというほどではないが、確かに引っかかる感覚が残る。

 

「耳が痛いな……」

 

 軽口のつもりで言ったが、笑いにはならなかった。

 役を作る。

 それはずっとやってきたことだ。

 

 外側から積み上げて、形を整え、その中に意味を流し込む。

 制御できるはずの工程だった。

 

「芝居として成立しちゃってる分、厄介なのよね」

 

 朝香は腕を組み、視線だけをこちらに向ける。

 評価と問題提起が同時に乗った視線だった。

 

「台本通りにやろうとしても、勝手に解釈して勝手に感情が乗る。気づいたら俺じゃない何かが選択してる」

 

 言葉にしながら、頭の中であの感覚が蘇る。

 選ぶ前に、考えるより先に、身体が動いてしまった。

 

「それ、完全に乗っ取られてなーい?」

 

 ベッドの上で体を後ろに倒し、天井を見上げたままルナが言う。

 その声は軽いのに、妙に的を射ていた。

 否定する材料はなかった。

 

「止めるんじゃなくて使うのは無理なのー?」

「それができたら苦労しない」

 

 短く返す。

 滝に飛び込んだときの記憶が脳裏をよぎる。

 判断の余地はなかった。

 ただそうするべきだと孫悟空としての最適解だったのだ。

 

「一度アクセルをかけたらブレーキがかけられない。だから暴走する」

「じゃあ、常にサイドブレーキ引いとけば?」

「それも朝香に頼んでやってるところだ」

 

 試せることは試した。

 そのうえで、俺の中の悟空を使いこなすことはできていないのだ。

 

「うーん、ブレーキかけるって発想がダメなんじゃなーい?」

「……どういう意味だ」

「だってさ、翼君の中の悟空って止まらないんでしょー?」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、止めるの諦めなよー」

「は?」

 

 あまりにも雑な結論に、思わず間抜けな声が出た。

 

「いやいや、諦めたら終わりだろ」

「違う違ーう」

 

 ルナはチッチッチと指を振る。

 からかうような動きだが、目は真剣だった。

 

「止めるのを諦めて、役割決めるんだよー」

「役割?」

 

 そこで朝香が小さく息を吐いた。

 

「……なるほどね」

「え、わかったのか?」

「ええ」

 

 神妙な面持ちで、朝香は静かに頷く。

 

「翼。あなた今、全部悟空にやらせてる状態なのよ」

「そう……なるな」

 

 言われて、ようやく整理がつく。

 動きも、感情も、判断も。確かに全部任せてしまっている。

 どこにも自分の介在がない。

 

「だから暴走するの」

 

 言葉を整理しながら朝香は続ける。

 

「きっぱり、分ければいい」

「分ける?」

「悟空がアクセルなら、そのまま走らせればいいじゃーん。でさ、翼君がハンドル握るってことー」

 

 ルナの例えは妙にしっくりきた。

 その例えに頷くと、朝香は告げる。

 

「混ぜるんじゃなくていっそ感情は悟空に任せる――どう見せるかは翼が決めなさい」

 

 悟空の感情を引き出しつつ、それを自分のものとして動きの表現として出力する。

 いや、動きに呼応させて悟空の感情を適宜引き出す、か。

 

 それさえできれば、俺の演じる悟空はもっと安定して高いクオリティを出せる。

 

「よし、方針も決まったことだし、特訓するぞ!」

 

「「おー!」」

 

 次に現場に立つとき、違うものを見せられる確信が俺たちにはあった。

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