とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第104話 脳破壊される側視点 パート14

 あたしの名前は羽田朝香。

 三蔵法師役を務める天才女優だ。

 

 今日はルナの一番の見せ場の撮影だった。

 蛟魔王の衣装に身を包んだ橘高さんが、現場に入った瞬間から空気が変わった。

 

 衣装を着ているから、ではない。

 橘高田之助という人間が、その場に立っているだけで蛟魔王になる。

 

 舞台を長年渡り歩いてきた人間の、身体に染みついた何かだ。

 あたしはそれを横目で確かめながら、ルナの様子を見ていた。

 ルナは今日、すっぴんで現場に入っていた。

 それがどれほどの覚悟を要することか、あたしにはわかる。

 

 幼い頃から一緒に育ってきた。

 ルナが自分の顔をどれだけ嫌っているかも、ずっと知っていた。

 三白眼もソバカスも、あたしは好きだ。

 お母さんである藍梨さんにそっくりで、愛嬌がある。

 

 だけどルナは、それを長い時間をかけてメイクで塗り固めてきた。

 その鎧を脱いで、カメラの前に立つことを選んだ。

 あたしが何を言ったわけでも、強制したわけでもない。

 

 ルナが自分で選んだのだ。

 

「ルナちゃん。今日はよろしゅう頼んますわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 ルナの声に、いつもの軽さはなかった。

 緊張しているわけでもない。

 ただ、真っ直ぐだった。

 翼が隣で楽しそうにしているのが、視界の端に入る。

 

「随分と楽しそうね」

 

 つい声が出た。

 

「そういう朝香だって口の端が吊り上がってるぞ」

 

 翼に言われて、唇に指を当てた。

 確かに、緩んでいた。

 我ながら珍しいと思う。

 自分の感情がこうして顔に出てくるなんて、いつぶりだろう。

 

 あたしは役を演じるとき、田中朝香を消す。

 ルナは斎藤ルナのまま沙悟浄を生きている。

 消すんじゃなくて、全部持って立っている。

 

「あたしはルナのことをまるでわかっていなかった。俳優としての素質はあるのに、努力の方向性が間違っている。そう思って、ずっとアドバイスを続けてきた」

「それの何が悪いんだ?」

「ルナが求めていたのはアドバイスじゃない。すごいね、その一言が欲しかっただけなの」

 

 あの子はあたしを嫌っているものだと思っていた。

 あたしの真似ばっかりするのも、嫌がらせの一つくらいに思っていたのだ。

 

「そのときの朝香がいたからルナはアイドルでトップになって、こうして女優としての道も開いた。違うか?」

「だけど、あたしはあの子を苦しめていた」

 

 あの子は役者をやめて、演技の道から離れた。

 それが何よりも腹立たしかった。

 

 でも、あたしはまるで彼女のことを理解していなかったのだ。

 

「やっと素のあの子と向き合えた。それが嬉しいの」

 

 だからこそ、こうして演技を通してルナの素を知れてよかった。

 この経験もまた、演技の糧になる。

 

「俺も向き合わないとな」

「え?」

「西遊記の撮影が終わって落ち着いたら、さ。学校で一緒に飯でも食おう」

 

 予想していなかった一言だった。

 胸の奥が、急に騒いだ。

 

「も、もちろんよ!」

 

 前のめりになっていた自分に、一拍遅れて気づいた。

 落ち着け、落ち着いて。

 

「ま、その辺は梨夢たちも含めてまた今度だな」

「ん、んん~? 待って、あの子たちも一緒にお昼食べる感じ?」

「そりゃ、いつものグループだからな。朝香を混ぜてもいいか聞かないと」

 

 まあ、あいつらは寛容だし、この前のやり取りからしても仲良くやれるだろう。

 翼はそんな風に、当たり前のように続けた。

 

 あたしと二人で食事をしようとしたわけじゃない。

 梨夢たちのグループに、あたしを混ぜてもらうつもりだった。

 

 つまり、翼にとってあたしは今もまだ、輪の外にいる存在ということだ。

 

「み゛」

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