とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第101話 メソッドオブ・フィジカルアクション

 特訓から数日が経った。

 今日の撮影は午後からだった。

 それを見越して、俺たちは朝の早い時間に現場入りをしていた。

 

 スタジオはまだ半分しか照明が入っておらず、機材を運び込むスタッフが忙しなく動いている。

 五木監督はすでに定位置のモニター前に座っていて、台本を膝に乗せたまま腕を組んでいた。

 

「監督、少しよろしいですか」

 

 朝香が声をかけると、監督は顔を上げた。

 

「本番前に三蔵法師一行で確認したいシーンがあって。邪魔にならない場所でやりますので」

「構わないよ。好きにしなさい」

 

 短い返事だった。

 視線はすぐ台本に戻る。

 それだけで十分だった。

 

 俺たちはスタジオの端に移動した。

 ちょうど、五木監督の位置から自然に目に入る場所を俺が選んだ。

 人の視線やカメラの位置からどう見えるかを把握するのは得意だからな。

 

「いやぁ、楽しみだねぇ」

 

 伊本さんがタンブラーを持ちながら欠伸を噛み殺す。

 

「すみません、伊本さん。今日は私のわがままを聞いてもらっちゃって」

「全然気にしないで。むしろ、頼ってくれて嬉しいくらいだよ」

「そう言っていただけると助かりますー」

 

 ルナはキャップを目深に被っていた。

 今日はメイクをしていない。

 スタジオに早く着きすぎてメイクの時間が取れなかった、ということにしていた。

 もちろん、全部計算の上だ。

 

「さて、始めましょうか」

 

 俺が声をかけると、三人の空気が変わった。

 伊本さんがタンブラーをそっと置く。

 朝香がサマーカーディガンの裾を整える。

 ルナがキャップを外して、手のひらに握りしめた。

 

「これからやるのは、蛟魔王の元へ戻った悟浄を取り返しにいくシーンだ」

 

 九話で沙悟浄の裏切りが発覚し、十話で蛟魔王との対決。

 全十一話の西遊記の中でも、屈指の名シーンになる大事な場面だ。

 

「位置関係は、僕ら三人とルナちゃんが向き合う形になるね」

「川を挟んでのシーンだから、距離はそれなりにあけたほうがいいわね」

 

 事前に伊本さんには段取りを伝えてある。

 うまくいけば、五木監督が拾う。

 拾ったら、伊本さんが助言という形で五木監督を後押しする。

 

「場所はどこにする?」

「そのへんでいいんじゃない? モニターから見える範囲で」

 

 朝香が顎でセットの端を示した。

 ちょうど、五木監督が座るであろう位置から自然に目に入る場所だった。

 

「配置は悟空と悟浄が対峙。三蔵法師と八戒は少し引いたところで様子を見ている感じで」

「了解」

「了解でーす」

 

 俺とルナが向かい合う形で立つ。

 朝香と伊本さんが、その少し後ろに位置を取った。

 俺は如意棒を構える。

 ルナは一度だけ深く息を吸って、吐いた。

 

「いくぞ」

「オッケー」

 

 最初の一歩を踏み込んだ。

 悟空として、目の前の悟浄を見る。

 

 悟浄が裏切ったなんて嘘だ。

 あいつは玄奘を殺そうとすれば、いつでも殺せた。

 それなのに、共に笑い、共に泣き、長い旅路を共にしてきたのだ。

 その事実を、俺は動きで処理する。

 

 感情を先に作らない。

 如意棒の石突きを床に打ち付ける。

 その一動作が、怒りの輪郭を作った。

 

「わかってねぇようだから教えてやるよ」

 

 床を打った衝撃が腕に残っていて、それが声の温度になって出てきた。

 

「お前は仲間だ。例え神様仏様が否定しようと、その事実は覆せねぇんだよ」

 

 もう一歩、ルナに近づく。

 近づくという行動が、感情を前に押し出す。

 

「お前が最初から俺たちを騙してたとわかっても、だ」

 

 ルナが半歩だけ後ろに引いた。

 その行動には、後ろめたい感情が滲み出ていた。

 

「……ハッ、何が仲間よ」

 

 ルナの声のトーンが変わった。

 いつもの軽さの下に、別の層が出てきた。

 スパイの悟浄としての冷たさと、仲間としての温かさ。

 そこに、悟空への恋心も加わっていた。

 

「あたしは蛟魔王様を裏切れない。だって、あの方は故郷も家族も失ったあたしを救ってくれた! そんな人をどうして裏切れるっていうの!?」

 

 剥き出しになる感情。

 飄々とした態度、スパイとしての冷徹な一面。

 そのどちらでもない、等身大の沙悟浄。

 練習を見守っていたスタッフも、手を止めて息を呑んだのがわかった。

 

 それと同時に、五木監督の視線も鋭くなるのを感じる。

 ルナが表現している苦しさは、俺が母親に対して感じていた感情をベースに作ったものだ。

 

 他人の感情は食って糧にできる。

 

 俺と朝香の素の部分で悟浄と重なる部分が多かったこともあり、ルナは感情演技の幅が広がっていた。

 

「あのさ、悟浄ちゃん。恩を返すことは素晴らしいことだと思うよ。だけどさ、それが全てじゃないんじゃない」

「少なくとも、あなたが不幸になるような恩返しなど、恩返しとはいいません」

 

 仲間としての温度を持った言葉は、揺らいでいる沙悟浄へと容易に届く。

 

「八戒さん、三蔵ちゃん……」

「ケッ、いつまで不幸なお姫様でいる気だ」

 

 如意棒を肩に担ぐと、不器用な悟空の優しさが沸いてくる。

 

「過去と他人は変えられねぇ。だけどな、未来と自分はいくらでも変えられんだよ」

「悟空……あんた」

 

 ほろりと、すっぴんのルナの頬を涙が伝う。

 

「蛟影……いや、蛟魔王とは俺が話を付ける。玄奘、八戒さんも荒事になったら手ぇ貸してくれよ」

「彼とは旧知の仲なのでしょう? でしたら、荒事にならないようにしなさい」

「はっはっは! そのときはそのときですよ、お師匠さん」

 

 八戒さんの笑い声と共に、如意棒を下ろす。

 その一動作で、怒りややるせなさを手放す形になった。

 制御はうまくいっている。

 

 メソッドオブ・フィジカルアクション。

 

 感情を直接動かそうとするのではなく、論理的で具体的な行動を積み重ねることで、結果的に感情を呼び起こす手法だ。

 

 つまり、俺の目指していた外から作り感情が後からついてくる演技の完成形だ。

 

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