あたしの名前は
大人気アイドルグループ〝ECHO DOLPHIN〟、通称エコドルのNo.2だ。
あたしの顔は、生まれつき整っていた。
子供の頃から可愛いと言われ続けた。
街でスカウトされたのは中学生に上がったばかりのときだ。
特に何かを頑張ったわけじゃない。
ただそこにいるだけで、周りが勝手に騒いだ。
それが当然だと思っていた。
顔がいい人間が得をする。
それが世界の正しい仕組みだと、あたしは信じていた。
ECHO DOLPHINに入ったのも、声をかけられたからだ。
オーディションを受けたわけじゃない。
プロデューサーに直接、君がほしいと言われた。
だから、センターはあたしだと思っていた。
ところが、センターは斎藤ルナになった。
意味がわからなかった。
ルナは高身長で手足も長く、動いたときの画面移りはいいだろう。
でも、ビジュアルならあたしのほうが上だ。
客観的に見ても、そこは揺るがない。
なのに、なぜルナなのか。
答えはすぐにわかった。
ルナが、異常なほど練習するからだ。
レッスンが終わった後も残る。
振り付けが完璧になっても、また最初からやり直す。
歌だって当たり前のように、完璧なクオリティになるまでやる。
泥臭くて、みっともなくて、汗だくで、それでも止まらない。
そんなに努力して何になるのか。
結局、この業界で一番大事なのはビジュアルだ。
努力したところで才能以上のものは得られない。
メイクで誤魔化してるけど、あの子がブスなのは知っている。
だから、ブスが見苦しく足掻いただけで評価されるのが気に食わなかった。
十月の夜だった。
部屋の電気を落として、ソファに深く沈み込んでいた。
テーブルの上に缶が二本、空になって転がっている。
三本目を開けたところで、テレビの画面が切り替わった。
西遊記、第十話。
見るつもりはなかった。
なのに、チャンネルを変える気になれなかった。
沙悟浄が、蛟魔王と対峙している。
そこにいたのは、ルナだ。
衣装をまとって、ククリナイフを構えている。
最初は、流して見るつもりだった。
どうせ、いつも通りだ。
カメラに映える角度を計算して、斎藤ルナというコンテンツを消費するだけだ。
なのに、目が離せなかった。
計算していない。
いつもの、どこを切り取っても絵になるあの動き方じゃない。
何度倒されても、立ち上がる。
薙刀で叩き飛ばされて、砂を掴んで膝をつきながら、それでも顔を上げる。
そして、メイクが崩れていく。
汗と涙が混じって、三白眼とソバカスが照明に晒される。
あたしがすっぴん写真を晒してやったときに嘲笑われた、あの顔だ。
なのに、SNSのTLに流れる投稿の風向きが変わっていく。
[ルナぴ、すっぴんのほうがかっこよくね?]
[これ演技なの? 本物にしか見えない]
[今まで斎藤ルナのこと舐めてた。ごめん]
[てか、すっぴんのが可愛くね]
[こっちのが親しみやすい顔してる]
あたしは缶を持つ手を止めた。
何がかっこいいのか、わからなかった。
汗まみれで、メイクが崩れて、泥臭く這いずり回っているだけじゃないか。
あれのどこが、いいのか。
どうしようもないほど、イライラした。
ルナが頑張ることへの苛立ちじゃない。
ルナが頑張ったことを、世間が認めることへの苛立ちだった。
認めてはいけないのだ。
ルナが評価されたら、あたしの信じてきたものが崩れる。
顔がいい人間が得をするという、あたしの世界の正しい仕組みが嘘になる。
気がつけばスマホに手が伸び、指が勝手に動いていた。
その翌日。
二日酔いに苦しみながら目を覚ますと、SNSの通知がとんでもないことになっていた。
そして、不在着信も溜まっていた。
[これ、エコドルの今田朱代じゃん]
[表で悪口ぶちまけてて草]
[あーあ、裏垢と本垢間違ちゃったね]
そして、ツイ消しするも遅く魚拓を取られた。
過去の投稿が、どんどん掘り起こされていく。
そして、一枚の画像が流れてきた。
二年前の宅飲みで役者崩れの文野ダイをはじめとする数人撮った写真だ。
全員で乾杯している。
当時、あたしはまだ十六歳だった。
[未成年飲酒じゃん、これ]
[事務所どうすんの?]
[ルナへの嫌がらせも含めて、終わりじゃない?]
あたしが焚き付けた言葉と同じ質の言葉が、今度はあたしに向かって並んでいる。
インターネットに住まうイナゴたちは得物を喰らい尽くすと、次の標的へと向かう。
その標的があたしに変わった瞬間だった。
キャラクターの名前、由来コーナー
文野ダイ:踏み台
今田朱代:今だけよ